都営バス巣鴨営業所

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都営バス 巣鴨自動車営業所
Tokyo Metropolitan Bus Sugamo bus office
Tobus-sugamo-dept.jpg
所在地 東京都豊島区巣鴨2-9-8
営業開始 1949年
所管系統数 8系統
主な運行担当区域 池袋 - 浅草の2系統や城北地区 - 都心部の路線など(一部北営業所等の路線と重複)
バス収容可能台数 約102台(職員自家用車・検収庫分除く)
備考 営業所の最寄停留所は「とげぬき地蔵前」
写真は営業所旧建屋
巣鴨営業所所属車(P-B703、既廃車。巣鴨自動車営業所指定のいすゞ自動車製シャーシに、富士重工業17‐E架装車である)

都営バス巣鴨自動車営業所(とえいバスすがもじどうしゃえいぎょうしょ)は、東京都豊島区巣鴨二丁目にある、都営バスの営業所である。池袋駅 - 浅草周辺を結ぶ2路線を主軸に、山手線の北部の駅を発着する路線を担当している。営業所記号はPを用いる。

都電の巣鴨電車営業所の跡地に位置しており、営業所建屋は2013年まで都電営業所時代の物を流用していた。

最寄停留所はとげぬき地蔵、および巣鴨駅である。

沿革[編集]

  • 1913年(大正2年):東京市電巣鴨車庫として設置。
  • 1968年2月25日:都電巣鴨営業所閉所に合わせ大塚の支所として設置される。車庫敷地は都電の志村 - 巣鴨線などを管轄していた、都電巣鴨営業所跡地。
  • 1971年3月17日:営業所に格上げ、都営バス巣鴨営業所となる。
  • 2006年4月1日:草64を南千住との共同管轄とする。
  • 2007年3月26日:茶51が秋葉原駅中央口ロータリーへの乗り入れを開始。学01・学07が大塚より移管。
  • 2008年3月30日:都02乙が大塚、王46がより移管。里48を南千住との共同管轄とする。
  • 2012年4月1日:里48の加賀団地発着を新設、北営業所と共同管轄とする。代替として王46を廃止。
  • 2015年3月28日:都02・上60が大塚支所より移管。都02乙を小滝橋に移管。

現行路線[編集]

学01・学07系統[編集]

両系統共に、大塚自動車営業所より移管された路線である。 学01系統は上野駅から、学07系統は御茶ノ水駅からそれぞれ東大本郷キャンパスを結ぶ路線。大学構内にある東大病院への通院者、湯島地区住民の利用が見られる。東大への医療機器メーカーや製薬会社員の仕事回りの足としても利用されている。

旧系統番号は学バスを表す50番代の51番で、かつての大塚自動車営業所担当当時の学01系統は、都営バスの中でも赤字路線の上位にランクされていた事が多かったが、上野駅の乗り場が整備されてバス停が移転したこと、かつて行われていた上野広小路付近でのプロムナード実施による東大 - 上野広小路・松坂屋間の折返し運行がダイヤ上で廃止されたため、徐々に客足を呼び戻しつつある。

学07は旧系統番号は学バスを表す50番代のトップである50番であった。学01系統に準じた役割を持つ路線で歴史は古く、学01系統と異なって営業係数が黒字であった事もある。

御茶ノ水駅付近の経路は折返しの都合上往路と復路で異なっており、乗車場は東口・聖橋(ひじりばし)上、降車場は西口(御茶ノ水橋口)改札前の東43東京駅北口方面停留所と同一箇所にある。御茶ノ水駅に到着したバスは、乗客を降ろした後に御茶ノ水駅交差点を左折、駅舎沿いの一方通行の細い道を通って聖橋交差点を左折し、聖橋上の東大構内行きバス停へ向かう。このため、大塚時代から御茶ノ水駅交差点角には誘導員を配置していたが、2010年ごろより、誘導員の配置がなくなった。

都02系統(グリーンライナー)[編集]

