近鉄860系電車
| 近鉄860系電車 880系電車 | |
|---|---|
|
860系867編成 (西大手 - 新居間 2006年8月) | |
| 基本情報 | |
| 運用者 | 近畿日本鉄道→伊賀鉄道[1] |
| 種車 |
820系(→860系)[2] 800系(→880系)[3] |
| 改造所 | 五位堂検修車庫[4][5][6] |
| 改造年 | 1984年(改造初年)[2] |
| 改造数 |
860系 7編成14両[7] 880系 2編成4両[3] |
| 廃車 |
860系 2012年7月[8] 880系 1993年10月[9] |
| 主要諸元 | |
| 編成 | 2両編成 |
| 軌間 | 1,067 mm(狭軌)[2][3] |
| 電気方式 |
直流1,500 V (架空電車線方式) |
| 車両定員 |
860系 126人(座席62人)[10] 880系 126人(座席68人)[10] |
| 自重 |
モ860形・モ880形 32.0 t[10][* 1] ク760形・ク780形 23.0 t[10][* 2] |
| 全長 | 18,500 mm[10] |
| 全幅 | 2,740 mm[10] |
| パンタ折畳み高 |
モ860形 3,999 mm[2] モ880形 4,009 mm[3] |
| 車体 | 全鋼製 |
| 台車 | KD-23A・KD-23B[10][* 3] |
| 主電動機 | 直流直巻電動機 MB-3032-S[12] |
| 主電動機出力 | 75 kW(端子電圧340 V時一時間定格)[12] |
| 駆動方式 | WN駆動[10] |
| 歯車比 | 6.06 (97:16)[10] |
| 制御方式 |
抵抗制御 電動カム軸式自動加速制御[12] |
| 制御装置 | MMC-HB-10A[12] |
| 制動装置 | HSC-D発電制動併用電磁直通ブレーキ[12] |
| 保安装置 | 近鉄型ATS |
| 備考 | 電算記号:SE[13] |
近鉄860系電車(きんてつ860けいでんしゃ)、および880系電車(880けいでんしゃ)は、近畿日本鉄道(近鉄)が1984年(昭和59年)から1993年(平成5年)にかけて、伊賀線向けに導入した一般形電車である。1,435 mm軌間(標準軌)の生駒線・田原本線で運用されていた820系および800系に対して、1,067 mm軌間(狭軌)の伊賀線入線対応改造を施工したもので、820系を種車とする車両は860系に、800系を種車とする車両は880系にそれぞれ形式区分された。
880系は1993年(平成5年)まで運用され、一方860系は2007年(平成19年)に伊賀線が伊賀鉄道へ移管されたのちも近鉄籍のまま貸出の形で引き続き伊賀線に所属し、2012年(平成24年)まで運用された。
以下、本項では両系列を総称する場合「本系列」と記述し、また編成単位の解説に際しては各編成の制御電動車モ860形およびモ880形の車両番号をもって編成呼称とする(例:モ861-ク761の2両で組成された編成であれば「861編成」)。
導入経緯
[編集]860系の導入(第一次)
[編集]本系列導入以前の伊賀線は、1977年(昭和52年)にATS導入による保安度向上と同時に名古屋線より転用された5000系(元モ6311形・モ6331形)が導入されて従来の雑多な老朽旧型車各形式を淘汰し、運用車両の統一が図られていた[14]。もっとも、5000系も吊り掛け駆動の自動空気ブレーキ車であり[14]、また1980年代に入ると経年が40年を超えて老朽化が顕著となりつつあった[2]。
同時期、生駒線では20 m級車体の大型車導入に伴って18 m級車体の中型車である800系・820系が余剰となっており、これらを伊賀線へ転用して5000系を代替し、伊賀線の車両近代化を実施する計画が策定された[2]。
上記経緯によって、1984年(昭和59年)から翌1985年(昭和60年)にかけて820系2両編成4本が転用改造を施工され、以下のとおり改形式・改番の上で860系と系列名を改め、順次導入された[15]。
改番後の車両番号末尾はいずれも-1となっているが、これは2両編成8本が在籍した820系のうち、最終的に7本を860系として転用する計画に基くものであった[15]。
転用に際しては車体内外装の改修のほか[2]、台車・主電動機を同時期に廃車となった、1,067 mm軌間(狭軌)路線である南大阪線用車両の6800系より流用し、狭軌化改造が施工された[16]。864編成 - 867編成の導入により5000系は過半数が廃車となった[16]。
