西武球場前駅
| 西武球場前駅 | |
|---|---|
|
駅舎(2011年6月22日) | |
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せいぶきゅうじょうまえ Seibukyūjō-mae | |
| 所在地 | 埼玉県所沢市上山口2090-3 |
| 所属事業者 | 西武鉄道 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム |
3面6線(狭山線) 1面2線(山口線) |
| 乗降人員 -統計年度- |
10,874人/日 -2017年- |
| 開業年月日 | 1929年(昭和4年)5月1日[注釈 1] |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■狭山線 |
| 駅番号 | SI 41 |
| キロ程 | 4.2km(西所沢起点) |
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SI40 下山口 | |
| 所属路線 | ■山口線 |
| 駅番号 | SY 03 |
| キロ程 | 2.8km(西武遊園地起点) |
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◄SY02 遊園地西 (2.5km) | |
| 備考 | 1944年(昭和19年)2月営業休止、1951年(昭和26年)10月営業再開。 |
西武球場前駅(せいぶきゅうじょうまええき)は、埼玉県所沢市上山口にある、西武鉄道の駅。
目次
概要[編集]
プロ野球・埼玉西武ライオンズの本拠地球場である西武ドーム(命名権名称、メットライフドーム)に隣接して立地する、狭山線ならびに山口線「レオライナー」の終点駅である。開業当初の駅名は村山公園駅(むらやまこうえんえき)であったが、村山貯水池際駅(むらやまちょすいちぎわえき)、村山駅(むらやまえき)、狭山湖駅(さやまこえき)と三度の改称を経て、西武ライオンズ球場(当時)開設に先立つ1979年(昭和54年)3月に現駅名に改称された。西武ライオンズ球場はその後、ドーム化や命名権取得に伴って名称を複数回変更しているが[注釈 2]、当駅の名称は「西武球場前」のまま変更されていない。
当駅は駅舎ならびに各路線のホームが地平に建造されている地上駅であるが、立地する場所の地形の関係から、狭山線における当駅手前の区間は上り勾配を伴う高架構造となっている[1]。
駅番号導入に際しては、狭山線と山口線で個別に設定されることになり、狭山線はSI41、山口線はSY03となる。
駅構造[編集]
西武ドームにおける埼玉西武ライオンズ主催の公式試合開催時、ならびに各種イベント開催時においては多数の利用客が当駅を利用する。多数の利用客を迅速かつスムーズに輸送する必要性から、改札口スペースは広く取られており、通常供用される改札口のほか臨時改札口を併設する。また、常設の自動券売機に加えて多客時に乗車券を発売する臨時窓口も設置されている。改札口正面に設置されている狭山線の発車標は、多段表示式のものが採用されている。
狭山線のホームは頭端式構造となっており、ホーム始端部に駅舎、公衆トイレならびに改札口が設置されている[2]。催事輸送に際して増発される臨時列車運行に対応するため、3面のホームと6本の発着番線を有するが、3~6番ホームについては臨時ホームとして扱われ、通常ダイヤによる運行時は駅構内南端の1面2線のうち片側の1番ホームのみを使用する[2][3]。臨時ホームは臨時列車運行時のほか、西武鉄道が主催する各種イベント等のための電車留置にも使用される。なお、1~6番ホームの発車メロディには、埼玉西武ライオンズの球団応援歌である「吠えろライオンズ」が用いられている[4]。
