レイジョン・ロンド
| レイジョン・ロンド Rajon Rondo ボストン・セルティックス No.9 |
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| 名前 | |
| 本名 | Rajon Pierre Rondo |
| ラテン文字 | Rajon Rondo |
| 基本情報 | |
| 国 | |
| 誕生日 | 1986年2月22日(27歳) |
| 出身地 | ケンタッキー州 |
| 身長 | 185cm |
| 体重 | 77.6kg |
| 選手情報 | |
| ポジション | PG |
| 背番号 | 9 |
| ドラフト | 2006年 21位 |
| 経歴 | |
| 2006- | ボストン・セルティックス |
レイジョン・ピエール・ロンド(Rajon Pierre Rondo,ケンタッキー州ルイビル出身,1986年2月22日 - )は、アメリカ合衆国のバスケットボール選手。NBAのボストン・セルティックスに所属している。 ポジションはポイントガード。身長185cm、体重78kg。背番号は9。
目次 |
経歴 [編集]
学生時代 [編集]
高校はルイビルのイースタン高校とオークヒルアカデミー高校でプレイ。マクドナルド選出のオールアメリカンチームなどに選ばれ、マイケル・ジョーダンが主催するJordan Capital Classic gameにも参加した。また1試合に31アシストという驚異的な数字も残している。
大学はケンタッキー大学に進学。2年目の2005-06シーズンにはサウスイースタン・カンファレンスのセカンドチームに選ばれ、またアメリカ代表としてU-21世界選手権に出場した。
NBA時代 [編集]
2006年のNBAドラフトにアーリーエントリーしたロンドはフェニックス・サンズから1巡目21位指名を受けるが、その後ボストン・セルティックスにトレードされた。ルーキーシーズンの2006-07シーズンはセバスチャン・テルフェア、デロンテ・ウェストに次ぐ実質3番手ポイントガードとしてシーズンインしたが、テルフェアの不調もあってシーズン中盤から出場時間が増え、18連敗の泥沼状態に喘いでいたチームを支えた。6.4得点3.8アシスト1.6スティールのアベレージを残してオールルーキーセカンドチームに選出された。このオフにセルティックスは2つの重要なトレード行い、レイ・アレンとケビン・ガーネットの獲得のため、テルフィアとウェストが相次いでチームを離れ、セルティックスには純粋なポイントガードがロンドのみとなった。
2007-08シーズン開幕前はポイントガードであるロンドがチームの弱点であると評価する声もあったがシーズン開幕後、ポール・ピアース、ガーネット、アレンらビッグスリーとともにチームの快進撃を支え、多くのスタッツでキャリアハイの成績を残した。プレーオフでもアトランタ・ホークスのマイク・ビビーや、デトロイト・ピストンズのチャウンシー・ビラップスといったベテランPG相手に堂々と渡り合い度胸のよさを見せた。NBAファイナルでは足を負傷し出場時間が減少したが第6戦では21得点、7リバウンド、8アシスト、6スティールというパフォーマンスを披露し、キャリア2年目にしてチャンピオンリングを獲得した。
2008-09シーズンはトリプル・ダブルを2回達成し、平均11.9得点、5.2リバウンド、8.2アシスト、1.9スティールを記録し、オールディフェンシブ2ndチームに選ばれ大きく成長したシーズンとなった。連覇をかけたプレーオフではトリプルダブルを3回達成し平均16.9得点、9.7リバウンド、9.8アシスト、2.5スティールとトリプルダブルに近い驚異的な成績を残しチームを引っ張ったが、チームはガーネット、ポウを欠いており1回戦のブルズとの長期戦の疲れもありカンファレンスセミファイナルで敗退した。
2009-10シーズン、ロンドは躍進を続け、初めてオールスターゲームにリザーブとして選出された。チームの成績はシーズンを50勝32敗でイースト4位とここ3年では最低の成績であったものの、ロンドは平均2.3スティールで初のスティール王に輝き、アシストもリーグ4位の成績であった(平均9.8アシスト)。また、総アシスト数794と総スティール数189はボストン・セルティックスのチーム最多記録となった。
2012-13シーズンは自己最多の1試合平均13.7得点、11.1アシスト、5.6リバウンドをマークし、アシストランキングはリーグトップだった。しかし2013年1月25日のアトランタ・ホークス戦で右膝の前十字靭帯断裂の怪我を負ったため、シーズンの残り全試合を欠場することになった。[1]
プレースタイル [編集]
高い運動能力を利用し、自身で切り込み、リバウンド数を稼ぐこともできるスラッシャータイプのポイントガードである。 ポイントガードながらセンタープレイヤーと張り合い2桁のリバウンドをとり、トリプルダブルを記録することも珍しくない。また、高いジャンプ力を生かして、ダンクをフィニッシュパターンに持ってくることもでき、チップインを決めることさえある。
セルティックスのビッグ3形成の際は、これまでチームの正PGではなかった彼が不安要素に数えられたが、現在はリーグ屈指のパサーであり、チームに無くてはならない存在となった。リーダーシップが強く勝気な性格で、デビュー2年目にスターターに定着するや早くも、ビッグ3にもひるまず大声で怒鳴り散らしながら指示を出していたとポール・ピアースは語っている。歯に衣着せぬ物言いも、有言実行で周囲を黙らせるだけの凄みが彼にはあるという。その反面オフコートでは寡黙で飄々としているとのこと。
もともとディフェンス面に定評のある選手で、長いウイングスパンも利用し[2]1試合平均2スティール以上を稼ぎ1996-97シーズンにリック・フォックスが作ったセルティックスのスティール記録を2009-10シーズンに更新した[3]。
だがジャンプショットや[4]フリースローに不安があり、改善が求められている[5][6]。
その他 [編集]
- 身長185cmに対してウィングスパンは206cm。手の平のサイズは、なんとレブロン・ジェームズよりも大きい。そんな彼のカレッジ時代のニックネームは"E.T."であった。
- 日本では一般的に「レイジョン」と表記されることが多く、またアメリカでも同様に呼ばれることがあるが、本人は自らのファーストネームを「ラジョン」であるとしている[7]。
脚注 [編集]
- ^ http://www.nba.co.jp/news/detail.html?vid=545
- ^ “Playoff Retrospective: Rajon Rondo”. draftexpress.com (2009年5月31日). 2011年5月8日閲覧。
- ^ “Rondo among Celtics' elite”. ESPN (2010年3月27日). 2011年5月8日閲覧。
- ^ “Preseason Recap: Examining Rondo’s Jump Shot (Video)”. celticshub.com (2010年10月22日). 2011年5月8日閲覧。
- ^ “Rondo’s Free-Throw Struggles Hurt Celtics”. ウォールストリートジャーナル (2010年6月10日). 2011年5月8日閲覧。
- ^ “Hack-A-Rondo”. basketball.realgm.com (2011年2月3日). 2011年5月8日閲覧。
- ^ “Postgame: Rajon Rondo”. NBA.com (2010年6月14日). 2012年5月26日閲覧。
外部リンク [編集]
- NBA.com (英語)
- Basketball-Reference.com (英語)
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