木次線

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JR logo (west).svg 木次線
木次線で運用されているキハ120形
木次線で運用されているキハ120形
基本情報
日本の旗 日本
所在地 島根県広島県
起点 宍道駅
終点 備後落合駅
駅数 18駅
路線記号 E
開業 1916年10月11日
全通 1937年12月12日
所有者 JR logo (west).svg 西日本旅客鉄道
運営者 JR logo (west).svg 西日本旅客鉄道
使用車両 使用車両を参照
路線諸元
路線距離 81.9 km
軌間 1,067 mm
線路数 全線単線
電化方式 全線非電化
閉塞方式 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
最高速度 75 km/h
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木次線(きすきせん)は、島根県松江市宍道駅から広島県庄原市備後落合駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線地方交通線)である。

概要[編集]

木次駅と宍道駅を結んだ簸上鉄道によって開業し、のちに鉄道省によって南方に延伸されて芸備線と接続し、芸備線とともに陰陽連絡路線の一つとして機能していた路線である。1950年代から1990年までは広島・松江へ直通する急行「ちどり」などの優等列車が運転されていたが、山陽新幹線の開業と伯備線の電化に伴う旅客の流れの変化に加え、道路整備の進展と自家用車・高速バスの隆盛にも押されて、1990年代以降は陰陽連絡線としての役割は失われた。

JR西日本の他のローカル線と同様に、保守点検の合理化を目的とした25km/h - 30km/hの速度制限箇所が多数あり、軽便鉄道並みの運用となっている。

2013年度(平成25年度)の輸送密度(平均通過人員)は245人/日である[1]。本来ならば1980年代初頭の「第2次特定地方交通線」(輸送密度500人/日以上2000人/日未満)に指定され、廃止対象となる予定であったが、当時「沿線道路が未整備である」として対象から除外された。

米子支社が管轄する宍道駅と、岡山支社が管轄する備後落合駅をのぞき、米子支社の木次鉄道部が管轄している。

2016年2月4日、米子支社によってラインカラー路線記号の導入が発表され、同月中より順次導入されている。ラインカラーは「沿線の紅葉の色」をイメージする山吹色()、記号は E [2]である。

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別):西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 路線距離(営業キロ):81.9km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:18(起終点駅含む)
    • 木次線所属駅に限定した場合、山陰本線所属の宍道駅と芸備線所属の備後落合駅が除外され[3]、16駅となる[4]
  • 複線区間:なし(全線単線
    • 列車交換可能駅:5(加茂中駅・木次駅・出雲三成駅・出雲横田駅・出雲坂根駅)
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
  • 最高速度:
    • 宍道駅 - 木次駅間 75km/h
    • 木次駅 - 備後落合駅間 65km/h
  • 運転指令所:木次運輸指令所
  • 平均通過人員
    • 1987年度:663人/日[5]
    • 2013年度:245人/日[1]
    • 2014年度:218人/日[6]
    • 2015年度:215人/日[5]

沿線概況[編集]

山陰本線との分岐点である宍道駅を出ると、すぐに南下を始める。南宍道駅を過ぎて、最初の峠を最大25の勾配と、最小半径161mの急カーブで越えると加茂中駅で、大きく東に回って出雲大東駅を経由して木次駅に至る。木次駅からは久野川の渓谷を25‰の勾配で進み、下久野駅を経由して木次線では最長の下久野トンネルを通過する。出雲三成駅からは遡上する斐伊川に沿って南下するが、亀嵩駅を経由するため一度支流の亀嵩川に沿い、出雲横田駅から閑散区間に入る。

八川駅を過ぎると勾配は30‰に達するようになり、中国山地の高所を出雲坂根駅から三段式スイッチバックで越えて中央坂根トンネルを通過すると、国道314号の「奥出雲おろちループ」を眺めることができる。第八坂根トンネルを通過すると下り勾配になり、JR西日本で最も高い標高727mの位置にある三井野原駅を通過し、やがて広島県に入って西城川に沿って芸備線との分岐駅である備後落合に達する。

