南原市

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全羅北道 南原市
位置
Map Namwon-si.png
各種表記
ハングル: 남원시
漢字: 南原市
片仮名転写: ナムウォン=シ
ローマ字転写 (RR): Namwon-si
統計
面積: 752.12 km²
総人口: 104,198(2002年) 人
行政
国: 韓国の旗 大韓民国
上位自治体: 全羅北道
下位行政区画: 1邑15面9洞
行政区域分類コード: 35050
南原市の木: サルスベリ
南原市の花: クロフネツツジ
南原市の鳥: スズメ
自治体公式サイト: 南原市

南原市(ナムウォンし、ナモンし,なんげんし)は大韓民国全羅北道の南東部にある市である。東は慶尚南道に、南は全羅南道に接する。小白山脈の西側の高原地帯に開けた盆地の町で、蓼川(ヨチョン)に沿って広がり、市街のすぐ北には蛟竜山(キョリョンサン)がそびえている。また智異山(チリサン)への玄関口でもある。古くから要害の地として城郭や都市が置かれてきたほか、春香伝の舞台としても知られる。

目次

[編集] 歴史

蛟竜山城(南原山城)
南原市の遠景

この地は百済の古龍郡に属していた。市の北に残る蛟竜山城(南原山城)は百済の時代に山の上に設けられた城跡で、高さ6mの城壁が3km以上にわたって山中を廻っている。百済が滅ぼされた後の685年統一新羅神文王は南原に副都・五小京の一つである南原小京を築き、百済の故地支配の拠点のひとつとした。以後この地方の中心として栄え、高麗時代の寺院・万福寺の跡や、朝鮮王朝時代の1419年に建てられた楼閣・広寒楼などが今日に残っている。また倭寇史上最大の戦場となった。

1597年に起こった慶長の役(丁酉再乱)の際には、南原城は宇喜多秀家率いる日本の左軍と・朝鮮連合軍の戦い(南原城の戦い)の舞台となった。8月13日から8月16日までの間、3,300人の明・朝鮮連合軍と6,000人の民衆が籠城して56,000人の宇喜多軍と戦ったが、南原城は陥落し中にいた兵や民は殺された。この際の犠牲者の位牌を祀る万人義塚が南原の北に残っている。現在の広寒楼は17世紀の再建である。

南原は、朝鮮八道制のもとでは全羅道に属し南原都護府が置かれ、1895年からの短期間施行された二十三府制においては南原府の中心地となり、十三道制の施行で全羅南道の一部となった。1931年11月1日、南原郡南原面(村)は南原邑(町)に昇格、1981年7月1日に南原邑は南原市に昇格して郡から分離、1994年12月26日には南原郡と南原市が統合されて現在に至っている。また1995年1月1日、旧南原郡の雲峰面が雲峰邑に昇格している。

[編集] 南原市

  • 1981年7月1日 - 南原郡南原邑が市制施行し、南原市となる。
  • 1983年2月15日 - 南原郡朱川面の一部を編入。
  • 1995年1月1日 - 南原市・南原郡が合併し、南原市が発足。(16面)
  • 1995年3月2日 - 雲峰面が雲峰邑に昇格。(1邑15面)
  • 1998年5月1日 - 東面が引月面に改称。(1邑15面)

[編集] 南原郡

  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、南原郡・雲峰郡および全羅南道昌平郡の一部(立面の一部)が合併し、南原郡が発足。南原郡に以下の面が成立。(19面)
    • 南原面・二百面・朱川面・黒松面・周生面・大山面・帯江面・巳梅面・徳果面・宝節面・王峙面・金池面・山東面・水旨面・豆洞面・雲峰面・阿英面・山内面・東面
  • 1931年11月1日 - 南原面が南原邑に昇格。(1邑18面)
  • 1935年3月1日 (1邑17面)
    • 大山面の一部が淳昌郡東界面に編入。
    • 南原邑の一部が大山面に編入。
    • 朱川面の一部が南原邑に編入。
    • 黒松面および豆洞面の一部が合併し、松洞面が発足。
    • 豆洞面の残部が金池面に編入。
  • 1956年7月8日 - 王峙面が南原邑に編入。(1邑16面)
  • 1981年7月1日 - 南原邑が市制施行し、南原市となり、郡より離脱。(16面)
  • 1983年2月15日 (16面)
    • 朱川面の一部が南原市に編入。
    • 徳果面の一部が任実郡屯南面に編入。
  • 1995年1月1日 - 南原郡が南原市と合併し、南原市が発足。南原郡消滅。