880系の導入
[編集]さらに5000系の全面的な代替を目的として、1986年(昭和61年)に2両編成2本が追加導入された[16]。ただし、今回の導入分に関しては種車が820系から800系へ変更された[16]。これは2連運用以外が存在しない伊賀線に前面非貫通構造の800系を転用する一方、当時の生駒線・田原本線における運用上の都合から2連・4連双方の運用に対応可能な前面貫通構造の820系を温存する方針に基くものであった[3]。また、導入数もこの段階では当初計画より1本減の計6本に変更された[15]。
導入に際しては860系同様に車体内外装の改修とともに6800系の廃車発生品を流用して狭軌化改造を施工し、以下のとおり改形式・改番の上で880系と系列名を改めて導入された[3]。
中間付随車サ710形を種車とするク780形については先頭車化・制御車化改造が施工された[3]。
なお、882編成(元807編成)は800系当時に遭遇した脱線事故被災車で、修復不可能であったモ808・サ704は廃車となってサ714・モ807の2両のみが修復され、以降同2両で編成を組成していたものである[12]。881編成(元805編成)についても仕様統一の観点からモ806-サ713-サ703-モ805の4両編成からサ713・モ805を抜き取り、伊賀線へ転用した[16][* 4]。
881編成・882編成の導入によって5000系は全廃となり、伊賀線はWN駆動のHSC電磁直通ブレーキ車で統一された[16]。
860系の導入(第二次)
[編集]1990年代初頭より、近鉄は各ローカル路線区における運用車両の冷房化を順次実施した[17]。伊賀線もその対象となり、1992年(平成4年)に8400系ワンマン運転対応編成が田原本線へ導入されたことに伴って余剰となった820系2両編成3本を冷房化の上で伊賀線へ転用し[16][* 5]、伊賀線の車両冷房化促進と880系の代替を実施することとした[17]。
第一次グループは改形式・改番に際して車両番号末尾が原番号-1となったが、第二次グループはそれとは付番法則が異なり原番号とは逆順に新たな車両番号が付与された[7]。導入に際しては車体内外装の改修・6800系廃車発生品転用による狭軌化のほか、同時期に廃車となった11400系「エースカー」の冷房装置を転用して冷房化改造が施工された[18]。
861編成 - 863編成の導入に伴って880系は全廃となり[17]、伊賀線運用車両は860系で統一され、当初計画と同数の2両編成7本の導入が完了した[7]。また先行導入された864編成 - 867編成についても冷房化改造が順次施工され、最終的に860系は全編成が冷房車となった[19]。
車体
[編集]860系に関しては820系当時と比較して大きな仕様変更はないものの、前述のとおり伊賀線転用に際して車体内外装の改修が施工された[2]。また、880系に関しては車体内外装の改修とともに、種車となった800系が4両固定編成であったものを2両編成に再編したため、付随車の先頭車化・制御車化改造が施工された[3]。
車体塗装は当初近鉄マルーン1色塗装で竣工し[20]、後に近鉄マルーンとアイボリーの2色塗装へ変更された[7]。また後年865編成が広告ラッピング編成となったほか、他編成についても後述する「忍者列車」塗装や復刻塗装への塗装変更が順次実施され、最末期には近鉄標準塗装車は867編成のみとなっていた[21]。
以下、系列ごとに仕様について詳述する。
- 2色塗装へ変更後の860系867編成(2009年)
- 2色塗装への変更当初は前面窓周りのアイボリー塗装が省略されていた(1996年)
- 不動産会社「名泗コンサルタント」の広告ラッピング車両となった860系865編成(2010年)
860系
[編集]全長18,500 mmの2扉車体で、片側2箇所に1,450 mm幅の両開扉を備え、側面窓配置はd 2 D 5 D 2(d:乗務員扉、D:客用扉、各数値は側窓の枚数)である[2]。
伊賀線への導入に際しては外板張り替え補修とともに、車内壁部のアルミデコラや座席モケットについても当時の最新型車両である1200系などと同仕様のものへの張り替え・交換が施工された[2]。それに伴って前面窓が従来のHゴム固定支持から金属押さえ支持に変更されたほか、820系当時設置されていた窓下のステンレス製飾り帯が全面的に撤去された[2]。また、転用当初は前面貫通扉周りの貫通幌枠はそのまま存置されたが[20]、後年撤去された[7]。