三井野原駅との標高差は、木次線では一番低い宍道駅で722m、備後落合駅では274mにもなる。

運行形態[編集]

前述のとおり、1950年代から1980年代には急行「ちどり」「夜行ちどり」などの優等列車が運転されていたが、1990年3月10日に「ちどり」が廃止されて以降は普通列車のみの運転となっており、同年より一部の列車をのぞいてワンマン運転が実施されている。

2011年3月12日改正時点で、全線通しの列車のほか宍道駅 - 木次駅・出雲横田駅間などに区間運転列車があり、宍道駅 - 木次駅間は1 - 2時間に1本程度、木次駅 - 出雲横田駅間は2 - 3時間に1本程度が運行されている。全線通しの列車は下り2本・上り1本で、これらを合わせて出雲横田駅 - 備後落合駅間は後述の「奥出雲おろち号」をのぞくと1日3往復のみである。2003年11月30日までは4往復が運行され、備後落合駅で車両の夜間滞泊があった。

朝の1往復の列車は南宍道駅を通過する。朝には山陰本線に直通して松江駅まで運転される列車がある(逆方向はなし)。2001年3月2日までは米子駅まで直通する列車もあった。夜と翌朝の木次駅 - 出雲横田駅間の列車は土曜と日曜に運休する列車がある。保守工事のため、日中の列車は宍道駅 - 木次駅間は第3日曜日、木次駅 - 備後落合駅間は第2木曜日に運休し、その場合出雲横田駅 - 備後落合駅間は1日2往復しか運行されない。この運休については、かつては代行輸送もなかったが、現在は代行輸送がある旨時刻表に案内されている。

なお、木次駅や出雲横田駅などで行き違いによる長時間停車を行う列車が存在するため、所要時間は全線通しで2時間半から3時間程度かかるものもある。

木次線は中国地方きっての山岳路線であり、豪雨・豪雪による運休は少なくない。記録的な大雪を記録した2005年度(平成18年豪雪)には、出雲横田駅 - 備後落合駅間が2005年12月22日から2006年3月29日まで積雪を理由に運休し、2006年7月20日から同年7月27日にも豪雨による災害のため同区間が運休している。特に、2012年以降はほぼ毎年冬期に出雲横田駅 - 備後落合駅間で雪のための長期運休が発生している(年表参照)。これはこの区間は1日3往復と運行本数が少ないので、保線に費用を投じるよりも代行輸送の方が安上がりにすむことと、最大の難所であった出雲坂根駅 - 三井野原駅間で平行する国道314号が整備されたためで、大雨・大雪の際にはタクシーによる代行運行が頻繁に行われている。これにより木次線の存続要因であった「沿線道路が未整備」という理由は解消されている。ただし、同じく島根県・広島県境の超閑散路線である三江線と異なり、廃線の提案は今のところ浮上していない。

奥出雲おろち号[編集]

1998年4月25日から木次線の利用促進を目的として、行楽シーズンにトロッコ列車奥出雲おろち号」が運転されている[7]

2009年度から出雲の國・斐伊川サミット[8]が運行経費などを負担しており、2010年度の乗車数は16,712人(乗車率72.1%)で、島根県外からの観光客が利用する人気列車として島根県を代表する観光資源となっている[9][10]

なお、「奥出雲おろち号」が運転されていない日には、木次駅 - 出雲横田駅間で臨時列車が1往復運転されている[11]

使用車両[編集]

キハ120形気動車(宍道駅 2017年4月30日)
キハ53形気動車(宍道駅 1988年7月31日)

車両は1993年4月24日から、トロッコ列車「奥出雲おろち号」をのぞく全列車が木次鉄道部所属のキハ120形気動車で運転されている。木次線には普通鋼製車体の200番台が3両、ステンレス製車体の0番台が5両の計8両が配置されている。

