十和田市

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とわだし
十和田市
十和田湖
Flag of Towada, Aomori.svg Symbol of Towada Aomori.svg
十和田市旗 十和田市章
2005年3月14日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
団体コード 02206-3
法人番号 2000020022063
面積 725.65km2
総人口 61,634[編集]
推計人口、2018年10月1日)
人口密度 84.9人/km2
隣接自治体 青森市平川市上北郡六戸町七戸町東北町三戸郡五戸町新郷村
秋田県鹿角市鹿角郡小坂町
市の木 アカマツ
市の花 ツツジ
他のシンボル -
十和田市役所
市長 小山田久
所在地 034-8615
青森県十和田市西十二番町6番1号
北緯40度36分45.7秒東経141度12分21.1秒
十和田市役所 本庁舎(2007年7月撮影)
外部リンク 十和田市

十和田市位置図

― 市 / ― 町・村

特記事項 面積は十和田湖(61.02km2
境界未定)の面積を含んでいない。
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奥入瀬
十和田市現代美術館

十和田市(とわだし)は、青森県南部地方、内陸部に位置するである。旧上北郡。十和田湖奥入瀬渓流といった豊かな自然で知られる。

青森県内の市町村では、青森市八戸市弘前市に次いで第4位の人口を有し[1]、面積はむつ市、青森市に次いで第3位の広さである[2][3]

概要[編集]

十和田湖奥入瀬渓流が観光地として知られる。農業面では、ニンニクの市町村別の生産量で日本一を誇る[4][5]

上北地域を主に管轄する国や県の機関が置かれており、地域の中心都市として発展してきた[2]

中心市街地は格子状に整然と区画された街並みが特徴。特に戦後に整備された「官庁街通り」は道に沿ってソメイヨシノなどが植樹されており、市民の憩いのスポットとなっている[6](後述)。

近年は「アートの街」を掲げ、十和田市現代美術館を核に一体的なまちづくりを進めている[2]

地理[編集]

居住[編集]

人口約6万人の半数以上は、東部の市街地(三本木地区)に住む。市街地は、三本木地区に東西に約2km、南北約2kmの大きさで展開している。市街地の南北を旧国道4号が、東西を国道102号が貫いている。その他の人口は、奥入瀬川の川沿いや点在する集落に住む。

地形[編集]

市の北西部は八甲田山の山麓である。青森市との境には、乗鞍岳などの南八甲田連峰がそびえ、青森市側の田代平から続く牧場が広がっている。谷地・猿倉・蔦・焼山といった温泉が点在する。市の南西部も山地であり、主なものはカルデラ湖である十和田湖、その外輪山である御鼻部山や十和田山である。

十和田湖の水が唯一流れ出る奥入瀬川は、十和田湖東岸の子ノ口(ねのくち)から北東に流れる。約20km北に位置する八甲田山麓などからの水も奥入瀬川に流れ込む。

奥入瀬川において、子ノ口から焼山(十和田市法量(大字)焼山(字))までの約14kmを奥入瀬渓流と呼ぶ。

市の中部から東部、さらに隣の六戸町へと平坦な三本木原が広がる。三本木原は、奥入瀬川が流した土砂や八甲田山からの火山灰が積もって作られた洪積平野である。奥入瀬川は三本木原の南縁をさらに削って東へ流れており、三本木原へ上水するために新渡戸傳が開いたのが、人工河川である稲生川である。市の北東部には、砂土路川が北東に流れている。市の南東部は東西へ伸びる丘陵地であり、丘と丘との谷間を後藤川などが流れる。

気象[編集]

アメダスは相坂(十和田観測所)、奥瀬(休屋観測所)の2ヶ所置かれている

気候[編集]

ケッペンの気候区分では西岸海洋性気候に属し、冷涼である。気象庁によると、1979 - 2000年の平均値で、年平均気温9.4℃、最も寒い1月が-2.0℃、最も暑い8月が21.8℃である。北海道ほど寒くはないが、稲作が容易でない気温でもある。

降雨は、夏に多く冬に少ない。気象庁によると、1979 - 2000年の平均値で、年降水量961.3mm、降水量の最も少ない1月が28.5mm、最も多い9月が164.3mmである。

