読売ジャイアンツの応援団
読売ジャイアンツの応援団(よみうりジャイアンツのおうえんだん)とはプロ野球読売ジャイアンツを応援する応援団の事である。
目次 |
[編集] 東京読売巨人軍応援団
東京読売巨人軍応援団(とうきょうよみうりきょじんぐんおうえんだん)は、1975年(昭和50年)に大阪[1] 1978年(昭和53年)東京[2]に創立された私設応援団である。以前は北海道・東京・名古屋・大阪・広島に系列団体があったが2011年(平成23年)現在は2団体のみ現存する。
[編集] 概要
応援時に白文字のYGロゴ入りの赤いポロシャツを着ていた為、通称「赤組」と呼ばれている。
後楽園球場時代では団員は全員、YGロゴ入りのオレンジの帽子をかぶっていた。(現在は一部の団員のみ)
2004年(平成16年)より、中京地区での活動を自粛(当時中京地区にあった他の私設応援団の暴力団との係わりや、その他の理由により)しているが、出入り禁止ではない。(また2004年7月10日にナゴヤドームで行なわれたオールスターゲームでも活動は行なわなかった)[3][4]
2004年(平成16年)以降の中日主催試合では有志がメガホンや指笛などで応援をまとめている。なお、2010年(平成22年)のクライマックス・シリーズファイナルステージがナゴヤドームで行われた際は、試合の重要さを鑑みて、“特例”として応援活動を行なったが完全にナゴヤドームでの応援が復活したわけではない。2011年(平成23年)以降の応援活動は現在は不明である。[5]
「東京読売巨人軍応援団」という名は厳密には東京の応援団の団名であり、他の系列応援団の団名は「東京読売巨人軍応援団」の団名の後に団体が存在する地名が入る。
2011年(平成23年)現在の東京読売巨人軍応援団大阪の団員は13人。東京読売巨人軍応援団大阪は1975年(昭和50年)に初代応援団長・福田甲一の呼びかけで結成された。(現在の団長は秋田正光)[1]。
[編集] 応援スタイルなど
「ジャイアンツのファンたるもの、選手同様、紳士であれ」をモットーに応援活動を行っているため、他球団を蔑むような応援(相手チームがアウトになった際のファンファーレ等)や野次などの行為は、一切行われていない。
このため、他球団へ移籍した選手に対してもブーイングは行わずにエールが送られている。
「メガホンを使わず、声と手拍子だけで応援しよう」と呼びかけており、ここ数年外野席では手拍子で応援するファンも多くなっている。
グランド内へ物(メガホンなど)の投げ入れを、「選手の聖地であるグラウンドへ、物を投げるのを止めよう」と呼びかけている。
応援歌は選手の名前とひっかけたものがいくつかある。(小笠原道大は、「…明日を照らす道広げ…」で、道大にかけている。また、二岡智宏(現・北海道日本ハム)は「…二岡共に歩もう」で、二岡智宏にかけている。)
数年前から応援歌の著作権が問題になっていたため、2008年(平成20年)から阿部、二岡は応援歌を変更、高橋由、清水は歌詞のみを変更した。[6]
2010年(平成22年)のシーズン途中から同年に亡くなった木村拓也コーチの応援歌を1-9の際に原辰徳監督の応援歌の後に歌われている。[7]
原辰徳監督・木村拓也元コーチ・岡崎郁コーチ・篠塚和典元コーチの応援歌の後半部分では振り付けがつけられている(木村拓也元コーチは「Vへの道」の部分でVサイン)
後楽園球場時代、一部の女性団員はスカートを履いてチアガールの応援をしていた。(東京ドームになってからも、しばらくは行なっていた)
木村拓也元コーチが亡くなった当日の2010年(平成22年)4月7日 - 8日の阪神戦(阪神甲子園球場)や4月9日 - 11日の中日戦(東京ドーム)などでは球団旗による半旗や応援歌などの追悼が行なわれた。(4月10日の二次会では当応援団の指導による黙祷が行なわれた、ちなみに4月7日の試合では全球場で行なわれた)
[編集] 球場での応援
- 1回の巨人攻撃開始時には「東京ファンファーレ」が演奏される。
- 6回の巨人攻撃開始前には「侍ジャイアンツ」が演奏される。
- 7回の巨人攻撃開始前には「闘魂こめて」が演奏される。(東京ドームでは球場の放送で流される)[8]
- 8回の攻撃開始前には「GOGO GIANTS」が演奏される。(2007年頃から神宮球場ではジェット風船が飛ばされたが現在は球場側がジェット風船を禁止しているので飛ばすことはできない)
- 9回には「巨人の星」が演奏されるが近年は演奏しない場合が多い。
※ただし、ビジターの試合では順番が入れ替わったり(東京ファンファーレは除く)、代わりに原辰徳監督の応援歌が流れたり、2010年(平成22年)には木村拓也元コーチの応援歌が演奏される事もあった。
[編集] 限定応援