その他、保安度向上のため客用扉下部の張出ステップが大型化され、張出幅が左右各20 mmずつ拡大されるとともに、前後方向(軌条方向)のステップ長も扉幅と同一の1,450 mmから2,190 mmに拡大された[2]。この結果、車体全幅(最大幅)は820系当時の2,700 mmから2,740 mmに変化した[2]。
車内はロングシート仕様で、820系当時と変化はない[2]。
880系
[編集]860系と同じく全長18,500 mmの2扉車体であるが、種車である800系の仕様に由来して客用扉は1,100 mm幅の片開扉である[3]。
伊賀線への導入に際しては外板張り替え補修・車内壁部のアルミデコラや座席モケットの交換が施工された[3]。ただし860系とは異なり、制御電動車モ880形については前面のみ窓下のステンレス製飾り帯が存置された[22]。
制御車ク780形は中間付随車サ710形を先頭車へ改造した形式で、伊賀神戸方の妻面に運転台を、側面車端部の側窓1枚分のスペースに乗務員扉をそれぞれ新設した[3]。この際、種車の構体構造をそのまま生かしたため、新設された運転台は湘南形のモ880形とは異なり平妻構造となった[3]。前面窓は平面ガラスを約2:1の割合で2分割した左右非対称の2枚窓仕様で、幕板上部左右に前照灯を各1灯、腰板下部左右に2灯式の標識灯を各1基設置した[3]。また、モ880形・ク780形とも前面窓下中央部へ手動式の行先表示器を新設し[3]、前面窓周りを黒塗装仕上げとした[22]。
側面窓配置はモ880形がd 2 D 7 D 2、ク780形がd 1 D 8 D 2である[3][22]。
車内は同じくロングシート仕様である[3]。
主要機器
[編集]主電動機は三菱電機MB-3032-S直流直巻電動機(端子電圧340 V時定格出力75 kW)[12]、台車はシュリーレン型円筒案内式コイルばね台車で[12]、ともに6800系の廃車発生品である[12]。
台車に関しては860系861編成のみ6800系後期車が採用した、枕ばねの吊りリンクが長リンク構造に改良されたKD-39F(動力台車)・KD-39G(付随台車)を装着し[11][23]、他編成は6800系初期車が採用した短リンク構造のKD-23A(動力台車)・KD-23B(付随台車)を装着する[12][23]。本系列への転用に際しては制動テコ比が変更され、また制御車ク760形・ク780形が装着するKD-23B・KD-39Gは主電動機の取り外しのほか軸重の変化に伴って軸ばねの交換が施工された[2][3]。
制御装置は800系・820系当時からの日立製作所製の電動カム軸式自動加速制御器をそのまま搭載する[2][3]。伊賀線転用に際しては停止用発電ブレーキ機能を新設し、それに伴って抵抗器の増設が施工された[2][3]。また弱め界磁制御機能が撤去されて力行制御が抵抗制御のみとなり、型番がMMC-HB-10Aと変更された[12]。制御段数は力行・制動とも14段である[12]。
制動装置は発電ブレーキ併用のHSC-D電磁直通ブレーキを採用する[12]。原形では820系・800系ともAMA-R自動空気ブレーキ仕様であり[15]、伊賀線転用に際してHSCブレーキ化された編成(860系864編成[5]・866編成・867編成[4]・880系[6])と、転用以前よりHSCブレーキへ改造済であった編成(860系861編成 - 863編成[24]・865編成[4])に大別される。
電動発電機 (MG) は日立製作所HG-583-Mrb(定格出力6 kVA[25]、ク760形が搭載[10])またはHG-583-Orb(定格出力8 kVA[26]、ク780形が搭載[10])を、電動空気圧縮機 (CP) はD-3-N(定格吐出量1,080 L/min[25]、ク760形・ク780形が搭載[10])をそれぞれ採用する。ただし冷房化改造施工車はMGが大出力仕様のHG-584-Fr(定格出力50 kVA)へ換装され、またク760形の一部は後年CPをHS-10へ換装されている[11]。
導入後の変遷
[編集]冷房化改造と880系置き換え
[編集]860系の一次導入車(864編成 - 867編成)と880系全車はいずれも非冷房仕様で導入されたが、前述のとおり1993年(平成5年)に追加導入された860系の二次導入車(861編成 - 863編成)は近鉄のローカル路線区における車両冷房化推進施策に沿って[17]、導入に際して冷房化改造が施工された[17]。