十和田湖町以外では八甲田山の東に位置するため、太平洋側気候で雪はやや少ない。それでも2月には50cm程度の積雪になり、豪雪地帯である。一方、旧十和田湖町では雪が多くなり、特別豪雪地帯で日本海側気候である。八甲田山から吹きつける寒冷な北西風は、八甲田おろしと呼ばれる。5月・6月には晴天が続くが、土ぼこり混じりの強風が西から吹くことがある。新渡戸傳が開拓にあたり防風林を設けたのも、西からの強風を防ぐためという。また、数年から十数年に一度は、7月・8月に偏東風(やませ)がゆるゆると流れる年がある。そのような年は、蒸し暑く感じる日もカラッと晴れる日も稀で、薄暗い曇り空の日々が続き、しとしとと雨の降る日が偶にあり、米の収穫量はめっきり減る。11月にはが降り、12月には雪が降る。

一方十和田湖の真横にある休屋はケッペンの気候区分では亜寒帯湿潤気候に分けられる。

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

もともと十和田市のあたりは三本木原と呼ばれる荒蕪の台地で、台地周辺に寒村が点在していた。荒漠たる原野の様子は、1785年(天明5年)にこの地を訪れた橘南谿の『東遊記』に記されており、吉田松陰が『東北遊日記』のなかで荒野であると評している[7]

開拓が始められたのは、1855年安政2年)のときで、南部藩勘定奉行の職を辞して、「無益の荒野」に開拓構想とロマンを追い続けた、新渡戸稲造の祖父の新渡戸傳(にとべつとう)を中心に始められた[7]奥入瀬川から水を引く計画に着手し、延長1万1362 mのトンネル、陸堰を貫通して、安政6年(1859年)5月4日に人工河川稲生川(いなおいがわ)を完成させて引水に成功し、開拓の基礎ができた[7]。さらに、傅の長男である新渡戸十次郎によって、市街地の開発が進められた。碁盤目状の都市計画は京都を模範としたもので、上杉流兵法に基づく設計と努力によって、現在のような市街地の形が作られていった[7]

明治期には稲吉地区に、渋沢栄一の三本木渋沢農場が開拓され、現在の福島県伊達市等からの入植者が自治を形成し、農業林業と牧畜業の経営を進めた。

1885年明治18年)に陸軍が軍馬局出張所を設置(1896年(明治29年)に軍馬補充部三本木支部と改称)したことから、馬産が栄えた。同市の農事試験場(藤坂試験場)で開発され、1949年昭和24年)から普及段階に移された稲の品種「藤坂5号」は非常に冷害に強く、やませが吹いて夏が冷涼なこの地域で急速に広まり、現在のような穀倉地帯になった。現在「藤坂5号」そのものは多く栽培されてはいないが、その遺伝子は多くの稲の品種に組み込まれている。

沿革[編集]

日本三大開拓地[編集]

中心市街地がある三本木地区の開拓は、旧農林省によって、福島県矢吹町宮崎県川南町とともに国営開拓事業の成功例として「日本三大開拓地」と称された。2002年からは3市町の間で交流事業が始まり、現在まで小学生の相互派遣などが行われている[8][9]

行政[編集]

十和田奥入瀬合同庁舎

歴代市長[編集]

旧・十和田市

  1. 水野陳好1955年3月 - 1956年10月、(三本木市長))
  2. 小山田七次郎(1956年10月 - 1968年10月、3期(以後、十和田市長))
  3. 中村亨三(1968年10月 - 1976年10月、3期)
  4. 洞内徳藏(1976年10月 - 1980年10月、1期)
  5. 中村亨三(1980年10月 - 1992年10月、3期)
  6. 水野好路(1992年10月 - 1998年6月、2期目途中で死去)
  7. 中野渡春雄(1998年7月 - 2004年12月、2期目途中で合併)

現・十和田市

  1. 中野渡春雄(2005年1月 - 2009年1月29日)
    1937年(昭和12年)10月14日生 略歴(旧十和田市教育長)
  2. 小山田久(2009年1月30日 - )
    1946年(昭和21年)10月8日生 略歴(青森県畜産協会専務理事)

市議会[編集]

  • 定数22人(現在の議員の任期は2022年12月31日まで)

庁舎[編集]

  • 十和田市役所本庁舎
    • 十和田湖支所(旧十和田湖町役場)

