上田交通

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上田交通株式会社
Ueda Kotsu Co., Ltd.
種類 株式会社
略称 上交
本社所在地 日本の旗 日本
386-8577
長野県上田市天神1丁目2番1号
上田ステイ2階
設立 1916年大正5年)9月17日
業種 不動産業
事業内容 不動産販売・賃貸業、宿泊業、自動車整備業 他
代表者 代表取締役社長 森 良則
資本金 1億6,000万円[1]
発行済株式総数 32万株[1]
純利益 2,245万4,400円[1][2]
純資産 4億8,974万264円[1]
(2011年3月期)
総資産 28億5,568万6,247円[1]
(2011年3月期)
従業員数 75名
決算期 3月31日
主要株主 東京急行電鉄(株)48.6%[1]
(直接所有分)
主要子会社 上田電鉄(株)
(株)上田東急REIホテル
外部リンク http://www.ukg.co.jp/
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上田交通株式会社(うえだこうつう、: Ueda Kotsu Co., Ltd.)は、長野県上田市で不動産事業などを運営する企業である。

本稿では、上田交通グループの各子会社についても取り扱う。

概要[編集]

本社は長野県上田市天神1丁目2-1にある。略名は、旧名の上田電鉄 (初代)・上田丸子電鉄に由来する上電(じょうでん)である。

東京急行電鉄(東急)の系列会社で、社紋も東急とは文字が異なるだけである(上田電鉄の分社後の社紋は五七の桐の中央の「七」の部分にかつての上田丸子電鉄社紋のうち円形の「上田」部分〔初代上田電鉄の社紋と同様〕をあしらったもの。上田交通に社名変更後、東急グループ統一CIが実施されるまでは、中央の「子」をあしらった部分を「交」の漢字に置き換えたものを使用していた)。

以前は鉄道やバスも直営していた。しかしバス事業は1999年上電バスとして分社化し、その後2009年上田バスとしてグループ離脱。かつては西丸子線や真田傍陽線など最盛期で4路線48.0kmの路線網を擁していた鉄道事業も、別所線11.6kmだけの運営となった上、2005年上田電鉄 (2代)として分社化した。

なお、東京急行電鉄創業者である五島慶太の出身地は小県郡青木村で、青木線の沿線である。

歴史[編集]

