珍島郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
全羅南道 珍島郡
位置
珍島郡の地図
各種表記
ハングル: 진도군
漢字: 珍島郡
片仮名転写: チンド=グン
ローマ字転写 (RR): Jindo-gun
統計
面積: 430.8 km²
総人口: 35,206人(2007年12月) 人
行政
国: 韓国の旗 大韓民国
上位自治体: 全羅南道
下位行政区画: 1邑6面
行政区域分類コード: ?
珍島郡の木: ホオノキ
珍島郡の花: ツバキ
珍島郡の鳥: ハクチョウ
自治体公式サイト: 珍島郡

珍島郡(チンドぐん)は、大韓民国全羅南道西南部の郡。

珍島とその周辺の島々から構成される。観光地として知られ、国内外から多くの観光客を集める。珍島で産する珍島犬は韓国の天然記念物に指定され、郡のマスコットキャラクターに採用されている。

地理[編集]

珍島本島(体島)を含め、郡域には計230(有人島45、無人島185)の島がある。

本島の西南約10kmには上鳥島下鳥島があり、さらにその近辺に観梅島大馬島東巨次島西巨次島孟骨島屏風島独巨島をはじめ小さな島々が散在している。上下鳥島一帯の海域は多島海海上国立公園に指定されている。本島の西北約5kmにある加沙島(5.85km²)は400名近くが住む大きな島で、漁業が営まれている。

郡域の東には海を隔てて海南郡があり、珍島の東北端で本土と最も近接する部分が鳴梁海峡である。ここに珍島大橋がかけられ、郡域と本土との唯一の陸上交通路となっている。北方には新安郡所属の島々が広がっている。

歴史[編集]

本郡域には支石墓が多く残されており、先史時代から人々が暮らしていたことが窺える。西海(黄海)と南海(東シナ海朝鮮海峡)の境に位置する海上の要衝として、いくたびか戦場となった。

1980年には8万3300人が住んでいたが、30年を経て人口は半分以下に減少している。とくに1980年代後半の5年間では人口の3分の1(約1万8000人)の流出が見られた。現在もこの減少傾向は止まっていない。

年表[編集]

珍島本島、2013年4月
  • 百済時代 -「因珍島郡」と称された。
  • 新羅時代 - 武珍州に属し珍島県が置かれた。
  • 940年 - 高麗王朝により珍島郡が設置される。
  • 1270年 - 三別抄が珍島に本拠を置き、モンゴルに抗戦。
  • 1350年 - 倭寇の侵入を受け、郡民は本土に避難。高麗王朝は島を放棄。
  • 1437年 - 朝鮮王朝が珍島郡を再設置。
  • 1597年 - 珍島と本土との間の鳴梁海峡で鳴梁海戦が行われる。
  • 1895年 - 地方制度改革により、本土の一部を含む17面を管轄する郡となる。
  • 1906年 - 本土の命山面が霊岩郡に編入、三寸面が海南郡に編入。
  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、珍島郡の一部(都草面)が務安郡に編入。珍島郡に以下の面が成立(7面)。
    • 府内面・古郡面・郡内面・義新面・臨淮面・智山面・鳥島面
  • 時期不明 - 府内面が珍島面に改称(7面)。
  • 1963年1月1日 - 鳥島面の一部(馬津島里)が務安郡長山面に編入(7面)。
  • 1973年7月1日 - 郡内面の一部が珍島面に編入(7面)。
  • 1979年5月1日 - 珍島面が珍島邑に昇格(1邑6面)。
  • 1983年2月15日(1邑6面)
    • 鳥島面の一部(加沙島里の高沙島・平沙島・松島)が新安郡新衣面に編入。
    • 鳥島面の一部(晩才島里)が新安郡黒山面に編入。
  • 1984年10月 - 珍島大橋開通。
  • 1987年1月1日 - 臨淮面の一部が珍島邑に編入(1邑6面)。
  • 1990年 - 新安郡長山面の一部(小楮島・作島・松島・骨島・戯魚島)が珍島邑に編入(1邑6面)。
  • 2014年4月16日 - 鳥島面観梅島沖でフェリー転覆事故が発生。

行政[編集]

珍島郡の行政区画図

郡庁舎は珍島中央部の珍島邑城内里に所在する。郡守は朴連洙(パク・ヨンス/박연수)。

1邑6面がある。珍島本島にはこのうち1邑5面が置かれており、下鳥島に面事務所がある鳥島面は加沙島など離島部を管轄する。

珍島邑
郡内面 古郡面 義新面 臨淮面 智山面 鳥島面

警察[編集]

消防[編集]

産業[編集]

主要産業は観光と漁業である。

交通[編集]

道路[編集]

鳴梁海峡に架かる珍島大橋が、珍島と本土とを結ぶ唯一の陸上交通路である。

  • 国道18号線
  • 珍島大橋
全長484m。1984年10月18日竣工。

港湾[編集]

珍島からは周辺の島嶼への遊覧船が発着している。

  • 碧波港

特産物[編集]

珍島犬は珍島のシンボルの一つ

珍島犬・珍島枸杞子(クコ)・珍島藿(岩ワカメ)を「珍島三宝」、珍島民謡・珍島書画・珍島紅酒芝草酒)を「珍島三楽」と称するという。

観光[編集]

5月の大潮の日に、珍島東南部の回洞里(フェドンリ)とその沖の茅島(茅島里/モドリ)の間に2.8kmの砂洲があらわれる。日本では天童よしみの歌曲『珍島物語』で有名になった。国内外から多くの観光客が集まる。
郡の西南海上に広がる島々と珍島の一部(南桃石城周辺)が指定されている。奇岩列石の島々には遊覧船が巡っている。
  • 金骨山
標高193mの奇岩の山。
  • 佳界海水浴場
  • 双渓寺
  • 珍島郷校
  • 南桃石城

施設[編集]

  • 国立南道国楽院
アリランの一種・珍島アリランなど、多くの民謡が伝わる場所としても知られる。
  • 小痴記念館
朝鮮王朝後期の南画家・許錬(小痴)を記念する。雲林山房もある。珍島はほかにも画家や書家を多数輩出しており、島内にはかれらの記念館が点在する。
  • 珍島歴史展示館

姉妹区[編集]

韓国国内

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯34度28分59秒 東経126度15分43秒 / 北緯34.48306度 東経126.26194度 / 34.48306; 126.26194