冷房化改造に際しては、同時期に廃車となった特急形車両の11400系「エースカー」より同形式が搭載した東芝RPU-1103分散型冷房装置(冷却能力4,500 kcal)[27]を転用し、各車両の屋根上へ1両あたり5基搭載した[18]。また、モ860形に搭載されるパンタグラフは従来の東洋電機製造PT-45-Qから屋上専有面積の小さい下枠交差形の東洋電機製造PT-48へ換装された[18]。
その後864編成 - 867編成についても1993年(平成5年)[24]から1995年(平成7年)[28]にかけて、861編成 - 863編成に準じた内容で順次冷房化改造が施工され、860系は全車が冷房車となった[19]。なお、860系の冷房化改造完了をもって、特殊狭軌路線(762 mm軌間)の運用車両および鋼索線車両を除く近鉄が保有する旅客用車両の全車冷房化が完了した[19]。
一方、冷房化改造の対象から除外された880系は、881編成が1993年(平成5年)9月6日付[9]で、882編成が同年10月27日付[9]でそれぞれ除籍され、形式消滅した[7]。
「忍者列車」運行開始
[編集]1997年(平成9年)、伊賀線沿線で開発が進められていた「ゆめぽりす伊賀」の街びらきイベント「ゆめぽりすフェスタ '97」の協賛企画として、861編成の車体塗装を女忍者(くノ一)をモチーフとしたものへ変更した[29]。デザインは漫画家の松本零士が手掛け、伊賀地方が伊賀流忍者の里として著名であることから、編成全体を青装束のくノ一に見立ててて伊賀平野を忍者が疾走するイメージとされた[29]。
同年10月12日に上野市駅で松本零士も同席して「忍者列車」の完成式・出発式が執り行われ、翌10月13日より運行を開始した[29]。当初、運行期間は約2年間と予定されていたが[30]、後述のとおり「忍者列車」塗装は2011年(平成23年)の運用離脱時まで維持された[31]。
次いで1998年(平成10年)には866編成が「忍者列車」第二段として同年3月20日より運行を開始した[32]。デザインは同じく松本零士が手掛け、基調色が861編成の青色からピンク色へ変更され、デザインそのものも異なる[29][32]。
その後、861編成は2001年(平成13年)にデザイン変更が行われた[33]。基調色が青色から緑色へ変更され[7]、前面のくノ一のデザインが866編成に類似したものとなったほか、「沿線の子供たちに親しんでもらえるように」との意図から側面に猫のイラストが追加された[33]。
伊賀鉄道発足および同社への貸与
[編集]近鉄の各路線の中でも閑散ローカル線に分類される伊賀線は、利用客の減少などによって年々赤字が増加し、2005年(平成17年)度の経常損失額は約4億3,000万円にのぼった[34]。この状況を踏まえて近鉄は経営分離を前提に管轄省庁および地元自治体と交渉を重ね、2007年(平成19年)3月に伊賀線の運営事業者となる伊賀鉄道を設立、同社を第二種鉄道事業者、近鉄は引き続き線路・施設・車両を保有して伊賀鉄道へ貸与する第三種鉄道事業者とする経営分離が正式に決定した[34]。
伊賀線は同年10月1日付で伊賀鉄道へ運営が移管された[1][* 6]。上下分離方式での経営移管は大手私鉄事業者の保有路線としては初の事例であった[34]。860系はこの時点で運用数減少に伴って2004年(平成16年)5月31日付で除籍された864編成[35]を除く2両編成6本が在籍していたが、全編成とも伊賀鉄道へ貸与された[1]。
復刻塗装
[編集]2009年(平成21年)には862編成・863編成が相次いで車体塗色を復刻塗装へ変更された[36]。
まず同年2月、863編成が近鉄マルーン1色塗装となり、車体改修に際して撤去されたステンレス製の飾り帯も銀色塗装で再現され、820系として導入された当時の塗装に復元された[36]。運行開始当日の2月7日には伊賀鉄道友の会主催の展示会が開催された[36]。
次いで同年8月には862編成がダークグリーン1色塗装へ変更された[21]。この塗装は昭和30年代の伊賀線運用車両の車体塗色を再現したものとされ、また車内広告も当時のポスターを掲出するなど昭和時代の雰囲気を再現し、「昭和レトロトレイン」と命名された[21]。8月8日・9日の両日にわたって開催されたお披露目イベントでは、モ862の運転室後部の客室スペースを畳敷きとし、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の撮影で使用されたちゃぶ台や旧型テレビなどを用いて「昭和の茶の間」が再現された[37]。またク762の運転室後部の客室スペースを駄菓子屋風に改装し、営業運転中にも駄菓子・瓶飲料の販売が実施された[37]。なお、これらの特別仕様はイベント終了後に車体塗装を除いて通常仕様へ復旧された[37]。
