西武5000系電車

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西武5000系電車
「レッドアロー」
西武5000系(「MISATO TRAIN」運用時 1993年8月)
西武5000系
(「MISATO TRAIN」運用時 1993年8月)
基本情報
製造所 日立製作所西武所沢車両工場
主要諸元
編成 4・6両編成
軌間 1,067(狭軌) mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 105 km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 2M2T : 2.3km/h/s
2M2T高加速度設定 : 2.5km/h/s
4M2T : 3.0 km/h/s
減速度(常用) 3.5 km/h/s
減速度(非常) 4.5 km/h/s
編成定員 264人(4両編成)
400人(6両編成)
車両定員 座席72人(モハ5000・5050形)
座席56人(クハ5500形)
台車 FS-372(モハ5000・5050形)
FS-072(クハ5000形)
主電動機 直巻整流子電動機
HS-836-Nrb / TDK-8010-A
主電動機出力 150kW
駆動方式 中空軸平行カルダン
歯車比 15:86 (5.73)
編成出力 1,200kW(4両編成)
2,400kW(6両編成)
制御装置 電動カム軸式抵抗制御
MMC-HTB-20E
制動装置 抑速制動装備発電制動併用電磁直通空気制動 (HSC-D)
保安装置 西武形ATS
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第13回(1970年
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西武5000系電車(せいぶ5000けいでんしゃ)は、かつて西武鉄道に在籍した特急形車両

本系列は西武初の座席指定制有料列車専用車両として新製され、“レッドアロー ” (Red Arrow) の愛称を有し、1970年度の鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞した[1]

これまで「X01系」(および「X01形」。付随車や制御車はこれに1000を足して「1X01」系および形)と言うような形式名であったが、本系列は西武初の末尾0の形式番号、つまり「X01系」の形式称号から決別し、形式の数値も大きく飛ばして5000番台となった。

概要[編集]

1969年昭和44年)10月の西武秩父線の開業を控え、西武鉄道においては秩父方面への観光需要喚起を目して都心部と秩父方面を直結する有料特急の運行を計画した。こうして新製されたのが本系列であり、同年9月に第一陣となる5501・5503編成が竣功した。同年10月14日には西武秩父線が開業し、本系列は同日より運行を開始した特急「ちちぶ」に充当された。

なお、本系列の設計は日本国有鉄道(国鉄)の特急形車両の新製を数多く手掛け、かつ西武と主要機器の納入等で関係の深かった日立製作所の手によって行われた。傘下の西武所沢車両工場設立後は同所において保有する車両全車を新製してきた西武にとっては、本系列は現・西武鉄道発足後初の外部発注による新製車両ともなった[2]

当初はクハ5500形 (Tc1) - モハ5000形 (M1) - モハ5000形 (M2) - クハ5500形 (Tc2) からなる4両編成で新製され、多客時には2編成を併結した8両編成で運用された。後年大半の編成が6両編成化されたことに伴い、最大で6+4の10両編成での運用も行われた。最終的には全編成とも6両編成となり、1978年(昭和53年)までに6両編成6本36両が新製された。

外観[編集]

クハ5500形5503(横瀬車両基地 2008年10月)
クハ5500形5503
(横瀬車両基地 2008年10月)
1978年まで使用された列車愛称表示板(復元品)
1978年まで使用された列車愛称表示板(復元品)

西武において多数の実績を有する軽量形鋼を多用した20m級全鋼製車体であるが、居住性向上を目して車体幅を従来車よりも約100mm拡幅した2,904.6mmとし、車体裾部ならびに窓上部に傾斜(絞り)が設けられたいわゆる裾絞り構造とされたことが特徴である。なお、車体限界抵触を回避するため車体高はその分低く取られており、従来車と比較して130mm低い3,533mmとされている。

前面形状は大きく傾斜を設けた流線型形状で、運転席高さを床面より300mmかさ上げした高運転台構造である。前面窓は車体中心部で細いピラーによって2分割され、さらに車体隅柱部直前にも分割を設けた4枚窓構成としており、車体中央寄りの2枚の窓は平板形状の合わせ強化ガラスを、車体隅柱部の2枚の窓は隅柱部の曲面形状に合わせた曲面ガラスをそれぞれ採用している。前面窓下にはエッチング加工を施したステンレス製の飾り板が設けられ[3]、中央部には立体型の西武鉄道社章が取り付けられてアクセントとなっている。また、前面下部には大型排障器(スカート)が装備された。