国・県の機関[編集]

県の機関[編集]

  • 上北地域県民局
    • 地域連携部
    • 県税部
    • 地域健康福祉部
      • 保健総室(上十三保健所)
      • 福祉こども総室(上北地方福祉事務所)
    • 地域農林水産部
      • 十和田家畜保健衛生所
    • 地域整備部

国の機関[編集]

司法機関[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

海外[編集]

経済[編集]

産業[編集]

  • 主な産業
  • 産業人口

地域[編集]

人口[編集]

青森県内では、40市町村のうち第4位に多い人口を有する[1]。平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、4.06%減の63,429人であり、増減率は県下40市町村中7位。

Demography02206.svg
十和田市と全国の年齢別人口分布(2005年) 十和田市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 十和田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
十和田市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

警察[編集]

  • 青森県警察十和田警察署
    • 中央交番、東交番、相坂駐在所、洞内駐在所、米田駐在所、奥瀬駐在所、焼山駐在所、十和田湖駐在所

消防[編集]

公共施設[編集]

十和田市立中央病院

教育[編集]

大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

県立
市立

小学校[編集]

十和田市立

学校教育以外の施設[編集]

職業訓練施設
  • 十和田職業能力開発校(認定職業訓練施設)
  • ヘアーメイク・アーティスタースクール(認定職業訓練施設)

市内に店舗を持つ金融機関[編集]

郵便[編集]

郵便局

  • 藤坂郵便局(84106)
  • 深持郵便局(84182)
  • 焼山郵便局(84194)
  • 陸奥沢田郵便局(84206)
  • 切田郵便局(84230)
  • 十和田穂並町郵便局(84239)
  • 十和田西二十二番郵便局(84264)
  • 十和田大学前郵便局(84273)
  • 十和田元町郵便局(84280)


簡易郵便局

  • 滝沢簡易郵便局(84731)
  • 八郷簡易郵便局(84761)

商業[編集]

郊外に、大型店が多く立地している。2002年7月には相坂地区にサンデー十和田店、マックスバリュ十和田南店、ユニクロ十和田店などからなる十和田南ショッピングセンター、2005年9月には十和田バイパス沿いにイオン十和田ショッピングセンターが開店している。

2006年3月には十和田観光電鉄本社跡地に、デンコードーホーマック紳士服コナカなどからなる十和田元町ショッピングセンターがオープンした。

また、東五番町にはザ・ダイソー、西松屋などからなるアクロスプラザ十和田南などが立地している。

2016年11月には旧十和田市駅(とうてつ駅ビル店)跡地に「ユニバース十和田東ショッピングセンター」が新設され、ユニバース、サンドラッグ、ダイソーなど7店舗の商業施設が開店している(十和田観光電鉄#スーパーマーケット事業も参照)。

十和田市は人口約6万人ながら、イオン系の大手食料スーパーや地元資本のスーパーなど10数店が競う、青森県でも有数のスーパーの激戦区である[12]

市中心部の商店街は、多くの地方都市と同様に空洞化が顕著である[13]

かつては商店街に2つのデパート(十和田松木屋、ジョイフルシティ十和田亀屋)が立ち並んでいたが、近郊の市町村に大型店が開店したことや、不況の煽りから客足が次第に減っていった。1999年8月に松木屋が、2000年3月に亀屋がそれぞれ閉店。松木屋跡は、1階部分がセリアなどが入居する「まちの駅」になったが、再開発に伴い2010年に閉鎖、建物は取り壊された。亀屋跡については、商工会議所の要望で2000年5月に1階部分に100円均一のスーパーマーケット「タートルズプラザ十和田亀屋」が開店したが、経営していた亀屋みなみチェーンが2001年に経営破綻したため、同年11月に閉店した。その後は空き店舗状態が続き、2006年8月に解体された。

農業[編集]

十和田市の経営耕地面積は、10,000ha(2005年農林業センサス)と総面積の14.5%を占め、人工河川「稲生川」の導水による三本木原開拓以来、主に稲作を中心に発展してきた。一戸当たりの経営面積は3.3ha(2005年農林業センサス)と比較的大規模で、水稲、野菜、畜産などを組み合わせた複合経営の多いことが特徴である。

