野辺地町
| のへじまち 野辺地町 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
|
| |||||
| |||||
| 国 |
| ||||
| 地方 | 東北地方 | ||||
| 都道府県 | 青森県 | ||||
| 郡 | 上北郡 | ||||
| 市町村コード | 02401-5 | ||||
| 法人番号 | 6000020024015 | ||||
| 面積 |
81.68km2 | ||||
| 総人口 |
10,877人 [編集] (推計人口、2026年4月1日) | ||||
| 人口密度 | 133人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 上北郡横浜町、東北町、六ヶ所村、東津軽郡平内町 | ||||
| 町の木 | サクラ | ||||
| 町の花 | ハマナス | ||||
| 町の鳥 | カモメ | ||||
| 野辺地町役場 | |||||
| 町長 | 野村秀雄 | ||||
| 所在地 |
〒039-3131 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||

国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。
野辺地町(のへじまち)は、青森県下北半島の基部陸奥湾の湾頭に位置する町。上北郡に属する。気候は北東風(やませ)の影響を受け1年を通じて冷涼であり、冬は県内でも有数の豪雪地帯である。
地理
[編集]下北半島の付け根に位置し、北に陸奥湾、南に烏帽子岳に囲まれる。
隣接する自治体
[編集]気候
[編集]寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪量が多く、特別豪雪地帯に指定されている。
年平均気温は10.0℃である。平年値では猛暑日が0.0日、真夏日が5.6日、夏日が43.5日、真冬日が19.8日、冬日が109.9日となっている[2]。また、1月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
冬季は、近年でも-10℃を下回る気温が観測され、2021年1月3日に-10.5℃、2021年1月8日に-11.3℃、2022年2月1日に-11.1℃を観測している[3]。
年平均降水量は1291.1mmである。
年平均日照時間は1651.6時間である。
| 極値[4] | 観測値 | 観測年月日 |
|---|---|---|
| 日最高気温 | 35.6℃ | 2023年8月10日 |
| 日最低気温 | -12.3℃ | 2014年1月18日 |
| 野辺地(上北郡野辺地町有戸鳥井平、標高14m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 12.8 (55) |
17.2 (63) |
20.7 (69.3) |
26.5 (79.7) |
28.4 (83.1) |
32.2 (90) |
33.3 (91.9) |
35.6 (96.1) |
32.6 (90.7) |
28.5 (83.3) |
25.4 (77.7) |
18.0 (64.4) |
35.6 (96.1) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 1.6 (34.9) |
2.3 (36.1) |
6.2 (43.2) |
11.9 (53.4) |
17.1 (62.8) |
20.4 (68.7) |
24.2 (75.6) |
25.8 (78.4) |
23.0 (73.4) |
17.2 (63) |
10.8 (51.4) |
4.4 (39.9) |
13.7 (56.7) |
| 日平均気温 °C (°F) | −0.7 (30.7) |
−0.5 (31.1) |
2.6 (36.7) |
7.3 (45.1) |
12.4 (54.3) |
16.0 (60.8) |
20.4 (68.7) |
22.1 (71.8) |
19.1 (66.4) |
13.2 (55.8) |
7.3 (45.1) |
1.6 (34.9) |
10.0 (50) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −3.5 (25.7) |
−3.5 (25.7) |
−1.2 (29.8) |
2.5 (36.5) |
8.2 (46.8) |
12.5 (54.5) |
