幌別駅

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幌別駅
幌別駅西口(2008年8月)
ほろべつ
Horobetsu
H31 鷲別 (7.7 km)
(5.5 km) 富浦 H29
所在地 北海道登別市幌別町3丁目
北緯42度24分35.43秒 東経141度6分25.82秒 / 北緯42.4098417度 東経141.1071722度 / 42.4098417; 141.1071722座標: 北緯42度24分35.43秒 東経141度6分25.82秒 / 北緯42.4098417度 東経141.1071722度 / 42.4098417; 141.1071722
駅番号 H30
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 室蘭本線
キロ程 86.8 km(長万部起点)
電報略号 ヘツ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
727人/日(降車客含まず)
-2012年度-
開業年月日 1892年明治25年)8月1日
備考 業務委託駅
みどりの窓口 あり
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幌別駅(ほろべつえき)は、北海道登別市幌別町3丁目20にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線である。駅番号H30電報略号ヘツ。 駅名の由来はアイヌ語の「ポロ・ペツ(大きい川)」から。

優等列車はL特急すずらん」が停車する。

歴史

1976年の幌別駅と周囲約750m範囲。左下が室蘭方面。右上山側に脹らんで本線と並行に北東へ向かうのが北海道曹達幌別工場専用線。この専用線からはコンクリート工場や木工場への側線も枝分かれしていた。当駅のホームは構内室蘭側に寄っている。また西口は鉱山鉄道の敷地が撤去されてすっかり再開発されており、西口広場から左へ斜めに向かう道路に痕跡を残すだけとなっている。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

駅構造

単式島式混合2面3線の地上駅である。配線の関係上、列車の待避は下りのみ可能となっている。大きな橋上駅舎を持っている。

業務委託駅北海道ジェイ・アール・サービスネット、早朝夜間駅員不在)。みどりの窓口設置(営業時間6時55分 - 18時25分)。

利用状況

  • 2012年度の1日平均乗車人員は727人である。
乗車人員推移
年度 1日平均人数
2008 663
2009 698
2010 712
2011 739
2012 727

駅周辺

登別市役所をはじめ同市の中心的施設が付近に立地する。

西口

 

東口

隣の駅

北海道旅客鉄道(JR北海道)
室蘭本線
鷲別駅 (H31) - 幌別駅 (H30) - 富浦駅 (H29)

脚注

  1. ^ 北海道炭礦鉄道会社 第十回営業報告。
  2. ^ 市史ふるさと登別 上巻 昭和60年発行。旧位置は現在地より登別駅寄りの現・幌別町5丁目20辺りであった。鉄道局年報では幌別・輪西間が明治34年7M77Cから同35年7M36Cへ41C(約800m)の移動となっている。市街地から離れていたので不便を感じていた市民有志から、明治32年の火災を機に移転の要請が北海道炭礦鉄道に出されていた。
  3. ^ 市史ふるさと登別 上巻及び資料編 昭和60年発行より。1909年(明治42年)に旭坑までの14.2kmに延長。後に小田良治は隣接する硫黄鉱山も買収して北海道硫黄(株)を設立し、幌別鉱山をその傘下とした。
  4. ^ 市史ふるさと登別 上巻 昭和60年発行によると、5t蒸気機関車1台、6t蒸気機関車1台、6tガソリン機関車1台の計3台運用。
  5. ^ 昭和26年版~58年版 全国専用線一覧。総延長3.7km。
  6. ^ 胆振線久保内駅へ索道を介したトラック輸送に切り替えられたため。
  7. ^ 市史ふるさと登別 上巻より。一方、国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの1948年や1953年の米軍撮影航空写真 USA-R249-36/USA-M228-72では、既に跨線橋が西口まで伸び、建家も確認できる。
  8. ^ “リハビリ科を新設 登別記念病院 19日に診療開始”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2004年1月16日)

関連項目