前照灯シールドビーム式で、前面左右下部に設けられたライトケース内に後部標識灯とともに片側各2灯、計4灯が設置された。前面左右幕板部には通過表示灯が設置されている。また、左右ライトケースの間、すなわち車体中央部には列車愛称表示板受けが設置された。

側面窓はシートピッチに合わせた1,515mmの広幅固定窓とされ、冷暖房効果向上ならびに防曇効果を目して窒素ガス封入式の二重窓構造であり、ガラスそのものも熱線吸収ガラスが採用されている。

客用扉は各車2箇所設けられた。車内デッキを設置する都合上、各車とも極力車端部に寄せて設置されており[4]、室内からの展望を考慮して戸袋窓を省略できる700mm幅の折扉を採用した。扉窓固定支持はHゴム式である。

車体塗装はクリームを基調に赤帯を前面下部から側面幕板部ならびに腰板部にかけて回したツートンカラーとし、前面ステンレス板下部から幕板部にかけての斜めのラインがアクセントとなり、スピード感を強調している。本系列の愛称である「レッドアロー」はこの車体塗装から命名されたものである。

内装[編集]

クハ5500形5503トイレ直下に汚物処理装置を有する(横瀬車両基地 2009年10月)
クハ5500形5503
トイレ直下に汚物処理装置を有する
(横瀬車両基地 2009年10月)

車内には客用扉と客室を仕切るデッキが設けられ、デッキ部の仕切り扉はデッキ側ならびに客室側双方の床部に設置された感圧式マットスイッチを踏むことによって動作する自動開閉構造である。扉そのものは2枚の茶色系透明アクリル板の間に花柄のレースを封入したものとされ、開放感を演出している。

座席回転式クロスシートで、背もたれの角度を調整できるリクライニング機構は省略されている。シートモケット色は各車ごとに異なっており、池袋向き先頭車(クハ5500形偶数車)から順番に青・金茶・エンジ色・若草(薄緑色)とされていた点が特徴であった。シートピッチは930mmで、当時の国鉄特急形車両普通車と比較して20mm広く取られている。なお、座席定員はクハ5500形偶数車が64名、同奇数車が56名、モハ5000形が72名である[4]

床部は全車ともグレーのロンリュームが採用され、座席部と通路部で明度が異なるツートンカラーとした。

快適設備として各車とも西武では初採用となる冷房装置が搭載された。冷風吹き出し口は天井部左右にスポット式のものが設置されている。

客室照明は半間接式で、天井部中央に設置された600mm幅のアクリル製カバー内に40W蛍光灯を枕木方向に3本並べた構造の照明装置が採用された。

トイレ飯能向き先頭車(クハ5500形奇数車)に設置され、黄害防止の観点から落成当初より循環式汚物処理装置を搭載する。また、トイレの向かい側は車内販売準備室となっており、同部分の側窓のみ2段式の開閉可能窓となっている[4]

主要機器[編集]

主要機器については保守合理化の観点から、当時の最新型車両であり、かつ西武秩父線の山岳区間走行を考慮した設計とされた101系と共通とされ[5]、両系列は全く同一の性能を有する。無論両系列の併結運転も可能であったが[6]、営業運転においては実現することはなかった。

主電動機は一時間定格出力150kWの日立製作所製HS-836-Nrbもしくは東洋電機製造製TDK-8010-A直巻整流子電動機を、中空軸平行カルダン駆動装置を介して搭載する。同主電動機は本系列が新製された1969年(昭和44年)当時、1,067mm軌間(狭軌)用カルダン駆動主電動機としては最大出力を有し、最弱界磁率を35%と大きく取ることにより勾配区間走行から高速走行まで対応可能な設計とされた。歯車比は101系同様86:15 (5.73) である[7]

主制御器は2両分8基の主電動機を制御する1C8M仕様で、日立製作所製電動カム軸式MMC-HTB-20Eを奇数電動車に搭載する。力行ステップは31段(弱め界磁起動1段・直列12段・並列13段・弱め界磁5段・発電制動25段)で、バーニアノッチ等特殊な装備を持たない抵抗制御車としては比較的多い力行ステップ数を有する。また同主制御器は停止用発電制動のほか、勾配区間走行対策として抑速発電制動機構を有する。

台車は住友金属工業製のペデスタル式空気バネ台車のFS-372(電動車用)およびFS-072(制御車用)を装備する。同台車は101系より採用されたダイレクトマウント式空気バネ台車であり、その後の採用例は本系列に留まらず、1990年代にかけて20年以上もの間、西武における標準台車として採用され続けた。

