日本遺産
日本遺産(にほんいさん、Japan Heritage)は、日本国政府が提唱した文化財を群体(点から面への展開)として捉え、従来の保護一辺倒から積極的に活用することに目的を転換した新しい施策。
経緯
当初、日本遺産は世界遺産を目指す地域や文化財を対象に、世界遺産に対応するための新制度とすると発表された[1]。これは「武家の古都・鎌倉」が世界遺産への不登録勧告を受けて推薦を取り下げたことによるもので、支援事業的な側面があった。
その後、「クールジャパン推進のためのアクションプラン」で「文化財の保存・整備や活用・発信」[2]、「観光立国実現に向けたアクション・プログラム」で「地域の文化財等の保存・整備を図るとともに、観光資源として積極的に国内外へ発信する」[3]、「日本再興戦略」で「地域の文化財について、保存・整備を図るとともに、観光資源として積極的に国内外へ発信し、活用する」[4]とその方向性が示され、観光誘致や地域おこしへと重点が移行した。
文化庁の平成27年度予算概算要求では、「我が国の多彩な文化芸術の発信と国際交流の推進」の中で「文化遺産保護等国際協力の推進」として、「世界遺産普及活用・推薦のための事業推進」を新規事業で計上。こちらは「世界遺産暫定リストに記載された文化遺産等を日本遺産 (Japan Heritage) という呼称で、国内外に発信するにあたり、その手法等について調査研究を行う」とあり、世界遺産登録支援事業であることを主張している。
一方、文部科学省は新たに「文化財総合活用戦略プランの創設」を掲げ、「日本遺産魅力発信推進事業」の予算を計上した[5]。文化財総合活用戦略プランでは、「地域に点在する有形・無形の文化財をパッケージ化し、日本遺産に認定する仕組みを創設する」とあり、平成27年度に15件程度の日本遺産を認定し、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに100件程度にまで増やすとしている[6]。第一期の募集は2015年(平成27年)2月10日で締め切り、世界遺産暫定リストへの過去の提案物件を中心に83件の申請があった[7]。
第一期の締め切り前に日本遺産への関心を示しながら、文化財とストーリー性の関係を構築できずに応募に間にあわなかった地域も多数あった。例えば京都府下では6件の案件があった[8]が、申請されたのは滋賀県と共同申請の1件を含む4件であった。この他、栃木県益子町が益子焼を[9]、長野県伊那市が高遠石工を[10]模索していた。
展望
文化財を地域単位でまとめ包括的に発信・活用する計画は、文化庁による歴史文化基本構想の歴史文化保存活用区域があり、文化財総合活用戦略プランでも「歴史文化基本構想の策定や、地域の文化財の一体的な公開活用を促進するための情報発信、設備整備等の取組を行う自治体等への重点支援を行う」とあることから、日本遺産は歴史文化保存活用区域を実践化する可能性がある[要出典]。
歴史文化保存活用区域は2008年(平成20年)から20か所25市町村で3年間のモデル事業を展開しており、日本遺産もその中から選定される可能性はあるが、モデル事業地で世界遺産暫定リスト掲載案件でもあるのは新潟県佐渡島だけとなる。鹿児島県奄美市もあるが奄美大島は自然遺産候補であり、まだ暫定リストに掲載されていない。
地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(歴史まちづくり法)が指定する歴史的風致維持向上地区も実績があり選定候補となりえるほか、国土交通省が「地域遺産」の名称で日本遺産に類似した事業の調査を実施しており[11]、経済産業省も「地方物語事業」として類似施策を始動している[12]。
また、世界遺産に登録された富岡製糸場と絹産業遺産群を取り巻く群馬県下の絹産業関連遺産群を網羅する「ぐんま絹遺産」[13]のように世界遺産を補完する事業も日本遺産には重要と思われ[誰によって?]、ふるさと文化財の森[14]として文化財資材供給源を育成する試みもあるが、例えば無形文化遺産である和食に用いる絶滅危惧食材(希少食材)や和紙の原料となるコウゾとつなぎとして不可欠なトロロアオイの産地などを日本遺産とすることで日本文化の保護を後方支援する役割にも期待したい[誰によって?]。これはユネスコが推進する文化の持続可能性にも通じるものとなる。
一方、元ユネスコ大使で文化庁長官を務めた近藤誠一は外務省主催の講演で、ユネスコ事業の一つである創造都市ネットワーク(クリエイティブシティネットワーク)での文化・芸術による地域おこしを提言している[15]。歴史文化保存活用区域は域内に現代の日常生活を取り込むことになり、歴史的要素と馴染まない可能性もある。その点、創造都市は文化産業を街全体で展開するため、都市の中にある伝統でも構わない。例えば創造都市の工芸部門に認定されている金沢市は城下町の風情と現代の町並みが融合しており、日本遺産の一つの方向性を示すかもしれない[独自研究?]。近藤は別の講演で世界遺産推薦を取り下げた鎌倉に対しても創造都市を紹介している[16]。文化遺産と創造産業の融合は、ユネスコ指針「遺産と創造性」でも推奨している。
