博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb
Dr. Strangelove - The War Room.png
監督 スタンリー・キューブリック
脚本 スタンリー・キューブリック
ピーター・ジョージ
テリー・サザーン
原作 ピーター・ジョージ
『破滅への二時間』
製作 スタンリー・キューブリック
ヴィクター・リンドン
出演者 ピーター・セラーズ
ジョージ・C・スコット
音楽 ローリー・ジョンソン
撮影 ギルバート・テイラー
編集 アンソニー・ハーヴェイ
配給 コロンビア映画
公開 アメリカ合衆国の旗 1964年1月30日
日本の旗 1964年10月6日
上映時間 93分
製作国 イギリスの旗 イギリス
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
ロシア語
興行収入 $5,000,000
テンプレートを表示

博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(はかせのいじょうなあいじょう またはわたしはいかにしてしんぱいするのをやめてすいばくをあいするようになったか、Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)は、スタンリー・キューブリック監督、ピーター・セラーズ主演で、1963年制作・1964年に公開されたアメリカイギリス合作の映画である。日本語題は一般的に『博士の異常な愛情』と略称される(#日本語題について)。

概要[編集]

キューバ危機によって緊張状態が極限に達した冷戦の世界情勢を背景に、偶発的な原因で核戦争が勃発し、人類滅亡の危機に至るさまをシニカルに描くブラックコメディ。主要な登場人物の大半を占める政府や軍の上層部はみな度しがたいほどに利己的な俗物ないし異常者として描かれ、彼らが右往左往するさまを嘲笑する風刺劇でもある。

キューブリックが監督した最後の白黒作品である。本作品はピーター・ジョージ英語版の『赤い警報英語版(日本語題:破滅への二時間)』という真面目な内容の小説を原作にしているが、キューブリックはストーリー構成段階で題材の観念そのものが馬鹿げたものだと思い直し、ブラックコメディとしてアプローチし直した。

本作品は、キューブリックの代表作の一つと位置づけられている。アイロニカルな姿勢は、同時期に撮られた同テーマのシドニー・ルメットの『未知への飛行英語版』のヒロイズムを含んだ感傷性とは一線を画している。『2001年宇宙の旅』(1968年)、『時計じかけのオレンジ』(1971年)とひとまとめにして「SF3部作」と呼ばれることもあるが、この関連づけがキューブリック本人の構想にもとづくことを示す資料は発見されていない。

あらすじ[編集]

冒頭にアメリカ空軍により、「映画はフィクションであり、現実には起こりえない」との解説がつく。

アメリカのバープルソン空軍基地の司令官リッパー准将が精神に異常をきたし、指揮下のB-52戦略爆撃機34機にソ連への核攻撃(R作戦)を命令したまま基地に立て篭もった。巻き込まれたイギリス空軍のマンドレイク大佐は将軍の閉じこもる執務室から出られなくなり、リッパー将軍の話相手となる。出撃した爆撃機にはそれぞれ第二次世界大戦で使用された全爆弾・砲弾の16倍の破壊力がある核兵器が搭載されていた。

バープルソン空軍基地の状況とB52出撃を知ったアメリカ政府首脳部(マフリー大統領、軍高官、大統領科学顧問のストレンジラヴ博士など)は、機密情報の塊であるペンタゴンの戦略会議室にあえてソ連大使を呼び対策を協議する。ソ連首相とのホットラインで、ソ連は攻撃を受けた場合、自動的に爆発して地球上の全生物を放射性降下物で絶滅させる爆弾(皆殺し装置[1])が実戦配備されていることが判明する。公開しなければ威嚇の意味をなさない兵器をなぜ公開しなかったのかと迫るストレンジラヴ博士に、ソ連大使は「近日公表する予定だった。首相は人を驚かすのが趣味だ」と説明した。この協議が続いている間にも爆撃機は進撃を続けていた。

爆撃機の一般通信回路は敵の謀略電波に惑わされないためにCRM114とよばれる特殊暗号装置に接続されていて、この装置は通信をまったく受け付けない。そのため爆撃機を引き返させることは不可能である。例外として三文字の暗号を送信することによってこの装置を解除できる。その暗号はリッパー准将しか知らない。