制動装置は発電制動併用電磁直通ブレーキ (HSC-D) で、前述の通り抑速発電制動機構を有する。なお、停止用発電制動はブレーキ弁操作によって、抑速発電制動は主幹制御器(マスコン)を力行時とは逆回しに操作することによって、それぞれ動作させる仕組みとなっている。

冷房装置は日立製作所製の集中式冷房装置FTUR-375-203A(冷凍能力28,000kcal/h)を1両当たり1基搭載した。冷房装置の種類決定に際しては、後述の通り本系列はモハ5000・5050形奇数車にパンタグラフを2基搭載することから、分散式冷房装置を採用した場合、搭載スペースの都合上所定の能力を得られないことが懸念され、集中式冷房装置に決定したという経緯を有する。

パンタグラフは従来車同様に工進精工所製KP-62系を採用し、モハ5000・5050形奇数車に2基搭載する。なお、本系列は前述の通り車体高が他系列と比較して低いことから、パンタグラフ作用高を抑えるためにパンタグラフ台座が大型化されており、外観上台座の高さが目立った。

電動発電機 (MG) は冷房装置搭載に伴って大容量化され、出力110kVAの日立製作所製HG-584-Iが採用された。電動空気圧縮機 (CP) はAK3を2基、MG・CPいずれもモハ5000・5050形偶数車に搭載する。

その他、前面連結器下には電気連結器が装備され、前述の通り本系列同士、もしくは101系との併結運転を想定した設計となっている。また、本系列の連結器胴受は復元バネ部を胴受横梁の下部に設置した特殊な形状のものが採用された。

導入後の変遷[編集]

前述の通り、1969年(昭和44年)9月に5501・5503編成が、同年12月には5505編成がそれぞれ日立製作所で新製されたが、翌1970年(昭和45年)3月に落成した5507編成以降はいずれも西武所沢車両工場で新製されている。以下、主な変遷を記す。

中間車の増備・6両編成化[編集]

5507編成までは4両編成で増備された本系列であったが、1974年(昭和49年)2月に落成した5509編成は本系列初の6両編成として新製され、中間電動車モハ5050形が新規区分形式として誕生した。同形式は編成内の池袋・西武秩父寄りに組み込まれ、主要機器の仕様はモハ5000形ユニットと全く同一である。

 
池袋・西武秩父 →
4両編成 クハ5500形
(奇)
モハ5000形
(奇)
モハ5000形
(偶)
クハ5500形
(偶)
 
6両編成 クハ5500形
(奇)
モハ5000形
(奇)
モハ5000形
(偶)
モハ5050形
(奇)
モハ5050形
(偶)
クハ5500形
(偶)

車内設備に関しては若干の改良が加えられ、5509編成ならびにモハ5050形ユニットについては車内座席が回転式簡易リクライニングシートに変更されたほか、シートモケットはオレンジ系で統一されている。また、5509編成では6両編成化に伴いクハ5500形偶数車にもトイレおよび車内販売準備室が新設され、クハ5500形奇数車と外観・座席定員数が統一された。

モハ5050形は5509編成に組み込まれるモハ5059・5060のほか、同年3月から5月にかけて5501 - 5507編成の増結用車両としてモハ5051 - 5058の8両が新製された。同時に既存の編成についても車内座席を簡易リクライニングシートに交換し、シートモケットもオレンジ系で統一された。また、クハ5500形偶数車へのトイレおよび車内販売準備室新設が行われ、それに伴う客用扉ならびに車内デッキ位置の移設が施工されている。

同時期にはVHF帯空間波方式による列車無線の採用が決定していたため、クハ5509・5510は落成当初より無線アンテナを装備しており、クハ5501 - 5508は追加改造で準備工事が施工された。

なお、多客時の10連運用を考慮して5505編成のみは4両編成のまま存置され、モハ5055・5056ユニットは竣功後2年近くもの間小手指検車区(現・小手指車両基地)に留置されていたが、1976年(昭和51年)2月に6両編成化が実施され、本系列は6両編成で統一された。

最終増備編成における改良[編集]

5511編成より採用された電照式愛称表示板
5511編成より採用された電照式愛称表示板

全編成6両編成化に伴い、1976年(昭和51年)のダイヤ改正以降特急列車の終日1時間ヘッド化が実現したが、さらに臨時列車の定期列車格上げに伴う予備編成確保目的で、1978年(昭和53年)2月に5511編成が新製された。

