室蘭駅

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室蘭駅
室蘭駅舎(2005年10月)
室蘭駅舎(2005年10月)
むろらん - Muroran
◄M35 母恋 (1.1km)
所在地 北海道室蘭市中央町4丁目
駅番号 M36
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 室蘭本線
キロ程 7.0km(東室蘭起点)
電報略号 ムロ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
573人/日(降車客含まず)
-2009年度-
開業年月日 1897年明治30年)7月1日
備考 業務委託駅
みどりの窓口 有

室蘭駅(むろらんえき)は、北海道室蘭市中央町4丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線で、室蘭支線の終着駅である。駅番号M36電報略号ムロ

目次

[編集] 駅構造

[編集] 駅周辺

かつては付近に丸井今井室蘭店があり、賑わっていたが、その後東室蘭に移転し、市街地の中心も東室蘭地区に移った(丸井今井室蘭店は現在閉店)。

[編集] 行政・公共施設等

[編集] 商業施設

[編集] 観光・交通

[編集] 利用状況

2009年度の1日平均乗車人数は573人である。

[編集] 歴史

旧室蘭駅舎(2005年10月)
  • 1891年明治24年)2月 - 北海道炭礦鉄道がエトスケレップ[2]に仮桟橋400m設置。鉄道機材陸揚。[3]
  • 1892年(明治25年)
    • 上期 - エトスケレップ仮桟橋を長さ657m、最大幅12mの正規桟橋に整備。[3]
    • 8月1日 - 北海道炭礦鉄道室蘭線の初代・室蘭駅が輪西村字ベシホッケ(現・室蘭市仲町)に開業。同時に現・御崎駅に近い位置に海運用の貨物駅が設置される[4][5]。近傍海面の埋立整備と新桟橋建設を計画するが、海軍から鎮守府予定区域の理由により却下される。[3][6]
  • - 移転地域の運用ができるまで、エトスケレップ桟橋と移転地域に作られた仮桟橋を使用して石炭船積みを行う。[3]
  • 1893年(明治26年)10月1日 - 日本郵船が青森-函館-室蘭の3港連絡定期航路開設。(一応船車連帯輸送ではあったが、連絡船用の艀桟橋は海岸町にあったので、輪西の初代・室蘭駅までは徒歩や馬車での移動で時間や手間がかかり不便であった。)
  • 1897年(明治30年)7月1日 - 2代目・室蘭駅移転開業。仏坂下に停車場及び駅舎(初代駅舎)が置かれる。これまでの初代・室蘭駅は輪西駅(移転前の現・東室蘭駅の事で、後にほぼ同位置に現・輪西駅が開設)に改称。[3]
  •  ? - 海岸町へ移転前に室蘭機関庫が設置される。それまでは輪西駅の設備を流用[7]
  • 1903年(明治36年) - 同構内の海岸町に貨物駅が置かれ、仏坂下の2代目・室蘭駅が旅客駅となる。
  • 1904年(明治37年)
    • 2月1日 - 同構内の海岸町に駅付属の船車連絡待合所が設置。乗船切符発売など、日本郵船の連絡船との連帯輸送強化を図る。
    • 7月20日 - 同構内の海岸町の貨物駅手前に旅客ホーム及び駅舎移転(2代目駅舎)。改キロ[8]
  • 1906年(明治39年)
    • 10月1日 - 北海道炭礦鉄道が国有化国有鉄道に移管。
    • - 1904年の函館-小樽間鉄道開通により運用上のメリットが薄れたため3港連絡定期航路をやめて青森-室蘭定期航路に変更。
  • 1911年(明治44年)11月 - 石炭船積用の高架桟橋(長さ579m、満潮水面高19m、幅上部17m)設置。[3][9]
  • 1912年大正元年) - 海岸町内で駅舎移転新築(現在の旧室蘭駅舎・3代目駅舎)。
  • 1913年(大正2年)6月2日 - 室蘭機関庫設置(北海道鉄道管理局の事務上制定)。
  • 1914年(大正3年)11月 - 扇形機関庫新設。
  • 1915年(大正4年)4月1日 - 青蘭定期航路から日本郵船が撤退し、室蘭有志の陳情により北日本汽船会社の運用に変更。(なお、駅付属の船車連絡待合所は後に民間に売却され、1928年(昭和3年)に道路を隔てた向かい側に移転した。また、鉄道院は自前の青函航路の連帯輸送を優先させ、青蘭航路の連帯輸送に制限を加えた。[10]
  • 1934年昭和9年)12月7日 - 第1期水陸連絡設備工事竣工。陸上高架桟橋、1号・2号貯炭場、トランスポーター(橋形クレーン)、ローダー等石炭船積設備設置。[11]
  • 1936年(昭和11年)2月 - 高架桟橋撤去。[3]
  • 1950年(昭和25年)2月10日 - 室蘭客貨車区設置。
  • 1959年(昭和34年)3月31日 - 第2期水陸連絡設備工事竣工。高架桟橋跡にドルフィン及び3号貯炭場設置。[11]
  • 1960年(昭和35年)5月10日 - 当駅 - 西室蘭間の貨物支線開業。
  • 1977年(昭和52年)7月22日 - 貨物取扱い廃止。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 3代目駅舎改修。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 当駅 - 西室蘭間の貨物支線廃止荷物取扱い廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道に継承。
  • 1997年平成9年)10月1日 - 駅舎を1.1km東側の現在地(初代駅舎の置かれていた位置とほぼ同じ位置)に移転新築(4代目)。旧駅舎は室蘭市に譲渡され多目的ホールとなる。
  • 1999年(平成11年)7月 - 旧駅舎が登録有形文化財に指定。
  • 2001年(平成13年)4月1日 - 駅業務を「日交観北海道」(現・北海道ジェイ・アール・サービスネット)に委託。
  • 2008年(平成20年)4月30日 - キヨスクが閉店。
  • 2010年(平成22年)10月 - 旧駅舎が準鉄道記念物に指定。

