財務大臣 (イギリス)

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イギリスの旗 イギリス
財務大臣
Chancellor of the Exchequer
Royal Coat of Arms of the United Kingdom (HM Government).svg
担当官庁 大蔵省
任命者 女王エリザベス2世
首相テリーザ・メイの助言に基づく)
初代 ハーヴェイ・デ・スタントン
(イングランドのみ)
創設 1316年6月22日
公式サイト GOV.uk
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財務大臣(ざいむだいじん、英語: Chancellor of the Exchequer)は、イギリスの国政財務に対して責任を負う閣僚であり、大蔵省の長である。他国の財務大臣 (Minister of Finance) の役割に相当する。イギリスの内閣四大大臣座 (Great Offices of State) の一つと見なされており、近時はイギリスの政治において首相に次ぐ政治権力を持つようになった。

今日では、財務大臣は大蔵卿 (Lord High Treasurerの職務を遂行するための大蔵卿委員会 (Lords Commissionersの一員として、常に第二大蔵卿英語版を兼任する。18世紀から19世紀の初めには、首相が下院議員である場合に財務大臣を兼任することが普通であった。首相と財務大臣を同時に務めた最後の例は1923年のスタンリー・ボールドウィンである。かつては、財務大臣の座が空席になった場合には、王座部の首席裁判官 (Lord Chief Justice of the King's Benchが財務大臣臨時代理を務めることとされていた[1]。これに従って財務大臣臨時代理を務めた最後の首席裁判官は1834年のデンマン卿英語版である。

財務大臣はイングランド史英国史の中でも三番目に古い大臣職であり、元々は中世イングランド王室の財務をつかさどった財務府において歳入の確保と会計監査の役割を担っていた。つい最近まで、財務大臣は金融政策財政政策の両方を掌握していたが、1997年にイングランド銀行が独自に金利を設定することを許され、この慣習は終わりを告げた。財務大臣は、他の政府機関の財務も監督している。

現在の財務大臣はフィリップ・ハモンドである。

呼称[編集]

イギリスにおいて、財務大臣はしばしばthe Chancellorと呼ばれるが、同じChancellorの付く役職として、大法官 (Lord Chancellor) やランカスター公領大臣 (Chancellor of the Duchy of Lancaster) などがある(他にドイツの首相にもドイツ語の"Kanzler"にあたる語として使用されている)が、それらは全く別の役職である。

役割と責任[編集]

かつての財務大臣ロバート・ロウ英語版は1870年4月11日に庶民院で財務大臣について次のように説明した:「財務大臣はその職務が大臣を多かれ少なかれ課税装置 (taxing machine) にさせるものであります。彼は、可能な限り公平に分配する大臣の職務であることの、ある程度の苦痛を託されています。」

2010年に商務担当政務次官 (Commercial Secretary to the Treasuryの職が新設され、大蔵首席政務次官 (Chief Secretary to the Treasuryの役割は2015年には軽減された[要出典]

財政政策[編集]

省庁別歳出限度額 (Departmental Expenditure Limits, DELs) を設定するのが大蔵省であることからわかるように、財務大臣は他の政府機関に対してかなりの統制力を有する。これが個々の財務大臣に対して与える権力の量は、大臣個人の力強さ、所属政党内での地位および首相との関係の良さに左右される。1997年に労働党が政権を取ったときに財務大臣となったゴードン・ブラウンは党内で個人的に大きな権力基盤を持っていた。おそらくその結果であろうが、トニー・ブレアが首相在任中の10年間を通してブラウンを財務大臣として任用し続けたことで、ブラウンは並外れて有力な人物になり、1832年改革法の制定以後としては最長となる財務大臣在任期間を記録した[2]。これは政府の大臣の中で明白な第2位の地位を占めるという、財務大臣に対する以前からあった傾向を強化する結果となり、伝統的貴族の外務大臣内務大臣の上位に昇進した。

