ウィリアム・ヘイグ

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イギリスの旗 イギリスの政治家
ウィリアム・ヘイグ
William Hague
William Hague with poppy.jpg
生年月日 1961年3月26日(55歳)
出生地 イングランドの旗 イングランドロザラム
出身校 オックスフォード大学マグダレン・カレッジ
INSEAD
所属政党 保守党
配偶者 フィオナ・ジェンキンス

内閣 第1次キャメロン第2次改造内閣
在任期間 2014年7月14日 - 2015年5月8日

内閣 第1次キャメロン内閣
第1次キャメロン第1次改造内閣
第1次キャメロン第2次改造内閣
在任期間 2010年5月11日 - 2015年5月8日

内閣 第1次キャメロン内閣
第1次キャメロン第1次改造内閣
在任期間 2010年5月11日 - 2014年7月15日

在任期間 2005年12月6日 - 2010年5月11日

選挙区 リッチモンド選挙区
当選回数 5回
在任期間 1989年2月23日 -

その他の職歴
イギリスの旗 ウェールズ大臣
1995年7月5日 - 1997年5月2日
保守党党首
1997年6月19日 - 2001年6月)
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ウイリアム・ヘイグRt Hon William Hague MP, 1961年3月26日 - )は、イギリスの政治家。保守党所属の下院議員である。前外務および英連邦大臣(2010年5月 - 2014年7月)。元保守党党首(1997年 - 2001年)。

下院議員当選前まで[編集]

サウス・ヨークシャーロザラムで生まれる。幼い頃から弁舌能力に優れ、ロザラムのコンプレヘンシブ・スクールに在校していた1977年、保守党大会において16歳にして素晴らしい演説を行い、党首のサッチャー(のちの首相)より「ウィリアム・ピットの再来」と絶賛されたこともある。また議会演説の最中、爆笑を誘う場面が動画サイトでしばしば見られる。

その後、オックスフォード大学マグダレン・カレッジに進学し、大学では哲学及び政治経済学(PPE)を学ぶとともに、オックスフォード大学保守連盟 (Oxford University Conservative Associationやオックスフォード・ユニオン (Oxford Unionの会長を務める。同大学卒業後はシェルマッキンゼーで勤務、またINSEADにてMBAの資格を取得した。

下院議員当選後、党首就任まで[編集]

1987年の総選挙において下院議員に立候補するも落選する。しかし、1989年の補欠選挙で初当選する。1990年より複数の大臣の議会秘書官を経て、1995年からウェールズ大臣を務める。同大臣在職当時、ウェールズ省の職員だったフィオナ・ジェンキンスと知り合い、後に結婚する。

1997年の総選挙において保守党は労働党に敗れ、首相のメージャー党首は辞任を表明した。ヘイグは党首選に立候補し、ケネス・クラーク英語版マイケル・ハワードらの保守党の大物議員を破り、36歳にして党首となる。

党首辞任、バックベンチャーへ[編集]

2001年の総選挙において保守党は再び敗北し、ヘイグはその責任を取って辞任する。保守党党首としては、オースティン・チェンバレン以来の首相未経験の党首となった。

党首辞任後は役職につかず、バックベンチャーになる。また、執筆・講演活動を開始した。特に文才は際立っており、2004年に出版したウィリアム・ピット(小ピット)の伝記は翌年の英国ブックアワード (British Book Awardsの歴史部門を受賞、2007年には奴隷廃止活動家のウィリアム・ウィルバーフォースの伝記を上梓した。この時期、ヘイグは下院議員のうちで最も収入のある議員と言われ、年に100万ポンドを稼いだこともあった。

フロントベンチに復帰[編集]

2005年の総選挙において保守党は三度敗北し、マイケル・ハワード党首は辞任を表明、同年10月から12月にかけて党首選が行われた。ヘイグはデービッド・キャメロン候補を支持する。党首選の結果、そのキャメロンが当選し、ヘイグは影の外相兼筆頭大臣(副党首格)に任命される。保守党が第一党に返り咲いた2010年の総選挙でも当選、その後の自由民主党との政権協議で党の交渉団を代表した。交渉は成立し、保守・自民党連立政権の発足に伴い、ヘイグはキャメロン内閣において外務大臣に指名された。

2014年7月、辞意をTwitterで表明して外務大臣を辞任、代わって庶民院院内総務に就任した[1]

意見・思想[編集]

トルコのEU加盟[編集]

ヘイグは、EUには準加盟の制度はないがEUとトルコとの関係を考える上でEUに新しい制度が必要だろうと考えている[2]