同編成も5509編成と同様、当時より6両編成で落成しているが、前面愛称表示が電照式に改良され、愛称表示板もアクリル製の半透明のものに変更された。その他、換気効率向上のため各車の屋根上に押込式通風器を新設し、冷房装置も改良型のFTUR-375-203Cを搭載する。同冷房装置の能力は28,000kcal/hとFTUR-375-203Aと変わりないが、外観上放熱孔の形状が異なる点が特徴であった。また、車内座席はフリーストップ式のリクライニングシートに改良され、モケット色もエンジ色に変更された。

5511編成の新製をもって本系列の増備は完了となった。また、前面愛称表示の電照化ならびに車内座席モケット色のエンジ色化[8]については5501 - 5509編成に対しても1978年(昭和53年)以降順次施工されている。

各種改造[編集]

晩年に使用された座席
晩年に使用された座席

本系列は前述のように電気連結器を併設していたが、全編成の6両編成化に伴い本系列同士の併結運用が消滅したことと、当初想定されていた101系との併結運転が行われない見通しとなったことから、1983年(昭和58年)以降順次撤去され、同時にスカート部の切り欠きが縮小された。

また、5501 - 5509編成を対象に冷房装置のFTUR-375-203Cへの換装が1983年(昭和58年)から1987年(昭和62年)にかけて実施されている。

さらに1987年(昭和62年)から翌1988年(昭和63年)にかけて、特別修繕と称する更新修繕工事が全編成を対象に施工された。同修繕に際しては車内内装パネル[9]ならびに床面ロンリュームが全て交換されたほか、クハ5500形奇数車のデッキ部分にカード公衆電話[9]ならびに清涼飲料水自動販売機の新設、車内座席のフリーストップ式リクライニングシート化[9]、シートモケットの青とブルーグレーのツートンカラー化[9][10]荷棚・カーテンの交換、デッキ部分への車内スピーカーの増設、トイレ設備の全面交換ならびにトイレ内への非常通話装置の設置[9]など、施工項目は多岐におよぶ。

外観ならびに運転関連設備では、屋根上への押込型通風器の新設、前面フロントガラスの強化およびワイパーの2連化、前照灯滅光スイッチの足踏み式化、側面戸閉表示灯のLED化ならびに縦長形状化が施工されている。

なお、これら改造内容は5511編成における採用実績を反映したものも多く、座席の仕様や通風器の増設等、既に5511編成においては落成当初より採用されていた項目については、同編成の特別修繕に際しては当然のことながら省略されている。

なお、1984年(昭和59年)3月のダイヤ改正を機に飯能寄り1号車(クハ5500形奇数車)が禁煙車に指定され、1988年(昭和63年)以降は池袋寄り6号車(クハ5500形偶数車)も禁煙車となり、1編成6両中2両が禁煙車となった。

運用・晩年[編集]

本系列は全編成とも小手指検車区に配備され、池袋線系統の特急「ちちぶ」「こぶし[11]」「むさし」運用に専従していたが、1976年(昭和51年)のダイヤ改正より、新宿線西武新宿 - 西武秩父線西武秩父間で休日のみ運行される「おくちちぶ」が新設されたことにより、新宿線系統でも運用されることとなった[12]

これら定期運用のほか、各種臨時列車にも多く充当されているが、中でも1993年平成5年)5月12日に池袋 - 西武秩父間で運行されたお召し列車に5507編成が充当されたことが特筆される。運行に際しては編成の方向転換を実施したほか、車内座席を赤色モケットの特別仕様のシートへ交換し、側窓ガラスを特殊強化ガラス製のものへ変更されている。

なお、その他の臨時列車ならびに定期運用の詳細についてはレッドアロー」もしくは「ちちぶ (列車)」を参照。

長年西武の看板車両として運用された本系列であったが、1990年代に至り設計年代の古さに起因する居住性の問題や[13]、車齢25年近くを経過したことによる各部の老朽化・陳腐化が目立ちつつあった。このため1990年(平成2年)には後継の新型特急車両計画を一度は発表したが、これは直後に中止となった。しかし本系列の老朽化・陳腐化は進行していたことから、計画中止から間もない1992年(平成4年)に計画の事実上の復活となる10000系の製造を発表。1993年(平成5年)にそれを開始した。