過去の使用車両[編集]

米子機関庫木次分庫(後の木次機関区)が1934年8月に開設され簸上鉄道時代の車両を承継したが、1935年3月31日現在[12]230形、1260形、3040形の3形式の蒸気機関車が配置されていた。米子機関庫出雲三成分庫にはC12形が配置されていたが旧簸上鉄道線の宍道 - 木次間は線路が脆弱で入線できず、C12形は木次 - 八川間の運転で、木材輸送の貨物列車は木次で機関車を付け替えていたという。やがて1937年に備後落合まで開通し芸備線と接続するようになると木次機関区にC56形が配置され(最大13両配置)全線で客貨を牽引することになった。同機牽引による3両編成の夜行快速列車「夜行ちどり」の運転も行われた。やがて1969年7月1日に旅客列車は全部ディーゼルカーとなり貨物列車も1971年6月に廃止された。また1957年よりC11形も配置されていた。

ディーゼルカーは1959年にキハ02形気動車が配置され、続いてキハ07形気動車も配置された[13]。キハ07形は国鉄では最後となる1970年まで見られた。やがて勾配向け2基エンジンの強力車であるキハ52形気動車キハ53形気動車が主力となり、キハ40形気動車も使用されていた。急行列車にはキハ58系気動車が使用された。

簸上鉄道時代の車両[編集]

国鉄に引き継がれた車両は蒸気機関車5両、客車10両[14][15]、貨車138両[15]である。

客車はすべて木製ボギー客車

  • ホロハ1・ホロハ2 - 1916年に日本車輌で新製した。国有化されコロハ1620、コロハ1621となり1937年に出石鉄道に払下げる。
  • ホロハ3 - 1924年に日本車輌で新製した。国有化されコロハ1622となり1937年に出石鉄道に払下げる。
  • ホハ5 - 1916年に日本車輌で新製した。国有化されコハ2471となり1937年に温泉電軌に払下げる。
  • ホハ6 - 1918年に日本車輌で新製した。国有化されコハ2472となり1937年に温泉電軌に払下げる。
  • ホハ4、ホハ7 - ホハ10 - 日本車輌で新製した。国有化されたのちコハ2470、コハ2473 - コハ2476となり金名鉄道へ2両、金石電気鉄道へ3両払下げ。

貨車

  • ワブ107 - ワブ110 国有化されワフ7700 - ワフ7703となる。
  • ワフ111 - ワフ114 国有化されワフ7704 - ワフ7707となる。
  • カ401 - カ404 国有化されカ240 - カ243となる。
  • ワ7 - ワ39 国有化されワ9317 - ワ9349となる。
  • ト220 - ト306 国有化されト4767 - ト4853となる。
  • リ303 - リ308 国有化されリ1800 - リ1805となる。
車両数の変遷
年度 機関車 客車 貨車
有蓋 無蓋
1916-1917 3 5 12 21
1918 3 6 12 21
1919 4 6 15 28
1920 4 6 20 36
1921 4 6 35 56
1922 4 6 42 61
1923 5 6 45 53
1924-1925 5 10 45 53
1926-1927 4 10 45 53
1928-1932 4 10 45 93
1933 5 10 45 93
  • 鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料各年度版

高速化提案[編集]

2006年、広島の経済界を中心に、木次線と芸備線の高速化と、広島方面への直通列車の運行が提言されている[16]。ただし、木次線スイッチバックの解消方法などの具体的な方策に乏しいうえ、山陰本線津山線など近隣各線での高速化工事の先例においても必須であった地元の資金負担については、一切言及されていない。

木次線の沿線自治体はいずれも深刻な過疎化で財政は危機的状況にあり、資金負担は到底不可能であるうえ、提言を行った当の広島財界にも資金負担の意向は見られない。沿線住民からはこのような提案への認知度も乏しいのが実情で、高速化実現の可能性はきわめて低い。島根県も大規模な設備の改良が必要で費用も莫大となり、利用客が減少している状況では困難としている[17]