17.5 (63.5) |
19.1 (66.4) |
15.2 (59.4) |
8.7 (47.7) |
3.5 (38.3) |
−1.4 (29.5) |
6.5 (43.7) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −12.3 (9.9) |
−11.1 (12) |
−10.7 (12.7) |
−4.7 (23.5) |
−1.0 (30.2) |
4.9 (40.8) |
11.8 (53.2) |
12.6 (54.7) |
5.7 (42.3) |
0.9 (33.6) |
−4.3 (24.3) |
−8.1 (17.4) |
−12.3 (9.9) |
| 降水量 mm (inch) | 81.5 (3.209) |
66.4 (2.614) |
84.2 (3.315) |
75.5 (2.972) |
82.4 (3.244) |
89.5 (3.524) |
137.0 (5.394) |
196.8 (7.748) |
148.0 (5.827) |
132.5 (5.217) |
85.0 (3.346) |
109.8 (4.323) |
1,291.1 (50.831) |
| 降雪量 cm (inch) | 116 (45.7) |
99 (39) |
51 (20.1) |
4 (1.6) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
8 (3.1) |
97 (38.2) |
- (147.7) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 17.0 | 14.4 | 12.5 | 9.9 | 9.8 | 8.7 | 10.7 | 10.9 | 11.1 | 12.3 | 14.3 | 18.2 | 150.1 |
| 平均月間日照時間 | 74.3 | 94.8 | 153.3 | 192.7 | 210.0 | 166.1 | 136.4 | 148.5 | 160.7 | 150.3 | 96.0 | 70.1 | 1,651.6 |
| 出典:気象庁(平均値:2008年 - 2020年、極値:2008年 - 現在)[5][6] | |||||||||||||
歴史
[編集]
(2008年(平成20年)5月撮影)
野辺地の名の由来は、「野」は自然のままの広い地を表し、「辺」・「辺地」はあたり、周辺を表すと言われる。 アイヌ語の「ヌプンペッ」(野中を流れる川)という説もある。古くから交通の要衝として栄えた。また現在では、下北・上北地域の広域交流の連絡都市としての期待がある。
行政
[編集]町政
[編集]歴代町長
[編集]| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 1 | 角鹿民右衛門 | 1897年8月28日 | 1899年11月29日 |
| 2 | 野村新八郎 | 1900年1月29日 | 1900年5月18日 |
| 3 | 井山保太郎 | 1900年6月14日 | 1916年2月18日 |
| 4 | 篠田龍夫 | 1916年4月12日 | 1919年2月9日 |
| 5 | 武士忠一郎 | 1919年5月22日 | 1921年5月31日 |
| 6 | 石黒熊三郎 | 1921年10月6日 | 1929年10月5日 |
| 7 | 三浦道太郎 | 1929年10月12日 | 1936年3月17日 |
| 8 | 島谷清四朗 | 1936年6月15日 | 1944年6月14日 |
| 9 | 工藤省三 | 1944年7月22日 | 1946年7月21日 |
| 10 | 熊谷達 | 1946年9月29日 | 1947年3月30日 |
| 11-12 | 吉田昌三郎 | 1947年4月5日 | 1955年4月9日 |
| 13 | 中村亀四郎 | 1955年4月30日 | 1958年9月19日 |
| 14 | 吉田昌三郎 | 1958年11月8日 | 1962年11月7日 |
| 15-17 | 山根恒次郎 | 1962年11月8日 | 1974年9月7日 |
| 18-20 | 馬場春雄 | 1974年11月8日 | 1986年9月7日 |
| 21-22 | 安田貞一郎 | 1986年11月8日 | 1991年10月2日 |
| 23-25 | 小坂郁夫 | 1991年10月27日 | 2003年10月26日 |
| 26-27 | 亀田道隆 | 2003年10月27日 | 2011年10月26日 |