2009年(平成21年)7月7日~9日では全選手に対して、伝説の初代応援歌「闘魂マーチ」(王貞治にも使用された)を使用した。(「闘魂マーチ」⇒「現役応援歌」の順で演奏した)[9]
2010年(平成22年)の「GREAT CENTRAL」~オールドユニホームシリーズ2010~では8月24日と26日は2009年(平成21年)と同じ方法で行なわれたが25日では、1980年代の応援歌を使用した(闘魂マーチは応援歌未定選手に対して演奏されたが矢野謙次に対しては矢野本人の応援歌が演奏された)[10][11][12][13][14][15]
2軍やオープン戦での試合では選手別応援歌が無い選手に対してはオールド応援歌が使用されている。[16]
北海道の応援団は他の系列応援団が使用するチャンステーマ以外にもスパルタンXをチャンステーマに使用している。(北海道の応援団員が遠征すると札幌ドーム以外でも演奏される)[17]
ナゴヤドームでの坂本勇人に対しての応援では「坂本コール」では無く、「ハヤトコール」となっている。(名古屋の有志が始めたもので応援団によるものではない、また2010年のナゴヤドームでのクライマックスシリーズファイナルステージでも当応援団は「ハヤトコール」を使用した。)
2010年(平成22年)の開幕3連戦(3月26日~28日)では「応援幕&応援ボード祭」と称した応援を行なった。(当応援団は「原点から頂点再び!」の横断幕を掲げた)[18]
[編集] 応援旗
- 読売巨人軍の球団旗[19][20]
- 白地で中央に読売巨人軍がかつて使用していたエンブレム、右下に「巨人軍応援団」(東京と大阪の応援団が使用していて2010年から東京の応援団では2枚所有していた)[21][22]
- 白地に中央にジャビットが描かれ下に「東京読売巨人軍応援団札幌」(北海道の応援団が使用している)
- 白地に読売巨人軍が球団創設70周年(2004年・平成16年)に使用したエンブレム、右下に「巨人軍応援団」(2004年のみ使用)[23]
[編集] 選手別応援旗
2010年(平成22年)現在、現役選手に対しては選手別応援旗は無いので下記はかつて使用した旗である。
[編集] 横断幕
白地に黒で「一戦必勝」[25]・「原点から頂点再び!」・「おめでとう」・「維新 頂点掴め!(右下に「スタンド一同」)」などがある。
[編集] 選手別横断幕
- 小笠原道大(白地に黒で「華翔放弾小笠原道大」)
- 脇谷亮太(オレンジの生地に黒で「飛動脇谷亮太」)
- 亀井義行(オレンジに「駆け抜けろ亀井義行」駆け抜けろは白・亀井義行は黒)
- 久保裕也(オレンジに「魅せろ 快投 久保裕也」色は水色、赤、黒の順)
- 矢野謙次(黒地にオレンジで「矢野 謙次 48」右下に「The Spirits of Fire」48は白で8の部分にサイン)
[編集] 選手別横断幕(元巨人選手)
- 小久保裕紀[26]
- 工藤公康(通算200勝達成時に使用)[27]
- 元木大介(白地に黒で「おかえり元木」 2003年5月30日の元木の復帰戦で掲げた)
- 川相昌弘(白地に黒で「冴える技 川相昌弘」)
- 高橋尚成(白地に赤で「天晴れ!高橋尚成」)
- 李承燁(オレンジに白で「The Pride of a Home Run King 25 Lee」 25 Leeは黒)
- 日韓通算400号を放った試合では白地に黒で「축 한일통산400호」(祝 韓日通算400号)と書かれた横断幕を掲げた 축と400はオレンジ)[1]
- 木村拓也(黒地に白で「我慢前進 木村拓也」(我慢前進は白い枠の黒文字・横断幕の両端はオレンジ)
[編集] 東京の応援団の解散とその後
2003年(平成15年)から東京ドームにて行われている巨人主催の試合やイベントにおいて、ジャイアンツの応援活動を行っている唯一の私設応援団であったが2010年(平成22年)12月27日、東京の男性団員1名が、チケットの不正転売を行い、その責任を取って東京の応援団は自主解散したと発表された。[28]
また他の東京団員20名も1年間の応援自粛を決めた。[29]それにともない2011年(平成23年)より新たな私設応援団の読売ジャイアンツ応援団が発足したが、大阪と北海道の応援団はユニフォームを読売ジャイアンツ応援団に準じたものに変更した他は例年通り活動している。
ただし東京読売巨人軍応援団大阪は2012年(平成24年)から「読売ジャイアンツ大阪応援団」に改称し読売ジャイアンツ応援団の系列になる為に「東京読売巨人軍応援団」は「東京読売巨人軍応援団北海道」のみになるので事実上、北海道の応援団となる[1]。
[編集] 読売ジャイアンツ応援団
読売ジャイアンツ応援団(よみうりジャイアンツおうえんだん)は2011年(平成23年)に創立された私設応援団である。
