東池袋

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東池袋
サンシャイン60
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 東京都
特別区 豊島区
地域 西巣鴨地域
面積
 • 計 0.935km2 (0.361sq mi)
人口2016年(平成28年)1月1日現在)[1]
 • 計 19,480人
 • 人口密度 20,836/km2 (53,960/sq mi)
等時帯 JSTUTC+9
郵便番号 170-0013 
市外局番 03(東京MA)
ナンバープレート 練馬

東池袋(ひがしいけぶくろ)は、東京都豊島区の地名。現行行政地名は東池袋一丁目から東池袋五丁目。

地理[編集]

池袋駅東口北側の地域で、日本有数の繁華街池袋の中心である。町域は概ねJR山手線環内に入り、国道254号春日通り川越街道)の南側、グリーン大通り(旧称:市電通り)の北側に一丁目から五丁目まで存在し、北側に上池袋北大塚、東側に南大塚文京区大塚、南側に南池袋、西側に西池袋と接している。豊島区役所や、サンシャインシティ60階通りサンシャイン通りなどがあり、飲食店や商業施設がひしめいている。南池袋に向かっては寺社が多数あり喧騒なイメージと異なった静寂さが広がっている。副都心の商業集積地区と昭和時代の古い猥雑さとが同居しているが、全体に高台で神田川に向けて緩やかに下っているので、住宅地としても良好である。また、各種学校大学も置かれ池袋駅東口の豊かな一面をのぞかせる。ただし、西武百貨店本店や池袋パルコ、東口地下街の池袋ショッピングパーク(ISP)は南池袋にあたる。都電軌道より都心側は一部文京区大塚になり護国寺も近い。また都電沿線の商店街は今も活況を呈しており、建物も歴史を感じさせるものと新しいものとが混在している。

闇市跡の飲食店街[編集]

東池袋一丁目には、人世横町、ひかり町通り、栄町通り、美久仁小路(みくにこうじ)という計4つの名物飲食店街があった。戦後闇市の面影を残して独特の雰囲気を持ち、多くのファンを惹きつけていたが、21世紀に入り再開発によって前二者は消滅した。しかし、後二者は健在であり、チェーン店には無い個性と昭和ノスタルジーが残ることで人気がある。なお、人世横町と美久仁小路は、青江三奈ミリオンセラーとなった楽曲『池袋の夜』(1969年)にも登場する。人世横丁は、グリーン大通り北東側の豊島岡女子学園に隣接していたが、2008年平成20年)10月31日に再開発のため灯りを消し、その土地は、ニッセイ池袋ビルの一部分となっている。同ビル敷地には、明治天皇野点の碑もある。

造幣局周辺[編集]

池袋駅南側のびっくりガード付近より小さな川が流れておりかつて神田川に注いでいた。流域が町内にありこの水運を利用して旧大蔵省造幣局貨幣を鋳造していた。現在では一般公開する展示室になっているが付近ではその周辺工程を行う工場が多かった。工場は小規模なものでなおかつ暗渠沿いにあるので周辺は道路付けもままならず幅1m前後の通路で連絡されている。地元豊島区も防災防犯の立場から広場を開設しており特徴的な町並みである。特に都電荒川線東池袋四丁目停留所向原停留所の間は密集市街地であり都心でも長屋の風景が今でも残っている。

ウイ・ロード[編集]

池袋駅東口と西口の繁華街を繋ぐ道路に車なども通る事が可能な池袋大橋と池袋駅北口目の前に出る歩行者専用道路雑司が谷隧道(通称:WE ROAD、ウイ・ロード)の出入口があるのも東池袋である。なお、雑司が谷隧道は自転車を降車して手で押していけば通る事が可能である。

乙女ロード[編集]

サンシャイン60の西側に位置する乙女ロードにはアニメグッズや同人誌など、通称「乙女系」の商品を扱う店舗が密集しており腐女子の聖地といわれる[2]

アウルタワー(4丁目)

ライズシティ池袋[編集]

グリーン大通り沿いに区の文化施設であるライズシティ池袋2007年平成19年)に完成、豊島区立中央図書館が更に文化設備を加えてより新規開館した。

国内最大の家電激戦区[編集]

