遼東還付条約
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| 奉天半島還付ニ関スル条約 | |
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| 通称・略称 | 遼東半島還付条約 |
| 署名 | 1895年11月8日(北京) |
| 条約番号 | 明治28年12月3日条約 |
| 言語 | 日本語、中国語 |
| 条文リンク |
奉天半島還付条約 (アジア歴史資料センター) |
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奉天半島還付条約(ほうてんはんとうかんぷじょうやく, 中国語: 交還奉天省南邊地方條約, 簡体字: 辽南条约)は、フランス、ドイツ帝国およびロシア帝国による三国干渉の結果、1895年11月8日、日本と清の間で北京において締結された、日清戦争後の講和会議における条約である。日本側代表は林董、清側代表は李鴻章。
主な内容[編集]
その後[編集]
1898年3月、ロシアは清と旅順港・大連湾租借に関する条約を結び、遼東半島に鉄道を繋げ、軍港を建設した[要出典]。