山都町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
やまとちょう
山都町
Tsujyunkyo 1.jpg
通潤橋
Flag of Yamato.gif
山都町章
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 熊本県
上益城郡
団体コード 43447-7
法人番号 6000020434477
面積 544.67 km²
総人口 14,814
推計人口、2016年10月1日)
人口密度 27.2人/km²
隣接自治体 八代市
上益城郡御船町下益城郡美里町
阿蘇郡南阿蘇村西原村高森町
宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町
東臼杵郡椎葉村
町の木 もみじイロハモミジ
町の花 カタクリ
町の鳥 オオルリ
山都町役場
所在地 861-3592
熊本県上益城郡山都町下馬尾 286番地4
北緯32度41分8.7秒東経130度59分9.6秒座標: 北緯32度41分8.7秒 東経130度59分9.6秒
Yamato town hall.JPG
外部リンク 山都町

山都町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

山都町(やまとちょう)は熊本県東部にあるで、上益城郡に属している。九州(沖縄県及び離島を除く。)の真ん中「九州のへそ(商標登録)」に位置しており、その町域は東西約33キロメートル、南北約27キロメートルにおよび、面積は544.83平方キロメートルで、県内自治体で3番目の広さを誇る。世界最大級の阿蘇カルデラを形成する南外輪山のほぼ全域をおさめ、南側は九州脊梁山地に接している。一級河川である五ヶ瀬川緑川は町内の山間部にある水源を源流とし、分水嶺を堺にそれぞれ東西に流れてる。標高は、300メートルから1700メートルにあり、そのうち300メートルから900メートルにある居住域については、平野部との気温差は各月平均で4度ほど低く、準高冷地の気候である。

概要[編集]

2005年2月11日に上益城郡矢部町清和村阿蘇郡蘇陽町が合併して誕生。熊本県下ではあさぎり町氷川町とともに「まち」でなく「ちょう」と読む数少ない町である。現在、熊本都市圏及び政令指定都市についての研究会に参加している。

人口[編集]

Demography43447.svg
山都町と全国の年齢別人口分布(2005年) 山都町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 山都町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
山都町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 30,607人
1975年 27,461人
1980年 26,336人
1985年 25,282人
1990年 23,503人
1995年 21,746人
2000年 20,333人
2005年 18,761人
2010年 16,991人
総務省統計局 国勢調査より

地理[編集]

阿蘇外輪山から九州山地まで変化に富んだ自然を持ち、宮崎県と接している。

隣接する自治体[編集]

地名[編集]

