フォード・マスタング

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フォード・マスタング GT(6代目)

マスタング(Mustang)とは、アメリカ合衆国の自動車メーカー、フォード・モーターが製造販売する乗用車である。かつて日本ではムスタングとも表記された。

概要[編集]

初代の大ヒット[編集]

ニューヨーク万国博覧会のフォード館前に展示されるマスタング

開発開始当時副社長であったリー・アイアコッカの指導下で、第二次世界大戦以降に出生したいわゆるベビーブーマー世代向けの中型車として開発がスタートした。1964年4月17日から開催されたニューヨーク万国博覧会の初日に発表された初代マスタングは、後発(1968年)の4ドアセダンであるフォード・トリノより低価格ながら、スポーティーな外観と充分な性能、フルチョイスシステムと呼ばれる多彩なオプション群と巧みな広告戦略によって、ターゲットだったベビーブーマー以外の心も掴み、1960年代中盤の好景気と相まって、T型フォード以来と言われる同社の大ヒットとなった。

高い人気[編集]

初代マスタングの販売戦略とその成功は、日本において1970年に発売されるトヨタ・セリカにも多大な影響を与えたと言われている。マスタングはフォードのみならずアメリカを代表するスポーツカー(スポーティーカー)として途切れることなくモデルチェンジを重ねている。アメリカ国外においても、フォードの象徴としてだけでなく、最廉価グレードのV型6気筒エンジン搭載の2014年モデルで22,200ドルと比較的低価格で社外品のパーツも潤沢なため、カスタムベースとしての人気も高い。

特徴[編集]

初代から現行型まで一貫して2ドアに4人もしくは5人乗りのレイアウトで、マッスルカーもしくはポニーカーと呼ばれる2ドアクーペハードトップ)に分類される。他の代表的なポニーカーとしては、ダッジ・チャレンジャーシボレー・カマロポンティアック・ファイヤーバードなどがある。

名称[編集]

マスタングとは野性を意味し、その名は第二次世界大戦後期に活躍した戦闘機、ノースアメリカンP-51マスタングともイメージを重ねたと言われている。なお、当初はイタリア北部の都市の名前を取ったトリノという名前になることが決定していたが、当時のフォード会長のヘンリー・フォード2世が当時イタリア人のクリスティーナ・ベットーレ・オースティンと不倫中であったため、スキャンダル報道に油を注ぐようなイタリアの名前を避けて、広告代理店のJ・ウォルター・トンプソンらと再考した結果クーガー(アメリカライオン)とマスタングの2つの名が残り、最終的にマスタングに決定した。

ちなみにフォードは後にフォード・トリノという車種を発売し、また、クーガーの名称は、後にマーキュリーブランドのラグジュアリークーペに採用されている。

歴史[編集]

マスタングにはおおまかに分けて6世代のモデルが存在する。なお、文献などによっては1964年 - 1973年までのモデルを初代とする場合と、1971年 - 1973年までを3代目とする場合もあるので注意を要する。

初代(1964年 - 1968年)[編集]

初代 マスタング

1959年に発売されたフォード車初の小型車で、大ヒットモデルとなっていたフォード・ファルコンをベースとしたスポーティーカーとして、1964年にコンバーチブル及びハードトップのラインナップで登場した。バランスの良いスタイリングと性能、広告代理店の巧みなマーケティング戦略で発売当初から高い売れ行きを記録し、アメリカの自動車史に残る大ベストセラーとなった。

標準装備を簡素にして本体価格を抑える代わりに、オートマチックトランスミッションやビニールレザーシート、ホワイトリボンタイヤなど多彩なオプションを用意する「フルチョイスシステム」を導入したことで、幅広い年齢、収入層に受け入れられることとなった。

1965年ファストバックが追加。トップモデルはGTで、1967年モデルは映画ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFTに緑色に白のストライプバイナルで登場。1968年モデルは映画ブリットに登場している。マスタングのシンボルマークが車体の左右にもつけられていた。

2代目(1969年 - 1973年)[編集]

マック1(マッハ1)

初代に比べ大型化され、価格も全体的に上昇して登場した。ファストバックの名称をスポーツルーフに変更。レース用ホモロゲーションモデルであるBOSSをシリーズ追加。1969年にハイパワーモデルのマック1[1][2](日本では通常「マッハ1」と呼ばれる)を追加。BOSSシリーズには、1969年1970年モデルにBOSS302とBOSS429の2タイプがあり、特に前者はトランザムシリーズのホモロゲーションモデルであった。BOSS429はビッグブロックのヘミエンジンが搭載されていて、カタログスペック上は375馬力であるが実際には600馬力近くあったと言われている。1971年にはBOSS351の1種類のみになっている。