[編集] 隣の駅

北海道旅客鉄道
室蘭本線
母恋駅 (M35) - 室蘭駅 (M36)

[編集] 写真集

[編集] 脚注

  1. ^ 同支店は、元は輪西駅近隣に所在した旧輪西支店だが、室蘭支店旧所在地にブランチインブランチで移転し、その後室蘭支店が東室蘭地区に移転し単独店舗となったため、現店舗名に変更。
  2. ^ 北海南門之鎖鑰(明治27年)室蘭大観(明治42年)等ではイトツケレップとしているが、ここでは北海道炭礦汽船70年史、北海道鉄道百年史の記述に従う。
  3. ^ a b c d e f g 北海道炭礦汽船70年史 昭和33年発行
  4. ^ 新室蘭市史 第3巻 P118、「室蘭港實地繪圖」川瀬善一編著 明治25年10月発行等
  5. ^ 海軍省から軍港指定を受ける以前の明治21年に、北海道庁から派遣されたイギリス人の港湾技師C.S.メイクにより、①要求されている年間最低60万トンの石炭搬出のためには非常に大規模な設備を要するため、市街地ではその土地を求めるのが困難であること。②市街にまっすぐ向かうには2つのトンネルが必要となり、その費用が節約できること。以上から「エトスケレップとして知られている岬の近くで鉄道を終点とするのが鉄道技師の意向であるように思われます。」と上申しており、加えて北海道炭礦鉄道は運炭が主業務であり旅客扱いは「副次的」(北海道炭礦汽船70年史)であったことから、エトスケレップに室蘭駅を設けたのは、軍港指定により変更したのではなく当初からの計画であった。
  6. ^ 後に室蘭に鎮守府を置く計画は廃止された。
  7. ^ 外部リンク:「明治30年5月15日 北海道炭鉱鉄道株式会社室蘭延長線の内室蘭停車場等を仮に建設し運輸営業開始の件」P9 文中但し書き参照。一方、新室蘭市史 第3巻では2代目開業と同時と記述。
  8. ^ 輪西-室蘭間 2M45Cから2M71Cへマイル改程(約+0.52km)。 鉄道局年報 明治36年度および明治37年度より。
  9. ^ 沿線炭礦要覧 札幌鉄道局 昭和12年発行
  10. ^ 新室蘭市史 第2巻 昭和58年発行 P434
  11. ^ a b 札幌工事局70年史 昭和52年発行

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

御崎の桟橋 明治 初代室蘭駅から伸びていた北海道炭礦鉄道の石炭積出用桟橋で、右の島の名前からエトスケレップ桟橋と呼ばれていた。鉄道国有化後には北海道炭礦汽船所有の自社石炭船積埠頭として使用され、系列会社の日本製鋼所も利用した。
海岸町の駅舎(2代目)と駅前(移転改築前)明治 右は船車連絡待合所。
同上(上方より俯瞰)明治
室蘭駅構内(扇形車庫建設前)明治 中央左手正面が移築前の室蘭駅駅舎とカーブ状のホーム、その右の黒い建屋が貨物駅。旧機関車庫は右手平屋、手前に炭水所と転車台が設置されている。初代の駅舎とホームは、仏坂トンネルに近いこの炭水所の位置に置かれていた。
海岸町の駅舎(3代目)と駅前(移転改築後)大正 西室蘭へ貨物線を延伸するために、駅前通りに正対するように直されている。
扇形車庫建設中 大正初頭
高架桟橋建設中 明治末
高架桟橋 大正
室蘭駅構内貯炭場と繋船岸壁及び橋形クレーンとそれに重なって正面奥に高架桟橋 昭和10年頃
室蘭駅構内 昭和初期
西室蘭方面の倉庫に伸びる貨物線 大正 右は主に木材を扱っていた駅舎裏手の拓殖(拓計)埠頭で、後の中央埠頭。


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