旧矢部町
  • 芦屋田(旧浜町)
  • 市原(旧浜町)
  • 下馬尾(旧浜町)
  • 下市(旧浜町)
  • 上寺(旧浜町)
  • 城原(旧浜町)
  • 城平(旧浜町)
  • 杉木(旧浜町)
  • 千滝(旧浜町)
  • 長田(旧浜町)
  • 浜町(旧浜町)
  • 南田(旧浜町)
  • 山田(旧浜町)
  • 荒谷(旧下矢部村)
  • 葛原(旧下矢部村)
  • 猿渡(旧下矢部村)
  • 三ケ(旧下矢部村)
  • 白小野(旧下矢部村)
  • 勢井(旧下矢部村)
  • 藤木(旧下矢部村)
  • 牧野(旧下矢部村)
  • 万坂(旧下矢部村)
  • 柚木(旧下矢部村)
  • 麻山(旧御岳村)
  • 入佐(旧御岳村)
  • 小笹(旧御岳村)
  • 男成(旧御岳村)
  • 上川井野(旧御岳村)
  • 川野(旧御岳村)
  • 下川井野(旧御岳村)
  • 田所(旧御岳村)
  • 成君(旧御岳村)
  • 野尻(旧御岳村)
  • 畑(旧御岳村)
  • 犬飼(旧白糸村)
  • 白藤(旧白糸村)
  • 新小(旧白糸村)
  • 菅(旧白糸村)
  • 田吉(旧白糸村)
  • 津留(旧白糸村)
  • 長原(旧白糸村)
  • 目丸(旧白糸村)
  • 金内(旧中島村)
  • 北中島(旧中島村)
  • 島木(旧中島村)
  • 田小野(旧中島村)
  • 原(旧中島村)
  • 黒川(旧名連川村)
  • 御所(旧名連川村)
  • 下名連石(旧名連川村)
旧清和村
  • 井無田(旧朝日村)
  • 大平(旧朝日村)
  • 川口(旧朝日村)
  • 高月(旧朝日村)
  • 郷野原(旧朝日村)
  • 鶴ヶ田(旧朝日村)
  • 仏原(旧朝日村)
  • 安方(旧朝日村)
  • 市の原(旧小峰村)
  • 尾野尻(旧小峰村)
  • 小峰(旧小峰村)
  • 鎌野(旧小峰村)
  • 仮屋(旧小峰村)
  • 木原谷(旧小峰村)
  • 小中竹(旧小峰村)
  • 須原(旧小峰村)
  • 貫原(旧小峰村)
  • 緑川(旧小峰村)
  • 米生(旧小峰村)
旧蘇陽町
  • 大野(旧馬見原町)
  • 神ノ前(旧馬見原町)
  • 白石(旧馬見原町)
  • 滝上(旧馬見原町)
  • 長崎(旧馬見原町)
  • 方ヶ野(旧馬見原町)
  • 馬見原(旧馬見原町)
  • 柳井原(旧馬見原町)
  • 今(旧菅尾村)
  • 塩出迫(旧菅尾村)
  • 塩原(旧菅尾村)
  • 菅尾(旧菅尾村)
  • 八木(旧菅尾村)
  • 花上(旧菅尾村)
  • 米迫(旧菅尾村)
  • 伊勢(旧柏村)
  • 大見口(旧柏村)
  • 柏(旧柏村)
  • 上差尾(旧柏村)
  • 下山(旧柏村)
  • 高辻(旧柏村)
  • 高畑(旧柏村)
  • 橘(旧柏村)
  • 玉目(旧柏村)
  • 長谷(旧柏村)
  • 二瀬本(旧柏村)
  • 東竹原(旧柏村)
  • 二津留(旧柏村)
  • 柳(旧柏村)

歴史[編集]

中世南北朝から戦国期にかけては、「阿蘇大宮司家」が旧矢部を本拠地として県央地域一帯を所領とし、その居館「浜の館」を築いてその繁栄を誇る。

その後、江戸時代となり、地方行政の根幹をなす「手永制度」により、矢部郷(旧矢部町と旧清和村朝日地区)は「矢部手永」、知保郷(旧清和村小峰地区と旧蘇陽町一帯)は「菅尾手永」として、それぞれに惣庄屋を配して行政治安を司らせた。民衆も惣庄屋といったいとなり地域の発展に寄与した。

肥後細川藩の藩主が、矢部地方に狩りに出かけた際、この地方にある滝の壮大さ・美しさに感動し、藩のお抱え絵師を派遣して、肥後各地の名勝の絵を描かせた。(→「領内名勝図巻」)

嘉永7年、矢部手永の会所(当時の役場相当)時代には、他の地方と同じように新道や堰、用水など数多くの公共的インフラが建設された。 その中の一つに、御岳と白糸地区に造られた生活用水や農業用水確保のための「通潤用水」があり、通潤用水の水を送る石組みの水路橋として築造されたのが「通潤橋」である。 通潤橋は、阿蘇や熊本城などと並び熊本県でも有数の観光資源・文化財であり、町のシンボルともなっている。

当時、矢部会所の最高責任者として惣庄屋布田保之助がいたが、通潤用水及び「通潤橋」は彼一人の成果で作られたものではなく、長らく大きな誤解をされてきた。(布田の神格化、カリスマによる) 通潤用水及び通潤橋は矢部手永から集められた資金や肥後細川藩の資金を借り、各地の労働者や他地区の石工など総動員して作られた地域の歴史的な遺産であり、道路などと同じく個人や地元・特定団体の所有物ではない。