真田傍陽線の跡。現在は上田城跡公園ケヤキ並木遊歩道として利用
  • 1916年大正5年)9月17日 丸子鉄道(株)設立[3]。上田交通はこの年を創立年としている。
  • 1918年(大正7年)11月21日 丸子鉄道、大屋 - 丸子町間を開業。
  • 1920年(大正9年)1月5日 (株)上田温泉軌道設立。11月(株)上田温泉電軌に社名変更。
  • 1921年(大正10年)6月17日 温電青木線(三好町 - 青木間)、川西線(上田原 - 信濃別所)間が開業。
  • 1924年(大正13年)8月 千曲川鉄橋完成し温電青木線、川西線上田に乗り入れ。
  • 1925年(大正14年)8月1日 丸子鉄道、上田東 - 大屋間を開通。
  • 1926年(大正15年)8月12日 温電依田窪線(下之郷 - 西丸子間)が開業。
  • 1927年昭和2年)11月20日 温電北東線上田 - 伊勢山間が開業。
  • 1928年(昭和3年)1月10日 伊勢山 - 本原間開通。
  • 1928年(昭和3年)1月20日 (株)上田温泉電軌、乗合・貸切自動車業務兼業開始。
  • 1928年(昭和3年)4月2日 本原 - 傍陽間開通。
  • 1928年(昭和3年)5月1日 本原 - 真田間開通し温電北東線全通。
  • 1932年(昭和7年)1月1日 丸子鉄道(株)、譲受により乗合自動車業務兼業開始。
  • 1938年(昭和13年)7月25日 青木線が廃止。
  • 1939年(昭和14年)3月19日 川西線・依田窪線を軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更し、それぞれ別所線、西丸子線に改称。北東線を菅平鹿沢線に改称。
  • 1939年(昭和14年)9月1日 (株)上田温泉電軌が(株)上田電鉄に社名変更。
  • 1940年(昭和15年) 丸子鉄道(株)、丸子自動車(株)に乗合自動車路線を譲渡(※丸子自動車(株)は3年後千曲自動車(株)に吸収合併される)。
  • 1943年(昭和18年)9月 (株)上田電鉄、千曲自動車(株)に乗合自動車路線を譲渡し、貸切自動車業務を廃止。
  • 1943年(昭和18年)10月21日 (株)上田電鉄と丸子鉄道(株)が合併し上田丸子電鉄(株)に。上田東 - 丸子町間を丸子線とする。
  • 1952年(昭和27年)3月20日 乗合旅客自動車運送事業を開始(※合併後初)。以降バス路線を拡充。
  • 1956年(昭和31年)4月 この月からハイヤー業を拡大、営業所を設置。
  • 1958年(昭和33年)11月4日 東京急行電鉄の系列会社となる。
  • 1960年(昭和35年)4月1日 菅平鹿沢線を真田傍陽線に改称。
  • 1961年(昭和36年)6月29日 西丸子線が災害のため休止に。1963年11月1日に廃止。
  • 1969年(昭和44年)4月20日 丸子線が廃止。
  • 1969年(昭和44年)5月31日 上田交通(株)に社名変更。
  • 1972年(昭和47年)2月20日 真田傍陽線が廃止。
  • 1999年平成11年)8月1日 バス部門を上電観光バス(株)(2000年に上電バス(株)と社名変更)に譲渡。
  • 2005年(平成17年)6月22日 鉄道部門を上田電鉄(株)として分社、子会社化する方針を発表。
  • 2005年(平成17年)10月3日 鉄道部門が上田電鉄(株)として独立。
  • 2009年(平成21年)10月1日 上電バス上田電鉄タクシーの株式をジェイ・ウィル・パートナーズに譲渡、2社は東急グループから離脱。
  • 2015年(平成27年)11月2日 ハーレスキーリゾート日本スキー場開発に譲渡、グループ離脱。

事業[編集]

当社では不動産業を主力とし、それ以外にも駐車場業や広告業などを営んでいる。

宿泊業では、子会社の上田東急REIホテルとは別に、直営でホテル上田ステイを運営している。こちらは1997年(平成9年)に上田東急インが上田駅温泉口に移転した後、同年旧上田東急インの上田東急ビルを改装し長期滞在型ホテルとして営業を開始した。

上田ステイへの変更の際、東急イン時代にロビーや式場・レストランなどであった場所を大幅に改装し、上田交通・上田電鉄・上田電鉄タクシー(現在の上田タクシー)・ハーレスキーリゾート(現在は移転)の上田交通グループ各社の本社オフィスに転用している。

また、上田駅お城口から徒歩0分の好立地であることから、1階のコンビニ・郵便局や地階の飲食店など数多くのテナントが入居している。

このほかの事業としては、カーピット109という、上田市常田の上田バス上田営業所に隣接する上田交通直営の自動車整備工場を運営している。

この整備場は民間車検工場として一般ユーザーからの点検・車検を受け付けているほか大型のピットを有しており、かつてグループだった上田バス・上田タクシーの営業用車両の点検・修理も行っている。

上田電鉄[編集]

上田電鉄株式会社
Uedadentetsu Co.,Ltd.
種類 株式会社
略称 上電
本社所在地 日本の旗 日本
386-1211
長野県上田市下之郷498(下之郷駅構内。登記上の所在地)
設立 2005年(平成17年)10月3日
業種 陸運業
事業内容 第1種鉄道事業
不動産賃貸事業
代表者 代表取締役社長 今成 孝雄
資本金 1,000万円
主要株主 上田交通(株)
外部リンク http://www.uedadentetsu.com/index.html
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2005年に上田交通の子会社として設立された鉄道事業者で、同年より上田交通の鉄道事業を継承して営業している。

なお、前述したとおり上田交通の前身企業にも上田電鉄があり、当社は2代目である。

現有路線[編集]

