小西酒造
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小西酒造旧本社(2013年解体) | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場 |
| 本社所在地 |
664-8624 兵庫県伊丹市東有岡2丁目13 |
| 設立 | 1550年創業(会社設立は1933年) |
| 業種 | 酒造業 |
| 法人番号 | 4140001078332 |
| 事業内容 | 日本酒・地ビールの製造・販売、輸入ビール・ワインの販売 |
| 代表者 | 小西新太郎(代表取締役社長) |
| 売上高 | 単体:---億円(2006年3月期) |
| 関係する人物 | 小西新右衛門(代表取締役会長) |
| 外部リンク | http://www.konishi.co.jp/ |
小西酒造株式会社(こにししゅぞう、Konishi Brewing Co., Ltd.)は、日本の兵庫県伊丹市に本社を置く清酒メーカーである。
キャッチフレーズは「誰も歩いていない道を行く。」。以前は「山は富士 酒は白雪」であった。
概要[編集]
清酒「白雪」(雪の「ヨ」の真ん中の線は突き抜ける)の醸造元であり、現在では、清酒の製造のみならず、ビールの醸造、輸入酒の販売もおこなっている。文禄 - 元禄期(1661年 - 1704年)ごろの伊丹は上方酒造業の中心で多くの酒造業者があり、小西酒造もそのころを起源とすると考えられている。酒造メーカーの中では有数の歴史を持つ企業としても知られる。初代は薬屋新右衛門。
企業博物館としてブルワリーミュージアムを設けている。また同社の本社が伊丹市にあることから宝塚歌劇団ならびに阪急阪神東宝グループ(旧:阪急グループ)とのつながりが深いことでも知られる。阪急電鉄の駅ベンチには長年、白雪の広告が入っていたことでも知られた。
昭和時代にプロ野球・阪急ブレーブスが本拠地としていた西宮球場は、地元という事で球場の外野スタンドにスポンサーとして協賛していた。よく昔の名場面のVTRで、1971年(昭和46年)のオールスター戦の江夏豊(阪神)の9連続奪三振のシーンで白雪の看板が映される。
本社はかつて伊丹市中央3-5-8の兵庫県道13号線沿いにあり、長らくランドマークとして機能していたが2013年(平成25年)2月に東有岡2-13の富士山蔵敷地内へ移転している[1]。
日本酒[編集]
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- 麹歩合が33%や50%と高めでワインを意識した酒も造っている。
- 絹がすみ(スパークリング)
ビール[編集]
ベルギービールとの関わり[編集]
小西酒造は、いち早くベルギービールを日本に輸入しはじめた企業である。兵庫県伊丹市とベルギー・ハッセルトが姉妹都市になったことを契機に第15代社長の小西新太郎が輸入を開始した[2]。1988年(昭和63年)11月のヒューガルデン・ホワイトを皮切りに様々な醸造所と取引を行う[3]。ベルギーを代表する伝統的醸造所であるカンティヨン醸造所は、ヨーロッパ圏外に輸出する際の最初の取引先として小西酒造を選択している[2]。
代表取締役社長である小西新太郎は、その功績から1999年(平成11年)9月11日に日本人として初めてベルギービールの騎士(La Chevalerie du Fourquet des Brasseurs)に認証された[4]。
2007年(平成19年)の時点では、小西酒造は日本でのベルギービール輸入のシェアのうち約60%占めていた[5]。しかし、2008年(平成20年)9月4日から、その過半数を占めていた主力商品ヒューガルデン・ホワイトをはじめ6銘柄の日本国内での販売権がアサヒビールに移ることになる[5]。そのため、小西酒造はヒューガルデン・ホワイトの代替となる商品の獲得を急務としていた[5]。
2008年(平成20年)8月27日、小西酒造は、デュベル・モルトガット醸造所の新製品「ヴェデット・エクストラ・ホワイト」の日本での販売を発表した[5]。
地ビール[編集]
「白雪ビール」というブランドの地ビールを生産している[6]。
1995年(平成7年)6月、本社ビルの横に地ビールレストラン「白雪ブルワリービレッジ長寿蔵」をオープン[6]。建物は、昔、酒蔵として使われていたものを改造している[6]。
受賞歴[編集]
- 全国新酒鑑評会
平成14酒造年 - 29酒造年[7]
- 「白雪」金賞受賞 - 平成29年受賞
剣道・なぎなた[編集]
小西家が武道を尊ぶ家柄であることでも知られている。小西家は1786年(天明6年)から伊丹に道場を開き、剣道やなぎなたを稽古していた。小西業茂(11代目小西新右衛門)は明治維新後、道場を一般に公開して「修武館」と名付け、子弟の教育にあたった。
全日本なぎなた連盟の本部も長らく小西酒造本社内に置かれていたが、2013年(平成25年)の本社移転に伴い近隣の中央1丁目へ移転している。
硬式野球部[編集]
硬式野球部は1958年(昭和33年)に軟式から転じ、伊丹市代表として都市対抗野球大会に出場した事もある。1999年(平成11年)限りで休部。
同社出身の谷中真二は、西武がドラフト指名した当日、酒蔵で樽の中に醸造中の酒の様子を確認するために梯子に登っており、同僚が西武の指名を伝える場面がテレビで映された。
施設等[編集]
- 白雪グラウンド
小西酒造は1995年まで、兵庫県宝塚市ふじガ丘に野球場「白雪グラウンド」を所有していた。近郊の社会人野球チームが使用していた他、春夏全国高校野球選手権の時期には、甲子園出場を決めた他県の高校野球チームが練習試合などを行っていた。1995年以降、球場跡地は住宅地となっている。
- 白雪倉庫
1975年頃まで東京都八王子市の楢原町に当時の酒造メーカーとしては最大規模の約2万5千平米の広大な敷地と倉庫を所有していた。現在では倉庫の跡地は住宅地となっている。
脚注[編集]
- ^ 本社移転のご案内
- ^ a b 滝沢健二 (2016-12-20). ベルギービールの向こう側 (初版第一刷 ed.). 株式会社ワイン王国. p. 122ページ. ISBN 978-4-88073-393-7.
- ^ http://www.konishi.co.jp/html/fueki/keifu/10.html
- ^ http://www.konishi.co.jp/html/news/news1.html
- ^ a b c d “「ヒューガルデン」を超える!? - ベルギービールの新ブランド、遂に発売 | ライフ | マイコミジャーナル” (Japanese). マイコミジャーナル (2008年8月28日). 2008年9月5日閲覧。
- ^ a b c 「おすすめ地ビール紹介」『ビールのすべて』 食品産業新聞社、1996年9月20日、第1刷、45ページ。ISBN 4-87990-005-2。
- ^ 独立行政法人 酒類総合研究所 -「全国新酒鑑評会 入賞酒一覧表」