上野東急

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上野東急
Ueno Tokyu
情報
正式名称 上野東急
完成 1957年
開館 1957年1月19日
閉館 2012年4月30日
最終公演 バトルシップ(東急)
シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム(東急2)
収容人員 (2館合計)440人
設備 ドルビーデジタル5.1ch
35mm映写機
用途 映画上映
運営 株式会社東急レクリエーション
所在地 110-0005
東京都台東区上野2丁目14-26
上野とうきゅうビル内
アクセス 上野駅から徒歩5分
京成上野駅池ノ端口から徒歩2分
特記事項 略歴
1957年:開業
1982年:2スクリーン化
2012年:閉館
2016年:跡地にアパホテル京成上野駅前がオープン

上野東急(うえのとうきゅう・1957年1月19日開業 - 2012年4月30日閉館)は、東京都台東区上野東急レクリエーションが運営していた映画館である。

TOP&カード提示割引」の加盟店でもあった。

概要・来歴[編集]

上野東急は1957年1月19日にオープン。1966年8月1日に株式会社東急文化会館に合併、さらに同年11月1日には新日本興業株式会社(後に東急レクリエーションに改称)に吸収合併された。1981年10月18日より休館した後、1982年12月4日に地上6階建ての「上野とうきゅうビル」に建て替えられ、1階に東映系封切館の「上野東映」、3階に洋画ロードショー館の「上野東急」が入り、2スクリーン体制となる。1998年3月には上野東映を「上野東急2」に改称し、東映の封切館から松竹・東急系の洋画ロードショー館へと転向した。

しかし2003年8月31日上野東宝劇場・上野宝塚劇場が、2006年5月14日上野セントラルが閉館すると、番組編成のフリー化が進むようになる[1]。さらに錦糸町亀有などの近隣地域にあるシネマコンプレックスに客足を奪われたことも逆風となり、2012年1月30日に同年4月末での閉館を発表[2][3]。同年4月30日午後8時40分終映の『バトルシップ』を最後に55年の歴史に幕を閉じた。同じ上野とうきゅうビルの5階と6階に入っていた「ラドン&サウナ 東泉」も翌日5月1日の営業をもって閉店している。

跡地は同年10月末、東急電鉄に約13億円で売却され、解体後にマンションを建設する予定とされていたが[4]2016年3月1日、「アパホテル京成上野駅前」がグランドオープンし、現在に至る[5]

データ[編集]

  • 所在地:東京都台東区上野2丁目14-26(現況は「アパホテル京成上野駅前」[5]
  • 観客定員数(閉館時)
    • 上野東急(3階):206席
    • 上野東急2(1階):234席

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 晩年は東急が丸の内ルーブル丸の内ピカデリー系を、東急2がTOHOシネマズ日劇系の作品を主に上映していた。
  2. ^ “「上野東急」「上野東急2」の閉館について” (PDF) (プレスリリース), 東急レクリエーション, (2012年1月30日), http://www.tokyu-rec.co.jp/company/news/2012/news_ueno_close2012_1_30.pdf 2016年6月8日閲覧。 
  3. ^ “上野東急、4月末で閉館へ”. 上野経済新聞 (みんなの経済新聞ネットワーク). (2012年2月9日). http://ueno.keizai.biz/headline/1017/ 2016年6月8日閲覧。 
  4. ^ “映画館「上野東急」の跡地、マンションに”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2012年10月11日). http://www.nikkei.com/article/DGXNZO47145240R11C12A0L60000/ 2016年6月8日閲覧。 
  5. ^ a b アパホテル京成上野駅前”. アパグループ. 2016年6月8日閲覧。
  6. ^ 三遊亭王楽 (2006年12月10日). “【映画見聞記 vol.33】3”. 王楽ののほほんブログ. CyberAgent. 2016年6月15日閲覧。