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小野寺志保

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小野寺 志保 Football pictogram.svg
名前
愛称 おやじ(さん)、GG(ジージー)
カタカナ オノデラ シホ
ラテン文字 ONODERA Shiho
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1973-11-18) 1973年11月18日(48歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県大和市
身長 163cm[1]
体重 52kg[1]
選手情報
ポジション GK
ユース
日本の旗 西鶴間レディース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1989-2008 日本の旗 読売SC女子・ベレーザ
0/0読売JSC女子・ベレーザ
0/0読売西友ベレーザ
0/0読売ベレーザ
0/0NTVベレーザ
0/0日テレ・ベレーザ
(0)
2014-2016 日本の旗 大和シルフィード 23 (0)
代表歴2
1995-2004 日本の旗 日本 23 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年1月14日現在。
2. 2008年1月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

小野寺 志保(おのでら しほ、1973年11月18日 - )は、元女子サッカー選手、サッカー指導者、歌手。神奈川県大和市出身。神奈川大学卒業。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。2011年から大和市役所に職員として奉職している[2]

経歴

子どものころ近所で女子サッカーのチームの練習を見たのをきっかけにサッカーを始める。元々は野球選手になりたかったこともあり、ボールを手で扱えるポジションということからGKを志願した。

高校在学中の1989年読売ベレーザへ入団し、翌1990年にはヤングプレーヤー賞(新人賞)を獲得。以来、長年ベレーザのゴールを守り続けた。

ニックネームの「おやじ」は苗字の読み方をもじったもので、小学生のころから呼ばれていたそうである。

日本女子代表(なでしこジャパン)では1995年6月に行われた第2回女子世界選手権(W杯)のメンバーに選ばれていたが、初出場は同年9月22日第10回アジア女子選手権韓国戦(マレーシアコタキナバル)であった。

その後は坂田恵小澤純子との併用の期間が続き、さらに山郷のぞみが正GKの座に就くと常に2番手となったが、アテネオリンピックではメンバー最年長として選手のまとめ役になり、全3試合でフル出場した山郷とともに代表チームのメンバーとなった。

かつては日本テレビの嘱託社員として、ヴェルディグラウンドのクラブハウスにある東京ヴェルディやベレーザグッズなどの売店「ヴェルデーノ」の店員をしていたが、2007年シーズンよりプロ契約となったため、売店の店員は同僚の四方菜穂に引き継がれた。

2008年シーズン限りで現役を引退。2009年5月よりJFAアンバサダーに就任。8月5日にはシングル『START!』を発売し歌手デビュー。現役時代のことを歌った歌であり、コーラスとして同じく女子サッカー選手の荒川恵理子澤穂希もレコーディングに参加している[3][4][5]

また、スカイパーフェクTVJリーグ中継では、主に柏レイソル戦のレポーターとして、日本女子代表やベレーザで一緒にプレーした川上直子などとの日替わりで登場していた[6]

2011年4月、「女子サッカーのまち」づくりを目指す大和市に職員として採用され、1年目は収納課に勤務[2]。同年7月に日本女子代表(なでしこジャパン)が2011 FIFA女子ワールドカップ(ドイツW杯)の決勝アメリカ代表を下してW杯初優勝を果たした際には大和市が行ったパブリックビューイングに参加し[7]、地域情報紙「タウンニュース」の取材に答えた[8]。2012年4月にスポーツ課へ異動となり、女子サッカー支援担当職員となっている[9]

2014年3月に地元大和市のクラブチーム、大和シルフィードなでしこリーグ入りを目指し、トップチームを立ち上げることになり、そのゴールキーパー兼コーチとしてチームに参加した。

2016年11月、2016シーズンをもって2度目となる現役引退が発表された[10][11]。リーグ通算出場試合数315試合は歴代3位[12]