この頃から肥後と日向を結ぶ「日向往還」の主要な交易地・交通の要衝として、山都町にある中心市街、浜町馬見原(蘇陽地区)は商家を中心に繁栄していた。

明治初め、西南戦争の折には、熊本で官軍と戦って破れた薩摩軍が、敗戦の退路に立ち寄っている。

近現代[編集]

  • 1889年4月1日 町村制発足により、現在の町域にあたる以下の村が発足。
  • 1912年4月1日 浜町村が町制施行。浜町となる。
  • 1948年4月1日 小峰村が上益城郡に移行。
  • 1955年2月1日 浜町・下矢部村・白糸村・御岳村が対等合併し、矢部町が発足。
  • 1956年7月1日 朝日村・小峰村が対等合併し、清和村が発足。
  • 1956年9月30日 馬見原町菅尾村柏村が対等合併し、阿蘇郡蘇陽町が発足。
  • 1957年4月1日 中島村・名連川村を矢部町に編入。
  • 2004年1月1日 「矢部・清和・蘇陽合併協議会」発足。
  • 2004年7月14日 第9回協議会において、全国公募の中から町名を「山都町(やまとちょう)」に決定。
    • 応募理由は「山の都として栄えるように。山を三と読替え、3町村が栄えるという意味も含む。大和朝廷の「やまと」と同じ響きなので。」
    • 「山都町」「九央町(くおうまち)」「美山町(みやまちょう)」の3候補から選ばれた。
  • 2005年1月27日 第13回協議会において、山都町章を応募総数1,655作品の中から決定。
    • デザインの趣旨:
 山都町の「山」の文字で人と自然が調和する町をデザインする。阿蘇外輪山と九州山地の緑に囲まれた町に、伝統薫るそよ風が吹くイメージ。
 山都町らしさを町章からも感じてもらえるように町の将来像をテーマにし、町を包む自然とやさしい風が創るゆとりの空間を表現。
  • 2005年2月11日 山都町誕生。

行政[編集]

首長[編集]

町役場[編集]

清和支所(2013年撮影)
蘇陽支所(2009年撮影)

合併により旧矢部町役場を本庁舎とし旧清和村役場、旧蘇陽町役場をそれぞれ清和総合支所、蘇陽総合支所へと移行。また新庁舎の建設に伴い、山都町役場本庁舎の一部が旧白糸第一小学校へと移転することになった。 平成27年1月本庁舎開庁。 平成28年4月蘇陽総合支所、清和総合支所を蘇陽支所、清和支所へ変更

本庁舎

  • 山都町役場本庁舎(旧矢部町役場)

支所

  • 山都町清和支所(旧清和村役場)
  • 山都町蘇陽支所(旧蘇陽町役場)

山都町包括医療センターそよう病院

  • 北部診療所
  • 井無田診療所
  • 緑川診療所
  • 訪問看護ステーション

県などの機関[編集]

文化[編集]

五老ヶ滝

名所、旧跡、観光スポット[編集]