参考までに1990年3月まで木次線を走っていた急行「ちどり」の線内の表定速度は、線形が悪いうえ線内では三井野原駅と油木駅を連続で通過する以外は宍道駅から備後落合駅まで停車する駅と通過する駅とが交互に存在していたため40km/h程度で、『隔駅急行』と揶揄された。ただし下久野駅・加茂中駅には当初は停車していなかった。

歴史[編集]

簸上鉄道[編集]

1914年1月鉄道免許状が下付された簸上軽便鉄道は八束郡宍道村-大原郡木次町間と支線大原郡幡屋村-同郡大東村間の軽便鉄道を計画していた。同年5月に簸上鉄道に社名を変更。1915年2月には路線を八束郡宍道村-大原郡木次町間のみにすることに変更した。 1916年10月に宍道駅 - 木次駅間が開通した。営業状態は当初政府の補助を受けていたが、成績は良好であった。1927年になると国鉄木次-落合間の建設工事の資材運搬に使用され貨物収入をふやした。

  • 1914年(大正3年)1月31日:簸上軽便鉄道に対し鉄道免許状下付(八束郡宍道村-大原郡木次町、大原郡幡屋村-同郡大東村間)[18]
  • 1916年大正5年)10月11日簸上鉄道(ひのかみてつどう)宍道駅 - 木次駅間(13.1M≒21.08km)が開業。加茂中駅・大東町駅(現在の出雲大東駅)・木次駅が開業[19]
  • 1918年(大正7年)2月11日:幡屋停留場が開業[20]
  • 1921年(大正10年)3月29日:幡屋停留場が駅に変更され、幡屋駅が開業。
  • 1930年昭和5年)4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更(13.1M→21.1km)。
簸上鉄道輸送・収支実績
年度 輸送人員(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 営業益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円)
1916 81,573 5,807 22,003 17,186 4,817 検査改算増額78 14,082 12,614
1917 177,855 23,726 65,222 38,208 27,014 寄付金800 21,112 16,235
1918 224,757 35,326 104,920 51,222 53,698 10,469
1919 246,797 34,562 128,788 73,664 55,124 7,118
1920 240,220 40,947 164,666 98,783 65,883 積立金編入306 13,710
1921 240,785 43,161 182,097 99,469 82,628
1922 243,470 42,413 187,041 96,086 90,955
1923 255,074 42,145 191,764 89,773 101,991 17,170
1924 249,188 41,794 198,008 91,065 106,943 16,139
1925 246,382 43,523 203,616 93,777 109,839 15,837
1926 251,415 42,825 206,502 103,056 103,446 償却金2,404 15,826
1927 248,304 48,035 209,011 103,360 105,651 15,962
1928 253,387 52,212 214,100 100,614 113,486 15,831
1929 264,843 49,109 201,711 100,897 100,814 19,824
1930 239,321 44,101 172,167 89,243 82,924 21,039
1931 215,031 45,519 161,939 83,625 78,314 19,519
1932 216,986 41,017 143,593 77,417 66,176 21,311
1933 263,767 53,609 175,572 91,551 84,021 21,195
1934 101,346 21,981 60,128 59,231 897 7,561
  • 鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料各年度版

国有化後[編集]