またマック1は、1969年1970年モデルでは428cu.in.CJ(コブラジェット)だが1971年モデルでは歴代最大の429cu.in.CJ(コブラジェット)を搭載、オプションでS-CJ(スーパーコブラジェット)ラムエアインテークを装備していたが、1年のみで429は姿を消し、翌年からは351cu.in.のみになった。かつて栃木県警察にマック1の1973年モデルのパトロールカー高速取締用車両として導入(寄贈)された。現在鹿沼市の免許センターに展示されている。

映画では下記にもあるとおり、1971年モデルが『007 ダイヤモンドは永遠に』のボンドカーに採用され、1973年モデルが『バニシングin60″』で主役のエレノア(エレナー、ELEANOR)として約40分間のカーチェイスシーンがある。

当初はそれなりの販売台数であったが、1代目よりも大型化、ハイパワー化したため燃費が悪化し、アメリカで1970年代初頭に起きたオイルショックによる小型化、低燃費指向への対応ができず、最終的には販売が低迷してしまった。

なお、英語版ウィキペディアでは1973年モデルまでを初代として扱っており、英語圏の資料でも同様の記述が多く見受けられる。

3代目(1974年 - 1978年)[編集]

3代目マスタング・クーペ
3代目マスタング・ハッチバック

フルモデルチェンジによりマスタングIIが正式名称となる。デザインはフォード傘下のデザインスタジオであるイタリアのカロッツェリア・ギアが担当した。また上記のように低燃費、小型化志向を受けてボディサイズも大幅に縮小され、フォード・ピントがベースになった。 当初はV型8気筒エンジン搭載車の設定もなかった。当初はクーペとハッチバックの2種類のボディが設定され、1977年Tバールーフが追加された。

また、スポーツモデルとして1976年にコブラIIが、1978年にキングコブラが追加されたが、エンジンがパワーアップした訳ではなかった。特にキングコブラは、ボンネットに巨大なコブラのイラストが描かれ、ボディ全体にピンストライプが入るなど、派手な外観が特徴である。

4代目(1979年 - 1993年)[編集]

4代目マスタング・クーペ
4代目マスタング・ハッチバック

創業2代目かつ社主であるヘンリー・フォード2世と対立したために、1978年末にフォードを追放されたアイアコッカの開発主導による最後のマスタングとなった。

オイルショック以降続いていた小型化、低燃費指向を受けて全長4.5m程度と3代目に続き小型化は継続され、「FOXプラットフォーム」を採用した。このシャシーからFOXマスタングと呼ばれた。またフォード車初となるターボエンジン(2.3リッター直4SOHC)が搭載された。

しかし1980年代初頭の好景気を背景にハイパワー指向が復活してきたことから、1984年にハイパフォーマンスモデルSVO(Special Vehicle Operations の略称)が追加されている。他にも3代目には設定されていなかったコンバーチブルモデルが復活した。

本来ならば1980年代後半にモデルチェンジされるはずであったが、この頃に販売台数が再上昇した上に、1988年に登場したフォード・プローブが、本来マスタングとして開発されていた車だったにも関わらず、FFである上にV8が搭載できなかったことから別モデルとして発売されるなど諸事情によりマイナーチェンジを重ねつつ1993年まで生産されることになる。姉妹車としてマーキュリー・カプリがある。

5代目(1993年 - 2005年)[編集]

5代目マスタング(1994年)
5代目マスタング(後期型、1999年)

プラットフォームは先代より引き継いだFOXプラットフォームを改良して使用。デザインの細部に初代を意識した箇所が見受けられる。エンジンは3.8リッターV型6気筒OHVと5.0リッターV型8気筒OHV。また制動、運転性能、衝突や横転などの安全性能にも大きな配慮がなされた点が、初代までとの最大の違いである。コンバーチブルの地上高は若干剛性を高めたため低い。

1999年にはエクステリアデザインの大幅な変更が施され、さらに初代のデザインイメージを反映させたスタイリングとなっている。

1994年には日本でもフォード・ジャパン・リミテッドにより輸入が開始され、廉価版グレードはトヨタ・セリカ日産・シルビアなみの200万円台前半という車両価格で投入されたことが話題になった。また、東京で夏の渋滞時にエアコンのテストを行うなど、日本市場を大きく意識していた。