  • 石橋通潤橋」(矢部地区) 江戸時代に建設された石造アーチ水路橋。放水で知られる国の重要文化財
    円形分水(矢部地区) 通潤橋へ導水する施設。
    有名な通潤橋のほかにも石橋が町内には多数ある。金内橋や聖橋など
  • 「通潤用水と白糸台地の棚田景観」(矢部地区) 国の重要文化的景観に選定されている。
    • 2008年7月28日 城原、長野、新小の一部が重要文化的景観に選定される。
    • 2009年7月23日 白藤、津留の一部が追加選定される。
    • 2010年2月22日 犬飼全域、城原、下市、長原、田吉、新小、白藤、牧野の各一部が追加選定される。これにより、白糸台地の全域(約468ha)が重要文化的景観となった。
  • 清和文楽清和地区)「清和文楽人形芝居」は熊本県指定重要無形文化財である。
  • 清和高原天文台(清和地区)
  • そよ風パーク(蘇陽地区)
  • 蘇陽峡(蘇陽地区)
  • 緑仙峡(清和地区)
  • 男成神社(矢部地区)
  • 小一領神社(矢部地区)
  • 幣立神社(蘇陽地区)
  • 仁瀬本神社(蘇陽地区)夜渡神楽
  • 矢部四十八滝(矢部地区、清和地区) 矢部地区を中心に点在 
    • 鵜の子滝(矢部地区)上流にある鷹滝を合わせて二段滝を形成する。更に上流にも滝が複数あり、「鵜の子滝群」を形成する。
    • 五老ヶ滝聖滝(聖ヶ滝)、福良滝ほか多数のがあり、その数は70近くある。
  • 鮎の瀬大橋(矢部地区)
  • 日向往還(宮崎県延岡市に通じる昔道 豊後街道内の記事を参照)
  • 棚田(町内に二箇所・菅や峯集落にある棚田は、棚田百選に選ばれている。このほか通潤橋一帯には、棚田が点在。)
  • 九州山地の天然広葉樹林(清和地区ほか 紅葉樹氷が綺麗 宮崎県五ヶ瀬町にある五ヶ瀬ハイランドスキー場からがアクセスは容易。動植物の宝庫で、希少な動植物も見られる。)
  • 舟の口水源(蘇陽地区。養魚場があり、魚釣りが出来る釣堀もある。釣った魚はその場で塩焼きにして食べたり、持ち帰りも可能。)
    知られていないが町内には多数の水源・湧水箇所があり、上水道として飲料水の供給源になっている。水は軟水が多く、飲みやすい。
  • 外輪山尾根にある九州自然歩道阿蘇南郷谷の雄大な景色を望みながらのハイキングが可能 山都町北部)
  • 馬見原
    旧藩時代、熊本肥後藩の領地で肥後と日向を結ぶ日向往還の宿場町として栄え、この地を訪れた歌人・若山牧水も「馬見原ハシャレタ町ナリ」と賞賛した。最盛期には何軒もの造り酒屋が軒を並べ、今に残る白壁土蔵造りの旧商家や石垣が、当時のにぎわいを伝えている。くまもと景観賞に選ばれた。

祭事、催事[編集]

八朔祭の大造り物
  • 八朔祭(矢部地区) 毎年9月の最初の土日に開催されるお祭り。八朔に関しては、日本各地で祭り・行事が催されるが、その中でも最も有名な祭りの一つである。(天然の自然素材を豊富に用いて造った巨大な造り物山車と、同時に行われる国の重要文化財通潤橋」の放水が名物)
  • 文楽の里まつり(清和地区)
  • 火伏地蔵祭(蘇陽地区) 8月の後半の週末に開催されている馬見原の祭り。この祭は、永禄6年に、馬見原にある寺より現在地の地蔵堂へ移された年が祭の始めと記されており、安政5年の大火で当時の地蔵堂は焼失しました。その後、度重なる大火を押し沈めようと火伏祈願が続けられ、400年余りの歴史の中で、現在まで至っています。地蔵みこしをかつぐ若者たちに家々から水を浴びせます。 名物の「造り物」も商家ごとに奉納され茶碗などの日用品。解体した後も売り物にできるように、釘やノリを使わずに造られ、その方法は今でも受け継がれています。
  • モライアスロン(蘇陽地区毎年 7月)
  • 蘇陽峡もみじ祭り(蘇陽地区 毎年11月上旬)
  • 二瀬本の夜渡神楽(蘇陽地区 毎年1月下旬)
  • 九州山地神楽まつり(蘇陽地区 毎年1月下旬)
  • 白石お天道さん神楽まつり(蘇陽地区)
  • 薪文楽(清和地区) 大川にある大川阿蘇神社の農村舞台(国指定文化財)で10月に開催  雨天時は、清和文楽苑にて行われる
  • 阿蘇神社の秋祭(清和地区) 大川にある大川阿蘇神社や鶴底にある御釜神社(阿蘇神社系)では、秋の9/19、9/29に祭りが行われている