[編集] 概要
- 当応援団は2010年(平成22年)に東京読売巨人軍応援団(東京の団体のみ)が不祥事により自主解散し、2011年(平成23年)シーズンから活動をしている応援団である[1]
- 2011年(平成23年)2月5日に球団事務所にて結団式が行なわれ、28人が団員となり、東京読売巨人軍応援団の元団長だった丸山順二郎が団長である。[30]
- 当応援団は東京を拠点に主に関東近郊で行われる試合で応援活動している[1]
- 当応援団も東京読売巨人軍応援団北海道・読売巨人軍応援団GLOVE(広島・九州)と同様にナゴヤドームでの応援活動は行なっていない。しかし、2011年(平成23年)のマツダオールスターゲームでは活動を行なった。
- 団員はYGロゴやGIANTSロゴが書かれたユニフォームを着用して応援活動をしている。[31]
- 平成24年から「東京読売巨人軍応援団大阪」は「読売ジャイアンツ応援団大阪」として活動する[32]。
[編集] 応援スタイル等
- 2010年(平成22年)シーズンまで活動していた東京読売巨人軍応援団の伝統と応援スタイルを受け継ぐ。
- 近年演奏されていなかった伝説の応援曲「ジャイアンツブルース」を演奏している。[33]
[編集] 応援旗
- 読売巨人軍の球団旗(2枚所有している)
- オレンジ地に中央にウイニングジャビット、背景に稲妻(2011年(平成23年)8月より使用)
[編集] GLOVE
GLOVE(ぐろーぶ)とは広島と九州に団体がある私設応援団である。岡山の応援団は現在、活動を行なっていない。
[編集] 三重巨勝会
三重巨勝会(みえきょしょうかい)とは、かつて中京地区を拠点としていた読売ジャイアンツの私設応援団である。
[編集] 事件とその後
- 団員の1人が2003年(平成15年)7月21日の東京ドームで読売新聞東京本社の男性に対して因縁を付け暴行事件を起こし、暴行した団員は翌日の試合の入場を拒否された。2003年(平成15年)8月14日には東京ドームで暴行事件を起こした団員と他の団員2名がナゴヤドームのゲート付近にて、別の巨人私設応援団の東京読売巨人軍応援団のリーダー2人に対して、読売本社と十分交渉しなかったとして、殴る蹴るなどの暴行を加え、2003年(平成15年)10月26日に暴行をした団員3人(内2人は暴力団員)が逮捕された。[34]
- 2011年(平成23年)現在は活動を行なっていない。
[編集] 解散後の影響
当応援団の解散後は前述の様な事があった為に東京読売巨人軍応援団は2004年(平成16年)より中京地区での応援活動を自粛。別の私設応援団の読売巨人軍応援団GLOVEも遠征による応援活動を行なっていない。 その影響でナゴヤドーム(中日主催試合)で行われる試合では、応援団が全くいない状況であり、笛、ドラム、トランペットによる応援が一切行われていない。但し、2010年(平成22年)のナゴヤドームで行われたクライマックスシリーズ・ファイナルステージでは特例として東京読売巨人軍応援団によって応援活動が行われた。
[編集] G-FREAKS
G-FREAKS(ジーフリークス)とは、2002年(平成14年)まで活動していた読売ジャイアンツの元・プロ野球私設応援団である。
[編集] 概要
東京ドームにて行われていた巨人主催の試合やイベントにおいて、2002年(平成14年)までジャイアンツの応援活動を行っていた私設応援団である。元々の団体名は「関東狂巨熱一家(かんとうじゃいきちいっか)」であったが、後に「G-FREAKS」と名称変更した。応援時にロゴ入りの黒いTシャツを来ていた為、通称「黒組」と呼ばれていた。2002年まで東京ドームに入場していた応援団の中でも、どの応援を行うかを先導を切って仕切っていた、応援団の中でも一番発言権のあった団体であった。
[編集] 刑事事件の発生と活動禁止
2002年(平成14年)、私設応援団外野自由席席取り事件を引き起こす。この事件は、東京ドーム(以下ドーム)で行われるジャイアンツ戦の外野席は、10列目より前方を外野指定席、11列目より後方が自由席となっていたにもかかわらず、暴力団員からの依頼で当応援団の応援団員が球場の警備員と組んで40人分もの席取りを行い、常習ショバ屋行為の疑いで逮捕されるという事件であった。 また、上記以外の試合日によっては、自由席の殆どを占拠することも度々あった。[35]
この不祥事に対し、読売新聞東京本社広報部は「結果的に違法グループの横行を許したことを、主催者としてファンの皆さんにおわびします。2003年(平成15年)からは、外野席を全席指定とし、再発防止に万全を期すとともに、子どもからお年寄り、遠隔地の方にも安心してゲームを楽しんでいただけるよう、ファンサービスに取り組みます」とコメントした。