系統名 運行区間 備考
都02 大塚駅 - 窪町小学校 - 春日駅 - 本郷三丁目駅 - 上野広小路 - 御徒町駅 - 蔵前駅 - 石原三丁目 - 錦糸町駅[1]
都02 大塚駅 - 窪町小学校 - 春日駅 - 東京ドームシティ 平日朝のみ
都02 本所一丁目 → 蔵前駅 → 上野広小路 → 春日駅 → 窪町小学校 → 大塚駅 本所一丁目始発のみ
都02出入 大塚駅 - 大塚二丁目
都02出入 窪町小学校 - 春日駅 - 本郷三丁目駅 - 上野広小路 - 蔵前駅 - 石原三丁目 - 錦糸町駅

大塚駅と錦糸町駅を結ぶ都市新バスで、愛称は「グリーンライナー」[3]。新大塚 - 本郷三丁目駅で丸ノ内線、春日駅 - 石原一丁目で大江戸線と並行する。

1971年3月に、都電16系統(大塚駅 - 錦糸町駅)の代替路線・516系統が新設されたのが始まりである。当初は区間便として大塚駅 - 厩橋、錦糸町駅 - 文京区役所(現・春日駅)も設定されたが、新系統番号化が行われ、塚20と改められた。1982年には錦糸町駅北口バスターミナル完成に伴い、総武線ガード下の停留所から発着場所が変更となった。

その後、アメヤ横丁などをはじめとした商業地を抱えていることや、並行する地下鉄がほとんどないことから輸送密度が高く、乗客の入れ替わりも多い路線だったが、春日通りにおける渋滞による定時性の確保が難しいなどの問題も抱えていた。このため、それを改善することもかねて、1986年都01に続く都市新バスシステムの第2期導入路線に抜擢された[5]。これにより系統番号が現在の都02に改番、「グリーンライナー」の愛称が付けられ、方向幕も全面青色のものに交換された。平成に入ってすぐに錦糸町駅北口再開発工事が実施され、錦糸町駅 - 石原四丁目で錦糸町方面が経路変更を行う[6]

転機が訪れたのは、2000年12月12日の大江戸線全線開業のときである。多くの区間で大江戸線と並行することとなり、路線短縮などの大きな変化が予測されていたが、他系統と異なり運行本数の減少のみが行われ、新たなバスサービスとして大塚駅 - 春日駅を新大塚・大塚三丁目・茗荷谷駅伝通院のみ停車する急行02が新設されたが、利用はふるわず廃止された。また、この改正に伴い、朝夕を中心に頻繁に運転されていた大塚駅・大塚車庫 - 本所一丁目の区間便も大きく減少、今では朝に本所一丁目(始発専用のバス停)からでる大塚駅行き一本になってしまった。この便の車両は、巣鴨営業所から回送で本所一丁目までくる。大塚駅 - 大塚二丁目の出入便は大塚二丁目~巣鴨営業所間は千石一丁目経由で回送される、平日には大塚駅 - 東京ドームシティ便も運転される。

隅田川花火大会開催時は、大塚駅 - 三筋二丁目と石原三丁目 - 錦糸町駅で分断運転を行っている[7]

里48系統[編集]

元来、尾久橋 - 日暮里駅 - 東大農学部 - 水道橋駅を運行する路線として開通した。しかし、乗客潮流の変化や定時運行の確保が困難となってきた為、里48甲(尾久橋 - 日暮里駅)と初代・里48乙(日暮里駅 - 日本医大 - 文京区役所、日暮里駅 - 根津一丁目 - 文京区役所)の甲乙2系統に分断した。1982年に里48乙が廃止されるが、里48甲は順調に路線延長と乗客増加を繰り返し、現在は尾久橋通りを走り、荒川区足立区を縦断する路線となった。以前は足立流通センター終点までの運行だったが、2003年より一部を埼玉県との県境に近い舎人二ツ橋へ延伸し、2005年に需要の高さから足立流通センター経由に変更・増発、江北六丁目団地折返し以外のほぼ全てを舎人二ツ橋発着とした。

出入庫便は、巣鴨駅 - 西日暮里駅を草63の経路(団子坂下経由)ではなく不忍通り経由(上富士前・動坂下経由)で運行し、西日暮里駅 - 日暮里駅間は回送となる。方向幕は往復共に緑色で、系統番号の表示は里48出入となっているか表示がないかのどちらかである。現在は、LEDの表示器であるので、特に変わった色ではない。この出入便はみんくるガイドに記載されていない。なお、出入庫便は2014年3月31日を持って廃止となった。

