豊島 (東京都北区)

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豊島
東京成徳大学中学校・高等学校(豊島八丁目)
東京成徳大学中学校・高等学校(豊島八丁目)
豊島の位置(東京23区内)
豊島
豊島
豊島の位置
北緯35度45分51.28秒 東経139度44分58.7秒 / 北緯35.7642444度 東経139.749639度 / 35.7642444; 139.749639
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Metropolis.svg 東京都
特別区 Flag of Kita, Tokyo.svg 北区
地区 王子地区
面積
 • 合計 1.566km2
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 • 合計 31,523人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
114-0003[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 練馬
※座標は豊島五丁目交差点付近

豊島(としま)は、東京都北区町名[4]。現行行政地名は豊島一丁目から豊島八丁目。郵便番号は114-0003[2]

地理[編集]

東京都北区の俗にいう「天狗の鼻」の部分に当たる。王子神谷堀船足立区新田宮城と隣接する。町内には荒川隅田川が流れる。

豊島五丁目には昭和47年頃から現在の都市再生機構によりおよそ5,000戸の豊島五丁目団地が建設され、現在も当時の建物が残る。

豊島四丁目には工場や物流施設が並んでいる。2003年には日本油脂王子工場跡地を都市再生機構が取得したがダイオキシン類の土壌汚染が確認され、跡地開発は一時中断。裁判ののち2014年4月には和解が成立した[5]。その後2017年に商業施設と共同住宅が建設された。

地価[編集]

住宅地の地価は2018年平成30年)1月1日公示地価によれば豊島3-3-14の地点で38万8000円/m2となっている。

歴史[編集]

武蔵国豊島郡の中心部であった地であり、平安時代頃より当時この地を治めていた豊島氏の発祥の地とされている。現在の豊島七丁目の清光寺には豊島氏の武将の一人である豊島清元の墓がある。

1871年(明治4年)11月14日浦和県(現埼玉県)から東京府に編入された。1889年(明治22年)の町村制施行時点では北豊島郡王子村大字豊島であった[4]。大字の時代の小字には、砂田(すなだ)、勢至前(せしまえ)、西(にし)、馬場(ばんば)、中豊島(なかとしま)、須賀(すか)、宮ノ前(みやのまえ)、(はら)、下道(しもみち)、領家(りょうけ)、築地(つきじ、築紫とも)、飛地(とびち)があった[4]。1908年(明治41年)8月8日、王子村は町制施行し王子町になる[4]。大字豊島字築地には「王子三業地」と呼ばれる三業地があり、「築地通り」近辺には映画館(築地館)もあり栄えたが、これが現在の築地商店街である。

王子町は1932年(昭和7年)10月1日、東京市へ編入され王子区へ移行し、大字豊島は豊島町となる[4]。1939年(昭和14年)に豊島町全域に堀船一丁目の一部を加えて豊島一~八丁目となった。1943年(昭和18年)7月1日、東京都王子区豊島となる[4]。1945年(昭和20年)2月19日、空襲により、豊島地区は壊滅する。

第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)3月15日、王子区は滝野川区と合併し北区が成立する[4]

1950年(昭和25年)、駅近隣の路地に特殊飲食街(いわゆる青線)が立ち始める。東京都建築局から無届建築として中止命令をかけられたが、命令は無視されて少なくとも5軒が完成、営業を始めた。地域では「特飲街建設反対期成同盟」を結成[6]、反対運動を続け数年で撤退に追い込んだ。

1966年(昭和41年)に住居表示により豊島一〜八丁目全域と王子二・三丁目の一部を合わせて現在の豊島一~八丁目になって現在に至る。

世帯数と人口[編集]

豊島五丁目団地

世帯数と人口は以下の通りである[1]

2020年12月1日現在 2017年12月1日現在
丁目 世帯数 人口 世帯数 人口
豊島一丁目 2,153世帯 3,579人 2,049世帯 3,570人
豊島二丁目 1,195世帯 1,923人 1,180世帯 1,931人
豊島三丁目 1,461世帯 2,812人 1,414世帯 2,740人
豊島四丁目 1,425世帯 2,950人 1,214世帯 2,459人
豊島五丁目 5,757世帯 10,051人 5,734世帯 10,419人
豊島六丁目 603世帯 1,147人 575世帯 1,097人
豊島七丁目 2,051世帯 4,096人 2,015世帯 4,138人
豊島八丁目 2,493世帯 5,079人 2,491世帯 5,169人
17,138世帯 31,523人 16,672世帯 31,637人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7][8]