  • 1932年(昭和7年)12月18日国有鉄道木次線 木次駅 - 出雲三成駅間 (20.4km) が開業。日登駅・下久野駅・出雲八代駅・出雲三成駅が開業。
  • 1934年(昭和9年)
    • 8月1日:簸上鉄道が国有化され、宍道駅 - 出雲三成駅間が木次線となる[21]。大東町駅が出雲大東駅に改称。
    • 11月20日:出雲三成駅 - 八川駅間 (14.8km) が延伸開業。亀嵩駅・出雲横田駅・八川駅が開業。
  • 1937年(昭和12年)12月12日:八川駅 - 備後落合駅間 (25.6km) が延伸開業し全通。出雲坂根駅・油木駅が開業。
  • 1949年(昭和24年)12月24日:三井野原仮乗降場が開業。
  • 1958年(昭和33年)9月1日:三井野原仮乗降場が駅に変更され、三井野原駅が開業。
  • 1962年(昭和37年)1月1日:南宍道駅が開業。
  • 1963年(昭和38年)10月1日:南大東駅が開業。
  • 1982年(昭和57年)11月7日:全線の貨物営業が廃止。
  • 1983年(昭和58年)3月:出雲坂根駅 - 三井野原駅間で木次発備後落合行の単行列車が脱線し崖下に転落。6人負傷。キハ53 6が廃車。

民営化後[編集]

  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道が承継。
  • 1990年平成2年)
    • 3月10日:急行「ちどり」の運転区間が備後落合駅 - 広島駅間に短縮され、木次線から優等列車がなくなる[22]
    • 6月1日:宍道駅(構内のぞく)- 備後落合駅(構内のぞく)間が米子支社から木次鉄道部の直轄になる[23]。ワンマン運転開始[24]
  • 1993年(平成5年)4月24日:使用車両がキハ120形気動車に統一[25]
  • 1998年(平成10年)4月25日:トロッコ列車「奥出雲おろち号」が運転開始[26]
  • 2001年(平成13年)
  • 2005年(平成17年)12月22日 - 2006年(平成18年)3月29日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休。
  • 2007年(平成19年)4月:木次駅 - 三井野原駅間の各駅の駅名に古事記日本書紀にちなむ愛称が付与される[27]
  • 2012年(平成24年)1月4日 - 3月29日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休し、タクシーによる代行輸送が実施される[28][29][29]
  • 2013年(平成25年)12月28日 - 2014年(平成26年)3月22日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[30]
  • 2015年(平成27年)2月10日 - 3月27日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[31]
  • 2016年(平成28年)1月23日 - 2月20日:大雪のため出雲横田駅 - 備後落合駅間が運休[32]
  • 2017年(平成29年)1月23日 - 3月8日:大雪のため出雲横田 - 備後落合間が運休[33]

駅一覧[編集]

  • 定期列車は全列車普通列車。基本的に全駅に停車するが、1往復のみ南宍道駅を通過する
  • 線路(全線単線) … ◇・◆:列車交換可能(◆はスイッチバック駅)、|:列車交換不可
駅名 駅の愛称 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 線路 所在地
宍道駅   - 0.0 西日本旅客鉄道D 山陰本線 島根県 松江市
南宍道駅   3.6 3.6  
加茂中駅   5.1 8.7   雲南市
幡屋駅   3.1 11.8  
出雲大東駅   2.1 13.9  
南大東駅   3.6 17.5  
木次駅 八岐大蛇(やまたのおろち) 3.6 21.1  
日登駅 素戔嗚尊(すさのおのみこと) 3.7 24.8  
下久野駅 動動(あよあよ) 6.7 31.5  
出雲八代駅 手摩乳(てなづち) 5.9 37.4   仁多郡
奥出雲町
出雲三成駅 大国主命(おおくにぬしのみこと) 4.1 41.5  
亀嵩駅 少彦名命(すくなひこなのみこと) 4.4 45.9  
出雲横田駅 奇稲田姫(くしいなだひめ) 6.4 52.3  
八川駅 脚摩乳(あしなづち) 4.0 56.3  
出雲坂根駅 天真名井(あめのまない) 7.0 63.3  
三井野原駅 高天原(たかまがはら) 6.4 69.7  
油木駅   5.6 75.3   広島県
庄原市
備後落合駅   6.6 81.9 西日本旅客鉄道:P 芸備線