足立区郊外と都電荒川線・山手線・千代田線の駅を直結する路線のため、終日需要が高く、全線に於いて高頻度運行がされていた。深夜バスの運行も平日の下り便は日暮里駅発基準で24:30以降まで運行されていた。現在は当系統とほぼ同一区間を並行して結ぶ日暮里・舎人ライナー2008年3月30日に開通し、見沼代親水公園駅は舎人二ツ橋停留所付近に開業した。当系統は概ね毎時2本で存続されている。

2012年4月1日、加賀団地発着便を新設して王46を代替廃止した。そのため、所管にが加入し、巣鴨・南千住の3営業所体制となった。

茶51系統[編集]

現行の茶51 (P-L771)
2000年までは東京駅へ乗り入れていた (P-Y726)

都電19系統(駒込電車営業所所管の、王子駅前 - 通り三丁目)の代替バスとして519系統が設定されたのが本系統の始まりである。その際に通り三丁目 - 東京駅八重洲口間が延長され、新系統番号化と共に東51を名乗る。1972年の路線改変で、茶51と改められた。後東22折返系統;東京駅丸の内北口 - IBM箱崎町ビルの担当開始により、同系統の入出庫系統も兼ねるので、東京駅の停留所が八重洲口から丸の内口へ変更された以外はさほど大きな影響を受けなかった。

しかし、1991年11月29日南北線開業、1996年3月26日四ッ谷延伸開業に伴い、同線とは王子駅前 - 東大農学部前間で並行する事となったため、本郷や御茶ノ水駅近辺にある大学病院への需要を除くと利用客は減少していった。このため、2000年12月12日の大江戸線全線開業を機に王子駅前 - 駒込駅前および御茶ノ水駅前 - 東京駅丸の内北口(東22折返系統の所管も江東自動車営業所へ変更になった)の両端の運行を廃止し、駒込駅前 - 御茶ノ水駅前間の運行となった[8]

2007年3月26日より、秋葉原駅中央口ロータリーへの乗り入れを開始。当初は日中のみであったが、後に夕方以降の乗り入れも開始した(朝は従来通り御茶ノ水駅前発着)。湯島一丁目、神田明神前の両停留所は朝の御茶ノ水駅前行きのみ経由し停車する。

なお、かつての茶51乙は外神田二丁目 - 東京駅八重洲口(→東京駅丸の内北口)間で歩行者天国実施区間を通るため、歩行者天国実施時間帯は小川町駅前・日本銀行前経由で運行していた。一部区間は1990年まであった東71と同一だった。

2008年4月には2000年12月に廃止された区間のうち、駒込駅前 - 王子駅前間に北区コミュニティバス(王子・駒込ルート)が開業、須田町・万世橋 - 東京駅八重洲口間にS-1が開設され、曲がりなりに廃止区間が復活している。

上60系統[編集]

系統名 運行区間 備考
上60 上野公園 -(←上野広小路)- 根津駅 - 春日駅 - 白山二丁目 - 大塚駅 - 向原 - 池袋駅東口[1] 平日・土曜は朝夕のみ運行
上60 上野公園 -(←上野広小路)- 根津駅 - 春日駅 - 白山二丁目 - 大塚駅
  • 1953年6月15日:60系統として池袋駅 - 御茶ノ水駅 - 水天宮間が開業する。
  • 1954年9月20日:池袋駅 - 箱崎町間に延長。
  • 1971年11月:茶60系統となり、池袋駅東口 - 大塚車庫 - 御茶ノ水駅東口間に短縮される。
  • 1977年12月16日:大塚車庫経由から、南大塚一丁目経由へ変更される。
  • 1979年11月23日:上池袋三丁目経由から、池袋サンシャインシティ・向原経由に変更される。
  • 1982年12月26日:サンシャインシティ経由から、上下とも豊島区役所経由に変更される。
  • 1990年7月21日:茶60系統を御茶ノ水発着から上野公園発着に変更し、系統番号を「上60」とする。同時に、文京区役所(現在の春日駅)経由となる。

60系統→茶60系統池袋駅東口 - 大塚駅 - 御茶ノ水駅方面への足としての運行期間が長かった。転機が訪れたのが、1977年に志村担当の東52(常盤台教会 - 東京駅、国際興業バスと共同運行)の廃止による、大塚車庫経由から南大塚一丁目経由にルートが変更された事。また、1979年の学04廃止(後述)により、サンシャインシティ経由へのルート変更を実施、1990年には文京区役所経由上野公園発着(現行)に改正され、系統番号が茶60から上60へ変更されている。

