古島義英

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古島 義英(ふるしま よしひで、1885年明治18年)6月12日[1] - 1962年昭和37年)8月31日)は、日本の政治家弁護士衆議院議員

略歴[編集]

1885年(明治18年)6月、埼玉県に生まれる。1906年(明治39年)に日本大学法律科を卒業し、判事検事登用試験及び弁護士試験に合格し、司法官試補をへて弁護士となる。1930年(昭和5年)に第17回衆議院議員総選挙に出馬し、当選する。以来通算7回当選。その間に第1次吉田内閣の司法政務次官裁判官弾劾裁判所長、臨時法制調査会委員長、裁判官訴追委員会長等を歴任する。また、民主自由党相談役・常任総務、自由党総務、自民党相談役を務める。

著書[編集]

  • 『有罪か無罪か内証の鑑定』(中央書院、1914)

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第七十一回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1937年(昭和12年)、10頁。

参考文献[編集]