| 28-29 | 中谷純逸 | 2011年10月27日 | 2019年10月26日 |
| 30-31 | 野村秀雄 | 2019年10月27日 | 現職 |
県政
[編集]- 青森県議会:上北郡選挙区
国政
[編集]- 衆議院:青森県第1区
姉妹都市・提携都市
[編集]国内
[編集]産業
[編集]上北郡北部地域(東北町の千曳以北地域、横浜町、六ヶ所村)および東津軽郡平内町の政治、商業の中核を担っていたが、情報化による官庁・事業所の再編、道路の高規格化に伴う町の重要度の低下を主因として過疎化が急速に進んでいる。
農業
[編集]漁業
[編集]主要海産物はホタテ養殖である。
陸奥湾ホタテ再生のため、野辺地町漁業協同組合が青森県産業技術センター水産総合研究所などの協力を得て人工採苗の実証試験を行っている。
真なまこも盛んである。
- 野辺地漁港 - 野辺地町漁業協同組合
- 有戸漁港
酪農
[編集]- 有戸地区
放送通信、新聞支局
[編集]地上デジタルテレビ放送
[編集]- 青森放送(RAB)(26ch)
- NHK青森Eテレビ(21ch)
- NHK青森総合テレビ(23ch)
- 青森朝日放送(ABA)(36ch)
- 青森テレビ(ATV)(25ch)
※送信設備は野辺地町にある烏帽子岳より送信されている。
※南側の岩手県折爪岳から送信される岩手県の地上デジタルテレビ放送は野辺地町南側にある山岳によって受信できない。受信可能エリアは、山岳南側の東北町以南、東側の六ヶ所村、北側のむつ市田名部地区の一部となっている。
※北側の北海道函館山から送信される北海道の地上デジタルテレビ放送は指向性があるものの、JR大湊線の有戸駅周辺および、同町中道一部世帯などで受信できる世帯がある。
※青森県に系列局がないが、近隣市町村では視聴できるフジテレビ系(mit岩手めんこいテレビ)(UHB北海道文化放送)やテレビ東京系(TVhテレビ北海道)が野辺地町ではスポット的に視聴できない稀有な状況下である。
FMラジオ放送
[編集]AMラジオ放送
[編集]- NHK AM(846kHz)[注釈 5](※かつてのNHKラジオ第1放送)
※野辺地町では、北側の北海道函館市にあるSTVラジオ函館放送局の周波数639kHzと、HBC函館ラジオ送信所の周波数900kHzが受信できる状況となっている。
※野辺地町では、南側の三沢市の米軍基地内の米軍放送送信所から送信されるAMラジオ放送であるAFN(1575kHz)が野辺地町南側にある山岳によって受信できない。代わりとして、インターネット配信されているAFN GO Misawaにて、どこからでもクリアに聞くことができる。
新聞支局
[編集]小売店
[編集]スーパーマーケット
[編集]ドラッグストア
[編集]ホームセンター
[編集]その他商業施設、大手飲食店など
[編集]※野辺地町に小売店が多い理由
[編集]野辺地町の1万人程の人口規模に対して商業施設が多い理由は周辺地域からの需要があるためである。具体的地域としては、東北町千曳、平内町狩場沢や清水川、横浜町、六ヶ所村一部地域など。
地域
[編集]人口
[編集]平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、5.52%減の13,524人であり、増減率は県下40市町村中15位。
| 野辺地町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 野辺地町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 野辺地町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
野辺地町(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
人口動態概要
[編集]2025年現在約1.1万人となっている。野辺地町はかつては地域の中核としての役割を果たしており、大都市圏への人口移動が活発な高度経済成長期においても地方では珍しく小幅ではあるが人口増加を記録していた。1980年をピークに人口減少に転じてからは人口減少が続いている。特に2000年以降は0.5万人の大幅な人口減少を記録しており人口減少が加速している。
| 実施年 | 野辺地町人口(人) | 野辺地町増加数(人) | 野辺地町増加率(%) | 国内増加率(%) |
|---|---|---|---|---|
| 1950年 | 16,521 | - | - | - |
| 1955年 | 16,945 | |||
| 1960年 | 17,447 | |||