退役
[編集]2000年代後半に至り、860系は820系としての落成から約50年を経過して老朽化が進行し、車両の更新が必要な状況を迎えていた[38]。しかし伊賀線内の地上設備は車体長18 m級の車両に対応したものであるため、車体長が20 m級の近鉄の一般形車両を導入した場合多大な設備投資が必要となることが更新の障壁となっていた[38]。そこで伊賀鉄道は近鉄以外の他事業者から規格に適合する車両を選定することを決定し、最終的に東京急行電鉄(東急)より1000系を譲り受けて200系として導入、860系を代替することとした[38]。
200系は2009年(平成21年)度に2編成4両が導入され[39]、それによって代替された866編成「忍者列車(ピンク色)」が2010年(平成22年)7月20日付[40]で、広告ラッピング編成の865編成が同年7月28日付[40]で除籍された。以降も200系の導入に伴って代替が進行し、861編成「忍者列車(緑色)」が2011年(平成23年)7月11日付[41]で、近鉄標準塗装の867編成が同年7月18日付[41]で除籍された。このうち861編成は運用離脱に先立って同年5月2日・5月3日の両日に「さようなら旧忍者列車」のヘッドマークを掲出して運用された[31]。
2011年(平成23年)度をもって200系は予定数の導入が完了し[42]、最後まで残存した862編成「昭和レトロトレイン」と復刻塗装仕様の863編成についても退役が決定した[43]。2012年(平成24年)7月8日には862編成を用いて伊賀鉄道友の会主催のさよなら撮影会およびさよなら運転イベントが開催され、退役を記念するヘッドマークを掲出した862編成が臨時列車として上野市 - 伊賀神戸間を1往復運行した[44]。そして同年7月16日付[8]で863編成が、同年7月23日付[8]で862編成がそれぞれ除籍され、860系は形式消滅した[43]。またこれをもって伊賀線の運用車両は200系に統一された[43]。
車歴
[編集]| 記号番号 (改造前記号番号) |
伊賀線転用 | 冷房化改造 | 除籍 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 860系 | モ861-ク761 (モ824-ク724) |
1993年6月[7] | (転用時冷房化) | 2011年7月11日[41] | 「忍者列車」(緑色) |
| モ862-ク762 (モ823-ク723) |
1993年10月[7] | (転用時冷房化) | 2012年7月23日[8] | マルーン復刻塗装 | |
| モ863-ク763 (モ821-ク721) |
1993年12月[7] | (転用時冷房化) | 2012年7月16日[8] | 「昭和レトロトレイン」 | |
| モ864-ク764 (モ825-ク725) |
1985年2月[15] | 1994年3月[24] | 2004年5月31日[35] | ||
| モ865-ク765 (モ826-ク726) |
1984年12月[15] | 1994年6月[45] | 2010年7月28日[40] | 広告ラッピング編成 | |
| モ866-ク766 (モ827-ク727) |
1984年3月[15] | 1994年9月[45] | 2010年7月20日[40] | 「忍者列車」(ピンク色) | |
| モ867-ク767 (モ828-ク728) |
1984年3月[15] | 1995年7月[28] | 2011年7月18日[41] | ||
| 880系 | モ881-ク781 (モ805-サ713) |
1986年8月[6] | - | 1993年9月6日[9] | |
| モ882-ク782 (モ807-サ714) |
1986年11月[6] | - | 1993年10月27日[9] | ||
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 冷房化改造後のモ860形の自重は35.0 t[11]
- ↑ 冷房化改造後のク760形の自重は27.0 t[11]
- ↑ 860系861編成はKD-39F(動力台車)・KD-39G(付随台車)装着[11]
- ↑ 残るモ806・サ703については、サ703に前面貫通構造の運転台を新設して制御車ク703へ改造し、以降2両編成で引き続き田原本線で運用された[12]。