1996年モデルより5.0リッターV型8気筒OHVエンジンを4.6リッターV型8気筒SOHC24バルブエンジンに変更した。

1997年にはSVT製作の4.6リッターV型8気筒DOHC32バルブエンジン搭載のコブラが追加された。この車種はスタンダードではマニュアル車。

2001年には映画『ブリット』仕様が北米で限定8500台で発売された。これは劇中で使用された1968年式マスタングの外装をヒントにして作られたものである。

6代目(2005年 - 2014年)[編集]

フロント(後期型)
リア(後期型)

2004年の北米国際オートショーに新開発のDC2プラットフォームをベースにコードネームS-197として登場。チーフエンジンニアはHau Thai-Tang、外装デザインはSid Ramnarace。フォードの「リビングレジェンド戦略」に基づき初代を意識したデザインを採用し、大きな話題となった。ベースモデルのエンジンは先代の3.8L OHVから4.0L V6 SOHCに変更され、GTにはアルミニウムブロックの4.6L SOHC V型8気筒 (24V)・VCT付が搭載された。ギアボックスはTremec T-5 5段マニュアルが標準で、オプションで5R55S 5段オートマティックが用意された。なおGTのマニュアル車には強化型であるTremec TR-3650 5段マニュアルが搭載された。 5代目の発売後にマスメディアや消費者団体から問題とされた衝突安全性への不備が改善された。

アメリカ国内ではNASCARだけでなく、ドリフト仕様としての評価が高く、フォーミュラDにはフォードワークス製を含む数台のマスタングがエントリーしている。2010年にはNASCARに参戦するRoush Fenway Racingに供給された[3]

2009年の春に2010年モデルとして内外装を変更したモデルに変更された。ヘッドランプはターンシグナルランプ内蔵式となり、テールランプも3連式を継承しつつ新デザインとし、LED化された。またルーフパネルに小変更を加え、V型6気筒モデルで4%、GTで7%の空気抵抗低減を図っている。

2007年には光岡自動車がこのモデルのコンバーチブルをベースに光岡・ガリューコンバーチブルを製造している。

2012年10月にはマイナーチェンジを実施した2013年モデルを発表。フェイスリフトの他、スモールランプ・テールランプのLED化、6速ATにマニュアルモードを備えたセレクトラックトランスミッションを採用。ボディーカラーにディープインパクトブルーとゴッタ・ハブ・イット・グリーンを追加した(アメリカ仕様のみ)。

7代目(2015年 - )[編集]

フロント

2013年12月5日にフォードが2015年モデルとして新型を発表、マスタング初代登場50周年となる2014年4月17日にアメリカ本国での発売が開始された。エクステリアは先代を踏襲しているが、サイズは先代に比べ全幅が38ミリ拡大され、全高は36ミリ縮小された。エントリーモデルには同社のSUVエクスプローラーなどと同じく、直列4気筒の「エコブーストエンジン」搭載車も用意される。このモデルから世界戦略車としてイギリスオーストラリア日本といった左側通行諸国にも販売するためにシリーズとしては初めて右ハンドル車が設定された。なお、右ハンドル車は2015年中頃から生産開始される予定となっている。

日本への輸入[編集]

フォードジャパンがV6クーペプレミアム、V8GTクーペプレミアム、V8GTコンバーチブルプレミアムの正規輸入を行っており、2012年には30台限定だがV6パフォーマンスパッケージの導入も行った。日本向けはパイオニア製のカーナビETCなどを選択できるなど、国内の環境に合わせてあるが、MTが選択できなかったり、車体色が少ない(北米向けは9色だが、日本向けは5色)など、特徴であるフルチョイスシステムの恩恵は少ない。また、BOSS 302やシェルビーGT500などは導入されておらず、2013年モデルのV6クーペプレミアムが本国では26,200ドルであるのに対し、日本では430万円と価格差も大きい。

脚注[編集]

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  1. ^ 『ホメずにいられない2』p.71、p.73、p.74、p.75、p.81、p.88。
  2. ^ 『外国車ガイドブック1976』価格表。
  3. ^ それまでフォードレーシングがNASCAR向けに供給していたのはフュージョン

参考文献[編集]

  • 『外国車ガイドブック1976』日刊自動車新聞社
  • 福野礼一郎『ホメずにいられない2』双葉文庫 ISBN4-575-71190-X

関連項目[編集]

外部リンク[編集]