灘五郷

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
この項目に含まれる文字は、オペレーティングシステムブラウザなどの環境により表示が異なります。
御影郷の一つ、灘泉の酒蔵。灘五郷唯一の木造酒蔵(現存しない)

灘五郷(なだ ごごう)は、日本を代表する酒どころの一つ。西郷御影郷魚崎郷、西宮郷、今津郷の総称[1]。現在の兵庫県神戸市東灘区灘区と同県西宮市を合わせた阪神間の一部地域を指す。

日本酒造りに適した上質の酒米山田錦)とミネラルが豊富な上質の地下水宮水)が取れ、寒造りに最適と呼ばれる六甲颪(おろし)が吹き、そして製品の水上輸送に便利な港があったことから江戸時代以降、日本酒の名産地として栄えた。大手日本酒メーカーの多くが灘五郷を発祥地及び本社としているほか、現在も中小の酒蔵が点在する。

見学を受け入れている酒蔵もあり、阪神本線やバスが主な交通手段となる。また、灘五郷を祀る松尾神社 (神戸市)生田神社内にある。

五郷と各地域の酒蔵[編集]

灘五郷酒造組合が公式サイトで紹介している五郷各地域の酒蔵は以下である(カッコ内は代表的な酒の銘柄で社名と異なるもの、2018年2月時点)[2]

歴史[編集]

灘の酒造りは、鎌倉時代末期から室町時代には始まっていたとみられる[3]

かつては伊丹池田摂津の代表的な酒どころであった。江戸幕府が置かれた江戸の酒消費量が増えたが、当時の技術では品質を落とさずに江戸まで酒を輸送するのには困難がつきまとった。そこで、伊丹や池田よりも西寄りにあるものの、大阪湾に面し、江戸への輸送所要日数にして2~3日は短縮可能な灘地区が江戸中期以降、上方酒の主流となっていった。また江戸中期には灘では絞油業も栄えて、絞油業を大坂に独占させて江戸への油の一元的供給を図ろうとした江戸幕府と対立したが、後に江戸への直接販売が認められるようになった[4]

明治期以降、豊かな醸造家は阪神間モダニズム文化の牽引役となった。

兵庫県外の酒造会社も多く進出し、京都市の宝ホールディングス(「松竹梅」蔵元)、滋賀県の太田酒造(「道灌」蔵元)などは灘五郷にも工場を持つ。かつては、京都市の月桂冠伊丹市小西酒造(「白雪」蔵元)、和歌山市の世界一統なども工場を置いていた。また、忠勇がマルキン忠勇の、萬歳酒造(「富貴」蔵元)や富久娘酒造、福徳長酒類がオエノンホールディングスの一部またはグループ会社になるなど、非関西資本の傘下に入った蔵元もある。

阪神・淡路大震災(1995年)では、白壁土蔵造りの酒蔵、赤煉瓦の酒蔵など伝統的な景観が大いに損なわれた。震災後、中小蔵元の廃業も見られた。

とはいえ、多くの有名メーカーが軒を連ね、国内での日本酒生産量の約3割を占める[5]日本一の酒造業地帯であることに変わりはない。仕込みの時期には新酒の香りも漂い、それが環境省かおり風景100選にも選ばれた。

PR・観光[編集]

神戸市中心街にアンテナショップ「灘の酒蔵通」(中山手通「北野工房のまち」内)を開設している [6]ほか、新酒を試飲(有料)できる持ち回りの「蔵開」[7]などを実施したり、イベントに出展・参加したりしている。

酒蔵見学[編集]

酒蔵めぐりに至っては、毎年秋に行われている『酒蔵探訪』なるスタンプラリーイベントを行っている。ただ各酒蔵の資料館なりの見学は年中行われている。

この時期においては、「酒蔵めぐりバス」が巡回運行している。

お土産[編集]

各蔵元で自ブランドの商品を販売しているが、それとは別に周辺地域では、『日本酒を購入する』以外の娯楽を提供している。それは以下ある。

  • 虎屋吉末(商標登録:酒樽煎餅)
  • 小林春吉商店(酒粕)
  • お酒の濵田屋(地元灘酒をメインに扱う居酒屋)
  • 霊泉『沢の井』(阪神電気鉄道「御影駅」高架下)

江戸前期までの灘目三郷[編集]

  • 今津郷
  • 上灘郷
  • 下灘郷

江戸時代の灘五郷[編集]

上灘郷が3つの組に分裂した。

  • 今津郷:現在の兵庫県西宮市今津地区
  • 東組(魚崎郷):現在の兵庫県神戸市東灘区魚崎本庄地区
  • 中組(御影郷):現在の兵庫県神戸市東灘区御影住吉地区
  • 西組(西郷):現在の兵庫県神戸市灘区新在家大石地区
  • 下灘郷:現在の兵庫県神戸市中央区

明治中期以降の灘五郷[編集]