[編集] 地理

南原市の郊外

南原は、東は小白山脈、西は富興山脈に囲まれた盆地で、東南には高い峰々が連なる智異山国立公園がある。平野に街や農地が広がり、蓼川などの河川が流れている。これらの河川は、南へ流れ東シナ海に注ぐ蟾津江(ソムジンガン)の支流である。盆地の周囲は雲峰邑を中心に高原地帯となっている。

南原市は、西は任実郡淳昌郡、北は長水郡、東は慶尚南道咸陽郡と同河東郡、南は全羅南道谷城郡と同求礼郡に接する。

[編集] 気候

年平均気温は12.3度で、山岳地帯の盆地にあるため季節ごとの気温差は大きく、1月の平均気温は-1.4度に下がり、8月の平均気温は25.2度になる。また降水量は1380.4mmと多い。

  • 最高気温極値37.5℃(1990年7月29日)
  • 最低気温極値-21.9℃(1994年1月24日)
南原 (1981−2010)の気候資料
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 5.0
(41)
8.2
(46.8)
13.2
(55.8)
19.9
(67.8)
24.6
(76.3)
27.9
(82.2)
29.9
(85.8)
30.6
(87.1)
27.3
(81.1)
21.9
(71.4)
14.5
(58.1)
7.4
(45.3)
19.2
(66.6)
日平均気温 °C (°F) −1.4
(29.5)
1.0
(33.8)
5.6
(42.1)
11.9
(53.4)
17.4
(63.3)
22.0
(71.6)
25.0
(77)
25.2
(77.4)
20.6
(69.1)
13.4
(56.1)
6.5
(43.7)
0.4
(32.7)
12.3
(54.1)
平均最低気温 °C (°F) −6.8
(19.8)
−5.2
(22.6)
−1.3
(29.7)
4.0
(39.2)
10.4
(50.7)
16.7
(62.1)
21.1
(70)
21.1
(70)
15.2
(59.4)
6.6
(43.9)
0.2
(32.4)
−5.2
(22.6)
6.4
(43.5)
降水量 mm (inches) 31.2
(1.228)
41.0
(1.614)
52.5
(2.067)
71.5
(2.815)
111.0
(4.37)
176.7
(6.957)
298.9
(11.768)
346.1
(13.626)
137.0
(5.394)
46.3
(1.823)
42.8
(1.685)
25.4
(1)
1,380.4
(54.346)
湿度 71.9 67.5 64.8 62.1 66.6 72.5 79.1 78.8 75.6 73.9 73.4 74.2 71.7
平均降水日数 (≥ 0.1 mm) 8.4 7.1 8.3 7.7 8.9 9.8 14.9 15.5 8.4 5.9 7.1 7.3 109.3
日照時間 157.5 175.0 203.0 222.1 223.5 182.9 159.0 176.4 181.2 197.6 162.7 156.0 2,199.3
出典: Korea Meteorological Administration [1]

[編集] 交通

南原市街地

[編集] 鉄道

  • 全羅線
    • 高規格化が進められており、市街中心にあった南原駅は郊外の新線上に移転した。

[編集] 高速道路

[編集] 行事・名所など

南原市の郊外
万福寺址
高麗時代、1046年から1083年にかけて築かれた仏教寺院の跡。
実相寺
新羅時代、828年に築かれた禅寺。文禄・慶長の役で焼失したが再建、新羅時代の石塔などがある。
広寒楼園
市街の南に接する、『春香伝』の舞台となった広寒楼を中心とした庭園。月の国の宮殿にちなんだ広寒楼、湖や橋があり中国の東に浮かぶ三神山をかたどった庭園、湖の上に建つ楼閣・完月庭、春香をまつる春香舎堂などがある。
南原観光団地
広寒楼園とは蓼川を挟んで南側に位置する公園。パンソリ公演を行い資料研究や保存を行う国立民俗国楽院のほか、春香伝をテーマにした観光施設や広場、噴水などがある。
パンソリと春香伝
韓国の伝統芸能・パンソリが盛んな土地であり、全羅道東部に伝わる流派・東便制(トンピョンジェ)が伝承されている。また『春香伝』、『興夫伝』などの演目の舞台でもある。『春香伝』にちなんだ観光イベント・「南原春香祭」が5月に全市を挙げて開催される。

[編集] 姉妹都市

[編集] 脚注

  1. ^ 평년값자료(1981−2010) 남원(247)”. Korea Meteorological Administration. 2011年5月2日閲覧。

[編集] 外部サイト

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