- ↑ 820系のうち伊賀線転用対象から除外された822編成は1992年(平成4年)度に除籍された[16]。
- ↑ 伊賀線と同じく赤字額が増大していたローカル線区である養老線についても養老鉄道への移管・経営分離が決定し、同日付で移管された[34]。
出典
[編集]- 1 2 3 『鉄道車両年鑑 2008年版』 p.139
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 『新車年鑑 1985年版』 p.106
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 『新車年鑑 1987年版』 p.160
- 1 2 3 『新車年鑑 1985年版』 p.150
- 1 2 『新車年鑑 1986年版』 p.168
- 1 2 3 4 『新車年鑑 1987年版』 p.210
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 「近畿日本鉄道 車両プロフィール2002」 pp.270 - 271
- 1 2 3 4 5 『鉄道車両年鑑 2013年版』 p.225
- 1 2 3 4 5 『新車年鑑 1994年版』 p.179
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 「現有車両要目表」 p.281
- 1 2 3 4 5 「近畿日本鉄道 現有車両主要諸元表・車両編成表」 p.306
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 「私鉄車両めぐり148 近畿日本鉄道」 pp.230 - 231
- ↑ 「大手私鉄各社の車両配置表」 p.60
- 1 2 『私鉄の車両13 近畿日本鉄道II 通勤車他』 pp.116 - 117
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 『私鉄の車両13 近畿日本鉄道II 通勤車他』 pp.118 - 119
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 「800系、820系ものがたり」 pp.212 - 213
- 1 2 3 4 5 『新車年鑑 1994年版』 pp.89 - 90
- 1 2 3 『車両研究 1960年代の鉄道車両』 p.120
- 1 2 3 「大手私鉄の冷房通勤車 -冷房化完了までの道のりを辿る-」 pp.36 - 37
- 1 2 『私鉄の車両13 近畿日本鉄道II 通勤車他』 pp.78 - 79
- 1 2 3 「8/8、伊賀鉄道862-762号、『昭和レトロトレイン』に」 p.173
- 1 2 3 『車両研究 1960年代の鉄道車両』 pp.112 - 113
- 1 2 「私鉄車両めぐり148 近畿日本鉄道」 p.232
- 1 2 3 『新車年鑑 1994年版』 p.175
- 1 2 『私鉄の車両13 近畿日本鉄道II 通勤車他』 pp.178 - 179
- ↑ 『私鉄の車両13 近畿日本鉄道II 通勤車他』 pp.174 - 175
- ↑ 「近畿日本鉄道 特急車両のあゆみ 10000系から12600系まで」 p.164
- 1 2 『新車年鑑 1996年版』 p.191
- 1 2 3 4 「近鉄伊賀線でボディペインティング『忍者列車』運転」 p.107
- ↑ 『新車年鑑 1998年版』 pp.92 - 93
- 1 2 “伊賀鉄道で旧忍者列車「さよなら運転」|鉄道ニュース|2011年5月3日掲載|鉄道ファン・railf.jp”. 交友社. 2026年5月21日閲覧。
- 1 2 「近鉄伊賀線でペイント列車第2段、運転中」 p.159
- 1 2 “忍者列車(三重県) 伊賀盆地走る「くノ一」”. 朝日新聞 (2008年11月27日). 2026年5月21日閲覧。
- 1 2 3 4 「近畿日本鉄道 2つの路線の運営移管で再スタート」 p.118
- 1 2 『鉄道車両年鑑 2005年版』 p.226
- 1 2 3 「伊賀鉄道860系に旧塗装が復活」 p.167
- 1 2 3 「『昭和レトロトレイン』お披露目で『昭和のお茶の間』」 p.173
- 1 2 3 『鉄道車両年鑑 2010年版』 pp.174 - 175
- ↑ 『鉄道車両年鑑 2010年版』 p.132
- 1 2 3 4 『鉄道車両年鑑 2011年版』 p.220