アメリカ政府はリッパー准将から無線通信の暗号を聞き出すために、将軍の基地に近い所の空挺部隊を動員するが、将軍が基地内のアメリカ兵に戦時体制の指令を出していたため、味方同士による戦闘が開始される。

リッパー准将はマンドレイク大佐に、水道水にフッ素が混入しているのは共産主義の謀略だという陰謀論を延々と話すが、その後いよいよ兵士が准将の執務室に迫ってきたという時、大佐に日本人から拷問を受けた話を聞き、自分は耐えられそうもないと言ってバスルームで自殺してしまう。

その後、リッパー准将の話を分析したマンドレイク大佐によって爆撃機のCRM装置の暗号が解読される。大佐はコカコーラの自販機を撃ち抜かせて電話代を手に入れて大統領に暗号を通報し、撃墜を免れた爆撃機は攻撃を中止して基地へ引き返しはじめた。しかしコング少佐の機は対空ミサイルの爆発が原因でCRMの機密保持装置が作動し暗号装置が破壊され、帰還命令を受信出来ない。その上、低空飛行により燃料を浪費して当初の目標地点への攻撃ルートでは脱出する燃料がなく、最も近いミサイル基地への攻撃に切り替え、ソ連への核攻撃を行う。断線によって爆弾の投下口が開かない非常事態に、熱血漢のコング少佐は核爆弾にまたがりながら配線を再接続するが、故障が直るや否や爆弾は投下されてしまい、コング少佐はカウボーイよろしく爆弾にまたがったまま落ちてゆく。

皆殺し装置が起動し、人類を含む全生物が10ヶ月以内に絶滅することに一同が暗澹とする中、選抜された頭脳明晰な男性と性的魅力のある女性を地下の坑道に避難させることにより人類を存続させうるとストレンジラヴ博士は熱弁し、興奮のあまりドイツ時代に立ち返り「総統!私は歩けます!」と絶叫する。ラストはヴェラ・リンが歌う第二次世界大戦時代の流行歌「また会いましょう」の甘いメロディが流れる中、核爆発の映像が繰り返し流され、人類滅亡を暗示させるシーンで終わる。

演出[編集]

ピーター・セラーズがマフリー大統領とマンドレイク大佐とストレンジラヴ博士の3役を演じた。当初はコング少佐も含めて4役になる予定もあったが、撮影中の事故でセラーズが脚に怪我をしてコックピット内を出入りすることが不可能になったため、代役がたてられた。

本作については、俳優の演技や物語そのものよりキューブリックの演出に対する評価が極めて高い。

キューブリックと主演のセラーズは共に大のジャズファンであり、両者とも映画界入りする以前は演奏家としても実力があった。完璧主義で絶対に指示通りでなければ許さないキューブリックも、本作ではジャズのリフ奏法・アドリブ奏法を映画の演技としてセラーズに許し、それが成功の一因だったと映画評論家のアレクサンダー・ウォーカーは後に語っている。

冒頭では、タイトルクレジット(パブロ・フェロによる)として空中給油を背景に手書きの文字が浮かぶ。爆撃機のコクピットや非常用の荷物の点検シークエンス等、細部の拘りも評価された。

B-52の飛行シーンのBGMは「ジョニーが凱旋するとき」。B-52のセットは細部まで造り込みがされているが、核攻撃仕様の内部構造は軍事機密であったため全く協力が得られなかった。そのため、内部構造は美術監督ピーター・マートンによる創作である。マートンは、メル・ハンターの著書『Strategic Air Command』を底本にしながら、合法範囲で可能な限りB-52のインテリアを調べ上げた。苦心の創作が結果として実機とあまりにも一致していたため、美術チームはFBIの捜査対象とされたほどであったという。

日本語題について[編集]

本作の題は長いため、『博士の異常な愛情』と略して呼ばれる事が多い。

この『博士の異常な愛情』という部分は、原題の「Dr. Strangelove」からきている(「strange love」の部分を訳せば「異常な愛情」となる)。しかしここでの「Strangelove」とは人名であり、忠実に訳すなら『ストレンジラヴ博士』もしくは『ドクター・ストレンジラヴ』となる。

