マハーバリプラム
| マハーバリプラム மகாபலிபுரம் | |
| 測地系: 北緯12度38分 東経80度10分 / 北緯12.63度 東経80.17度 | |
| 国 | |
| 州 | タミル・ナードゥ州 |
| 行政区 | カーンチプラム県 |
| 人口 | 12,049 (2001年現在) |
| 標準時 | IST (UTC+5:30) |
| 面積 • 海抜 |
• 12 m |
座標: 北緯12度38分 東経80度10分 / 北緯12.63度 東経80.17度
マハーバリプラム(Mahabalipuram、タミル語:மகாபலிபுரம்)は、インド南部のタミル・ナードゥ州カーンチプラム県に所在し、ベンガル湾に臨むかつての港湾都市。古名はマーマッラプラム。チェンナイ(マドラス)の南約60キロメートルに位置する。
目次
東西貿易の拠点マハーバリプラム[編集]
4世紀から9世紀にかけて、内陸のカーンチプラムにはパッラヴァ朝の首都がおかれていた。
その東65キロメートルに位置し、ベンガル湾に臨むマハーバリプラムは、6世紀以降、パッラヴァ朝における東西貿易の一大拠点として栄え、町には数多くのヒンドゥー教寺院が建立された。
この建築様式はタミル商人たちによって、スリランカ(セイロン島)や東南アジア各地にまで伝えられた一方、軍事的にはパッラヴァ朝と対立したデカン高原の前期チャールキヤ朝の建築、とくにパッタダカルのヒンドゥー建築にも大きな影響をあたえた。
マハーバリプラムの建造物群[編集]
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|---|---|---|---|
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ビーマ・ラタとアルジュナ・ラタ | |||
| 英名 | Group of Monuments at Mahabalipuram | ||
| 仏名 | Ensemble de monuments de Mahabalipuram | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | (1),(2),(3),(4) | ||
| 登録年 | 1985年 | ||
| 公式サイト | 世界遺産センター(英語) | ||
| 使用方法・表示 | |||
パッラヴァ朝のマーマッラ王[1]やその後裔は、貿易港であったマハーバリプラム(マーマッラプラム)の海岸と岩山に数多くの寺院や彫刻を残した。花崗岩の岩山を掘削した石窟寺院、牧歌的な趣きのある岩壁彫刻や石彫寺院、また、最初期の石造寺院である石積みの「海岸寺院」など、インド中世建築発祥の地のひとつとしてきわめて重要であり、1985年には世界遺産の文化遺産に登録された。ことに、当時の木造寺院を模して壁面にライオンや象などが刻まれた「5つのラタ」と呼ばれる一連の石彫寺院は特異な遺跡として名高い。
石窟寺院[編集]
かつて貿易港として繁栄した海岸沿いの花崗岩台地には10を超える石窟寺院が残っている。いずれも小規模であるが、ヴァラーハ・マンダパ窟[2]、マヒシャマルディニー・マンダパ窟、トルムールティ窟、アーディ・ヴァラーハ窟は、建築、彫刻ともきわめて優れているとされる。なお、石窟寺院建築には未完成の状態で建造を中止したものがいくつか散見される。
石窟寺院の柱は初めは太い角柱であったが、しだいに細くなり、柱脚にはパッラヴァ朝のシンボルでもあるライオンが彫られるようになるという変遷が認められる。後世には立ち上がった姿勢を示すライオン柱であるが、マハーバリプラムでのライオンはまだ座った姿をしている。
岩壁彫刻[編集]
岩壁彫刻は、浮彫(レリーフ)の手法が採られ、マヒシャマルディニー・マンダパ窟には、シヴァの妃で8本の腕をもつドゥルガー女神がライオンの背に乗り、水牛の姿をしたアスラの首領マヒシャースラを退治する場面を表現したものがあり、また、ヴァラーハ・マンダパ窟の「ガジャ・ラクシュミー」も浮彫の傑作である。
磨崖彫刻では、高さ9メートル、幅27メートルの岩山に彫られた「ガンガーの降下」があり、石を彫ったレリーフとしては世界最大の規模を誇る。この彫刻にはもうひとつ解釈があり、インド最大の叙事詩『マハーバーラタ』のなかの「アルジュナの苦行」の場面を描いたとするものである。磨崖彫刻には他に、クリシュナ・マンダパにも「ゴーヴァルダナ山を持ち上げるクリシュナ」があり、華奢で柔らかい群像が描かれた傑作とされる。 [3]
石彫寺院(ラタ)[編集]
堂の全体を岩の塊から彫出した岩石寺院を、現地では「ラタ」[4]と呼んでいる。
マハーバリプラムの「パンチャ・ラタ」(5つのラタ)とは、ドラウパディー、アルジュナ、ビーマ、ダルマラージャ、サハデーヴァであり、それぞれ『マハーバーラタ』の主要な登場人物の名にちなんで命名されている。[5]
いずれも、屋根の装飾から壁面の彫刻、門柱に至るまできわめて精緻につくられており、また、上述したとおり、当時の南インドの木造寺院を模したものであることから、南インド7世紀の古建築の様相を伝えるものとして資料的価値もきわめて高い。19世紀に発掘された特異な遺跡である。
石造寺院[編集]
7世紀末葉から8世紀初頭にかけて海辺に建てられた「海岸寺院」は切石を積んで建立した石造寺院で、中期ラージャシンハ・ナンディヴァルマン様式に属するとされる[6]。他の遺跡や遺構は7世紀中期から後期にかけてが多く、7世紀前半にさかのぼるものも若干存在する。つまり、マハーバリプラムのなかでは新しい年代に属する。大小2つの南方型に属するヴィマーナが並んで建ち、いずれも頂部に半球状の冠石をいただいている。潮風や波浪による浸食作用により、損傷や崩壊が危ぶまれている。
建造物群の示すもの[編集]
マハーバリプラムの建造物群は、石窟を中心とする古代から石造を主とする中世への建築史上の転換がみられる点が注目される。上述の、石窟寺院が未完成のまま残されていることは、その間の事情を示すものと考えられる。建造物群は、同一箇所において、石窟寺院、石彫寺院、石造寺院の順で推移したことを示し、また、この地域が南インドのヒンドゥー建築を主導していた地域であったことをも示す点できわめて重要な資料となっている。
登録基準[編集]
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。
- (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
アクセス[編集]
- チェンナイ(マドラス)の南約60キロメートル、バスで約2時間
脚注[編集]
ギャラリー[編集]
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- 小学館編『地球紀行 世界遺産の旅』小学館<GREEN Mook>1999.10、ISBN 4-09-102051-8
- 辛島昇・前田専学・江島惠教ら監修『南アジアを知る事典』平凡社、1992.10、ISBN 4-582-12634-0
外部リンク[編集]
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