ラリー・ヒューズ
| ラリー・ヒューズ Larry Hughes サクラメント・キングス |
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| 名前 | |
| 本名 | Larry Hughes |
| 愛称 | "Smooth", "STL" |
| ラテン文字 | Larry Hughes |
| 基本情報 | |
| 国 | |
| 誕生日 | 1979年1月23日(34歳) |
| 出身地 | ミズーリ州セントルイス |
| 身長 | 196cm |
| 体重 | 84kg |
| 選手情報 | |
| ポジション | SG |
| ドラフト | 1998年 全体8位 |
| 経歴 | |
| 1998-2000 2000-2002 2002-2005 2005-2008 2008-2009 2009-2010 2010 |
フィラデルフィア・セブンティシクサーズ ゴールデンステート・ウォリアーズ ワシントン・ウィザーズ クリーブランド・キャバリアーズ シカゴ・ブルズ ニューヨーク・ニックス サクラメント・キングス |
ラリー・ヒューズ(Larry Hughes, 1979年1月23日 - )は、アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイス出身のバスケットボール選手。NBAのサクラメント・キングスに所属している。身長196cm、体重84kg。ポジションは主にシューティングガード。
経歴 [編集]
セントルイスアカデミー在学中にアーリーエントリーを宣言。1998年のNBAドラフトで全体の8位指名をフィラデルフィア・セブンティシクサーズから受けNBA入り。
当時のシクサーズのフロントは、1996年に獲得した稀代のスーパースターアレン・アイバーソンとヒューズのコンビに期待を寄せた。だが、二人のコンビはほとんど機能せず、1シーズン半を経過したところで、ヒューズはゴールデンステート・ウォリアーズにトレードされる。
ウォリアーズ移籍後の32試合は出場時間が倍増。全試合スターターを務め、1試合平均22.7得点(シクサーズとの換算だと15.0得点)をあげた。しかし、翌00-01シーズンは自身の怪我もあり、実力を発揮できず。さらに01-02シーズンにウォリアーズはジェイソン・リチャードソンを獲得。ヒューズとのポジションが重なり、出場時間が減少していった。そしてシーズン終了後フリーエージェントとなったヒューズはワシントン・ウィザーズへ移籍した。
ウィザーズでは年々成績を伸ばしていく。特に04-05シーズンはギルバート・アリナス、アントワン・ジェイミソンらと共にウィザーズをプレーオフに導いた。同シーズン、ヒューズはリーグのスティール王を受賞した。シーズン終了後、再びフリーエージェントとなったヒューズに各チームがオファーを出す中、キャバリアーズが好条件を出したため、移籍を決める。契約金もよかったこともあったが、リーグを代表する若手スター、レブロン・ジェームズとプレーできるというのも大きな要因になったとされる。
そのキャバリアーズではサポートに徹することになった。しかし、シーズン序盤で骨折。チームに貢献できなかったものの、ヒューズ抜きでキャバリアーズはプレーオフに進出。ヒューズもシーズン終盤に復帰し、レブロンらと共にNBAチャンピオンを目指したが、プレーオフ中に実弟の不幸があり、十分なプレーをすることができずにデトロイト・ピストンズに敗戦する。
06-07シーズンも怪我に見舞われながらも70試合に出場。チームのポイントガードが手薄なため、ゲームメイクを任されるようになり、レブロンのアシスト役に徹した。プレイオフでは序盤こそチームを牽引する働きを見せ、チームはカンファレンスファイナルに進出したが、ヒューズは試合中に右足底の筋肉を傷めてしまう。チームはレブロンと予想外の活躍を見せたダニエル・ギブソンの活躍でNBAファイナルに進出。ヒューズはサンアントニオ・スパーズのトニー・パーカーとマッチアップしたが、怪我を抱えた状態ではパーカーのスピードに付いていけず、2戦続けて大量得点を許した。ヒューズはポジションをルーキーのギブソンに譲り、3戦目以降ゲームに参加せず、チームが4戦全敗で敗退する姿をベンチから見守った。
トレードデッドラインの2008年2月21日、3チーム、11人が絡む大型トレードにて、ドリュー・グッデンらと共にクリーブランド・キャバリアーズからシカゴ・ブルズへと移籍した。
2010年、2月18日、ヒューストン・ロケッツとサクラメント・キングスが絡む、三角トレードで、セルヒオ・ロドリゲスと入れ替わりで、キングスへ移籍。
その他 [編集]
左目の下の方に涙のタトゥーをいれている。これは、2006年に他界した弟への悲しみを表している。
外部リンク [編集]
- NBA.com ラリー・ヒューズ (英語)
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