かつて上池袋にあった癌研附属病院[9]への足としての機能は、学04廃止による運行経路変更により、路線バスでの用足しが出来なくなった。また、大塚から南大塚・白山を経由する都道436号沿線の太田胃散や、共同印刷の本社機能・工場部門の分散化などにより、下請け企業への用務者も含めバス通勤客が次第に減少していった。それに伴い運行回数減、運行区間変更を余儀なくされた。

池袋駅東口 - 大塚駅の運行は月 - 金曜は朝夕のみ、土休日は午前中 - 夕方に偏っている。なお、池袋駅東口の乗り場の位置の関係上、上野公園方面は、池袋駅東口(10番乗り場)にはとまらず、次は池袋保健所である。

草63・草64系統[編集]

草63 (P-M190・復刻塗装施行前)
2002年7月頃の草64 (P-C217)
系統 運行区間
草63 池袋駅東口 - 西巣鴨 - 巣鴨駅前 - 白山上 - 西日暮里駅前 - 荒川区役所前 - 三ノ輪駅浅草寿町浅草雷門←雷門一丁目
草63 巣鴨駅前 - 白山上 - 西日暮里駅前 - 荒川区役所前 - 三ノ輪駅前浅草寿町浅草雷門←雷門一丁目
草63 とげぬき地蔵前 - 西巣鴨 - 池袋駅東口
草63-2 とげぬき地蔵前 - 西巣鴨 - 池袋駅東口 - 東池袋一丁目
草64 浅草雷門南- ←浅草雷門←東武浅草駅前 - 大関横丁 - 荒川区役所前 - 新三河島駅前 - 尾久駅前 - 王子駅前 - 池袋駅東口
草64 浅草雷門南 - ←浅草雷門←東武浅草駅前 - 大関横丁 - 荒川区役所前 - 新三河島駅前 - 尾久駅前 - 王子駅前 - とげぬき地蔵前
草64 とげぬき地蔵前 - 王子駅前

池袋駅東口と浅草を結ぶ路線で、どちらも戦後直後に設定された路線である。鉄道では不便な地域も多く、利用状況は比較的安定しているためか、大きな再編は近年まで行われなかった。草64は1958年に戸山無軌条電車営業所所管の104系統となりトロリーバス(無軌条電車;軌道法の特許を必要とする電車である。乗務員;運転士は大型2種自動車運転免許証と路面電車用の乙種動力車運転免許状が必要であった)に取って代わられ一旦廃止、その後トロリーバスが廃止されたため、ほぼ同経路で無軌条電車廃止代替路線バス604系統として復活することとなる。滝野川自動車営業所。同昭和町支所→移転で自動車営業所へ担当が変更されたものの、1982年4月には巣鴨自動車営業所担当に落ち着く。

草63系統は43系統として設置された物を、1972年の系統番号整理で、草63系統となった物である。西巣鴨から巣鴨駅前・西日暮里駅前を経由、荒川区役所前付近で草64系統と合流し、大関横丁で再び別経路を辿って浅草寿町を終点とする(復路は雷門一丁目始発)。池袋駅東口 - とげぬき地蔵前は特に需要が多く、巣鴨自動車営業所の最寄であることから出入庫便も存在するため、当区間の折返し便が早朝を除く全日に多数運行されている。池袋駅東口における乗り場の位置の都合上、池袋駅東口10番乗り場は経由せず、、次は池袋保健所である。

草64系統は滝野川自動車営業所の所管で開業したが同じく池袋駅東口と浅草寿町を結ぶ路線として誕生で、草63系統とほぼ同時期に設定されたものだが、草63系統が巣鴨駅前 - 荒川四丁目で比較的狭い道を走行するのに対して、明治通り(尾久駅前・新三河島駅前)経由で走る。また、一部出入庫運用としてとげぬき地蔵発着便が設定されていた。2006年4月より南千住自動車営業所と共管になったため、出入庫便のうち数本は南千住営業所担当便が運行していた。滝野川営業所時代には、乗継車として、字幕としては浅草寿町を表示していたが、乗継車の看板をぶら下げて、営業所の車庫構内に入って行き、中ドアと中ドアを合わせて停車し、乗客を乗り換えさせて、乗務員と車両を交換するダイヤが存在していた。また、滝野川車庫前行とは別に、昭和町車庫前行も設定されていた。