山口線のホームは島式1面2線構造で、狭山線ホーム南方に隣接する。地形の都合上狭山線ホームより高い場所に位置し、改札口・狭山線ホームからスロープ状の通路を経由して山口線ホームに至る形態である[2]。なお、当駅の東側には山口線の車庫である山口車両基地がある。
2012年度にトイレの改修工事を行い[5]、年度末までに完了した。
のりば[編集]
| ホーム | 路線 | 行先 |
|---|---|---|
| 1 - 6 | 西所沢・所沢・池袋・新木場・横浜方面 | |
| 7・8 | 遊園地西・西武遊園地方面 |
- 通常ダイヤにおける狭山線は、西所沢駅折り返しの区間列車および池袋線池袋駅発着(一部所沢駅発着もあり)の直通列車のみの運行となるが、臨時列車増発時には新宿線方面および新木場(東京メトロ有楽町線)・横浜・渋谷方面(元町・中華街駅発着:副都心線・東急東横線・みなとみらい線)からの直通列車が運行される。
歴史[編集]
武蔵野鉄道山口線(後の西武狭山線)は、村山貯水池(多摩湖)を中心とした狭山自然公園への観光客輸送を目的として[6]、1929年(昭和4年)5月1日に西所沢 - 村山公園間が開通したが、当駅は山口線の終着駅村山公園駅として同日開業した。開業当初の当駅は西所沢から4.8km地点、村山上貯水池と同下貯水池を区分する堤体寄り、現在の西武第二球場付近に所在した[7]。
当時における都心部から日帰り可能な手軽な観光地の一つであった狭山自然公園への観光輸送を巡っては、(旧)西武鉄道が村山線(現・西武西武園線)「村山貯水池駅」を、多摩湖鉄道(武蔵野鉄道への合併を経て、現・西武多摩湖線)が「村山貯水池前駅」をそれぞれ同時期に開業しており、当時はいずれも別事業者に属した三路線は利用客獲得のため熾烈な争いを繰り広げた[8]。
当駅は1933年(昭和8年)3月に村山貯水池際駅と改称されたのち[1]、日中戦争に端を発する戦局の激化に伴って1941年(昭和16年)4月1日付で村山駅と改称された[1]。これは「貯水池」という軍事上重要な施設の存在を隠蔽する国防上の理由によって実施された改称であり[9]、前述した各路線の駅についても、(旧)西武村山線「村山貯水池前駅」は「狭山公園駅」に、武蔵野鉄道多摩湖線「村山貯水池駅」は「狭山公園前駅」にそれぞれ改称が実施された[9]。さらに太平洋戦争勃発に伴って、各事業者が保有する鉄道路線について、軍事輸送上の重要度が低いものは鉄材供出のため不要不急線に指定される例が相次いだが、観光輸送を目的として敷設された山口線[6]も例外ではなく、1944年(昭和19年)2月に不要不急線として休止となり[10]、当駅も営業を休止した[1]。
終戦後の1951年(昭和26年)10月7日付で山口線(西武鉄道の路線としては初代)は「狭山線」と名称変更の上で運行を再開し、当駅も営業を再開した[10]。営業再開に際しては駅を西所沢方へ300m移設の上、寺社風の重厚な外観が特徴の駅舎を新造し[1]、駅名も狭山湖駅と改称された。なお、運行再開当初の狭山線は非電化路線として竣工し[11]、電化以前の多摩線(現:多摩川線)などで運用された内燃動車(ディーゼルカー)によって運行されたが、翌1952年(昭和27年)3月には再び架線電圧1,500V仕様で電化され[11][注釈 3]、電車による運行が再開された。また、1959年(昭和34年)12月には当駅の至近に屋内スキー場「狭山スキー場」が開設されたが、同施設を訪れる利用客によって輸送量増加が見込まれたことからホームの拡幅ならびに有効長延長が実施された[12]。さらに1963年(昭和38年)には当駅南方に野球用グランド「西武園球場」が開設されている。