| 1965年 | 17,474 | |||
| 1970年 | 17,544 | |||
| 1975年 | 17,994 | |||
| 1980年 | 18,419 | |||
| 1985年 | 18,351 | |||
| 1990年 | 16,750 | |||
| 1995年 | 15,969 | |||
| 2000年 | 16,012 | |||
| 2005年 | 15,218 | |||
| 2010年 | 14,314 | |||
| 2015年 | 13,524 | |||
| 2020年 | 12,374 | |||
| 2025年 | 11,042 | - |
所轄警察署
[編集]所轄消防署
[編集]- 北部上北広域事務組合消防本部
- 北部上北広域事務組合野辺地消防署
総合医療
[編集]斎場
[編集]公共職業安定所
[編集]- ハローワーク野辺地 - 厚生労働省青森労働局
裁判所、産業技術
[編集]※廃止された公的機関
[編集]学校給食
[編集]スポーツ施設
[編集]- 町立体育館
- 運動公園
- 青少年体育センター
- 屋内温水プール「サン・ビレッジのへじ」
- あったかハウスまかどの森
- まかどスポーツセンター ※旧馬門小学校 体育館
レクリエーション施設
[編集]観光協会
[編集]教育
[編集]高等学校
[編集]中学校
[編集]※廃校された中学校
[編集]- 野辺地町立馬門中学校(1966年(昭和41年)野辺地町立野辺地中学校へ統合)
- 野辺地町立有戸中学校(同上)
小学校
[編集]※廃校された小学校
[編集]- 野辺地町立木明小学校(2004年(平成16年)野辺地町立若葉小学校へ統合)
- 野辺地町立有戸小学校(同上)
- 野辺地町立馬門小学校(2023年(令和5年)3月31日 )(同年野辺地町立若葉小学校へ統合)
その他学校
[編集]- 野辺地工学専門学校(廃止)
郵便
[編集]金融機関
[編集]※2026年(令和8年)3月16日にて店舗統合された。同時に野辺地中央支店所在地に野辺地支店を移転させ、「野辺地支店 兼 野辺地中央支店」とするいわゆるブランチインブランチの形態を採用している。
※野辺地支店(604)は旧青森銀行(0117)の支店、 野辺地中央支店(054)は旧みちのく銀行(0133)の支店であった。
※廃止された金融機関の店舗
[編集]- 青い森信用金庫(1105)野辺地支店(旧・八戸信用金庫 ← 十和田信用金庫)
※2020年(令和2年)3月16日をもって十和田営業部(028)に統廃合され、現在はATMのみ設置されている。
電波塔
[編集]- NTT東日本野辺地ビル[注釈 6]
※かつては営業所としても運営されていた。
※電気
[編集]かつて野辺地町には電燈会社があった。1912年(明治45年)7月事業許可を受け[16] 1913年(大正2年)5月に野辺地電気を設立[17]。1914年(大正3年)7月に事業開始[18]、発電所は持たず[19] 七戸水電より受電。送電区域は野辺地町[18]。
交通
[編集]鉄道
[編集]
※東北新幹線(JR東日本)最寄駅:七戸十和田駅(※自動車で約30分、路線バスで約40分)
※廃止した鉄道路線・駅
[編集]高速バス
[編集]路線バス
[編集]道路
[編集]- 1969年(昭和44年):東日本フェリーにて、野辺地~函館で運航開始
- 1994年(平成6年)4月6日:同フェリーにて、野辺地~函館の運航休止
- 1995年(平成7年)4月:運航廃止
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集]- 常夜燈公園:常夜燈(後記)周辺の道路・公園整備が進められ、常夜燈公園として完成している。
- 野辺地八幡宮本殿、末社金刀比羅宮本殿(県重宝)
- 愛宕公園:町を一望する事が可能である。町制100年の際に再整備され、コミュニティーサンター・ゲートボール場・広場・駐車場などが整備された。公園内には石川啄木歌碑、愛馬花鳥号の像(後記)、忠魂碑が存在する。
- 十符ヶ浦海水浴場(とふがうらかいすいよくじょう)
- 野辺地防雪原林:野辺地駅にある国内最古の鉄道防雪林(鉄道記念物14号指定)
- 馬門温泉:一軒宿のまかど温泉富士屋ホテル、スキー発祥の地として有名な国設野辺地まかど温泉スキー場[20]がある。令和4年(2022年)8月の大雨による土砂崩れの影響により、アルペンコースの営業を中止している。クロスカントリーコースのみ営業中。
- 野辺地祇園祭(その起源は上方にあるとされ、北前船交易とともに運ばれてきた祭事。名称は京都の祇園祭に由来するものと考えられる。)
- ホットジャズINのへじ
