東郷和彦
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東郷 和彦(とうごう かずひこ、1945年1月10日 - )は日本の外交官である。元外務省欧亜局長・元駐オランダ大使。京都産業大学法学部客員教授。
祖父の東郷茂徳、父の東郷文彦とともに親子三代で外交官を務めた。元ワシントンポスト記者の東郷茂彦は双子の兄にあたる。
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[編集] 概略
疎開先の長野県軽井沢町にて生まれる。日比谷高校を経て、1968年、東京大学教養学部を卒業、1968年外務省に入省。同期には槙田邦彦アジア大洋州局長、岡本行夫、榎泰邦インド・南ア大使など。駐ロシア公使・条約局長・欧亜局長・駐オランダ特命全権大使などを歴任。
外務省に強い影響力のあった鈴木宗男との深いパイプを持っていた。このため、田中真紀子外相時代に駐オランダ大使着任を一時保留され、さらに鈴木が失脚した2002年に駐オランダ大使から更迭の末、依願の形式での退職を拒否し免職処分を受けることとなる。また「ロシアンスクール」に属していた為、一期上の次官争いのライバルであった竹内行夫(のち野上義二のあとに次官就任)ら「アメリカンスクール」との確執も取りざたされた。丹波實 - 東郷和彦ラインの「ロシアンスクール」が一掃されたことが、例えば2006年8月に起きた漁船・第31吉進丸が、北方四島海域でロシア国境警備局に拿捕され、乗組員のうち1人が銃撃を受け死亡した事件などでの日露交渉を担う実質的な人材が払底している原因となっているとも言われている。
退官後はライデン大学・プリンストン大学・淡江大学(台湾)などで客員研究員となり、現在はカリフォルニア大学サンタバーバラ校客員教授。外務省在任中は北方領土返還の取り纏めが実現に漕ぎ着けそうになった段階で、田中真紀子外相の登場で頓挫を余儀なくされたことも指摘している。一方で鈴木同様、歯舞・色丹の2島先行返還論者として批判もされている。
2009年現在、京都産業大学法学部客員教授。
[編集] 著書
[編集] 単著
- 『日露新時代への助走――打開の鍵を求めて』 (サイマル出版、1993年)ISBN 4377309617
- Japan's Foreign Policy, 1945-2003: the Quest for a Proactive Policy, (Brill, 2005).
- 『北方領土交渉秘録――失われた五度の機会』 (新潮社、2007年)ISBN 4103047712
- 『歴史と外交 靖国・アジア・東京裁判』 (講談社現代新書、2008年)ISBN 978-4-06-287971-2
[編集] 共編著
- Russian Strategic Thought toward Asia, co-edited with Gilbert Rozman and Joseph P. Ferguson, (Palgrave Macmillan, 2006).
- Japanese Strategic Thought toward Asia, co-edited with Gilbert Rozman and Joseph P. Ferguson, (Palgrave Macmillan, 2007).
- East Asia's Haunted Present: Historical Memories and the Resurgence of Nationalism, co-edited with Tsuyoshi Hasegawa, (Praeger Security International, 2008).
[編集] 関連人物
[編集] 関連項目
[編集] 外部サイト
- 東郷和彦オフィシャルサイト(著作や経歴の紹介)