また、この事件を受けて、ドームにおいて(事実上は他の球場も含め)は東京読売巨人軍応援団の系列団体(北海道)及び読売巨人軍応援団GLOVE(広島・九州)・読売ジャイアンツ応援団(東京・大阪)のみ応援活動を許可されることとなり、当応援団は、ジャイアンツ主催試合に対して、球場内への出入りを禁止されたため、現在は活動を行っていない。(尚、元団員の一部は、巨人のビジターゲームの応援は行なっているが、ゲートフラッグ等を掲げたりしている程度で、以前のような活動は実質行なえないようである。)
なお、中心メンバーの一部は、応援の舞台をサッカーに移し、日本代表や横浜F・マリノス、さらには運営会社からの依頼を受け[36](サクラ)新日本プロレスの応援にも参加している。現在、新日本プロレスの試合会場には、マリノスの応援チャントから引用された「魂込めて」や、千葉ロッテマリーンズで掲出された横断幕からの引用である「俺たちがついてるぜ」の文言の書かれた横断幕が掲出されている。
[編集] 名古屋連合会
名古屋連合会(なごやれんごうかい)とは、かつて中京地区を拠点としていた応援団連合であるが暴力団関与などにより、2004年(平成16年)3月に暴力団排除対策委員会が球場への立入禁止を通告し、現在に至っている[37]。
[編集] その他の応援団
[編集] 注釈
- ^ a b c d e 大阪応援団の団員募集について
- ^ 東京読売巨人軍応援団ホームページ(現在は閉鎖)
- ^ 毎日新聞 2005年(平成17年)9月24日
- ^ 名古屋について|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ 緊急告知『CSの応援活動について|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ 2008年 応援歌変更についてのお知らせ
- ^ スーパー1-9|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ PocketG(ポケジー)を参照 場内放送では5回表終了後に流される
- ^ 首位になった|東京読売巨人軍のブログ
- ^ 復刻!応援歌情報|東京読売巨人軍のブログ
- ^ 復刻!応援歌情報2|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ 復刻!応援歌情報3|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ 復刻!応援歌情報4|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ 復刻!応援歌情報5|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ 復刻!オールド選手別応援歌
- ^ 清水氏ありがとう。|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ スパルタンX|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ 東京読売巨人軍応援団 旧HP
- ^ 「奪回!原巨人 5年ぶりのV」(読売ウイークリー臨時増刊)P18
- ^ サンスポ臨時増刊「原巨人 奇跡連覇」P8
- ^ 「奪回!原巨人 5年ぶりのV」(読売ウイークリー臨時増刊)P18
- ^ サンスポ臨時増刊「原巨人 奇跡連覇」P8
- ^ 日テレG+での巨人戦中継後に流される「GIANTS IN 東京ドーム」(2004年)にて確認できる
- ^ 小久保裕紀応援旗、東京ドームに舞う!!
- ^ キチッと東京|東京読売巨人軍応援団のブログ
- ^ 小久保裕紀応援旗、東京ドームに舞う!!
- ^ 日テレG+での巨人戦中継後に流される「GIANTS IN 東京ドーム」(2004年)にて確認できる
- ^ 新応援団の結成と団員募集について
- ^ 巨人公認応援団 チケット不正転売で自主解散(スポーツニッポン) - goo ニュース
- ^ 新応援団が結団式
- ^ 日テレG+「われらG党」で新応援団に密着
- ^ 大阪応援団の団員募集について
- ^ 巨人応援団の苦闘ドキュメント 伝説のブルースの復活劇 - 47NEWS(よんななニュース)
- ^ 2003年(平成15年)10月27日 読売新聞
- ^ <東京ドーム>巨人戦で不法転売の暴力団組長を逮捕 警視庁(毎日新聞)
- ^ 日刊スポーツ 2006年(平成18年)4月15日 [リンク切れ]
日刊スポーツ 2006年(平成18年)4月15日(ミラー) - ^ 毎日新聞 2005年(平成17年)9月24日