- 野辺地町立歴史民俗博物館
文化財・史跡
[編集]
- 旧野村家住宅離れ
- 字野辺地 123-1 に所在の国の登録有形文化財(建造物)(2008年7月8日登録)[21]。1876年(明治9年)および1881年(明治14年)の明治天皇の行幸の際に行在所として用いられた、東西棟、切妻造鉄板葺の木造平屋建の近代和風建築。1890年(明治23年)の大火により焼失したが、当初の形で再建されたという[22][23]。
- 板状立脚土偶
- 縄文時代後期の土偶で、国の重要文化財(2012年9月6日指定)。有戸鳥井平 (4) 遺跡出土で、町立歴史民俗資料館に収蔵。高さ 32 cm と大型で、板状の胴部にわん曲した短い両脚と上向きの頭部を付けかろうじて自立できる、東北地方北部における初期の立像土偶である[24][25]。2012年に国の重要文化財に指定された[26]。
- 野辺地戦争戦死者の墓所
- 字鳥井平 36 に所在の青森県指定史跡(1976年12月11日指定)。戊辰戦争にかかる本州最北、県内唯一の史跡。1868年(明治元年)9月22日から23日の、新政府軍弘前藩・黒石藩と列藩同盟軍盛岡藩・八戸藩との野辺地戦争による、新政府軍の小島左近以下の死者のうち27名の名を刻んだ4基の墓石である[27][28]。
- 藩境塚
- 字柴崎 8-81 に所在の青森県指定史跡(1969年12月15日指定)。奥州街道・松前道の南部藩領と津軽藩領の境に築かれた、底面直径 10m、高さ 3.5m ほどの円錐形の塚で、両藩に2基ずつおかれている[27][29]。
- 一里塚
- 坊ノ塚 52-1 に所在の青森県指定史跡(1962年6月29日指定)。底面直径 9.5m、高さ 2.5m ほどの 2基一対の一里塚で、間に奥州街道の跡が残る[27][30]。
- 長者久保遺跡出土品
- 野辺地 1-3 に所在の野辺地町立歴史民俗資料館に収蔵される青森県指定重宝(考古資料)(2012年4月16日指定)。丸鑿・打製石斧・石槍をはじめとする28点の石器で、神子柴・長者久保文化の標式資料とされる[24][31]。
- 野辺地八幡宮本殿、末社金刀比羅宮本殿
- 字笹館 12 に所在の野辺地八幡宮およびその末社である金刀比羅宮のそれぞれの本殿で、青森県指定重宝(建造物)(1997年7月30日指定)。野辺地八幡宮は慶長年間の創建とされており、一間社、流造、とち葺の本殿は1714年(正徳4年)の再建によるものである。金刀比羅宮は1822年(文政5年)に海上安全を期して廻船問屋仙台屋彦兵衛らにより勧請された。その本殿は一間社、流造、柿葺の建築型厨子で向拝柱に上り龍・下り龍の彫刻が施されている[27][32]。
- 木彫阿弥陀如来立像
- 字寺ノ沢 38-2 に所在の福聚山海中寺の本尊で、青森県指定重宝(彫刻)(1958年6月25日指定)。三尺阿弥陀立像で鎌倉時代のものとされる。1817年(文化14年)の火災の後、大阪伝光寺の道場から迎えられたという[27][33]。
- 西光寺のシダレザクラ
- 寺ノ沢に所在の西光寺の境内に植えられた樹齢200年超のシダレザクラで、青森県指定天然記念物(2011年8月19日指定)[27][34]。
- 浜町の常夜燈
- 野辺地湊への夜間入港のため1827年(文政10年)に設置された現存日本最古の常夜灯で、町指定史跡。旧暦3月10日から10月10日まで点灯された[35]。
- 客船帳
- 船宿五十嵐家が、野辺地湊に来航した船やその積荷を記した帳面[35]。町立歴史民俗資料館に収蔵[24]。
- 赤漆塗り突起付木胎漆器
- 縄文時代前期の木製鉢で、町指定有形文化財[35]。向田 (18) 遺跡出土で、町立歴史民俗資料館に収蔵[24]。
- 松尾芭蕉句碑
- 1829年(文政12年)に建立の石碑で、町指定有形文化財。松尾芭蕉の句「花ざかり山は日ごろの朝ぼらけ」が刻まれる[35]。
- 花鳥号銅像
- 明治天皇の御料馬の銅像で、町指定有形文化財[35]。花鳥号は、アメリカ産の青毛(黒色)のトロッターで、1876年(明治9年)の明治天皇行幸に供奉したが、7月13日に野辺地の行在所に到着すると同時に死亡し、翌日隣接の常光寺に葬られた。1929年(昭和4年)に伊藤國男の作による等身大の銅像が愛宕公園におかれた。常光寺には長三洲の筆による花鳥号の碑が建立される[36]。
- エドヒガン
- 愛宕公園にあるエドヒガン桜で、町指定天然記念物。樹齢300年、北限のエドヒガンとされる[35]。
特産品
[編集]- ほたて
- 長いも - JAゆうき青森のながいも
- 小かぶ - 野辺地葉つきこかぶ
- 河原決明(かわらけつめい)茶 - カワラケツメイとは?