- 1 2 3 4 『鉄道車両年鑑 2012年版』 p.229
- ↑ 『鉄道車両年鑑 2012年版』 p.106
- 1 2 3 『鉄道車両年鑑 2013年版』 p.118
- ↑ “伊賀鉄道860系の「さよなら撮影会&さよなら運転」実施|鉄道ニュース|2012年7月9日掲載|鉄道ファン・railf.jp”. 交友社. 2026年5月21日閲覧。
- 1 2 『新車年鑑 1995年版』 p.191
参考文献
[編集]書籍
[編集]- 藤井信夫 『私鉄の車両13 近畿日本鉄道II 通勤車他』 保育社 1986年2月 ISBN 4-586-53213-0
雑誌記事
[編集]- 『鉄道ピクトリアル』 鉄道図書刊行会
- 『新車年鑑 1985年版』 1985年5月臨時増刊号(通巻448号)
- 『新車年鑑 1986年版』 1986年5月臨時増刊号(通巻464号)
- 『新車年鑑 1987年版』 1987年5月臨時増刊号(通巻480号)
- 『新車年鑑 1994年版』 1994年10月臨時増刊号(通巻597号)
- 『新車年鑑 1995年版』 1995年10月臨時増刊号(通巻612号)
- 『新車年鑑 1996年版』 1996年10月臨時増刊号(通巻628号)
- 『新車年鑑 1998年版』 1998年10月臨時増刊号(通巻660号)
- 『鉄道車両年鑑 2005年版』 2005年10月臨時増刊号(通巻767号)
- 『鉄道車両年鑑 2008年版』 2008年10月臨時増刊号(通巻810号)
- 『鉄道車両年鑑 2010年版』 2010年10月臨時増刊号(通巻840号)
- 『鉄道車両年鑑 2011年版』 2011年10月臨時増刊号(通巻855号)
- 『鉄道車両年鑑 2012年版』 2012年10月臨時増刊号(通巻868号)
- 『鉄道車両年鑑 2013年版』 2013年10月臨時増刊号(通巻881号)
- 三木理史 「近畿日本鉄道 特急車両のあゆみ 10000系から12600系まで」 1988年12月臨時増刊号(通巻505号) pp.154 - 191
- 藤井信夫 「800系、820系ものがたり」 1992年12月臨時増刊号(通巻569号) pp.209 - 213
- 三木理史 「私鉄車両めぐり148 近畿日本鉄道」 1992年12月臨時増刊号(通巻569号) pp.227 - 265
- 編集部 編 「現有車両要目表」 1992年12月臨時増刊号(通巻569号) pp.275 - 282
- 慶応義塾大学鉄道研究会 「近畿日本鉄道 車両プロフィール2002」 2003年1月臨時増刊号(通巻727号) pp.245 - 290
- 編集部 編 「近畿日本鉄道 現有車両主要諸元表・車両編成表」 2003年1月臨時増刊号(通巻727号) pp.291 - 313
- 中山嘉彦 「戦後飛躍期の近畿日本鉄道新製車両について」 『車両研究 1960年代の鉄道車両』 2003年12月臨時増刊号 pp.96 - 127
- 明石泰明 「近畿日本鉄道 2つの路線の運営移管で再スタート」 2007年12月号(通巻797号) p.118
- 柴田東吾 「大手私鉄の冷房通勤車 -冷房化完了までの道のりを辿る-」 2025年9月号(通巻1041号) pp.21 - 39
- 『鉄道ファン』 交友社
- 西村直樹 「近鉄伊賀線でペイント列車第2段、運転中」 1998年7月号(通巻447号) p.159
- 鉄道ファン編集部 編 「大手私鉄各社の車両配置表」 2000年9月号(通巻473号) pp.35 - 82
- 山川良太 「伊賀鉄道860系に旧塗装が復活」 2009年5月号(通巻577号) p.167
- 山川良太 「8/8、伊賀鉄道862-762号、『昭和レトロトレイン』に」 2009年11月号(通巻583号) p.173
- 岡根雅弘 「『昭和レトロトレイン』お披露目で『昭和のお茶の間』」 2009年11月号(通巻583号) p.173
- 『鉄道ジャーナル』 鉄道ジャーナル社
- RAILWAY TOPICS 「近鉄伊賀線でボディペインティング『忍者列車』運転」 1998年1月号(通巻375号) p.107
関連項目
[編集]- 松本零士による特別デザイン車両
- 北海道ちほく高原鉄道CR75形気動車
- 上信電鉄500形電車
- 西武3000系電車
- 西武20000系電車
- 北九州高速鉄道1000形電車
- 肥薩おれんじ鉄道HSOR-100形気動車
- 大阪府都市開発5000系電車
※ 上記のうち、大阪府都市開発5000系以外は松本の作品『銀河鉄道999』をモチーフにしたものである。