なお、日本遺産の事例として文化庁は「防御拠点や統治の象徴としての機能を持った近世日本の城郭建築群」や「日本各地に造られた大規模な大名庭園」を挙げており、これを「ネットワーク(シリアル)型」と呼び(シリアル(複数自治体横断)型を後押しするものとして文化財保護法での名勝に10県13か所にまたがる「おくのほそ道の風景地」が指定されている)、「屋台祭礼の場として守られてきた数百年前の町並み」や「過酷な自然環境と共存するための建築物等の生活環境と祭礼等の文化環境」を示し、これを「地域型」とし、二つのタイプを想定している[17]。さらに国会議員による文化芸術振興議員連盟と芸術関係団体で構成する文化芸術推進フォーラムが開催したシンポジウム「五輪の年には文化省」で、文部科学大臣の下村博文は「函館にこれこそ日本遺産といういい例がある。ロシア正教の教会があり、その隣にフランスのカトリック教会が建つ。ななめ向こうには英国国教会の教会。150年前からある建物だから函館では当たり前だが、世界の方から見たら、奇跡だ。道路を隔てて、ひとつの場所に異なる宗教が共存しているのは、世界の視点からするとあり得ない話。日本人にとっては当たり前で不思議に思わないが、そういう文化がある。ひとつひとつの教会も魅力があるが、面的にしたらどうなるか。日本遺産というコンセプト、ストーリーをつくる」と例えを提示した[18]。
体制
文化庁は自治体から候補を募集する旨を発表した。これは文化財保護法に基づく国の指定制度というよりは、所有者が申請する登録有形文化財に近い。選定も文化審議会ではなく、有識者会議に委ねる。このことから指定ではなく、認定という扱いになる[7]。認定登録されると、多言語ホームページやパンフレットの作製、ボランティア解説員の育成、国内外でのPR活動に助成が得られる[6]。
文化庁は、国土交通省や観光庁はじめ関係省庁と連携・協力し、省庁横断的に支援することを表明している[17]。また、申請・運用は自治体のみならず、民間(企業やNPO)参入も可能である含みを持たせている[17]。これは中小企業による地域産業資源を活用した事業活動の促進に関する法律や地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律を応用することで可能になる。
課題
日本遺産が歴史文化保存活用区域として実施される場合、制度がまだ文化財保護法に組み込まれていないことから、法改正をしない限り文化財としての法的根拠がない状態となり、単なる行政主導の百選事業で終わってしまいかねない(歴史文化保存活用区域モデル事業は文化芸術振興基本法で対応)。特に「地域型」タイプは、観光庁による観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する法律[19]に基づく観光圏との差異がないように感じられる[誰によって?]。
日本では世界遺産本体(構成資産)の周囲に巡らせる緩衝地帯(バッファーゾーン)に法的根拠がなく、景観法などで補足している状態にある。歴史文化保存活用区域を適用する場合には、文化財群の周辺環境も対象とすることから、国土形成計画法や国土利用計画法などの運用も視野に緩衝地帯の保全も望まれる[誰によって?]。
世界遺産ブームである日本では、メディアや個人が世界遺産に対する位置づけとして個々に日本遺産を称して選抜している事例があり、公共事業としての日本遺産と区別する必要がある。
文化庁は予算として日本遺産のPRを支援するとするが、「文化財版クールジャパン」を目指すのであれば訪日旅行者のために、文化遺産オンラインのように文化庁公式サイトを設け、国内においてはビジット・ジャパン案内所、海外では設置を検討しているジャパン・ハウスなどで積極的に宣伝すべきであり、受け入れ側も国際化に対応しなければならない[独自研究?]。
一覧
- 2015年(平成27年)4月24日指定[20]
名称 | 自治体 | |
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1 | 近世日本の教育遺産群 ―学ぶ心・礼節の本源― | 水戸市(茨城県)、足利市(栃木県)、備前市(岡山県)、日田市(大分県) |
2 | かかあ天下 ―ぐんまの絹物語― | 桐生市、甘楽町、中之条町、片品村(群馬県) |
3 | 加賀前田家ゆかりの町民文化が花咲くまち高岡 ―人、技、心― | 高岡市(富山県) |
4 | 灯り舞う半島 能登 ~熱狂のキリコ祭り~ | 七尾市、輪島市、珠洲市、志賀町、穴水町、能登町(石川県) |
5 | 海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 ~御食国若狭と鯖街道~ | 小浜市、若狭町(福井県) |
6 | 「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜 | 岐阜市(岐阜県) |
7 | 祈る皇女斎王のみやこ 斎宮 | 明和町(三重県) |
8 | 琵琶湖とその水辺景観―祈りと暮らしの水遺産 | 大津市、彦根市、近江八幡市、高島市、東近江市、米原市(滋賀県) |
