南関町

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なんかんまち
南関町
南関御茶屋跡
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 熊本県
玉名郡
団体コード 43367-5
法人番号 8000020433675
面積 68.92km2
総人口 9,335
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 135人/km2
隣接自治体 玉名市荒尾市玉名郡和水町
福岡県大牟田市みやま市
町の木 カシ
町の花 ツツジ
南関町役場
町長 佐藤安彦
所在地 861-0898
熊本県玉名郡南関町大字関町1316番地
北緯33度3分41.7秒東経130度32分28.3秒座標: 北緯33度3分41.7秒 東経130度32分28.3秒
南関町役場
外部リンク 南関町サイト

南関町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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南関町(なんかんまち)は、熊本県の北西部に位置する山に囲まれた。町名は古代よりこの地に置かれた関所に由来する。

近隣の玉名市等と合併協議していたが、2004年11月断念した。

地理[編集]

熊本県の西北端部に位置し、北部から西部にかけて福岡県と接している。熊本市から北西へ約50km福岡市から南へ約70kmの距離である。町の北から南東方向へ九州自動車道が通る。

隣接している市町村[編集]

人口[編集]

Demography43367.svg
南関町と全国の年齢別人口分布(2005年) 南関町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 南関町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
南関町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 14,278人
1975年 13,086人
1980年 12,498人
1985年 12,478人
1990年 12,247人
1995年 12,076人
2000年 11,821人
2005年 11,203人
2010年 10,564人
2015年 9,786人
総務省統計局 国勢調査より

地名[編集]

  • 関下
  • 関東
  • 関外目
  • 関町
  • 関村
  • 細永
  • 今(旧賢木村)
  • 上長田(旧賢木村)
  • 久重(旧賢木村)
  • 高久野(旧賢木村)
  • 長山(旧賢木村)
  • 宮尾(旧賢木村)
  • 上坂下(旧坂下村)
  • 下坂下(旧坂下村)
  • 相谷(旧大原村)
  • 肥猪(旧大原村)
  • 肥猪町(旧大原村)
  • 小原(旧大原村)
  • 豊永(旧大原村)
  • 四ツ原(旧米富村)

歴史[編集]

奈良時代[編集]

この地域に官道(現在でいう国道)の重要な駅(大水駅)が置かれたとされている。

平安時代[編集]

927年完成の『延喜式兵部省諸国駅伝馬条によれば、この地域に宿駅が置かれたとされている。 平家物語の中に、南関町の関所が書かれた一節がある。「肥後国菊池武将である菊池二郎高直は、平安時代末期、絶大な権力を握った平氏に仕えたが、源氏との戦いに敗れ、安徳天皇平宗盛と共に九州大宰府に逃げのびた。その後、菊池二郎高直は大宰府から『大津山の関あけてまいらせん。』と言って、自領である肥後国菊池へ戻ったきり帰ってこなかった。」と書かれている。

平家物語巻八 - 菊池二郎高直は都より平家の御供に候けるが、「大津山の関あけて参らせん」とて、肥後国にうちこえて、己が城に引つこもり、召せども召せども参らず。

つまり高直は「肥後国に入る場所にある大津山の関は、警戒が厳重で簡単に通れない関所なので、自分が先に行ってあとから逃げて来る人たちが関所を通れるようにしておきます。」と言って、自分だけさっさと領地の菊池に逃げ戻ったということである。

安土桃山時代[編集]

織田信長の死後、全国統一を進めていた豊臣秀吉が、最後まで抵抗していた薩摩島津氏を征討するために九州に来たときに、南関を通っている。その時、秀吉にお茶を献上するために汲まれたとされる湧水が、今も「太閤水(たいこうみず)」として大津山公園の一角に残っている。

江戸時代[編集]

豊前街道豊後街道薩摩街道日向街道とならぶ「九州四大街道」のひとつで、熊本の城下から南関を経て豊前小倉を結ぶ、参勤交代路であった。南関は筑後国と肥後国の国境という交通の要地に位置した街道の警備の拠点であり、現在の南関町の中心部近くには、関所と南関番所が置かれた(関所は、大津山の関、松風(まつかぜ)の関とも呼ばれていたが、関所がおかれた正確な場所は、いくつかの説があり現在もはっきりしていない。福岡県山川町と南関町の県境付近に置かれていたという説や、北の関と南の関の二つがおかれていたという説がある)。 また、参勤交代の道中、肥後藩主らが休息をとった「御茶屋」は、現在、豊前街道南関御茶屋跡として保存されている。

肥後国熊本藩初代藩主である細川忠利も、寛永九年(1632年)の肥後入国の際に南関で休息をとり、熊本に向った。

近現代[編集]