産業[編集]

2006年度(平成18年度) 町内総生産490億円(平成20年 町民所得推計調査結果)

農業[編集]

  • 山都町では農業が主産業であるが、他地域と同じく、高齢化と少子化もあって若い担い手は少なく、将来的には衰退していくと予想される。
    • 主な農産品
トマト、高原野菜(キャベツ)、しいたけ、ベビーリーフ、花卉(花)、お茶、肉用牛(赤牛、黒毛和牛)、酪農、その他

工業[編集]

  • 事業所数 28
  • 従業者数 521
  • 製造品出荷額 79億円

(平成19年 工業統計調査結果)

商業[編集]

小売業

  • 事業所数 240
  • 従業者数 903
  • 年間販売額 110億円

卸売業

  • 事業所数 27
  • 従業者数 115
  • 年間販売額 26億円

(平成19年 商業統計調査結果)

交通[編集]

バス[編集]

高速・特急バス[編集]

一般路線バス[編集]

  • 熊本バス
  • 宮崎交通 ※蘇陽地区の一部のみ
  • 五ヶ瀬町コミュニティバス ※五ヶ瀬役場 - 旧蘇陽馬見原地区と蘇陽高校 - 五ヶ瀬町鞍岡・波帰地区を運行
  • 麻生交通 ※熊本バス旧「水越線」の御船 - 水越 - 五ヶ瀬(矢部地区の吐合)  
  • この他に山都町が自主運行もしくは委託運行をしている。
    • 2007年(平成19年)3月31日まで産交バスが「高森 - 馬見原」間を廃止・撤退したことにより下記の路線においては現在、山都町が蘇陽地区の南阿蘇交通に運行を委託。
      • 馬見原=上差尾=旅草=高森
      • 馬見原=上差尾=柳=高森
      • 馬見原=今村=柳=高森など
    • 2008年(平成20年)3月31日まで熊本バスが矢部地区・清和地区の枝線を廃止、現在は80条バス(スクールバス兼用)で運行。

※山都町バスの系統についてはこちらを参照。

道路[編集]

高速道路[編集]

九州中央自動車道
  • 北中島IC(仮称) - 矢部IC(仮称)

北中島IC(仮称)は2018年度の供用予定である[1]。矢部IC(仮称)の供用時期は未定。

一般国道[編集]

国道218号(馬見原)

道の駅[編集]

[編集]

教育機関[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

矢部地区[編集]

清和地区[編集]

蘇陽地区[編集]

- 2012年3月 山都町立大野小学校山都町立菅尾小学校山都町立馬見原小学校が閉校。
- 2012年4月 上記の3校を統合して、山都町立蘇陽南小学校が開校(馬見原小学校の校舎が蘇陽南小学校の校舎となっている)。

(廃校になった学校 - 山都町立朝日小学校、山都町立小峰小学校ほか)

山都町が描かれた絵など[編集]

  • 領内名勝図巻(りょうないめいしょうずかん):江戸時代に肥後細川藩各地の滝を主な対象として描かれた名勝図絵。絵を描くきっかけとなったのは、山都町にある千滝五老ヶ滝であり、描かれた場所も多い。

地方の山村の風景や名勝を描いたものは無く、当時の日本に比類ないものであり、大変希少な史料である。

山都町出身の有名人[編集]

架空の人物

  • 鈴木一郎(刑事、テレビドラマ『刑事☆イチロー』の主人公):蘇陽地区出身

その他[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 平成25年度予算を踏まえた道路事業の開通見通しについて (PDF) - 国土交通省 九州地方整備局 記者発表資料

外部リンク[編集]