2017年からは大和シルフィードトップチームのGKコーチとなり、チームは2019年シーズンなでしこリーグ2部へ初昇格した。

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 皇后杯 期間通算
1989 読売サッカークラブ女子・ベレーザ 25 JLSL 0 0 -
1990 21 13 0 -
1991 1 18 0 -
1992 読売日本サッカークラブ女子ベレーザ 18 0 -
1993 16 0 -
1994 読売西友ベレーザ L・リーグ 17 0 -
1995 18 0 -
1996 15 0
1997 18 0
1998 読売ベレーザ 17 0
1999 NTVベレーザ 13 0
2000 日テレ・ベレーザ 12 0 -
2001 5 0 -
2002 11 0 -
2003 22 0 -
2004 L・リーグ1部
(L1)
14 0 -
2005 21 0 - 4 0 25 0
2006 なでしこリーグ
ディビジョン1
15 0 - 3 0 18 0
2007 5 0 4 0
2008 7 0 - 4 0 11 0
2014 大和シルフィード 神奈川県1部 0 0
2015 チャレンジEAST 14 0 - 2 0 16 0
2016 チャレンジ 9 0 - 0 0 9 0
通算 日本 1部
日本 3部 23 0 0 0 2 0 25 0
日本
総通算 315 0

タイトル

クラブ

個人

代表歴

主な出場歴

試合数


日本代表国際Aマッチ
出場得点
1995 4 0
1996 4 0
1997 0 0
1998 2 0
1999 1 0
2000 2 0
2001 3 0
2002 2 0
2003 2 0
2004 3 0
通算 23 0
  • 出典: なでしこジャパン(日本女子代表)試合別出場記録[13]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 日本サッカー協会
  2. ^ a b 東京中日スポーツ・2011年9月26日付 22面
  3. ^ 元なでしこGK小野寺志保さんがCD発売 [リンク切れ] - スポーツ報知(2009年8月5日)
  4. ^ 元なでしこが歌手デビュー” (日本語). ゲキサカ (2009年8月5日). 2021年7月10日閲覧。
  5. ^ リポビタンDプレゼンツ スポーツリアルトーク AMラジオ 1242 ニッポン放送”. www.1242.com. 2021年7月10日閲覧。
  6. ^ 2010年から柏に所属する林陵平は東京Vの下部組織出身で、ベレーザと同じグラウンドで練習していたため、少年時代から林を知っている小野寺は中継の中で「林の事は母のような気持ちで見守っている」とコメントしている。
  7. ^ 同大会の日本代表チームには大和市出身者として大野忍川澄奈穂美上尾野辺めぐみの3選手が参加していた。小野寺自身も大野はベレーザの後輩として家族ぐるみのつきあいがあり、主将の澤穂希もベレーザと代表の双方での後輩だった。このドイツW杯の日本代表では澤、山郷、それに安藤梢丸山桂里奈の計4人が小野寺と共にアテネ五輪へも参加した選手だった。
  8. ^ 大和なでしこ 世界一 川澄、大野、上尾野辺の3選手 W杯で優勝”. タウンニュース社 (2011年7月22日). 2020年1月6日閲覧。
  9. ^ 未来のなでしこ育てよう!川澄出身地の大和市が専任担当 - スポーツニッポン 2012年4月2日閲覧
  10. ^ 小野寺志保選手 現役引退のお知らせ | 大和シルフィード” (日本語) (2016年11月7日). 2021年7月10日閲覧。
  11. ^ 元なでしこ 小野寺選手引退 | スポーツ” (日本語). カナロコ by 神奈川新聞 (2016年11月13日). 2021年7月10日閲覧。
  12. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2016年11月13日). “女子サッカー元日本代表GK、小野寺志保が引退セレモニー 20日に昇格かけた大一番「最後まで戦いたい」” (日本語). 産経ニュース. 2021年7月10日閲覧。
  13. ^ なでしこジャパン(日本女子代表) 試合別出場記録”. 日本サッカー協会 (2008年7月29日). 2021年6月12日閲覧。

外部リンク