久遠実成

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久遠実成(くおんじつじょう)とは、法華経の教えにおいて、釈迦は30歳で悟りを開いたのではなく永遠の過去から仏(悟りを開いた者)となっていたが、輪廻転生を繰り返した後についに釈迦として誕生して悟りを開くという一連の姿を敢えて示したという考え方。久遠成実久成正覚などとも言う。「久遠」とは、漢語で「永遠」を意味する言葉で、時間が無窮であること。

法華経の如来寿量品第16に、「今の釈迦牟尼仏は、釈氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず、道場に座して阿耨多羅三藐三菩提を得たりと思えり。しかし、我(われ)は実に成仏してより已来(このかた)、無量無辺百千万億那由他劫なり」とあり、続けて「たとえば、五百千万億那由他阿僧祇の三千大千世界を、仮に人ありて抹(す)りて微塵となし、東方五百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて、すなわち一塵を下し、かくの如く、この微塵が尽きんが如き(無くなるまで)、東に行くとしたら、この諸々の世界の数を知ることを得べしや、不(いな)や」と弥勒菩薩に質問している。

これは、化城喩品第7にも「たとえば、三千大千世界のあらゆる地種を、仮に人ありて磨(す)りて墨となし、東方の千の国土を過ぎて、乃ち一点を下さん。大きさ微塵の如し」などと同様の記述があり、これは三千塵点劫と称される。これに対し、寿量品(本門)の「五百千万億那由他阿僧祇」を、五百(億)塵点劫と称して、化城喩品(迹門)の三千塵点劫よりもはるかに長遠であるかが示されるようになった。

この五百塵点劫は、法華経の経文を読む限りでは、たとえ話として引用しているだけであるが、日蓮は釈迦御所領御書などで、「過去五百塵点劫より、このかた、この娑婆世界は釈迦菩薩の御進退の国土なり」などと、五百塵点劫の言葉に開近顕遠の意味を持たせたことから、釈尊が本当に覚った時と解釈されるようになった。しかし日蓮の死後、弟子の対立などで釈迦を本仏とするか、日蓮を本仏とするか分かれ、文底秘沈を説く興門派などは、この五百塵点劫と、同じく寿量品の「我れ本の菩薩道を行じて成せし所の寿命は、今も猶(なお)未だ尽きず」を組み合わせて、釈迦が覚った有始有終の時を示す経文と捉え、久遠元初という用語を生み出し、日蓮を本仏とするに至った。

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