営業再開以降、ユネスコ村や狭山スキー場といった主に近隣のレジャー施設への輸送を担った当駅であったが、1978年(昭和53年)6月に前述「西武園球場」をプロ野球公式試合が開催可能な本格的施設へ改装する工事が開始されたことに伴って、同年11月に西所沢方へさらに300m移設され、従来の2面2線構造から球場観客輸送を念頭に置いた3面6線構造に拡幅の上で現在地へ移転した[1]。同球場はその後、福岡野球株式会社(クラウンライターライオンズ球団)を西武鉄道のグループ企業であった国土計画(後のコクド)が買収し、本拠地を福岡県福岡市から移転することが決定したことにより、クラウンライターライオンズ改め西武ライオンズ球団の本拠地球場として使用されることとなった。「西武ライオンズ球場」と命名された同球場の最寄駅となった当駅は、1979年(昭和54年)3月31日の同球場竣工[13]に先立つ同年3月25日付で西武球場前駅と改称された[1]。また、1985年(昭和60年)4月には多摩湖線方面から西武ライオンズ球場へのアクセス改善を目的として、山口線(2代)の新交通システムへの転換ならびに経路変更が実施され[10]、当駅は新たに山口線(2代)の終着駅となった。
2009年(平成21年)4月7日より、1 - 6番ホームの発車メロディを埼玉西武ライオンズの球団応援歌「吠えろライオンズ」に変更した。これは同年の本拠地・西武ドームにおける公式試合開幕戦開催日に合わせ、「ライオンズが“駅をジャック!”」と銘打ったイベントの一環として実施されたものである[4]。
年表[編集]
- 1929年(昭和4年)5月1日 - 武蔵野鉄道山口線の村山公園駅として開業。
- 1933年(昭和8年)3月1日 - 村山貯水池際駅と改称。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 戦局激化に伴い、村山駅と改称。
- 1944年(昭和19年)2月28日 - 山口線が不要不急線に指定され、営業休止。
- 1945年(昭和20年)9月22日 - 武蔵野鉄道が(旧)西武鉄道を吸収合併し、(現)西武鉄道成立[注釈 4]。西武鉄道山口線(初代)の駅となる。
- 1951年(昭和26年)10月7日 - 営業再開。西所沢方へ300m移設の上、狭山湖駅と改称。同日付で路線名称も「狭山線」と変更。
- 1959年(昭和34年)12月22日 - 狭山スキー場の開業に合わせ、ホームの延長・拡幅を実施。
- 1978年(昭和53年)11月30日 - 西武ライオンズ球場の開業準備に伴い西所沢方へさらに300m移設、現在地に移転。
- 1979年(昭和54年)3月25日 - 西武ライオンズ球場の開場を機に、西武球場前駅と改称。
- 1985年(昭和60年)4月25日 - 山口線(2代)の新交通システム転換・経路変更に伴って、山口線用の7・8番ホーム供用開始。
- 1993年(平成5年)6月7日 - 自動改札機導入。
- 2002年(平成14年)3月6日 - 改札口有人通路をカウンター式に改装し、売店を新設。自動改札機・自動券売機を移設。
- 2006年(平成18年)9月1日 - 特急「スタジアムエクスプレス(現:ドーム)」運行に伴い、特急券の窓口発売を開始。
- 2009年(平成21年)4月7日 - 1 - 6番線の発車メロディを「吠えろライオンズ」に変更。
利用状況[編集]
2017年(平成29年)度の1日平均乗降人員は10,874人である[14] 。同数値は西武鉄道全92駅中67位であるが[15]、当駅は西武ドームの最寄駅であることから、埼玉西武ライオンズ主催のプロ野球公式試合開催日やコンサートなどのイベント開催日は非常に混雑する。その一方で、プロ野球のシーズンオフやイベントが全くない時は閑散としている。このため、一日当たりの乗降人員は同施設における試合やイベントの有無に大きく左右される。
| 年度 | 1日平均 乗降人員 (狭山線) |
1日平均 乗降人員 (山口線) |
|---|---|---|
| 2002年(平成14年) | 8,334[17] | |
| 2003年(平成15年) | 6,278 | 1,504 |
| 2004年(平成16年) | 6,676 | 1,606 |
| 2005年(平成17年) | 6,274 | 1,523 |