廃止路線[編集]

廃止はすべて上田交通時代以前。前身会社のものも含む。リンク先の項目名に使用している社名は廃止時点のもの。

車両[編集]

上田丸子電鉄時代の1950年に、電車、電気機関車の車番の付番方法を下記の通り定め、1986年の別所線昇圧まで適用されていた。形式称号はこれに電車の場合はモハ・クハ・サハ、電気機関車の場合はEB・EDが前に付く。

  • 千の位 - 電動機出力
    • なし - 制御車・付随車
    • 1 - 50馬力(≒37kW)以下
    • 2 - 50馬力超、60馬力(≒45kW)以下
    • 3 - 60馬力超、70馬力(≒52kW)以下
    • 4 - 70馬力超、80馬力(≒60kW)以下
    • 5 - 80馬力超
  • 百の位 - 制御器方式
    • なし - 付随車
    • 1 - 直接制御
    • 2 - 間接制御手動進段(HL式)
    • 3 - 間接制御自動進段(カム軸式)
  • 十の位 - 車両全長
    両側連結器間の全長をメートル単位で四捨五入した値の下1桁。
    • 1 - 11.5m未満
    • 2 - 11.5m以上、12.5m未満
    • 3 - 12.5m以上、13.5m未満
    • 4 - 13.5m以上、14.5m未満
    • 5 - 14.5m以上、15.5m未満
    • 6 - 15.5m以上、16.5m未満
    • 7 - 16.5m以上、17.5m未満
    • 8 - 17.5m以上、18.5m未満(適用対象車両には存在しなかった)
    • 9 - 18.5m以上

電気機関車と電動制御車(モハ)は電動機・制御器があるため4桁、制御車(クハ)は制御器があるため3桁、付随車(サハ)は2桁となる。

なお、東急からの譲受車のうちデハ3300形・クハ3660形・クハ3770形は当初貸与扱いだったためか適用対象から外れている。また、他にも適用されていても実際の区分と異なる例がある。

上田東急REIホテル[編集]

株式会社上田東急REIホテル
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
386-8577
長野県上田市天神4丁目24番1号
設立 1973年(昭和48年)6月
業種 サービス業
事業内容 ホテル業
主要株主 上田交通(株)
外部リンク http://www.ueda.rei.tokyuhotels.co.jp/
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旧称は上田東急イン。上田駅温泉口ロータリーに面して立地するシティホテルを運営し、上田交通グループの株式会社上田東急REIホテルとして東急ホテルズフランチャイズ加盟している。

上田交通真田傍陽線の廃線後、電鉄上田駅跡(現在の上田駅お城口側)に建物の建設を開始し、1973年(昭和48年)6月にはホテル運営会社として「上交開発株式会社」を設立。同年10月7日に開業。1997年(平成9年)11月1日に上田駅温泉口に新築移転し、運営会社商号を株式会社上田東急インに変更した。

全国展開に至った「東急イン」であるが、上田が第1号店であり、その響きの良さから東京急行電鉄のビジネスホテルチェーン名として採用された。

東急ホテルズの会員制度「コンフォートメンバーズ」や早期予約割引の早割15などの制度を利用することにより正規料金より割安で利用することができる。

2015年4月1日、東急ホテルズチェーンの東急インとホテル東急ビズフォートが統合され、新ブランド「東急REIホテル」に名称変更。当ホテルも「上田東急REIホテル」と改称。運営会社商号も株式会社上田東急REIホテルとなった。

かつてグループだった企業[編集]

以下の2社は2009年10月に株式をジェイ・ウィル・パートナーズへ譲渡、グループから離脱している。

  • 上田バス - 上田交通グループ時代は上電バスを名乗っていた。
  • 上田タクシー - 上田交通グループ時代は上田電鉄タクシーを名乗っていた。

いずれも詳細は各記事を参照。

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 上田交通株式会社 平成23年3月期(第81期)決算公告 (PDF)
  2. ^ 前掲の第81期決算公告に記載された1株当たり純利益70円17銭に、発行済株式総数32万株を掛けて求められた数値。
  3. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]