財務大臣の重要な役割の一つが年間予算枠の策定に関わることである。2017年現在、第一は、秋の予算編成 (Autumn Budgetで、次の会計年度中の政府の支出を予測し、新しい財政上の措置の発表も行う「予算の日」 (Budget Dayとしても知られる。第二は、春の予算演説 (Spring Statementで、補正予算 ("mini-Budget") としても知られる。イギリスの税制年度は依然として古いユリウス暦を使用し続けており、その年末(ユリウス暦の3月24日、グレゴリオ暦の4月5日)で区切る。1993年からは、春の予算案発表に先立ち、秋の予算演説が行われた。これは当時、プレバジェット・レポート (Pre-Budget Report) と呼ばれた。秋の予算演説は通常11月か12月に行われる。1997年、2001年、2002年、2003年、2006年、2007年、2008年、2012年、2016年の予算案の発表は、全て水曜日に庶民院(下院)での演説の中で要約して行われた。

金融政策[編集]

金利の設定はイングランド銀行が担当するようになったが、財務大臣も金融政策構造の中で重要な役割を果たしている。財務大臣は、イングランド銀行がそれを満たす金利を設定しなければならないように、インフレ目標を設定する。1998年イングランド銀行法の下、財務大臣はイングランド銀行の金融政策委員会 (Monetary Policy Committee, MPC) の委員9名のうち4名(いわゆる“外部”委員)を任命する権限を持つ。また、イングランド銀行の総裁および副総裁の任命に関するハイレベルの影響力、ならびにイングランド銀行内から出た残りの2名のMPC委員の任命に関して諮問する権利を持つ[3]。また、同法によれば、極端な状況にあるときの限られた期間内において、政府はイングランド銀行に対して金利に関する指示を与える権限を持つこととされている。しかし、この権限が公式に行使されたことは一度もない。

人事配置[編集]

大蔵省では、財務大臣は4名の下級大臣から成る政治家チームと多くの国家公務員に支えられている。最も重要な下級大臣は内閣の構成員である大蔵首席政務次官 (Chief Secretary to the Treasuryで、政府の支出に関して他の政府機関との折衝の役目を委任されている。他の3名は、主計長官 (Paymaster General、財務担当政務次官 (Financial Secretary to the Treasury、経済担当政務次官 (Economic Secretary to the Treasuryである。さらに別の2名の高官に大蔵担当政務次官 (Secretary to the Treasuryの称号が与えられているが、いずれも大蔵省における政府の大臣ではない。大蔵政務次官 (Parliamentary Secretary to the Treasuryは庶民院における与党院内幹事長 (Chief Whipである。Permanent Secretary to the Treasury(大蔵事務次官)は大臣ではなく、大蔵省の高級官僚たる公務員である。

財務大臣職の座に就いた者は職権により第二大蔵卿 (Second Lord of the Treasuryとなる。第二大蔵卿としての大臣公邸はロンドンの第一大蔵卿官邸(ダウニング街10番地、事実上の首相官邸)の隣のダウニング街11番地英語版にある。過去には両邸は私邸であったのだが、今日ではそれらは連結された官邸として供されている。

財務大臣は枢密院の一員であることが義務付けられており、そうすることで「閣下」 (Right Honourable (Rt. Hon.)の称号が授けられる。貴族院議会法の下、財政法案を通過させることがないので、20世紀初頭以来、財務大臣職は実質的に庶民院議員に限られている。財務大臣は、かつては独立していた役職の王立造幣局局長 (Master of the Mintを自らの従属的な役職として保持する[4]

大臣の一覧[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ Joseph Haydn, Horace Ockerby (ed.): The Book of Dignities, 3rd edition, Part III (Political and Official), p. 164. W.H. Allen & Co., London 1894, reprinted by Firecrest Publishing Ltd, Pancakes, 1969
  2. ^ Gordon Brown: Chancellor of the Exchequer”. Encyclopedia II. Experiencefestival.com. 2012年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年5月2日閲覧。
  3. ^ Monetary Policy | Monetary Policy Committee (MPC) | Framework”. Bank of England (1997年5月6日). 2010年5月2日閲覧。
  4. ^ Owen, James (2012年12月19日). “Sir Isaac Newton – did you know?”. The Royal Mint. 2017年6月6日閲覧。

外部リンク[編集]