下灘郷が衰退し、西宮郷が加わる。 (括弧で区切ったものは廃業した蔵)

2000年以降の灘五郷の動向[編集]

かつては『灘の日本酒』で全国に知れ渡ることとなったわけだが、最近は焼酎分野を開拓したり、酒米の新種を発表するなどの展開を行っている。そんな各蔵元とそれを取り巻く環境が以下である。

  • 今津郷
    • 大関:『大関記念館(仮称)』の建設予定。
  • 西宮郷
    • 日本盛:2017年、中国・香港で海外専用の新ブランド『風雅』を発表。[8]
    • 徳若:2005年、創業。 [9]
  • 魚崎郷
    • 松竹梅白壁蔵:2011年、スパークリング清酒『澪』販売。
    • 浜福鶴:2016年、神戸ワイナリーとのコラボ企画、新商品『神戸しぼり』発表(数量限定品)。
  • 御影郷
    • 白鶴:2004年、自社栽培酒米『白鶴錦』の発表。オリジナルの酒造好適米。
    • 福寿:2012年、スウェーデンで行われた「ノーベル賞晩餐会」にて、『福寿 純米吟醸 (青瓶)』注目を浴びる。
    • 灘泉:2016年、神戸の灘が廃業になり、大阪は堺に場所を移し、酒蔵『堺泉酒造』を立ち上げる。
    • 菊正宗:2016年、新ブランド「百黙」を発表。
  • 西郷
    • 沢の鶴:米国・東南アジア等への海外輸出を強化。(2013年時点、30か国に輸出)
  • 神戸市
    • 2014年(平成26年)10月27日の市会本会議において、「神戸灘の酒による乾杯を推進する条例[10]」が可決され、11月1日に施行される。
  • 商品『灘の生一本シリーズ』
    • 2014年10月1日、第一弾『灘の生一本 白鶴』を全国販売。この後、大関・菊正宗酒造・剣菱酒造・櫻正宗・沢の鶴・太田酒造・辰馬本家酒造・日本盛が後に続いて、『灘の生一本』を発表することとなる。


年表[編集]

創業年   銘柄   蔵元 創業者  備考
1505年  剣菱  剣菱酒造      
1625年  櫻正宗  櫻正宗  山邑太左衛門  
1659年  菊正宗  菊正宗酒造  本嘉納家   
1661年  白雪  小西酒造  薬屋新右衛門  
1662年  白鹿  辰馬本家酒造  辰屋吉左衛門   
1681年  富久娘  花木酒造       
1711年  大関  大関酒造  長部文治郎  
1717年  沢の鶴  沢の鶴  米屋喜兵衛  
1740年  金正宗  松尾仁兵衛商店 松尾仁兵衛
1743年  白鶴  白鶴酒造  白嘉納家   
1751年  大黒正宗  安福又四郎商店  安福又四郎   
1751年  扇正宗  今津酒造     
1756年  泉正宗  泉酒造 泉仙介
1770年  寳娘  大澤本家酒造  
1806年  金露  金露酒造   
1833年  喜一  木谷酒造   
1854年  都菊  肥塚酒造 
1861年  灘自慢  國産酒造   
1862年  白鷹  白鷹  辰馬悦蔵  
1870年  白菱  高嶋酒類食品  高嶋太助
1882年  灘泉  泉勇之介商店  泉勇之介
1890年  日本盛  日本盛  有為会
1890年  金盃  金盃酒造  高田三郎

灘五郷にある日本酒をテーマとする施設・博物館[編集]

(別途、みりんをテーマにした施設を紹介)

脚注[編集]

  1. ^ 灘五郷酒造組合(2018年2月14日閲覧)
  2. ^ 灘五郷酒造組合(2018年2月14日閲覧)
  3. ^ 灘五郷:歴史灘五郷酒造組合(2018年2月14日閲覧)
  4. ^ 津田秀夫「油江戸積み禁止令」/高尾一彦「油絞運上」(『国史大辞典 1』(吉川弘文館、1979年)および藪田貫「油仕法」(『日本歴史大事典 1』(小学館、2000年)
  5. ^ (at work)日本酒(1)解説記事「生産量 最盛期の3割に/消費者離れ 輸出は好調」『朝日新聞』朝刊2018年2月12日(生活面)
  6. ^ 灘の酒蔵通北野工房のまち(2018年2月14日閲覧)
  7. ^ 西宮蔵開2018(2018年2月14日閲覧)
  8. ^ 日本経済新聞電子版2016年12月2日記事(http://www.nikkei.com/article/DGXLZO10183270R01C16A2LDA000/)
  9. ^ 日本酒造組合中央会 https://www.japansake.or.jp/tourism/contents/hyogo/1059.html参照
  10. ^ http://www.city.kobe.lg.jp/information/municipal/seisakuteiann/jyourei/img/kanpai.pdf

関連項目[編集]

外部リンク[編集]