  • 1877年明治10年)の西南の役の際、官軍征討総督有栖川宮熾仁親王が、関町の正勝寺を大本営とし、高瀬・山鹿方面への出兵の指揮を執った。
  • 1889年(明治22年)4月1日 町村制施行により、現在の町域にあたる以下の町村が発足。
    • 玉名郡南関町・賢木村・大原村・坂下村・米富村
  • 1955年(昭和30年)4月1日 南関町・賢木村・大原村・坂下村・米富村が対等合併し、新町制による南関町が発足。
  • 1956年(昭和31年)1月1日 三ツ川地区を玉名市に編入。

行政[編集]

歴代町長
  • 北原義正 (1982年 - 1990年)[1]
  • 大石駿四郎 (1990年 - 2002年)[1]
  • 上田数吉 (2002年 - 2014年)[1]

経済[編集]

  • 2004年度町内総生産 350億円

教育[編集]

高等学校[編集]

現在はなし。2017年3月までは熊本県立南関高等学校があったが、統合により廃校となった。

小・中学校[編集]

町立

交通[編集]

鉄道[編集]

九州新幹線が町内西部を通過するが駅は無い。最寄りは新大牟田駅または大牟田駅

  • 戦前福岡県山門郡瀬高町から南関町まで、東肥鉄道→九州肥筑鉄道の路線が延びていた(1938年廃止)。また、肥筑鉄道による荒尾~南関町大原の鉄道計画が存在したが実現することはなかった。[3]

道路[編集]

高速道路[編集]

南関インターチェンジ

一般国道[編集]

県道[編集]

主要地方道

バス[編集]

高速バス[編集]

  • 九州自動車道小原バス停より「ひのくに号」が利用可能。
  • 南関インターチェンジ近くの北開バス停より西鉄バス大牟田の福岡空港 - 大牟田・荒尾間の高速バスが利用可能。ただし、福岡空港行きは乗車のみ、大牟田・荒尾行きは降車のみである。

路線バス[編集]

  • 九州産交バス和水町山鹿市鹿央町を経由して南関町と熊本市を結ぶ路線、南関町と玉名市を結ぶ路線、和水町を経由して南関町と山鹿市中心部を結ぶ路線がある。町の中心市街地の北東側にある南関上町バス停を起終点としており、それとは別に中心市街地の町役場近くに待合室のある南関ターミナルを設けている。
    • 熊本市方面:南関上町 - うから館 - 迎町 - 小原 - 坂下 - 江田 - 山本橋 - 植木一丁目 - 京町 - 熊本交通センター
    • 玉名市方面:南関上町 - うから館 - 迎町 - 小原 - 坂下 - 石貫 - 新玉名駅 - 玉名駅前
    • 山鹿市方面:
      • 南関上町 - うから館 - 迎町 - 宮前 - 三加和総合支所(板楠) - 平山温泉 - 山鹿市役所前
      • 南関上町 - うから館 - 迎町 - 小原 - 太田黒 - 三加和温泉 - 山鹿市役所前(旧JR九州バス山鹿線)
  • 西鉄バス大牟田西鉄バスグループ。南関町と大牟田市を結ぶ路線を運行する。中心市街地近くに待合室のある起終点(南関バス停)を設けているが、九州産交バスの南関ターミナルとは場所が異なる。

このほか、かつては南関町および和水町を経由して福岡県瀬高町山川町(現・みやま市)と山鹿市を結ぶJR九州バス山鹿線の路線バスが運行されていたが、2006年3月1日に廃止され、路線は九州産交バスに譲渡された。九州産交バスに引き継がれた区間のうち2009年10月1日に瀬高駅 - 南関上町間が廃止されたため、みやま市方面に行く路線バスは無くなった。

また、南関町と大牟田市を結ぶ路線バスとしては、ほかに荒尾市庄山を経由する西鉄バス大牟田の路線(25番系統)があったが、2018年1月1日に南関 - 庄山間が廃止された。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事・特産品[編集]

祭事・イベント[編集]

  • 関所祭り(毎年11月第3日曜日)
  • なんかん夏まつり(ぎおんさん)(毎年8月第1土曜日) - 大牟田にもあるが大蛇の制作は南関である。
  • GET21なんかん音と光のカウントダウン(1999年-2001年にかけて大津山を舞台に開催された地元住民手作りの世紀越えイベント。ふるさとイベント大賞-ミレニアム・世紀越え部門賞-受賞。)

特産品[編集]

南関町出身の有名人[編集]

南関町生まれの有名人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 歴代町長・副町長(助役)・収入役・教育長”. 南関町 (2018年5月8日). 2018年5月18日閲覧。
  2. ^ 町長プロフィール”. 南関町 (2017年10月22日). 2018年5月18日閲覧。
  3. ^ 森口誠之著鉄道未成線を歩く私鉄編p172

外部リンク[編集]