第4代総選挙 (大韓民国)

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第四代総選
Seoul Metropolitan Council1.JPG
1975年まで国会議事堂庁舎として使用されていた建物(1935年京城府民館として建設)。現在はソウル特別市議会の議会庁舎として使用。
各種表記
ハングル 제4대 총선
漢字 第四代總選
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第4代総選挙(だい4だいそうせんきょ)は、第一共和国時代の韓国民議院(下院)を構成する国会議員を選出するため1958年5月2日に行なわれた国政選挙である。韓国では「第○回」ではなく、「第○代」として選挙の回数を数え、名称も「総選挙」(총선거)ではなく、「総選」(총선)と呼ぶのが一般的である。

基礎データ[編集]

選挙が行なわれる5ヶ月前の1月に改正された所謂「協商選挙法」(与党自由党と野党民主党の合意に基づいて作られたことからつけられた名称)に基づいて行われた。協商選挙法の主な内容は次の通りである。①民議院は小選挙区制に、参議院は中選挙区とする。②選挙委員会は与野党代表の同党比例で構成する。③立候補供託金制を実施し、候補者乱立を抑制するために有効投票の6分の1を獲得できなかった候補は供託金を没収する。④選挙運動と選挙費用を抑制する選挙公営制を採用。⑤選挙期間中の偏向報道を規制。

自由党による不正選挙[編集]

総選挙の2年前に行われた1956年5月の大統領選挙では、副大統領に野党民主党の張勉候補が当選する事態となっていた。しかし、大統領の継承権の2番目は副大統領のため、与党自由党としては野党が副大統領を握っていることは我慢ならないことであった。そのため、自由党は国会で憲法改正に必要な3分の2の議席を確保し、憲法改正を行なって大統領継承権を削除するため、第4代総選挙では様々な不正選挙が横行することになった。

不正選挙の手口[編集]

自由党候補を無投票当選させるために野党候補の登録を徹底的に妨害。その結果自由党の無投票当選者は9名にも達した。また、警察による選挙への干渉も前代の総選挙よりまして横行し、良心ある一部の警察官が辞表を提出して、選挙不正の指令を世間に暴露しただけでなく、上司を告発する事件にも及ぶ事態となった。前回選挙までは見られなかった史上初の選挙不正の技術が登場したが、以下にそれを記述する

  1. 「ピアノ式開票」
    投票箱から票を出して票数を計算する時、票読みする事務員が指先に印肉をつけて(韓国の選挙における投票は印肉で投票用紙に印刷された立候補者名の下に○をつける記号式)、野党候補者の票読みをする時に限り、巧みに投票用紙の他の立候補者の名前の下にピアノのキーを叩くようにあちらこちらに朱肉をつけて野党候補の有効得票を無効にする。
  2. 「リレー式投票」
    最初に投票所に入った人が、自由党立候補者に○印をつけた投票用紙を、投票箱に入れず、2番目の投票者に渡し、それを受け取った人は投票所に入って、自分の投票用紙に自由党候補者の記票をして、一番目の人からもらった投票用紙を投票箱に入れると同時に、次の人に記入済みの自分の投票用紙を渡す、と言うことを何回も繰り返して自由党候補へ投票したことをリレーで確認しつつ行なう投票方法
  3. 「フクロウ式夜間開票」
    開票途中、野党候補者の票数が自由党候補を上回り始めた、またはその気配が見えた場合に、わざと開票所の照明を切って停電騒ぎを起こして、フクロウのように暗闇の中で自由党候補の票数を勝手に増やす方法

選挙結果[編集]

大政党に有利に作られた協商選挙法が作用したこともあって、自由党と民主党が圧倒的な議席数を収め、無所属と群小政党が敗北する結果となった。与党・自由党による不正選挙が横行し、野党民主党にとっては圧倒的に不利な中で選挙を戦ったが、都市部を中心に躍進し、憲法改正を阻止するために必要な3分の1議席を確保することが出来た。

総投票者数:8,923,905名
有効票数:8,573,292票
第4代総選挙党派別議席数と得票
党派 議席数 得票数
自由党자유당 126 54.1 3,607,092 42.1
民主党민주당 76 33.9 2,914,049 34.2
統一党통일당 1 0.4 53,716 0.6
国民会(국민회 0 0.0 50,568 0.6
その他(기타 0 0.0 90,160 1.1
無所属무소속 27 11.6 1,857,707 21.5
合計 233 8,573,292
出所金浩鎮著・李健雨訳『韓国政治の研究』(三一書房)236頁の"<表8-2>第3・4代国会議員総選挙"。投票率、総投票者数、有効票数は韓国中央選挙管理委員会の「歴代選挙情報システム」から。
女性当選者3人(自由党2人、民主党1人)比率1.3%。出所:春木育美『現代韓国と女性』(新幹社)の138頁と166頁の“表5-1 歴代女性国会議員数”
当選者地域別分布
市・道 合計 自由党 民主党 統一党 無所属
ソウル市 16 1 14 0 1
京畿道 25 14 8 0 3
忠清北道 13 8 4 0 1
忠清南道 22 15 6 0 1
全羅北道 24 10 11 0 3
全羅南道 32 18 10 1 3
慶尚北道 38 24 8 0 6
慶尚南道 40 20 15 0 5
江原道  20 15 2 0 3
済州道 3 1 1 0 1
合計 233 126 79 1 27
出所:“()各種統計 ②政黨團體別議員候補者數當選者數對比一覧、(韓国)中央選擧管理委員會編『大韓民國選擧史』(中央選擧管理委員會)802頁”を元に作成した。

ソウル市は当時は16の選挙区があったが、自由党が獲得した議席は西大門乙区の崔奎南のみで、東大門区の与党系無所属の閔寛植を除いた残りの14選挙区は全て野党・民主党が占めた。またソウル市以外でも大邱市6選挙区中3選挙区、釜山市では10選挙区中7選挙区で民主党が勝利し、都市部では民主党が優位に立った。このように農村部では与党支持が、都市部では野党支持が顕著に表れる「与村野都」現象がこの選挙で出現したが、これ以降の国会議員選挙でも例外を除き同じような傾向が見られた。

参考文献[編集]

  • 国史編纂委員会 金容権編著『朝鮮韓国金現代史』日本評論社
  • 尹景徹著『分断後の韓国政治-1945~1986-』木鐸社
  • 中央選擧管理委員會編『大韓民國選擧史』中央選擧管理委員會

関連項目[編集]

外部リンク[編集]