10000系は同年12月のダイヤ改正より新宿線の定期特急列車「小江戸」が新設されたことによる「おくちちぶ」廃止[14]に伴って、本系列は新宿線系統の定期運用より撤退した。

1994年(平成6年)以降、本系列の代替目的で10000系が池袋線系統にも配属されたことに伴い、同年10月17日付で5509・5511編成が除籍され、本系列の淘汰が開始された。10000系の新製に際しては本系列の台車・主要機器を流用する計画であったことから廃車は急ピッチで進められ、1995年(平成7年)に全編成が定期運用を離脱し、同年10月14日に開催されたさよならイベントならびに同年11月に新宿線系統で運行された団体専用臨時列車「小さな旅」における運用が最後の運行となった。その後、同年12月13日付で5503編成が除籍されたことをもって、本系列は形式消滅した。

譲渡・保存車両[編集]

廃車後は大半の車両が解体処分されたものの、前述のように台車ならびに主要機器については10000系の新製に際して流用されたほか、西武初の本格的特急用車両という位置付けから、最後に廃車となった5503編成の両先頭車2両が西武鉄道関係施設において静態保存された。また、6両分の車体が富山地方鉄道へ譲渡されている。

保存車両[編集]

クハ5503
クハ5504

保存車両はいずれも先頭車クハ5500形であり、クハ5503・5504が横瀬車両基地において保存されている。通常は非公開とされているが、毎年10月に開催されるイベント「西武トレインフェスティバル」に際して一般に公開される。

クハ5504は乗務員扉より後部を切断したカットボディ状態で保存されており、一方クハ5503は完全な状態で保存されている。いずれも廃車当時の外観・仕様のまま保存されたが、クハ5503については1999年(平成11年)10月に開催された西武トレインフェスティバル以降、新製当初の外観に近付けるべく、電気連結器ならびに前面愛称表示板部分の復元が施工された[15]

なお、クハ5504は西武秩父線開業40周年記念イベントの一環として、2009年(平成21年)に西武秩父駅コンコース「西武秩父仲見世通り」において特別展示された[16]

譲渡車両[編集]

富山地方鉄道16010形16011編成(元西武5501編成)
富山地方鉄道16010形16011編成
(元西武5501編成)

1995年(平成7年)3月に5501編成クハ5501・モハ5052・クハ5502が、同年11月には5507編成クハ5507・モハ5058・クハ5508が富山地方鉄道へそれぞれ譲渡された。前述のように本系列の台車ならびに主要機器は10000系へ流用されるため、車体と一部の機器のみを譲渡する形となった。

譲渡後は同社稲荷町車両基地(現・稲荷町テクニカルセンター)において各種改造が施工され、主要機器については九州旅客鉄道(JR九州)をはじめとした同業他社より調達した廃車発生品を搭載し、旧クハ5500形奇数車を電動車化してMT比2M1Tの3両編成化が実施された。

こうして同社16010形として導入された同6両は主に優等列車運用に充当されていたが、乗客減に伴い20m車体の3両編成では輸送力過剰となったことから、2005年(平成17年)より2両編成化改造が施工された。以降、多客時のみ中間車を増結して運用する形となったものの、増解結作業の煩雑さから実際に3両編成で運用される機会は稀であり、中間車については2010年(平成22年)10月16日を最後に運用を離脱した[17]が、水戸岡鋭治による観光列車「アルプスエキスプレス」化改造に伴い中間車が復活している[18]

車歴[編集]

編成呼称 車両番号 新製 製造 6両編成化 廃車 備考
5501編成 クハ5501 1969年9月 日立製作所 1974年3月 1995年3月 1995年7月富山地方鉄道へ譲渡(モハ16011)
モハ5001  
モハ5002  
モハ5051 1974年3月 西武所沢  
モハ5052 1995年7月富山地方鉄道へ譲渡(モハ16012I→クハ111II)
クハ5502 1969年9月 日立製作所 1995年7月富山地方鉄道へ譲渡(クハ111I→モハ16012II)
5503編成 クハ5503 1969年9月 日立製作所 1974年4月 1995年12月 静態保存
モハ5003  
モハ5004  
モハ5053 1974年4月 西武所沢  
モハ5054  
クハ5504 1969年9月 日立製作所 静態保存(カットボディ)
5505編成 クハ5505 1969年12月 日立製作所 1976年2月 1995年11月  
モハ5005  
モハ5006  
モハ5055 1974年4月 西武所沢  
モハ5056  
クハ5506 1969年12月 日立製作所  
5507編成 クハ5507 1970年3月 西武所沢 1974年9月 1995年11月 1996年4月富山地方鉄道へ譲渡(モハ16013)
モハ5007  
モハ5008  
モハ5057 1974年5月  
モハ5058 1996年4月富山地方鉄道へ譲渡(モハ16014I→クハ112II)
クハ5508 1970年3月 1996年4月富山地方鉄道へ譲渡(クハ112I→モハ16014II)
5509編成 クハ5509 1974年2月 西武所沢 1994年10月  
モハ5009  
モハ5010  
モハ5059  
モハ5060  
クハ5510  
5511編成 クハ5511 1978年2月 西武所沢 1994年10月  
モハ5011  
モハ5012  
モハ5061  
モハ5062  
クハ5512  