キューブリックは原題とかけ離れた訳の題を付けることを許可せず、翻訳時もその国の言語に沿った逐語訳にすることを要求したため、これを逆手に取り、「博士の(Dr.)異常な(strange)愛情(love)」という日本語題を作り上げたとされる。

登場人物[編集]

ストレンジラヴ博士(Dr. Strangelove
演 - ピーター・セラーズ
大統領科学顧問。ドイツからアメリカに帰化した核戦争の専門家。名前はドイツ名「Merkwürdigliebe」をそのまま英語に直訳したもの。足が不自由なため車椅子に乗っている。主人公ながら他の登場人物と比較しても出演シーンは短い。しかし、緊急事態にも薄気味悪い笑みを浮かべて終始一貫して恐れを見せず、むしろ楽しげに自論を披露し、何度も大統領を総統と呼び間違え、興奮気味になると義手の右手が勝手に動きそうになり、それを左手で何とか押さえつけるなどの奇行が目立つ。モデルには『水爆戦争論』を書いた軍事理論家ハーマン・カーン、宇宙ロケット研究者でV2ロケットを開発し、後にはアポロ計画のロケット開発を主導した科学者ヴェルナー・フォン・ブラウン、あるいは髪がウェーブし、右足が革の義足だったことからエドワード・テラー、車椅子に乗っていたことからジョン・フォン・ノイマンといった水爆の開発者、ロバート・マクナマラ(彼のミドルネームはストレンジ)などと諸説ある。容姿や訛りが似ている(ドイツ生まれでアメリカに帰化したという経歴も同じ)ことからヘンリー・キッシンジャーがモデルとの指摘も多いが、演じたセラーズ及びキューブリックはこれをことあるごとに否定し、両者ともキッシンジャー自体を見たことがなかったと述べている。
ジャック・D・リッパー准将(Brigadier General Jack D. Ripper)
演 - スターリング・ヘイドン
戦略空軍司令官。常軌を逸した国粋主義者で反共や反ソが極限に達し、妄想にとりつかれる。独断でソ連への核攻撃命令を発信し、空軍基地に篭城する。そして顔色一つ変えず「共産主義者によって既にアメリカは侵食されている」「水道水フッ化物添加はアメリカ人の体内の『エッセンス』を汚染する陰謀だ」という陰謀論をマンドレイク大佐に説く。モデルはキューバ危機の際、全面核戦争を覚悟してでもキューバ空爆を行うべきだと主張したカーチス・ルメイ空軍参謀総長。フルネームは切り裂きジャックと同名になる。
バック・タージドソン将軍(General Buck Turgidson)
演 - ジョージ・C・スコット
リッパー准将に劣らぬ反共主義者でジンゴイスト。皆殺し装置の話を聞くまでは報復される前にソ連に先制攻撃するべきだとの強攻策を熱弁するタカ派であったが、爆撃機が撤退を開始したと聞くと皆に呼びかけて神に祈りを捧げる一面も持つ。会議中にやたらとガムを噛み続けたり、熱弁中に勢いあまって後ろに転ぶも立ち上がり、なおも熱弁する(これはヒトラーが演説中に興奮したときの癖と同じ)。
ライオネル・マンドレイク大佐(Group Captain Lionel Mandrake)
演 - ピーター・セラーズ
イギリス空軍大佐で派遣将校。たまたまつけたラジオで戦争状態ではないことを知り、何度もリッパー将軍の「越権行為」を正そうとする。過去に遭った事故により、片足が義足だという。もの静かな人物だが機関銃の扱い方はわからない。第二次世界大戦中にビルマにおいて日本軍に拷問され、口を割らずにラングーン鉄道で線路を敷かされた経験があるらしい。この経験からか日本人を「ブタ」と罵倒しつつも「良いカメラを作る」と述べている。
マーキン・マフリー大統領(President Merkin Muffley)
演 - ピーター・セラーズ
アメリカ合衆国大統領。作中では数少ないまともかつ真面目な人物で、緊急事態において周囲に振り回される。
T・J・“キング”・コング少佐(Major T. J. "King" Kong)
演 - スリム・ピケンズ
リッパー将軍の部下でB-52のパイロット。血気盛んに核爆弾と共にソ連に投下され殉職する。

変更された箇所[編集]