| 2006年(平成18年) | 6,388 | 1,582 |
| 2007年(平成19年) | 5,999[18] | 1,605 |
| 2008年(平成20年) | 6,305 | 1,670 |
| 2009年(平成21年) | 6,832 | 1,733 |
| 2010年(平成22年) | 7,489 | 1,234 |
| 2011年(平成23年) | 7,995 | 1,361 |
| 2012年(平成24年) | 9,038[15] | 1,442 |
| 2013年(平成25年) | 9,158 | 1,511 |
| 2014年(平成26年) | 8,543 | 1,421 |
| 2015年(平成27年) | 8,852 | 1,434 |
| 2016年(平成28年) | 9,575[19] | |
| 2017年 (平成29年) | 10,874 | |
駅周辺[編集]
西武ドームのほか、埼玉西武ライオンズの球団事務所、主に二軍の選手が使用する西武第二球場、室内練習場、選手寮「若獅子寮(西武ライオンズ合宿所)」など球団に関連する各種施設が数多く存在する[20]。西武ドームの手前には優勝ペナント・トロフィーや過去のユニフォーム等を展示する「ライオンズストア フラッグス」が開設されている[21]。また、かつては当駅南側に西武第三球場も存在したが2003年(平成15年)をもって閉鎖され、跡地は西武ドームの駐車場に転用された。
その他、西武ドームに隣接した中華レストラン「中国料理 獅子」や、人工雪による屋内スキー場「狭山スキー場」が駅の至近に立地している[22][23]。
埼玉県道55号所沢武蔵村山立川線を挟んだ駅の北側には狭山不動尊・金乗院(山口観音)のほか、西武系列の植物園「ところざわのゆり園」が存在する。同地はかつて「ユネスコ村」として開園・開発されたものであるが、ユネスコ村は2006年(平成18年)9月末をもって閉園(営業休止)となり、現在はゆり園のみが毎年5月下旬から7月中旬にかけて、期間限定で開園している[24]。
なお、当駅の南側には開業当初の駅名の由来となった村山貯水池(多摩湖)が、西側には現駅名に改称される以前の駅名の由来となった山口貯水池(狭山湖)がそれぞれ存在する。
バス路線[編集]
- 西武バス
- プロ野球公式試合などイベント開催時のみの臨時運行。試合開始時刻に合わせて運行時刻が変更される。
その他、大宮駅西口発着のプロ野球観戦客向け会員制バスが期間限定で運行される[26]。
隣の駅[編集]
- 西武鉄道
狭山線
- ■臨時特急「ドーム」始発・終着駅
- ■急行・■快速・■準急・■各駅停車(急行と快速は野球開催時のみ運転)
- 下山口駅 (SI40) - 西武球場前駅 (SI41)
山口線
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 当初は「狭山湖駅」として。1979年(昭和54年)3月に現駅名となる。駅名はその間にも数回変わっているが本文を参照のこと
- ^ 西武ライオンズ球場→西武ドーム→インボイスSEIBUドーム→グッドウィルドーム→西武ドーム→西武プリンスドーム→メットライフドーム
- ^ 多摩湖鉄道買収区間を除く旧武蔵野鉄道の各路線はいずれも架線電圧1,200V仕様で電化されており、(現)西武鉄道成立後の1950年(昭和25年)7月1日付で全線1,500V昇圧が実施されていることから、運行休止以前の「武蔵野鉄道山口線」は架線電圧1,200V仕様であったと推定される。
- ^ 当初の社名は「西武農業鉄道」。1946年(昭和21年)11月15日付で現社名へ改称。
出典[編集]
- ^ a b c d e f g 「西武鉄道の『廃』をさぐる」 (2004) pp.151 - 153
- ^ a b c 西武球場前駅 駅構内マップ - 西武鉄道公式Web 2018-09-07閲覧
