ジェレミー・ハント (政治家)

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ジェレミー・ハント
Jeremy Hunt
Official portrait of Mr Jeremy Hunt crop 2.jpg
2017年6月1日
生年月日 (1966-11-01) 1966年11月1日(55歳)
出生地 イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド ロンドン ケニントン英語版
出身校 オックスフォード大学 モードリン・カレッジ英語版
前職 ホットコース英語版共同経営者
所属政党 保守党
配偶者 ルシア・グオ (2009年結婚)
子女 3人
親族 ニコラス・ハント英語版 (父)
公式サイト [公式ウェブサイト ]

内閣 第2次メイ内閣
在任期間 2018年7月9日 - 2019年7月24日
首相 テリーザ・メイ

内閣 第1次キャメロン内閣
第2次キャメロン内閣
第1次メイ内閣
第2次メイ内閣
在任期間 2012年9月4日 - 2018年7月9日
首相 デーヴィッド・キャメロン
テリーザ・メイ

内閣 第1次キャメロン内閣
在任期間 2010年5月11日 - 2012年9月4日
首相 デーヴィッド・キャメロン

内閣 キャメロン影の内閣英語版
在任期間 2007年7月2日 - 2010年5月11日
首相 ゴードン・ブラウン

内閣 キャメロン影の内閣英語版
在任期間 2007年7月2日 - 2010年5月11日
首相 ゴードン・ブラウン

その他の職歴
イギリスの旗 イギリス
影の障碍者担当大臣

(2005年12月6日 - 2007年7月2日)
イギリスの旗 サウス・ウェスト・サリー選挙区英語版選出庶民院議員
(2005年5月5日 - 現職)
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ジェレミー・リチャード・ストレインサム・ハント(英語:Jeremy Richard Streynsham Hunt1966年11月1日 - )は、イギリスの政治家、実業家。2005年5月5日からサウス・ウェスト・サリー選挙区英語版選出庶民院議員を務める。外務・英連邦大臣保健・社会介護大臣文化・オリンピック・メディア・スポーツ大臣などを歴任した。一国保守主義者英語版とされ、経済自由主義的政策と社会自由主義的政策に関わっている。保守党党首英語版首相の座を狙って2019年保守党党首選挙に出馬するも、ボリス・ジョンソンに敗北した。

略歴[編集]

1966年11月1日にランベス区ケニントンにあるランベス病院に誕生した。育ちは現在の選挙区に近いロンドン南西近郊サリー州ギルフォード (バラ・オブ・ギルフォード英語版) の村であるシェアである[1]ジェントリの家系であり[2]、父方の曽祖母はイギリス東インド会社の先駆者の1人であるストレインサム・マスターの子孫に当たる[3]。また、エリザベス2世オズワルド・モズレーは遠縁に当たる[4]オックスフォード大学モードリン・カレッジ在学中から保守党を支持しており、党員として長い活動歴を誇る。卒業後はOC&Cストラテジーでコンサルタントとして働いた後、2年近く日本に滞在し、英語教師を務めた[5]。帰国後は幾つもの事業を手掛け、その中には不首尾に終わったものの、日本へのマーマレード輸出業もあった[6]。最も成功したのは幼少時からの親友マイク・エルムズと共に起業した教育関係事業のホットコースであり、ハントは後に同事業を豪州のIDPエデュケーションに売却することで英国国会議員随一の資産家となった[7]

初当選・影の内閣閣僚[編集]

労働党ブレア政権で実施された2005年の総選挙で庶民院議員に初当選した。当時野党の保守党党首選挙(2005年12月)に立候補したデービッド・キャメロンを支援したことで、党首に就任した後のキャメロンから重用され、2005年から影の内閣障害者担当閣外相、2007年から影の内閣文化・メディア・スポーツ担当閣内相を務めた。

閣僚[編集]

保守党の政権奪取後、2010年に文化・オリンピック・メディア・スポーツ担当相に任命された。この役職は2012年のロンドンオリンピックを主管するものだったが、実業界での経験も十分に生かしてこの大会を成功裡に終了させ、イギリスの国威発揚・景気浮揚に著しい貢献を果たした。その後2012年から2018年までは、デーヴィッド・キャメロン及びテリーザ・メイ政権で保健大臣を務め、2018年7月9日ボリス・ジョンソンの辞任を受けて外務・英連邦大臣に任命された[8]

2019年党首選挙出馬[編集]

メイ首相の辞任表明を受けて実施された、2019年6月の保守党党首選挙に出馬し、5回の議員投票では投票の度に票を積み上げた。5回目の投票でマイケル・ゴーヴ環境相を僅差で下し、ジョンソン前外相との決選投票に進んだ[9]。党員投票の結果、得票数は4万6656票にとどまり、9万2153票を獲得したジョンソン前外相に敗れた[10]

ハントの選挙運動はサウジアラビアの王太子であるムハンマド・ビン・サルマーンの側近によって支援されていた[11]。メイ内閣の総辞職と共に外相を退任した。

2022年党首選挙出馬[編集]

ジョンソン首相の辞任表明を受けて実施された、2022年7月の保守党党首選挙に出馬。前回の党首選挙では当選者のジョンソンと最後まで争ったが、今回は第1回目の投票で18票の最下位にとどまり、早々に敗退した[12]

ブレグジットへのスタンス[編集]

2016年に実施されたブレグジットに関する国民投票では、離脱支持の可能性を示唆したこともあったが[13]、最終的には残留に票を投じた[14]

