マルクス・ヴィンケルホック

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マルクス・ヴィンケルホック
Markus Winkelhock 2008 April Hockenheimring.jpg
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
出身地 同・シュトゥットガルト
生年月日 1980年6月13日(32歳)
F1での経歴
活動時期 2007
過去の所属チーム '07 スパイカー
出走回数 1
優勝回数 0
通算獲得ポイント 0
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 2007年ヨーロッパグランプリ
最終戦 2007年ヨーロッパグランプリ
タイトル 0
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マルクス・ヴィンケルホック(Markus Winkelhock、1980年6月13日 - )は、ドイツ出身のレーシング・ドライバーである。「マーカス・ヴィンケルホック」、「マルカス・ビンケルホック」などとも表記されることもある。

目次

経歴 [編集]

F3(2002年)

F1以前 [編集]

フォーミュラ・ケーニッヒなどの下級フォーミュラを経て、1998年から2000年にかけて、フォーミュラ・ルノー・ユーロカップに参戦し、その後の2001年から2003年にかけてドイツF3選手権に参戦し、数回の優勝を収め注目された。

2004年からはドイツツーリングカー選手権(DTM)に参戦し、メルセデス・ベンツCLKをドライブし、続く2005年には、この年から始まったフォーミュラ・ルノー3.5に参戦し3勝を挙げた。

F1 [編集]

2006年 [編集]

2006年にはMF1レーシングの第3ドライバー兼テストドライバーとなり、数レースにおいて金曜の練習走行をドライブしたものの、この年には決勝レース出場は叶わなかった。

2007年 [編集]

2007年は再度ドイツツーリングカー選手権を戦っていたが、クリスチャン・アルバースに代わりヨーロッパグランプリスパイカーF1チームから1戦のみ参戦した。

ラップリーダー [編集]

予選では最下位になり、ひとつ順位が上のチームメイトであるエイドリアン・スーティルに1秒以上離され低迷した。しかし、決勝レースでは悪天候を予想してフォーメーション・ラップ終了後にピット・インをしてレインタイヤに交換を行い、ピットからスタート。その後急変した天気に他車がスピンやピットインを行う中、ポールポジションからドライタイヤでスタートしていたキミ・ライコネンを追い抜き、デビュー戦でトップを走行した。

なお最後方グリッドスタートでのラップリーダーはF1史上2人目の快挙であった。その後もセーフティカーが入ったこともあり、レースが赤旗中断されるまでの6周に渡りトップの座を守り続けた。

再スタート後には遥かに性能に優れるマクラーレンスクーデリア・フェラーリに抜かれたものの、15周目にマシントラブルでリタイヤするまでの間、中段グループで健闘を続けた。しかし1レースのみの契約であったこともあり、次レースからは山本左近に正ドライバーの座を譲ることになった。

2008年以降 [編集]

2010年シーズンまで、アウディ・A4を駆ってドイツツーリングカー選手権(DTM)に参戦。 2011年からはFIA GT1世界選手権に参戦中。

縁戚 [編集]

ATSブラバムなどからF1に出走した経歴のあるレーサー、マンフレッド・ヴィンケルホックを父に持つほか、叔父のヨアヒム・ヴィンケルホックAGSからF1に出走した経歴を持つ。

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]