キプロスとフランスはトルコのEU加入交渉に反対し続けている。だが2015年欧州難民危機において多くの難民が欧州に流入し、2016年には2015年よりも状況が悪くなりそうであるためEUとトルコが協調して対応にあたることが必要になっている。(そしてその協調作業は現実的観点から様々な点で実効性に乏しいが、難民問題を解決するために)EUはトルコとの将来的な関係を見直していく必要がある[2]

ヘイグは、トルコをEU準加盟国とし、共通市場として貿易は行うが人の移動は制限すべきとする見解を示している。この場合トルコは「緊密化していく欧州連合」には加わらない[2]

ドナルド・トランプ[編集]

ヘイグは、ドナルド・トランプは畏怖の念を与える候補者だと形容している[3]

トランプは女性を不快にさせる姿勢をとり、しばしば対立候補者を侮辱し、メキシコなど他国に高圧的な態度をとるにもかかわらず、何百万という有権者がトランプに投票している。

トランプは、韓国と日本は米国に頼るのではなく核兵器を保持するべきであり米国はNATOへの支出を止めるべきと述べた。トランプは西洋の安全保障システムの破壊を支持していることになる。だがトランプの政策の支持者らは、米国に気をつかわない国々を防衛するための多額の軍事費を拠出することに辟易している。

ヘイグが外務大臣としてNATOの会合に出席していたとき、米国の将官らが口々に米国の財政負担の大きさを懸念していた。東西冷戦時代にはNATO加盟国の防衛費の6割を米国が負担していたが、(ヘイグが外務大臣時代には)75パーセントにまで上昇していた。トランプへの支持は米国が(軍事財政的)戦略的転換をする初期の兆候かもしれない[3]

トランプのもう一つの主要な政策は貿易についての保護主義だ。

トランプは、中華人民共和国メキシコからの輸入品に関税をかけることや新たな貿易協定を破棄することを望んでいる。これは米国の商品への報復行為、消費者が困るような価格上昇、そして世界経済のさらなる低成長をもたらすだろう。英国にとっても打撃のはずだ。だがトランプの支持者はそのようには考えない。彼らは世界に向けてメッセージを送っているのだ。 米国のような何百万という雇用が作り出されている国でも新しいデジタル経済から阻害され生活水準が停滞している人々がいるということを。

30年にわたる政治経験をもつヘイグは、「有権者がおかしな投票行動をとっている場合、実際には有権者は何かを言いたいのだ」と述べる[3]。もし各国首脳がトランプが支持されている理由を理解できなければ、それら首脳らにとっての大きな過ちとなるだろう。

デービッド・キャメロン[編集]

ヘイグの政権内での仕事仲間の中でも最も理性的な人物がデービッド・キャメロンであるかもしれない。連立政権を維持するという神経を使う仕事への適性、常に野党をなだめて説得し期待以上の合意を得るという能力、そして才能ある新たな人材(特に女性)を受け入れようと保守党をオープンにしたこと。キャメロンのこれらの能力によって保守党は成功し続け、野党から安定した政権与党になった[4]

キャメロンは忍耐強さと理性的な決断を下せる能力を持ちあわせた人物であり、舵取りが難しい時代に英国がそのような人物によって導かれたことは幸運だったと述べている[4]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

公職
先代:
ピーター・マンデルソン
イギリスの旗 イギリス筆頭国務大臣
2010年 - 2015年
次代:
ジョージ・オズボーン
先代:
アンドルー・ランズリー英語版
イギリスの旗 イギリス庶民院院内総務
2014年 -
次代:
(現職)
先代:
デイヴィッド・ミリバンド
イギリスの旗 イギリス外務英連邦大臣
2010年 - 2014年
次代:
フィリップ・ハモンド
先代:
リアム・フォックス
イギリスの旗 イギリス影の外務大臣
2005年 - 2010年
次代:
デイヴィッド・ミリバンド
先代:
ジョン・メージャー
イギリスの旗 イギリス野党第一党党首
1997年 - 2001年
次代:
イアン・ダンカン・スミス
先代:
デイヴィッド・ハント英語版
イギリスの旗 イギリス・ウェールズ大臣
1995年 - 1997年
次代:
ロン・デイヴィス英語版
議会
先代:
レオン・ブリッタン英語版
リッチモンド選出イギリス下院議員
1989年 -
次代:
(現職)
党職
先代:
ジョン・メージャー
保守党党首
第11代:1997年 - 2001年
次代:
イアン・ダンカン・スミス