9 | 日本茶800年の歴史散歩 | 宇治市、城陽市、八幡市、京田辺市、木津川市、宇治田原町、和束町、南山城村(京都府) |
10 | 丹波篠山 デカンショ節―民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶 | 篠山市(兵庫県) |
11 | 「日本国創成のとき ―飛鳥を翔た女性たち―」 | 明日香村、橿原市、高取町(奈良県) |
12 | 六根清浄と六感治癒の地 ~日本一危ない国宝鑑賞と世界屈指のラドン泉~ | 三朝町(鳥取県) |
13 | 津和野今昔 ~百景図を歩く~ | 津和野町(島根県) |
14 | 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市 | 尾道市(広島県) |
15 | 「四国遍路」~回遊型巡礼路と独自の巡礼文化~ | 愛媛県・高知県・徳島県・香川県の57市町村 |
16 | 古代日本の「西の都」~東アジアとの交流拠点~ | 太宰府市(福岡県) |
17 | 国境の島 壱岐・対馬 ~古代からの架け橋~ | 対馬市、壱岐市、五島市、新上五島町(長崎県) |
18 | 相良700年が生んだ保守と進取の文化 ~日本でもっとも豊かな隠れ里―人吉球磨~ | 人吉市、錦町、あさぎり町、多良木町、湯前町、水上村、相良村、五木村、山江村、球磨村(熊本県) |
ギャラリー
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1. 弘道館
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1. 足利学校
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1. 咸宜園
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4. 能登キリコ祭り
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5. 鯖街道(熊川宿)
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8. 琵琶湖
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9. 宇治製茶記念碑(平等院)
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10. デカンショ祭
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11. 藤原京
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12. 投入堂
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13. 津和野
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14. 尾道水道
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15. 四国遍路
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16. 大宰府
脚注
- ^ 『読売新聞』2013年(平成25年)5月14日夕刊
- ^ クールジャパン推進会議 - 内閣官房 平成25年5月28日
- ^ 観光立国推進閣僚会議 - 観光庁 平成25年6月11日
- ^ 日本再興戦略の改定 平成25年6月14日 閣議決定 - 首相官邸
- ^ 平成27年度予算 - 文部科学省
- ^ a b 『読売新聞』2015年(平成27年)1月7日
- ^ a b 「日本遺産(Japan Heritage)」の認定結果及びロゴマークの発表について 文化庁 平成27年4月24日 (PDF)
- ^ 「日本遺産」の認定について (PDF) - 京都府
- ^ 益子焼を「日本遺産」に - 産経ニュース 平成27年2月18日
- ^ 高遠石工を日本遺産に - 長野日報 平成27年3月12日
- ^ 地域遺産調査概要 - 国土交通省 (PDF)
- ^ 『読売新聞』2014年(平成26年)10月20日および2015年(平成27年)2月15日
- ^ ぐんま絹遺産
- ^ ふるさと文化財の森システム事業 - 文化庁
- ^ 「日本の再生と文化芸術の役割-世界遺産登録と文化創造都市ネットワークを中心として-」近藤誠一 - 47行政ジャーナル
- ^ 近藤誠一「これからの鎌倉」 (PDF)
- ^ a b c 参考資料p14 日本遺産魅力発信推進事業 - 文化庁 (PDF)
- ^ 「五輪の年には〝文化省〟」 文化予算増額訴えシンポジウム - 47行政ジャーナル
- ^ 観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する法律
- ^ 「日本遺産」18件認定 文化庁、旧弘道館や四国遍路など - 日本経済新聞