丁目 番地 小学校 中学校
豊島一丁目 全域 北区立柳田小学校 北区立明桜中学校
豊島二丁目 全域
豊島三丁目 全域 北区立豊川小学校
豊島四丁目 全域
豊島五丁目 全域 北区立としま若葉小学校
豊島六丁目 8〜15番
その他 北区立豊川小学校
豊島七丁目 全域
豊島八丁目 全域 北区立王子第一小学校

交通[編集]

鉄道[編集]

町内に鉄道は走っていないが、徒歩圏内に王子駅京浜東北線東京メトロ南北線都電荒川線)、王子神谷駅(東京メトロ南北線)が存在する。

かつては、国鉄須賀線の(貨)須賀駅があったが、1971年(昭和46年)に路線とともに廃止された。

バス[編集]

バス停[編集]

  • 豊島二丁目(都バス 王40甲、王40丙、王57、深夜02)
  • 豊島三丁目(都バス 王40甲、王40丙、王57、深夜02)
  • 豊島四丁目(都バス 王40甲、王40丙、王57、深夜02)
  • 豊島五丁目団地(都バス 王40甲、王40丙、王57、深夜02)
  • 豊島六丁目(都バス 王40甲、王40丙、王57、深夜02)
  • トンボ鉛筆前(都バス 王55、王49折返、深夜11)
  • 新豊橋(都バス 王55、王49折返、深夜11)
  • 豊島七丁目(都バス 王41、王45)(新田方向のみ停車)
  • 豊島七丁目南(都バス 王55、王49折返、深夜11)(紀州神社前)
  • 豊島八丁目(都バス 王41、王45、王55、王49折返、深夜11)
  • 王子消防署前(都バス 王41、王45、王55、王49折返、深夜11)

系統[編集]

  • 王40( - 王子駅 - 豊島二丁目 - 豊島三丁目 - 豊島四丁目 - 豊島六丁目 - 豊島五丁目団地 - 宮城二丁目 - )
  • 王57・深夜02( - 王子駅 - 豊島二丁目 - 豊島三丁目 - 豊島四丁目 - 豊島六丁目 - 豊島五丁目団地)※ 深夜02系統は平日のみ運行
  • 王55・王49折返・深夜11( - 王子四丁目 ← 王子五丁目/王子消防署前→ 豊島八丁目 - 豊島七丁目南 - トンボ鉛筆前 - 新豊橋 - ハートアイランド東 - )※ 王49折返・深夜11系統は平日のみ運行
  • 王41、王45(往路)( - 王子四丁目 → 王子消防署前 → 豊島八丁目 → 豊島七丁目 → 新田橋 - )
  • 王41、王45(復路)( - 新田橋 → 豊島八丁目 → 王子五丁目 - )

道路・橋梁[編集]

施設[編集]

商業施設[編集]

官公庁[編集]

  • 王子区民事務所分室 豊島区民センター
  • 豊島図書館

郵便局[編集]

  • 北豊島二郵便局
  • 北豊島三郵便局
  • 北豊島団地内郵便局

金融機関[編集]

医療機関[編集]

企業[編集]

教育機関[編集]

寺社[編集]

史跡[編集]

  • 豊島清光の墓
  • 豊島馬場遺跡

関連項目[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 世帯と人口”. 北区 (2017年12月10日). 2017年12月19日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月19日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月19日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g 王子地区の地名変更の遷移について 北区
  5. ^ 大和ハウスら4者/日本油脂王子工場跡地開発(東京都北区)/商業棟と住宅棟建設”. 日刊建設工業新聞. 2016年9月15日閲覧。
  6. ^ 「王子特飲街に反対 PTA、婦人会乗出す」『朝日新聞』昭和26年1月20日3面
  7. ^ 小学校通学区域一覧”. 北区 (2018年9月1日). 2019年7月14日閲覧。
  8. ^ 中学校通学区域一覧”. 北区 (2019年4月1日). 2019年7月14日閲覧。

外部リンク[編集]