- ^ 同様の駅構造は、近鉄志摩線の賢島駅においてもみられる。
- ^ a b 2009/04/05 ライオンズが“駅をジャック!” - 埼玉西武ライオンズ公式サイト 2012-03-04閲覧
- ^ NEWS RELASE 第12‐014号西武鉄道株式会社 《2018年9月12日閲覧;現在はインターネットアーカイブ内に残存》
- ^ a b 「西武鉄道のあゆみ - その路線網の拡大と地域開発」 (1992) p.106
- ^ 「西武鉄道 線路・駅の移り変わり」 (1992) pp.138 - 139
- ^ 「西武鉄道のあゆみ - その路線網の拡大と地域開発」 (1992) p.111
- ^ a b 「西武鉄道の『廃』をさぐる」 (2004) p.154
- ^ a b c 「西武鉄道のあゆみ - その路線網の拡大と地域開発」 (1992) pp.112 - 113
- ^ a b 「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 1」 (1960) p.42
- ^ 「西武鉄道 線路・駅の移り変わり」 (1992) p.80
- ^ 西武ドームの歴史 - 西武ドーム公式 2012-03-04閲覧 ※ 現在はインターネットアーカイブ内に残存
- ^ 駅別乗降人員(2016年度1日平均) (PDF) - 西武鉄道公式Web 2013-10-07閲覧
- ^ a b 駅別乗降人員 2012(平成24)年度 1日平均 (PDF) - 西武鉄道公式Web 2013-10-07閲覧
- ^ 埼玉県統計年鑑
- ^ 「駅別乗降人員(一日平均)の推移」 No.1 2002年度〜2006年度 池袋線・西武秩父線・西武有楽町線・豊島線・狭山線・山口線 (PDF) - 西武鉄道公式Web 2013-01-06閲覧
- ^ 「駅別乗降人員(一日平均)の推移」 No.2 2007年度〜2011年度 池袋線・西武秩父線・西武有楽町線・豊島線・狭山線・山口線 (PDF) - 西武鉄道公式Web 2013-01-06閲覧
- ^ “駅別乗降人員(2016年度1日平均)”. 西武鉄道. 2017年7月26日閲覧。
- ^ 発展途上の西武ライオンズ 選手揺籃の地「若獅子寮」 2005/01/15 - 多摩ニュータウンタイムズ 2012-03-04閲覧
- ^ ライオンズストア案内 - 埼玉西武ライオンズ公式 2012-03-02閲覧
- ^ 中国料理レストラン 獅子 - 西武ドーム公式 2012-03-04閲覧
- ^ 有料駐車場のご案内 (PDF) - 狭山スキー場公式 2012-03-04閲覧
- ^ ゆり園 - 西武鉄道公式Web 2012-03-04閲覧
- ^ 2014.09.05 西武球場前→上北台駅・立川駅北口行き運行開始のお知らせ
- ^ 2011/08/04 埼玉西武ライオンズ応援バスツアーin所沢 & 大宮 - 埼玉西武ライオンズ公式 2012-03-04閲覧
参考文献[編集]
- 益井茂夫 「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 1」 1960年6月(通巻107)号 pp.41 - 48
- 中川浩一 「私鉄高速電車発達史 17」 1968年5月(通巻209)号 pp.35 - 38
- 中川浩一 「私鉄高速電車発達史 21」1969年3月(通巻221)号 pp.39 - 42
- 中川浩一 「西武鉄道の系譜」 1969年11月(通巻230)号 pp.19 - 23
- 青木栄一 「西武鉄道のあゆみ - その路線網の拡大と地域開発」 1992年5月(通巻560)号 pp.97 - 115
- 益井茂夫 「西武鉄道 線路・駅の移り変わり」 1992年5月(通巻560)号 pp.136 - 149
- 小松丘 「西武鉄道の『廃』をさぐる」 2002年4月(通巻716)号 pp.147 - 159
関連項目[編集]
外部リンク[編集]