脚注[編集]

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  1. ^ 2011年(平成23年)現在、西武が保有する各系列で鉄道友の会が制定・主催する各賞を受賞したのは本系列が唯一である。その後30000系2008年度のローレル賞受賞候補となったものの、最終選考において落選した。
  2. ^ 後述の通り、5501 - 5505編成(4両編成)は日立製作所が新製も担当したものの、5507編成以降ならびに6両編成化用増結中間車については西武所沢車両工場で新製されている。なお、本系列と同じく西武秩父線開業に伴って新製されたE851形電気機関車についても、本系列同様に外部(三菱重工業三菱電機)へ発注・新製された。
  3. ^ 設計段階においてはコルゲート加工されたステンレス板を用いる計画であったものの、曲面加工の困難さからエッチング加工されたステンレス板に変更されたという経緯を有する。
  4. ^ a b c クハ5500形奇数車は車端部にトイレおよび車内販売準備室が設置されている都合上、扉配置ならびに座席定員数がクハ5500形偶数車とは異なる。なお、後述のように6両編成化に伴ってクハ5500形偶数車にもトイレおよび車内販売準備室が設置され、両先頭車の仕様が統一された。
  5. ^ この関係は東武においても、1720系2000系1800系8000系に、それぞれ概ね当てはまる。
  6. ^ 併結運転の際に不要となる電気指令(冷房装置スイッチ等)をカットすることのできる、混結開放スイッチを本系列側に設置していた。
  7. ^ 歯車比が日常的に高速走行を行う特急用車両としては比較的大きく取られていることに加えて、車内床部に主電動機点検蓋(トラップドア)が設置されていることから、高速走行時における車内騒音の大きさが欠点であった。この点は機器流用した後継の10000系でも同様となっている。
  8. ^ 座席そのものは簡易リクライニングシートのままであった。
  9. ^ a b c d e 鉄道ジャーナル』第21巻第14号、鉄道ジャーナル社、1987年12月、 113頁。
  10. ^ さらに末期にはモケットが青一色のものに交換された。掲載した画像はモケット張替え後のものである。
  11. ^ 休日早朝の西武秩父発上り「ちちぶ」に充当するための送り込みを兼ねた列車で、「ハイキング夜行特急」と称し、西武秩父到着後は翌朝まで車内での仮眠を可能とした列車である。1973年(昭和48年)のダイヤ改正を機に廃止となった。
  12. ^ 送り込みと小手指への帰区も間合い運用で営業運転を行うため、西武新宿 - 所沢間で運行される「むさし」も設定された。
  13. ^ 前述した騒音問題とともに、座席背もたれ高さが低いことによる居住性の低さが問題とされた。
  14. ^ 新宿線系統より秩父方面へ直通する特急は廃止となったものの、同ダイヤ改正より「おくちちぶ」の愛称を冠する特急が池袋線に新設された。これは同ダイヤ改正において特急停車駅に入間市が追加されたことに伴い、休日のみ運行される入間市通過の特急列車に「おくちちぶ」の愛称が引き継がれたものである。
  15. ^ その他の部分には手を加えられていないため、ワイパーの本数や側面戸閉表示灯などは廃車当時のままの仕様とされている。
  16. ^ 西武秩父仲見世通り - 西武鉄道(2011年3月25日閲覧)
  17. ^ 富山地方鉄道16010形が3連で運転 - 『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース(交友社) 2010年10月13日(2011年3月23日閲覧)
  18. ^ 富山地方鉄道の観光列車『アルプスエキスプレス』|富山地方鉄道株式会社

参考文献[編集]

関連項目[編集]