上映直前のケネディ大統領暗殺事件に起因すると見られる変更箇所が、完成版には少なくとも2つ有る。

  • 劇中コング少佐による荷物の点検シーンの最後は「これならダラスでたっぷり遊べるよ」という台詞が「ベガスで」に置き換えられた。
  • プレビュー時、作品のラストは作戦室でのパイ投げシーンだった。キューブリックはスニークプレビューの反応と、それはコメディではなくファース(笑劇)だという理由でカットしたと述べているが、ジョージ・C・スコットは「ケネディ暗殺で全部カットされた」と言及している。

出演者[編集]

役名 俳優 日本語吹替1 日本語吹替2
ストレンジラヴ博士 ピーター・セラーズ 大塚周夫 山路和弘
マンドレイク大佐 愛川欽也
マフリー大統領 中村正
タージドソン将軍 ジョージ・C・スコット 池田忠夫 宝亀克寿
リッパー准将 スターリング・ヘイドン 家弓家正 佐々木勝彦
コング少佐 スリム・ピケンズ 富田耕生 辻親八
"バット" グアノ大佐 キーナン・ウィン 吉沢久嘉 楠見尚己
アレクシ・デ・サデスキー
ソ連大使
ピーター・ブル 滝口順平 三木敏彦
ロザー・ゾッグ少尉 / ソギー ジェームズ・アール・ジョーンズ 田中信夫 魚建
ミス・スコット トレイシー・リード 渡辺典子 水落幸子
スティンズ ジャック・クレリー 寺島幹夫 田原アルノ
フェイスマン ゴードン・タナー 勝田久 島香裕
エース シェイン・リマー 桑原たけし 斎藤志郎
ゴールディ ポール・タマリン 大竹宏 松原政義
カイベル グレン・ベック 中田浩二 上田陽司
ディートリッヒ フランク・ベリー 青野武 田中一永
ナレーション 矢島正明
  • 日本語吹替1:テレビ放送吹き替え版。初回放送1971年8月8日21:00-21:56NET日曜洋画劇場』ノーカット放映。
  • 日本語吹替2:国内版DVD『博士の異常な愛情 コレクターズ・エディション』に収録(廃盤)。ただし、日本語吹き替えはモノラル音声。
    『40thアニバーサリー・スペシャル・エディション』(2枚組)にドルビーデジタル 5.1chサラウンド版を収録。

※ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント発売の「吹替洋画劇場」シリーズ 第5弾「コロンビア映画90周年記念『博士の異常な愛情』デラックス エディション」Blu-rayには本編ディスクとは別に、HD放映版の映像を使用してテレビ朝日版(約92分)の吹き替え版を収録した特典ディスクが付属している。尚テレビ朝日版は、キューブリックの要望で、全編ノーカット収録で初回放映されたが、Blu-rayに収録されているのは再放送された短縮版。

受賞[編集]

画面サイズ[編集]

この作品は劇場公開当時縦横比1:1.85の画面で映写されて来たが、1992年にアメリカのヴォイジャー社でレーザーディスク(いわゆる「クライテリオン」版)が企画された際、1:1.85サイズでテレシネ作業を行った所「画面サイズが違う」とキューブリックからクレームが付いた。曰く「(画面縦横比)1:1.33と1:1.66の2種類を混成で撮影しているので、この違いを出して欲しい」という物である。その指示に沿ってワイドスクリーンの作品で通常黒いマスクを掛けて潰される画面上下にマスクを掛けずに作業がやり直された経緯があり、2年後にコロンビア/トライスターがリマスター版レーザーディスクを発売した際にも「2種類の画面縦横比」は遵守されている。キューブリックの死後更なるリマスターを経て発売されたDVD及びブルーレイ化ではこのキューブリックの指示は顧みられず、ワイドテレビ画面に適したスクイーズ収録・画面縦横比1:1.66に統一されている。この処置で破棄された効果の最たるものは、核爆弾と共にコング少佐が落下して行く場面でビスタサイズの背景に対し1:1.33で撮影された爆弾と少佐がはみ出し、光学合成で人為的に作られたフィクション、あるいはジョークを強く意識させる点である。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 「ザ・スタンリー・キューブリック」 キネマ旬報社

外部リンク[編集]

  1. ^ テレビ放送吹き替え版では、「地球破滅兵器」と訳されている。