池袋駅東口では家電量販店のビックカメラが複数の店舗で営業している。ビックカメラはその市場規模と駅前という立地条件から池袋駅周辺で確固たる地位を築いていたが、2007年7月13日に国内最大手の家電量販店であるヤマダ電機が都市型店舗「LABI池袋」(現・LABI1池袋モバイルドリーム館)をオープンさせた。これにより、ビックカメラとヤマダ電機による価格競争が勃発した。さらに、2009年平成21年)10月30日、ヤマダ電機は同年5月5日に閉店した三越池袋店の建物を賃借する形で新店舗「LABI1日本総本店池袋」をオープンさせた。国内最大級の家電量販店がオープンしたことで、2社による価格競争は激しさを増した。一方、ビックカメラはヤマダ電機に対抗するため、既存店のリニューアルを行い、ビックカメラ初のアウトレット専門店となる「ビックカメラアウトレット」をオープンさせた。池袋駅東口では家電量販店同士の激しい価格競争が展開され、国内最大の家電激戦区となっていることから、家電の市場価格として「池袋価格」という言葉が用いられるようになった。「池袋価格」は池袋に限らず、全国の家電量販店で値下げの際の伝家の宝刀として通用することがテレビ番組で紹介され、話題となっている。

歴史[編集]

江戸時代には豊嶋郡池袋村及び雑司ヶ谷村の一部であった。

東池袋地区再開発計画[編集]

「東池袋四丁目地区再開発地区計画」および「東池袋四丁目地区地区計画」として、東池袋四丁目および南池袋二丁目の一部における再開発が進められている。

地名の由来[編集]

地名は、池袋駅の東側に位置することに由来する。元々は大半が北豊島郡雑司ヶ谷村に属しており、本来の池袋村とは関係が薄い。かつては雑司ヶ谷の名の通り雑木林に覆われた土地であった。この現在の東池袋及び南池袋一帯は、江戸時代には旗本三千石中西公の拝領地であったために「中西の森」と呼ばれ、明治時代根津嘉一郎が土地を買収すると「根津山」と呼ばれるようになった。「根津山」とは現在の豊島岡女子学園中学校・高等学校あたりにあった小さな丘のことだが、この周辺一帯の地名として使われた。太平洋戦争中は大規模な防空壕があり付近の避難場所ともなった。

沿革[編集]

  • 1878年(明治11年)7月22日 - 池袋村、雑司ヶ谷村が、郡区町村編制法により北豊島郡所属となる。
  • 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行により北豊島郡巣鴨村が発足。大字池袋、巣鴨、雑司ヶ谷となる。
  • 1918年(大正7年)7月20日 - 巣鴨村が町制施行し北豊島郡西巣鴨町となる。この地域の大字名は代わらず。
  • 1932年(昭和7年)10月1日 - 西巣鴨町が東京市に編入され豊島区の一部となることに伴い、池袋一・二丁目、西巣鴨一・二丁目、雑司ヶ谷町となる。
  • この間、幾度か地名が変更される。
  • 1966年(昭和41年)11月1日 - 住居表示に伴い、池袋東一丁目の大半、池袋東の一部、西巣鴨一丁目の全部、西巣鴨二丁目の一部、日出町一・二丁目の北半分をあわせ、東池袋となる[3]

町名の変遷[編集]

実施後 実施年月日 実施前(各町名ともその一部)
東池袋一丁目 1966年11月1日 池袋東一丁目
東池袋二丁目 池袋東一丁目、西巣鴨二丁目
東池袋三丁目 池袋東一丁目、西巣鴨一丁目、西巣鴨二丁目
東池袋四丁目 池袋東一丁目、池袋東三丁目、西巣鴨一丁目、西巣鴨二丁目、日出町一丁目、日出町二丁目
東池袋五丁目 西巣鴨一丁目、西巣鴨二丁目、日出町一丁目、日出町二丁目

交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

  • 池袋駅東口停留所は一部南池袋にも存在する。
路線バス
長距離・高速バス

道路[編集]

教育[編集]

小学校[編集]

  • 区立朋有小学校(旧時習小(二丁目)・旧大塚台小(四丁目)が合併し現在に至る、校舎は旧大塚台小)

中学校[編集]

高校[編集]

大学[編集]

専門学校[編集]

  • 大原情報ビジネス専門学校(一丁目)
  • 東京電子専門学校(三丁目)
  • 東京福祉保育専門学校(四丁目)

施設[編集]

東池袋一丁目[編集]

東池袋二丁目[編集]

  • 区民ひろば朋有
  • 豊島区立東池袋第一保育園
  • 豊島区立東池袋第二保育園
  • 八千代銀行東池袋支店

東池袋三丁目[編集]

東池袋四丁目[編集]

東池袋五丁目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 町丁別の世帯と人口 豊島区
  2. ^ 「女性のアキバ「乙女ロード」…池袋に専門店集結【秘密の花園】」 産経新聞 2005年7月17日配信記事等
  3. ^ 1967年(昭和42年)1月19日、自治省告示第13号「住居表示が実施された件」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]