水稲については、旧十和田市地区では「まっしぐら」、旧十和田湖地区では「つがるロマン」を中心に安全・安心な米作りが行なわれている。一方、1970年(昭和45年)以降の生産調整(減反)により、現在では市内の水田の約半分が転作となり、牧草などの飼料作物や小麦、大豆、ソバ、野菜類などが作付けされている。また、十和田市を含む青森県南地域では、梅雨のころに太平洋側から吹く冷涼な偏東風(やませ)が、しばしば農作物に悪影響を及ぼし、特に、1993年(平成5年)には皆無作という大冷害となった。

野菜は生産量日本一のニンニク(2009年、東北農政局[14])、長ネギ、ナガイモ、ゴボウなどが県内有数の産地となっている。また、土壌診断を行って土作りにこだわり、出荷時には糖度や硝酸値の厳しい基準をクリアした安全な「ミネラル野菜」の生産に取り組んでいる。果樹では、近年新たな特産物としてブルーベリーの栽培が増加しており、観光摘み取り園も開設されている。

十和田市では農家がそれぞれの経営条件を活かして多様な作物を作付けしており、今後は農産物のPRや販路の拡大、新たな農産物加工品の開発などにより、産地力の強化を目指している[15]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

かつて存在した鉄道路線・駅[編集]

バス路線[編集]

道路[編集]

市街地は道路で格子状に区画されている。新渡戸傳の子、十次郎が安政年間に都市計画したものと言われている。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

蔦温泉

出身有名人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 青森県の人口と面積|青森県庁ウェブサイト Aomori Prefectural Government”. www.pref.aomori.lg.jp. 2019年3月23日閲覧。
  2. ^ a b c 十和田市中心市街地活性化基本計画の認定について | 十和田市”. www.city.towada.lg.jp. 2019年3月23日閲覧。
  3. ^ 合併による市町村の面積の変化|青森県庁ウェブサイト Aomori Prefectural Government”. www.pref.aomori.lg.jp. 2019年3月25日閲覧。
  4. ^ 十和田にんにくートップー”. www.pj-towada.jp. 2019年3月23日閲覧。
  5. ^ ごはんジャパン『生産量日本一!十和田のニンニク』”. テレビ朝日 (2017年8月12日). 2019年3月24日閲覧。
  6. ^ 十和田市について|日々コレ十和田ナリ「TOWADA“HIBI”COLLECTION」”. towada-iju.com. 2019年3月23日閲覧。
  7. ^ a b c d 「日本の道100選」研究会 2002, p. 26.
  8. ^ 日本三大開拓地交流 | 矢吹町公式ホームページ”. www.town.yabuki.fukushima.jp. 2019年3月23日閲覧。
  9. ^ 日本三大開拓地といわれる宮崎(みやざき)県の町はどこ? / 西日本新聞”. kodomo.nishinippon.co.jp. 2019年3月23日閲覧。
  10. ^ ご利用案内” (日本語). 新渡戸記念館. 2019年3月23日閲覧。
  11. ^ 市役所新庁舎工事の安全を祈願/十和田 東奥日報 2017年8月4日
  12. ^ BlueChip | 小売業の最前線レポート”. www.bluechip.co.jp. 2019年3月23日閲覧。
  13. ^ 十和田市中心市街地活性化基本計画について(PDF)”. 国土交通省. 2019年3月24日閲覧。
  14. ^ 調査管理事務所管内の紹介:東北農政局”. www.maff.go.jp. 2019年3月23日閲覧。
  15. ^ 引用:「ゆるりら、十和田検定」p28
  16. ^ a b c 「日本の道100選」研究会 2002, p. 27.
  17. ^ 「日本の道100選」研究会 2002, p. 8.
  18. ^ 浅井建爾 『道と路がわかる辞典』 日本実業出版社、2001年11月10日、初版、127頁。ISBN 4-534-03315-X
  19. ^ 「キングダム」プロデューサー松橋さん 思い語る|エンタメ|青森ニュース|Web東奥” (日本語). Web東奥. 2019年4月19日閲覧。

参考文献[編集]

  • 「日本の道100選」研究会 『日本の道100選〈新版〉』 国土交通省道路局(監修)、ぎょうせい、2002年6月20日、26-27頁。ISBN 4-324-06810-0

外部リンク[編集]