ヘイトスピーチ

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ヘイトスピーチ: hate speech)は、人をその人種民族国籍宗教思想性別性的指向性自認障害職業社会的地位・経済レベル、外見などを理由に貶めたり暴力差別的行為を煽動したりするような言動のことである。ただし、その定義自体に論争がある。

概要

人種民族国籍宗教思想性別性的指向障害職業、社会的地位・経済レベル、外見などといった欠点が、ある人種や民族の固有の特質であるとして、その存在をおとしめ、憎悪、暴力をかき立てるような主張をすることがヘイトスピーチの特徴である。基本的には“自ら能動的に変えることの出来ない”特質が対象となるが、能動的に変更することのできる言動を対象としている場合でも、その否定的な側面が固有の人間的、民族的な欠陥から生じるのだという言い方がなされる。これは巧妙なヘイトスピーチである。ヘイトスピーチによって構成されるウェブサイトを「ヘイトサイト」(hate site)と呼ぶ。

ヘイトスピーチの目的は、特定の相手への反感、敵意、攻撃的感情を集積することにあり、その目的に沿った意見や出来事、特徴の提示は正しく、その目的に沿わないものは、「洗脳されている」「買収されている」「捏造している」などと単純化して批判される。対象となっている集団と攻撃をしている自分たちとのあいだには本質的に乗り越えられない優劣の差があるという見方を広めることで、悪意の正当化がなされる。読んだ者は、その攻撃的な表現にショックを受けたり、実際の事実が引用されているからと信じ込んでしまったり、または記述が大量、執拗であるために、反論する思考力を喪失し、無力化されやすい。また自分自身が攻撃をされる対象者であるときには、自分たちは攻撃をされても仕方のない存在であると思い込んだり、自分の帰属する集団を憎悪することがある。またはヘイトスピーチの相手に対して怒りを向けるようになる。またヘイトスピーチは公式の場ではなく、匿名化され、インターネットなどの世界で発信されることが多いが、そのために、本音では皆がそのように思っているのではないかという疑念を生じる。これらは言説による心理的被害であり、犯罪被害虐待などのトラウマ被害者の心理と一部共通する。

このように憎悪、無力感、怒り、不信を引き起こし、相互的に理解を深めようとする努力を無効にすることがヘイトスピーチの効果である。

論争

「ヘイトスピーチ」とは、「人種、宗教、ジェンダーなどの要素に起因する憎悪や嫌悪(hatred)の表現」[1]を指すとされるが、その定義をおこなう意図が規制目的であることが多いため[要出典]、その意味する範囲などをめぐり様々な論争が生じている。

具体的に、1990年代より米国の大学において「ヘイトスピーチは差別の一形態である」という主張がなされ[要出典]、特に制限する規則が採用されるようになり、これが、アメリカ憲法の保障する言論の自由思想の自由を侵害するものではないかとして論争が起こった。この概念は口頭によるものだけでなく文書にも及ぶ。

また、一種の思想統制、言論統制として機能することから、ヘイトスピーチの定義を誰がどのように行い、どう規制するのかということからも論争の対象とされている。このため、米国の多くの法廷でもヘイトスピーチの定義を決めかねている。なお、米国では、言論の内容が差別的であるという理由から言論を規制するような法律は違憲とされている。

主な論点として、次のものが挙げられる。

  • 言動の影響力は、個人の考えの表明に過ぎないのか、それとも他人を傷付けるものであるか。
  • 他者を傷つける場合があっても、言論や表現の自由は公の議論の自由を守るために必要であるか、むしろ有害な議論を呼ぶのか。
  • 政府は議論を規制するよりも、同性愛者もしくはLGBT、民族的なマイノリティなどの特徴的な個人や集団の利益や権利を保護する政策を行うべきではないか。

法的な側面

米国では、憲法修正第1項において政府が言論を規制することを強く禁じている。米国の法学者は一般に、政府は言論の内容を取り締まることはできないが、中傷や名誉毀損、暴動の煽動など言論が引き起こす弊害については規制できる、と解釈している。したがって、言論の内容が差別的であるという理由から言論を規制するような法律は違憲とされている。先進国の中で、米国はヘイトスピーチを法的に禁止していない数少ない国である。しかしヘイトスピーチについての社会的な論争はあり、下記のようなスピーチコードも普及しているので、ヘイトスピーチが全く無批判にメディアやネット上で認められているというわけではない。特に人種や民族についてのヘイトスピーチは、強く非難される。

ドイツ憲法では、自分の意見を発する自由を保障する一方、治安を妨害するような言論の濫用を厳しく規制している。また、ナチスによるホロコーストの経験をもつドイツでは、民族集団に対する憎悪を煽動するような行為を刑法(民衆扇動罪。第130条)で特に禁止している。

日本においては、アメリカと同様に憲法において言論の自由が強く保障されており、ヘイトスピーチ自体を特別に取り締まる法律はない。差別(人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向に対する差別・人権侵害)的言論を規制する意図を背景に人権擁護法案等で、諸々の検討がなされているが、言論の自由の侵害の危険性など法案の合憲性、内容や運用方法、制度の必要性などを巡って議論となっている。しかしヘイトスピーチについての社会的な認識や批判は、米国ほどには進化していない。

2011年5月3日には、自由権規約人権委員会は、言論の自由とその限界を定めた国際人権規約第19条と差別や暴力を扇動する国民的、人種的、宗教的憎悪の唱道を法律で禁止することを求めた同第20条との関係について、『ヘイトスピ-チ』の多くが国際人権規約第20条の水準にそぐわないことを懸念する総括所見草案を発表した。[2]

その他、ヘイトスピーチの各国における法的な扱い
  • ホロコーストの否定は、多くのヨーロッパ諸国においてヘイトスピーチの一種であると認識されている。なお、ホロコーストの否定を非難する決議が、2007年の国連総会で採択された。 
  • イギリスでは、公共秩序法 (Public Order Act 1986) によって、人種的嫌悪を煽動したものは最高7年の懲役に処される。
  • カナダでは、肌の色や人種、宗教、民族的出自、性的嗜好によって区別される集団に対する嫌悪を煽動した者は最低でも2年、最高で14年の懲役刑となる。
  • オーストラリアビクトリア州では、人種的宗教的寛容法 (Racial and Religious Tolerance Act 2001) によって、人種や宗教を理由に人を嫌悪、憎悪、侮蔑、愚弄する行為に関わることが禁じられている。

その他、以下の国々でもヘイトスピーチを禁止する法律が存在する。

スピーチコード

米国やヨーロッパのさまざまな研究機関で、ヘイトスピーチは差別行為の一形態であるという主張に基づき、1990年代頃からヘイトスピーチを規制する言論規制(speech code)が開発され、教育機関やメディア労働組合などで採用するところがでるようになった。[要出典]これらの規則は、意図的であるかないかにかかわらず、特定の民族宗教性的嗜好性的指向性自認などの個人や集団に対する嫌悪や侮蔑を表す言葉や表現の使用を規制している。

脚注

  1. ^ 小谷順子「米国における表現の自由とヘイトスピーチ規制 : Virginia v. Black, 123 S. Ct. 1536(2003)判決を踏まえた検討」『法政論叢』第40巻第2号、日本法政学会、2004年5月15日、149-167, A17-A18、NAID 110002803938 
  2. ^ Draft general comment No. 34

参考文献

関連項目