リパブリック讃歌
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リパブリック讃歌(リパブリックさんか、原題: The Battle Hymn of the Republic)は、アメリカ合衆国の民謡・愛国歌・賛歌であり、南北戦争での北軍の行軍曲である。
目次 |
経緯 [編集]
Say, brothers, will you meet us [編集]
元々のメロディはウィリアム・ステッフ (William Steffe) によって1856年に作曲された黒人霊歌「Say, brothers, will you meet us」だった。
John Brown's Body [編集]
Say, brothers, will you meet us のメロディは、狂信的な奴隷制度廃止論者のジョン・ブラウンの功績を称える唄「ジョン・ブラウンの屍」(John Brown's Body) に引用された[1]。
ブラウンは、奴隷所有者に対し武力攻撃を仕掛ける過激な人物で、1859年にバージニア州の連邦武器庫の襲撃に失敗し捕えられ、同年12月2日に絞首刑に処せられた。この後、ブラウンの信奉者たちによって歌が作られ、1861年4月の南北戦争開戦以来、北軍の非公式な行軍曲として兵士によって盛んに唄われた[1][2]。
The Battle Hymn of the Republic [編集]
1861年11月18日、詩人のジュリア・ウォード・ハウは、医療活動での功績が認められエイブラハム・リンカーン大統領からワシントンD.C.のポトマック川周辺に駐留していた北軍の演習に招待された。この際、屋外で北軍兵士が歌う「ジョン・ブラウンの屍」を聴いて感銘を受けた[1]。
ハウは、帰路の馬車の中で同席した牧師のジェームズ・クラークにより行軍曲として相応しい詩の作詞を提案された。彼女は宿泊先のウィラード・ホテルに戻ると、旅の疲れから深い眠りについたが、夜中にふと目覚めると詩のアイデアを紙に書きとめ北軍兵士を讃える歌を作詞した。この詩は『リパブリック讃歌』と命名され1862年2月にアトランティック・マンスリー (the Atlantic Monthly) 誌に匿名で発表[1]されると直ちに北軍兵士の間で最も人気の高い歌の1つとなり、現在でもアメリカ合衆国の愛唱歌として広く唄い継がれている[1]。
歌詞 [編集]
歌詞には新約聖書の『ヨハネの黙示録』の影響があり[2]、神の正義を期待する感情と、「Glory, glory, hallelujah!」という神の最終的な勝利を讃える表現が記されている[2]。
- Mine eyes have seen the glory of the coming of the Lord:
- He is trampling out the vintage where the grapes of wrath are stored;
- He hath loosed the fateful lightning of His terrible swift sword:
- His truth is marching on.
- (Chorus)
- Glory, glory, hallelujah!
- Glory, glory, hallelujah!
- Glory, glory, hallelujah!
- His truth is marching on
- I have seen Him in the watch-fires of a hundred circling camps,
- They have builded Him an altar in the evening dews and damps;
- I can read His righteous sentence by the dim and flaring lamps:
- His day is marching on.
- (Chorus)
- I have read a fiery gospel writ in burnished rows of steel:
- “As ye deal with my contemners, so with you my grace shall deal;
- Let the Hero, born of woman, crush the serpent with his heel,
- Since God is marching on."
- (Chorus)
- He has sounded forth the trumpet that shall never call retreat;
- He is sifting out the hearts of men before His judgment-seat:
- Oh, be swift, my soul, to answer Him! Be jubilant, my feet!
- Our God is marching on.
- (Chorus)
- In the beauty of the lilies Christ was born across the sea,
- With a glory in his bosom that transfigures you and me:
- As he died to make men holy, let us die to make men free,
- While God is marching on.
- (Chorus)
- He is coming like the glory of the morning on the wave,
- He is wisdom to the mighty, He is honour to the brave;
- So the world shall be His footstool, and the soul of wrong His slave,
- Our God is marching on.