2003年に両系統とも経路変更が実施された。草63系統は2回行われ、前者は浅草寺などの浅草中心部へのアクセス改善、後者は草64系統と乗り場が異なるなどの問題を解消するためと思われる。草64系統も浅草周辺で経路変更を行い、浅草界隈のルートが大きく変更されたが、2010年4月1日から草63系統の経路が元に戻り、草64系統は南千住営業所との共管を解消した。

2015年3月30日から、豊島区役所新庁舎最寄りバス停となる東池袋一丁目発着の草63-2系統が設定され、池袋駅東口発とげぬき地蔵前行のLED表示に地蔵が表示されるようになった[10]

全便ノンステップバスによる運行で、浅草と巣鴨(とげぬき地蔵)を最安で、また、唯一の直通ルートとなるため、駅での乗り換えの際の階段昇降の手間を嫌う高齢者などを中心に利用客が非常に多いようである。ただし、地下鉄利用と比べて所要時間は長くなる。

雷門一丁目の乗車用停留所は、かつて滝野川営業所と担当が分かれていた当時の浅草寿町の池袋駅東口行きの乗車用停留所であり、名前の変更のみで、場所の変更はない。しかし、草64系統の乗り場が変わってしまったので、以前は交互にほぼやってきて、乗り通す乗客にはサービスになっていたが、現在は草64系統の乗り場が変わってしまったので、この場所からは、草63系統と草43系統(浅草雷門方面のみ)しか乗車することは出来なくなってしまった。

廃止・移管路線[編集]

都02乙系統[編集]

2015年3月30日に小滝橋自動車営業所に移管した。

東15乙系統[編集]

深川自動車営業所に移管した。

東22乙系統[編集]

江東自動車営業所に移管をした。はとバス委託路線化により2008年4月1日から臨海支所に移管し、東20乙に系統名変更。

上26系統[編集]

当時の大塚自動車営業所と江東自動車営業所へ移管の後、2007年3月26日から南千住営業所と江東営業所へ。はとバス委託路線化により2009年4月1日から青戸支所へ移管された。

東43系統[編集]

  • 東43:江北駅前 - 荒川土手操車所前 - 荒川土手 - 小台 - 田端駅前 - 駒込病院 - 向丘二丁目 - 本郷三丁目駅前 - 御茶ノ水駅前 - 神田橋 - 東京駅北口
  • 東43:江北駅前 - 荒川土手操車所前 - 小台 - 田端駅前 - 駒込病院
  • 東43:荒川土手操車所(構内) → 荒川土手 - 小台 - 田端駅前 - 駒込病院 - 向丘二丁目 - 本郷三丁目駅前 - 御茶ノ水駅前 - 神田橋 - 東京駅丸の内北口
  • 東43:荒川土手操車所 → 荒川土手(江北橋下) - 小台 - 田端駅前 - 駒込病院
  • 東43:荒川土手操車所 → 荒川土手(江北橋下) - 小台 - 田端駅前
  • 東43:向丘二丁目 → 本郷三丁目駅前 → 御茶ノ水駅前 → 神田橋 → 東京駅丸の内北口(始発のみ)
  • 東43:豊島五丁目団地 → 小台 → 田端駅前 → 駒込病院(平日・土曜朝のみ)

茶51系統と一部区間が並行している北営業所管轄の本系統を、2012年4月1日から共管とした。2014年3月31日に共管を解消、北営業所の単独管轄に戻る。

王46系統[編集]

  • 王46:王子駅前 - 豊島五丁目団地 - 江北陸橋下 - 江北六丁目団地 - 加賀団地(循環)
  • 王46:王子駅前 → 豊島五丁目団地 → 江北陸橋下 → 江北六丁目団地 → 加賀

足立区のバス路線再編計画に基づいて開設された路線である。王子駅前 - 宮城二丁目間は王40甲・丙と同経路を辿り、埼玉県川口市との境界付近にある加賀団地とを結ぶ。運行回数は最大で毎時 0 - 2 回程度、加賀団地方面の最終便は循環運行せず加賀止まりとなる。