- いもがし- 青森県観光情報サイト
- ジャステラ - 青森県観光情報サイト
- とりめし(※かつて野辺地駅の駅弁であったが、2019年9月をもって販売終了)
郷土料理
[編集]- 茶粥 - 茶粥のフォトギャラリー(青森県観光情報サイト)
- けいらん
- ケツメイ茶(カワラケツメイ)
- ホタテみそ貝焼
- ナマコ料理
- 煮和えっこ
- 煮染(にしめ)
- 精進料理
野辺地を舞台にする作品
[編集]出身著名人
[編集]- 江口隆哉(ドイツのモダンダンスを日本に紹介、日本女子体育大学(旧二階堂短大)に舞踊科設置。日本最初のダンスの高等教育機関。1999年、生誕100年祭が新国立劇場で行われた)
- 江口乙矢(隆哉の弟、関西洋舞界の功労者、2004年(平成16年)没、息子の舞踊家江口満典は2002年(平成14年)没)
- 松本彦次郎(国史学者、俳人)
- 一戸剛(スキージャンプ選手)
- 四戸龍英(チェアスキー選手)
- 柴崎岳(サッカー選手)2018 FIFAワールドカップサッカー日本代表に選出。
- 田村優典(陸上競技選手、城西大学在学)
- 田村優宝(陸上競技選手、日本大学在学)
- 伊藤桃(タレント)
- 池尻愛吏(グラビアアイドル)
- 望月あやか(AV女優)
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ 図典 日本の市町村章 p27
- ↑ 野辺地(平年値)
- ↑ 野辺地(年ごとの値)
- ↑ 野辺地(観測史上1~10位の値)
- ↑ “平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2026年4月4日閲覧。
- ↑ “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2026年4月4日閲覧。
- ↑ 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、405,406頁。ISBN 978-4-487-74410-7。
- ↑ “70年の歴史刻まれた建物に別れ 野辺地役場現庁舎が閉庁”. デーリー東北. 2024年8月5日閲覧。
- ↑ “令和6年8月5日(月)から新庁舎での業務を開始します”. 野辺地町. 2024年8月5日閲覧。
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- ↑ “【青森県】野辺地葉つきこかぶ | とうほく知的財産いいねっと”. とうほく知的財産いいねっと. 東北経済産業局. 2023年10月14日閲覧。
- ↑ 以前、同住所にはスーパーマーケット「スーパーヤマヨ下町店」が営業していた。マエダストア野辺地店の以前の所在地は付近の『野辺地町白岩37-52』であった。同住所でのマエダストア野辺地店の営業期間は1991年12月から2009年6月まで。現在はマエダストア野辺地店の第二駐車場として利用している。
- ↑ 2006年12月に開店。同住所には、「スーパーヤマヨ金沢(かねざわ)店」が営業していた。
- ↑ マックスバリュ野辺地店はかつて営業していたジョイバリュー野辺地店を経営破綻した亀屋みなみチェーンよりマックスバリュ東北が譲り受けた店舗である。
- ↑ 岩手県北、青森県南部地方で営業するホームセンター。野辺地店は最北店舗。
- ↑ 代表は才賀藤吉『電気事業要覧. 第〔6〕回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ 『日本全国諸会社役員録. 第23回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- 1 2 『電気事業要覧. 第8回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ 建設計画があった『電気事業要覧. 第〔6〕回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ “青森県野辺地町観光パンフレット”. 野辺地町. 2022年9月15日閲覧。
- ↑ 国指定文化財等データベース(2012年9月14日閲覧)
- ↑ 野辺地町サイト > 観光・特産品 > 史跡/文化財 > 国登録文化財(2012年9月14日閲覧)
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- 1 2 3 4 野辺地町立歴史民俗資料館サイト(2012年9月14日閲覧)
- ↑ 「新指定の文化財」『月刊文化財』585号、第一法規、2012
- ↑ 平成24年9月6日文部科学省告示第131号
- 1 2 3 4 5 6 野辺地町サイト > 観光・特産品 > 史跡/文化財 > 県指定文化財(2012年9月14日閲覧)
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- ↑ あおもりの文化財 木彫阿弥陀如来立像(2012年9月14日閲覧)
- ↑ あおもりの文化財 西光寺のシダレザクラ (2012年9月14日閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 野辺地町サイト > 観光・特産品 > 史跡/文化財 > 町指定文化財(2012年9月14日閲覧)
- ↑ みちのくの牧 -『花鳥号』の伝え(2012年9月14日閲覧)
- ↑ “代表作・ガンダムに対する安彦良和の愛憎とは?そして『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』は50年生きる作品になる - 2ページ目 (3ページ中)”. otocoto | こだわりの映画エンタメサイト. 2021年11月13日閲覧。