- (Chorus)
影響 [編集]
アメリカ合衆国 [編集]
リパブリック讃歌は様々な替え歌の原曲としても親しまれている。アメリカでは、子ども向けの「John Brown's Baby」(ジョン・ブラウンの赤ちゃん)という替え歌があり、第二次世界大戦時にはこのメロディに歌詞をのせた軍歌「Blood on the Risers」も作られた。
作家のジョン・スタインベックは1939年に小作農民の苦難を描いた『怒りの葡萄』(The Grapes of Wrath) を発表したが、この題名はリパブリック讃歌の一節「He is trampling out the vintage where the grapes of wrath are stored」に由来している[2][3]。
エルヴィス・プレスリー、ジョーン・バエズを始めとして多くのミュージシャンによりカバー曲として使用されている。1960年にモルモンタバナクル合唱団がグラミー賞において「コーラス・グループ」部門と「ヴォーカル・グループ」部門のベスト・パフォーマンス賞を受賞した。
1959年に公開されたレッド・ニコルズ (Red Nichols) の自伝的映画『五つの銅貨』では、ルイ・アームストロングの演奏中にニコルズが飛び入り参加しコルネットで「リパブリック讃歌」をソロ演奏するシーンがある[4]。
歌詞の最初のラインが、マーチン・ルーサー・キング牧師がその暗殺の前夜(1968年4月3日)に行なった演説「I've Been to the Mountaintop」の最後に使われた。
日本 [編集]
日本では、明治期の1900年にクリスマスの子供讃美歌集『童蒙讃美歌』(奥野昌綱、戸川安宅による作詞)の「第十三うたへいはえ」として初めて紹介された[5]。2年後の1902年には初の楽譜付き軍歌集『日本軍歌』に「すすめすすめ」(戸川安宅による作詞)として収録された[5]。また早稲田大学の野球応援歌としても親しまれ、1907年に出版された『早稲田歌集』に収録された[5]。
大正期には神長瞭月作詞の「薔薇の唄」が、演歌師に歌われ女学生の間で流行した[5]。
昭和期に、は阪田寛夫作詞の「ともだち讃歌」、永田哲夫・東辰三作詞の「お玉じゃくしは蛙の子」、「John Brown's Baby」を訳した「権兵衛さんの赤ちゃん」あるいは「太郎さんの赤ちゃん」、「おはぎがお嫁に」、「嫌な○○はやめちまえ」などの替え歌でも親しまれている[1]。
CMソングに使用されることもあり、ヨドバシカメラのCMソングのメロディとしても知られる[1]ほか、東海地方では『メガネプラザ』、関西地方では『やまじょうのさくら漬け』や『X'cit』(上新電機とヨドバシカメラの合弁店舗・現在は閉店)のCM、果ては電気通信大学の「校歌」にも替え歌が使われている。
1994 FIFAワールドカップ・アジア地区予選において、日本代表サポーターにより『リパブリック讃歌』のメロディに乗せたチャントが唄われた[6]。歌詞の内容は「アメリカへ行こう。皆で行こう」とシンプルなものだった[6]が、1993年4月8日に神戸で行われた1次予選のタイ戦から同年10月28日にカタールのドーハで行われた最終予選のイラク戦(ドーハの悲劇)に至るまで、ゴール裏に陣取る日本代表サポーターに広く親しまれた[6]。
北アイルランド [編集]
アイルランド共和軍 (IRA) の歌「Belfast Brigade(ベルファスト旅団)」 のメロディに使われた。アイルランド独立戦争中の第一ベルファスト大隊または西ベルファスト大隊の活躍が歌われている。
イングランド [編集]
替え歌として親しまれているのはイングランドも例外ではなく、サッカーの名門マンチェスター・ユナイテッドでは応援歌として用いられている。
脚注 [編集]
参考文献 [編集]
- 石原恵子「日本における讃美歌の果した役―「リパブリック讃歌」の変遷を追って」『創立二十周年記念論文集』(国立音楽大学、1988年)
- 長田暁二『世界の愛唱歌 ― 1000字でわかる名曲ものがたり』(ヤマハミュージックメディア、2005年)
- 大住良之『アジア最終予選 ― サッカー日本代表 2006ワールドカップへの戦い』(双葉社、2005年)
- 渡辺利雄『講義 アメリカ文学史 [全3巻] 東京大学文学部英文学科講義録 第II巻』(研究社、2007年)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 歌詞と MIDI(The CyberHymnal)
- リパブリック讃歌(友だち讃歌)誕生編 - ドナドナ研究室
- リパブリック讃歌(友だち讃歌)歴史編 - ドナドナ研究室