日暮里・舎人ライナー開業の際、担当が北自動車営業所から巣鴨自動車営業所に変更され、一部区間で環七尾久橋通りを通るようになった。里48に加賀団地発着便が新設されたため、2012年3月31日をもって代替廃止。

(初代)里48乙系統・深夜04系統[編集]

里48系統の項を参照。

水59系統[編集]

前身は浜59系統(巣鴨駅前 - 水道橋駅前 - 日比谷 - 浜松町駅前)で、元は都電(2系統および18系統の一部)の代替路線だった。全区間に渡り都営三田線と並行していたため乗客も本数も少なく半ば空気輸送状態であり、何度か廃止候補に上がっていたが文京区の反対で存続していた。2000年12月12日に廃止。

江戸川競艇バス[編集]

江戸川競艇場の無料シャトルバス。2012年4月1日から2013年3月31日までは巣鴨も共管だった。

車両[編集]

指定車種いすゞ自動車

音声合成:ネプチューン→レゾナント・システムズ

いすゞ車は、かつて富士重工業製車体が指定されていた。2008年5月2日、東京地下鉄池袋駅の出入口に激突する事故[11]を起こし、運転台や操舵装置などに激しい損傷を受けたため、安全上の観点からM182 が除籍(運転訓練車へ用途変更)された。都営バスでのノンステップバス除籍第1号[12]となっている。研修所のある深川へ移籍し、非営業用の足立ナンバーとなった。

都営バス90周年記念車両が3台在籍しており、M187が90周年特別ラッピング車両、M191が戦後初期塗色、M190が都電基調色となっている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 東京都乗合自動車の運行系統の名称及び区間、昭和54年11月22日 交通局告示第11号
  2. ^ 東京都交通局70年史、Page52~53、2-11-(1)表 代替バス推移より
  3. ^ a b 東京都交通局80年史、Page311、都市新バス運行系統(平成3年4月1日)より
  4. ^ 東京都交通局80年史、Page52、表5-4 新たなバスサービス(平成14年4月1日現在)より
  5. ^ 豊島区文京区台東区墨田区の4区を通る路線であるため、PRがしやすいことも選定理由のひとつであった。なお、この路線は都01と異なり、運行の全てを東京都独自の予算でまかなっていた。
  6. ^ 法恩寺橋をわたってすぐの交差点で親不孝通りに入り、江東橋交差点で京葉道路に向かい錦糸町へ到達する経路を取り、錦糸町駅 - 石原四丁目はループ上の経路となった。錦糸町駅では、四ツ目通りの総武線ガード下や南口(現在のタクシー乗り場近辺)において発着を行った。これらが解消されるのは、錦糸町駅北口バスターミナルが再完成した1997年。
  7. ^ 「隅田川花火大会」開催時の運行について、2010年7月22日、東京都交通局
  8. ^ かつての茶51乙を従来の東京駅八重洲口発着から同駅丸の内北口発着に変更したのは、当時JRバスをはじめとする高速バスが相次いで開通し、八重洲口ターミナルに発着する高速バスのキャパシティ確保などのため、丸の内口へ起終点の移動が可能な路線バスのバス停を移動した事が理由の1つ挙げられる他、東15乙(東京駅八重洲口 - 住友ツインビル)の運行のための送り込みも兼ねていたからである。
  9. ^ 2009年11月現在、癌研病院は江東区有明へ移転した。最寄り駅は国際展示場駅有明駅
  10. ^ とげぬき地蔵前発池袋駅東口の表示も変更され、系統表示が出なくなった。
  11. ^ 池袋駅前 都バスが歩道に乗り上げ - TOKYO MX
  12. ^ 事故廃車ではなく老朽廃車の第1号は新宿の C200 である。

参考文献[編集]

  • 都営バス系統案内図
  • 都バス担当(系統)営業所一覧表
  • 方面別新旧系統一覧表(以上、東京都交通局発行、1972年12月1日版)
  • 都営交通路線案内図(東京都交通局発行、1978年版)

関連項目[編集]

座標: 北緯35度44分4.4秒 東経139度44分15.8秒 / 北緯35.734556度 東経139.737722度 / 35.734556; 139.737722