マツダ・オートザムレビュー

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レビュー (Autozam Revue)は、マツダ製造販売していた小型乗用車である。

オートザム・レビュー
フロント
Autozam Revue (Japan).jpg
リア
Mazda 121 rear 20071025.jpg
マツダブランドとなった時期のモデル
Mazda Revue 001.JPG
販売期間 1990年1998年
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
エンジン B5-MI型 直4 1.5L 88PS
B3-MI型 直4 1.3L 76PS
駆動方式 FF
変速機 3速AT/4速AT/5速MT
サスペンション (前)マクファーソンストラット式独立懸架
(後)トーションビーム式
全長 3,800 mm (149.6 in)
全幅 1,655 mm (65.2 in)
全高 1,495 mm (58.9 in)
ホイールベース 2,390 mm (94.1 in)
車両重量 860 kg (1,896.0 lb)
-自動車のスペック表-

概要[編集]

1990年平成2年)10月、マツダ5チャンネル化によって誕生したものの、取り扱い車種がスズキOEM軽自動車ランチアのみであったオートザム店に登場した、待望の国産小型車である。デビュー当初はオートザムチャンネルでの販売であったためオートザム・レビューを名乗ったが、モデル末期にはマツダ・レビューへと改称した。

プラットフォームマツダ・DBプラットフォームで、同じくマツダ製のフォード・フェスティバDAの後継にあたる。後にこのフロアパンを元にマツダ・デミオ設計生産されている。

エンジンは1気筒当たり4バルブ化された直列4気筒SOHCのB型1.3 L・76馬力と1.5 L・88馬力の2種類のガソリンエンジンのみで、生産終了まで車体色以外の変更や改良はなかった。

駆動方式は横置きエンジン前輪駆動で、トランスミッションは5速MTと、1.3 L に3速AT、1.5 L に電子制御4速ATが設定されていた。

ボディ形状は4ドアセダンのみで、同じオートザム店の人気車種マツダ・キャロル(2代目)のイメージを踏襲した、丸みを帯びた外観が特徴である。極端に短いトランクを持つスタイルから「2.5ボックスセダン」とも呼ばれていた。また、フォード・フェスティバで人気となっていたキャンバストップが設定され、開口面積が大きく、前後どちらからでも開けられる電動キャンバストップも特徴の一つであった。

1991年(平成3年)の東京モーターショーには、M2がレビューをベースとしたフルゴネットスタイルのコンセプトカー、「M2 1004」を出品している[1]が、商品化はされていない。

日本国内では女性ユーザーを狙いすぎたためか大きな人気を得る事はできなかったが、短い全長の中に、大人4人がゆったりと乗れる居住空間と、スーツケース2個が収まるトランクルームを持つ真面目なセダンであり、その合理的な設計は一部から高い評価を与えられている。

デミオ登場後はオートザム店の合併によりマツダ・レビューに名称変更されて併売されたものの、日本ではファミリアとの兼ね合いもあり、1998年(平成10年)12月に生産が中止された。一代限りのモデルであった。

生産台数:5万7723台


マツダ・121(第三世代)[編集]

海外へは主にヨーロッパオセアニア地域向けに、フォード・フェスティバをマツダブランドに焼き直し好評を博したマツダ・121(第二世代) の後継モデルとして輸出された(第一世代は「マツダ・コスモ(2代目))。

そのスタイルや室内とトランクの広さから人気となり、特にドイツではシトロエン・2CVの再来といわれ、バックオーダーを抱える状態が続いた。121が欧州で品薄となった裏には、価格の高いクセドスブランドやマツダの上級車が輸出の中心であり、輸送費に対する利幅の少ない本モデルの出荷台数を抑えていたことがある。

オーストラリアでも人気を得ており、どちらの市場でも2010年代に入っても中古車市場に数十台が流通している。

1996年、オセアニアではデミオ(DW系)が、ヨーロッパではフォード・フィエスタ(Mark IV)のOEM車が「マツダ・121」の名称を引き継ぐ形でフルモデルチェンジされた。

脚注[編集]

  1. ^ M2 1004 (Japan) - Allcarindex.com(2015年1月15日閲覧)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]