その後メイ政権の閣僚として、国民投票の結果を尊重する政治スタンスを採った。EUの交渉姿勢の「傲慢さ」を批判したこともある[15]。2019年の保守党党首選挙で見せたように、離脱強硬派のボリス・ジョンソン前外相らと比べると、総じて穏健離脱派としての立ち位置にある。

日本との関係[編集]

上述のように90年代に英語教師として滞日しており、日本語に堪能である。京都に8か月、長崎、東京にそれぞれ6か月ずつ滞在した[5]2012年4月10日味の素ナショナルトレーニングセンターを訪れ、吉田沙保里伊調馨北島康介らを激励した。2019年4月に外相として来日した際には、都立日比谷高校において日本語での模擬授業を行っている。

私生活[編集]

2009年西安市出身のルシア夫人と結婚し、1男2女をもうけている[16][17]2018年7月30日に中華人民共和国を訪問した際、妻を「日本人です」と言い間違え、様々な憶測を呼んだ。2019年の旧正月のメッセージでは、改めて「私の妻は日本人ではなく中国人」と紹介している[18]

尊敬する政治家としてマーガレット・サッチャー奴隷制廃止主義者・博愛主義者のウィリアム・ウィルバーフォースを挙げている[19]。ちなみにイギリス国教会クリスチャンで、合理的楽観主義者である[20]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ “Jeremy Hunt opens Radisson Edwardian Guildford – and shares hotel tipping advice... – Places”. Surrey Life. (2011年11月3日). http://www.surreylife.co.uk/out-about/places/jeremy_hunt_opens_radisson_edwardian_guildford_8211_and_shares_hotel_tipping_advice_1_1647952 2015年7月27日閲覧。 
  2. ^ Burke's Landed Gentry 1952, 17th edition, ed. L. G. Pine, Burke's Peerage Ltd, p. 1320, Hunt of Boreatton pedigree
  3. ^ Burke's Peerage, Baronetage and Knightage, 2003, vol. 3, p. 3285
    また、ストレインサム・マスターの甥には海軍大将サージョージ・ポコックなどがいる。
  4. ^ Jowit, Juliette; Malik, Shiv; Siddique, Haroon (2012年9月4日). “Cabinet reshuffle: who has moved so far? | Politics”. The Guardian. https://www.theguardian.com/politics/2012/sep/04/new-cabinet 2015年7月27日閲覧。 
  5. ^ a b Jeremy Hunt praised for becoming first UK minister to give speech in Japanese” (英語). Sky News. 2022年7月6日閲覧。
  6. ^ Jeremy Hunt MP”. web.archive.org (2009年10月30日). 2022年7月6日閲覧。
  7. ^ “Hunt makes millions from sale of Hotcourses” (英語). BBC News. (2017年1月16日). https://www.bbc.com/news/business-38638577 2022年7月6日閲覧。 
  8. ^ Jeremy Hunt appointed as new Foreign Secretary following resignation of Boris Johnson”. 2018年7月10日閲覧。
  9. ^ “次期英首相争い ジョンソン、ハント両氏の一騎打ちに”. AFPBB News. フランス通信社. (2019年6月21日). https://www.afpbb.com/articles/-/3231181 2019年6月21日閲覧。 
  10. ^ “ボリス・ジョンソン前外相、イギリスの次期首相に決定 英保守党党首選”. BBC News. BBC. (2019年7月23日). https://www.bbc.com/japanese/49079871 2019年7月23日閲覧。 
  11. ^ “Jeremy Hunt's bid for prime minister is being funded by a close ally of Saudi prince Mohammed Bin Salman”. Business Insider. (2019年7月5日). https://www.businessinsider.com/jeremy-hunt-campaign-funded-by-saudi-prince-mohammed-bin-salman-ally-2019-7 2019年7月24日閲覧。 
  12. ^ “英与党党首選スナク氏首位 第1回投票、ハント氏ら脱落”. 日本経済新聞. (2022年7月14日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR13EFS0T10C22A7000000/ 2022年7月22日閲覧。 
  13. ^ https://twitter.com/andywoodcock/status/586448281951047680” (日本語). Twitter. 2022年7月6日閲覧。
  14. ^ 英新外相にハント氏 かつての残留派、日本語が得意な一面も”. 2019年5月28日閲覧。
  15. ^ How remain-voting Tories responded to new referendum question” (英語). the Guardian (2017年10月11日). 2022年7月6日閲覧。
  16. ^ About Jeremy”. jeremyhunt.org. 2016年2月8日閲覧。
  17. ^ Guyoncourt, Sally (2015年10月11日). “Helen Goodman faces backlash from Labour MPs over Jeremy Hunt tweet”. The Independent. https://www.independent.co.uk/news/people/helen-goodman-faces-backlash-from-labour-mps-over-jeremy-hunt-tweet-a6690261.html 
  18. ^ 「私の妻は日本人ではなく中国人です」、英外相が新年のあいさつ”. レコードチャイナ (2019年2月7日). 2019年2月9日閲覧。
  19. ^ Shipman, Tim (2019年5月25日). “I'll make a Brexit deal because business is my bread and butter, says Jeremy Hunt”. The Sunday Times. https://www.thetimes.co.uk/article/ill-make-a-brexit-deal-because-business-is-my-bread-and-butter-says-jeremy-hunt-drg883zpj 2019年6月5日閲覧。 
  20. ^ “Jeremy Hunt: the last Cameroon”. New Statesman. https://www.newstatesman.com/politics/uk/2019/04/jeremy-hunt-last-cameroon 2019年7月2日閲覧。 

外部リンク[編集]

先代・次代[編集]

公職
先代
ボリス・ジョンソン
イギリスの旗 外務・英連邦大臣
第19代:2018年7月9日 - 2019年7月24日
次代
ドミニク・ラーブ