新田 (足立区)

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新田(しんでん)は、東京都足立区町名。現行行政地名は新田一丁目から新田三丁目。住居表示実施済み。郵便番号は123-0865。

地理[編集]

東京都足立区の西部最西端に位置し、周囲を荒川隅田川に囲まれている。北は荒川河川敷部分で埼玉県川口市河原町に接し、北東は荒川を挟んで足立区鹿浜堀之内江北、南で北区豊島、南西から西にかけて隅田川を挟んで北区豊島・神谷王子志茂と接する。北西から南東に向けて一丁目から三丁目が配されている。一丁目は西を隅田川、北を荒川、東を環七通り(東京都道318号環状七号線)に挟まれており、幹線道路沿いであるため工場倉庫等が多い。二丁目は戸建住宅や小売店、マンションが立ち並ぶ既成市街地で、金融機関医療機関も置かれ中心市街地を形成する。三丁目には1990年代まで大規模工場が設置されていたが、移転後跡地は都心に近い立地を生かした都市再生機構主導の開発事業「ハートアイランドSHINDEN」として、大規模高層住宅街に変化しつつある。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、新田3-7-18の地点で22万8000円/m2となっている[1]

歴史[編集]

鹿浜新田は正保から元禄の間に、武蔵国吉見の庄左衛門・三郎兵衛らによって開拓されたと伝えられている。

現在の新田は旧来の鹿浜新田以外にも、荒川放水路の開削によって分断された鹿浜の一部区域(道明塚耕地・萱野耕地・仲道耕地・古道耕地の地域で、足立区成立時に南鹿浜町とされる)と堀之内の一部区域(字が堤外一-四の地域で、足立区成立時に南堀内町とされ、後に南堀之内町となる)に加えて、沼田の飛地だった地域(字川端耕地、足立区成立時に沼田川端町とされる)を含んでいる。

地名の由来[編集]

江戸時代中期に、この区域の近辺に開拓が入って「鹿浜新田」が成立し、これが現在の新田につながっている。また、古くからこの区域は野新田(やしんでん)と呼ばれていた。

沿革[編集]

  • 1889年5月1日 - 東京府南足立郡鹿浜新田が周辺の村と合併し、江北村が誕生。南足立郡江北村大字鹿浜新田となる。
  • 1932年10月1日 - 南足立郡が東京市足立区となる。鹿浜新田は、字上耕地が新田上町、字下耕地が新田下町と町名が定められる。
  • 1960年4月1日 - 土地区画整理事業施行により、新田上町・新田下町・南鹿浜町・南堀之内町の一部が新田一-三丁目となる。
  • 1961年2月1日 - 新田上町・南鹿浜町・南堀之内町の荒川河川敷内を除く地域と新田下町・沼田川端町の全域が新田一-三丁目に編入される。
  • 1966年4月1日 - 新田一-三丁目に住居表示が実施される。
  • 1989年5月15日 - 荒川河川敷部分のみに残存していた足立区の旧町名が全て廃止され、住居表示実施済み町域に編入される。これに伴い、新田上町・南鹿浜町・南堀之内町の荒川右岸部分が新田一-三丁目に編入された。

史跡[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

町域内に鉄道駅はないが、隅田川対岸の王子神谷駅から概ね徒歩15 - 20分圏内である。

バス[編集]

王子駅赤羽駅を結ぶ路線バスが頻繁に運行されている。

道路・橋梁[編集]

東側の荒川に架かる鹿浜橋を渡れば足立区鹿浜へ、東京都道449号新荒川堤防線沿いに下れば宮城小台を経て千住へ、新田橋または新豊橋を渡れば北区豊島を経て王子神谷駅へ、新神谷橋を渡れば国道122号を経て東十条駅へ至る。

施設[編集]

参考文献[編集]

  • 『足立風土記稿 地区編3 江北』(足立区立郷土博物館編、足立区教育委員会発行、2000年3月
  • 『足立区 町名のうつりかわり』(足立区役所区民部管理課編、東京都足立区役所発行、1982年10月

脚注[編集]

  1. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査

外部リンク[編集]