アスラ

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アスラサンスクリット: असुर Asura)とは、インド神話において神々(デーヴァ)と対立する存在をいう。

後に仏教に取り込まれ、「阿修羅」「修羅」の語源となった。

概要[編集]

乳海攪拌を描いたアンコール・ワットの浮き彫りに見られるアスラのひとり

ヴェーダ時代の古代インドにおいてアスラは単に「主」という意味であって、神(デーヴァ)の称号として用いられた。とくに目立った例としては『リグ・ヴェーダ』8.25の例があり、ここではミトラヴァルナの2神を「デーヴァにしてアスラ」(devāv asurā, 双数形)と呼んでいる[1]

ヴェーダの散文時代になるとデーヴァとアスラは対立し、戦いあう存在としてとらえられるようになり、肯定的な側面をデーヴァが、否定的な側面をアスラが代表するようになった[1]。「アスラはア(a=非)・スラ(sura=生)である」という俗語源説も、この転回から生まれた。

ラーマーヤナ』巻3では、ダクシャから生まれた60人の娘のうちアディティディティダヌら8人がリシカシュヤパと結婚し、アディティがアーディティヤ12神ヴァス8神ルドラ11神、アシュヴィン双神の33神を生んだ一方、ディティからダイティヤ、ダヌからはダーナヴァが生まれたとする[2]。アスラは主にダーナヴァとダイティヤの総称として使われる(カシュヤパ仙の憎しみから生まれたヴリトラや、シヴァの破壊衝動から生まれたジャランダラなどもアスラとして扱われているため、必ずしもこの限りではない。またアンダカのようなシヴァの里子も存在する)。ただしすべてのアスラ神族がデーヴァ神族の敵対者ではない。プラフラーダバーナースラのようなアスラもいる。ガヤのように人々の罪を洗浄するアスラ神族もいる。

アスラ神族はヒラニヤプラパーターラといった地下の黄金郷に住むことが多い。

アスラ神族はデーヴァ神族のようにアムリタを飲んではいないため、不死・不滅の存在ではないが、自らに想像を絶する厳しい苦行を課すことによって神々をも超越する力を獲得し、幾度となくデーヴァ(神々)から世界の主権を奪うことに成功している。そして中にはマハーバリジャランダラのように人間に善政を敷いたアスラ神族も多い。もちろんアスラ神族には人々に圧政を敷いたトリプラースラシュンバ・ニシュンバ兄弟王もいる。中には例外も居てシュシュナのようにアムリタを隠し持っていたアスラもいた[3]

アスラは仏教に取り込まれ、漢訳仏典では音訳して「阿修羅」、略して「修羅」とも呼ばれる。

イランのアフラとの関係[編集]

アスラという語はイランにおけるアフラの同系語である。『リグ・ヴェーダ』におけるミトラ・ヴァルナの併称はアヴェスターにおけるミスラとアフラの併称と関係があり、ヴェーダにおいて実際ヴァルナはとくにアスラの称号をもってよばれることが多い[4]:196。インドでは後にアスラがデーヴァに対立する否定的存在となったのに対し、イランでは逆にデーヴァに対応するダエーワが悪神とされ、アフラの方がアフラ・マズダーのように最高神とされている。両者の関係がインドとイランで逆であることが何らかのインドとイランの対立関係を反映すると考える余地はあるものの、『リグ・ヴェーダ』でまだアスラが悪神になっていないために困難がある[1]

主要なアスラ[編集]

アスラと仏陀の関係[編集]

宮坂宥勝(高野山大学)は、

悪魔であるアスラをそそのかして神々に戦いをいどんだものは「幻影によって欺瞞する者」(Māyāmoha)すなわち仏陀である。アスラはひとたびは[5]神々を打破することが出来た。が、最後に神々はヴィシュヌ神の助力を仰いでアスラを征伐する。そしてこの「幻影によって欺瞞する者」といえどもヴィシュヌ神の身体(胎内)から生じたものにすぎないのであり、それをヴィシュヌは最高の神々に与えたのであった[6] — 宮坂 宥勝、 「アスラからビルシャナ仏へ」1960(47)、『密教文化』1960年、p.21

と述べている。

松濤誠達(大正大学)は、

また時にブッダ(Buddha-)とされまたマーヤー・モーハー(Māyāmoha)とされるところのヴィシュヌのアヴァターラも、妄説を説くといういわばダーティー・プレイを通じてアスラと目されるジャイナ教徒や仏教徒を地獄に追い落とす点でトリックスターと見ることができる。 — 松濤 誠達、 「古代インド神話解釈の試み -古代インドのトリックスター論覚え書き」24(2)、『印度学仏教学研究』1960年、p.559

と述べている。 したがってヒンズー側から見て仏教はアスラの側である。

脚注[編集]

  1. ^ a b c The Rigveda: The Earliest Religious Poetry of India. translated by Stephanie W. Jamison and Joel P. Brereton. Oxford University Press. (2017) [2014]. p. 37. ISBN 9780190685003 
  2. ^ Muir, John (1868). Original Sanskrit Texts on the Origin and History of the People of India. 1 (2nd ed.). London: Trübner & co.. pp. 115-117. https://archive.org/details/originalsanskrit01muir/page/114/mode/2up 
  3. ^ 松濤誠達「古代インド神話解釈の試み -古代インドのトリックスター論覚え書き」『印度学仏教学研究』 24(2)、1976年、p42.より
  4. ^ Winternitz, Moriz (1927). A History of Indian Literature. 1. translated by S. Ketkar. University of Calcutta. https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.97551/page/n101/mode/2up 
  5. ^ 原文ママ
  6. ^ ヒンズー教徒にとってブッダはヴィシュヌの第9のアバターである

参考文献[編集]

  • 松濤誠達「古代インド神話解釈の試み -古代インドのトリックスター論覚え書き」『印度学仏教学研究』 24(2)、1976年
  • 宮坂 宥勝 「アスラからビルシャナ仏へ」1960(47)、『密教文化』1960年

関連項目[編集]