宍道駅と木次駅がJR西日本直営駅であり、それ以外の駅は簡易委託駅もしくは無人駅である。ただし、簡易委託駅のうち加茂中駅・出雲大東駅・出雲三成駅・出雲横田駅の4駅にはPOS端末が設置されている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 「区間別平均通過人員および旅客運輸収入(平成25年度)」『データで見るJR西日本2014』 (PDF) - 西日本旅客鉄道、2015年2月25日閲覧
  2. ^ “お客様によりわかりやすく鉄道をご利用いただくために 米子支社エリアに「ラインカラー・路線記号」を導入します!” (プレスリリース), 西日本旅客鉄道, (2016年2月4日), http://www.westjr.co.jp/press/article/2016/02/page_8251.html 2016年2月8日閲覧。 
  3. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB、1998年。ISBN 978-4-533-02980-6
  4. ^ 鉄道事業ダイジェスト - 西日本旅客鉄道
  5. ^ a b データでみるJR西日本2016 区間別平均通過人員および旅客運輸収入(平成27年度) (PDF)
  6. ^ データでみるJR西日本2015 区間別平均通過人員および旅客運輸収入(平成26年度) (PDF)
  7. ^ JR西「奥出雲おろち号」 - 時事通信社
  8. ^ 出雲市雲南市奥出雲町および飯南町で連携・協力し、共同事業を行う組織
  9. ^ 奥出雲町総合計画 (PDF) - 奥出雲町
  10. ^ トロッコ列車「奥出雲おろち号」のJR 出雲市駅片道延長運行(臨時運行の実施)について (PDF) - 出雲市
  11. ^ 『JR時刻表』2012年3月号、交通新聞社、p.386 - p.387。
  12. ^ 機関車配置表「中国地方ローカル線建設の歩みと蒸機」
  13. ^ 機関車配置表『世界の鉄道』1967年版、朝日新聞社
  14. ^ 参考にした雑誌からはホロハ1-3、ホハ1-10の計13両となるが、統計上でも最大10両であり払下げも10両であることからホハ1-10のうち3両は欠番の可能性がある
  15. ^ a b 「鉄道公報」昭和9年9月22日、達765号
  16. ^ 道州制での広島地域交通で提言インターネットアーカイブ)- 中国新聞、2006年1月27日。
  17. ^ JR木次線のスピード化について(インターネット・アーカイブ)- 島根県 ご意見募集2003年5月分より
  18. ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1914年2月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  19. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1916年10月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  20. ^ 「軽便鉄道停留場設置」『官報』1918年2月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  21. ^ 「鉄道省告示第337号」『官報』1934年7月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  22. ^ 今尾恵介・原武史『日本鉄道旅行歴史地図帳-全線・全駅・全優等列車- 11号・中国四国』新潮社、2011年。ISBN 978-4-10-790045-6
  23. ^ 『データで見るJR西日本 2001』西日本旅客鉄道
  24. ^ ジェー・アール・アール『JR気動車客車編成表 2011』交通新聞社、2011年。ISBN 978-4-330-22011-6
  25. ^ 『JR気動車客車編成表 '94年版』ジェー・アール・アール、1994年。ISBN 4-88283-115-5
  26. ^ 鉄道ジャーナル』第32巻第7号、鉄道ジャーナル社1998年7月、 103頁。
  27. ^ 山と海 鉄師が結んだ JR木次線 - 朝日新聞 2009年7月4日
  28. ^ 1月7日以降の木次線列車運行計画について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2012年1月6日、2012年1月30日閲覧
  29. ^ a b 木次線 運転再開見込みについて - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2012年3月19日
  30. ^ 木次線(出雲横田〜備後落合駅間)の運転再開見込みについて - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2014年3月12日
  31. ^ “木次線運休区間、28日再開見通し”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2015年3月20日)
  32. ^ “JR木次線、運休区間あす再開”. 毎日新聞島根版. (2016年2月19日). http://mainichi.jp/articles/20160219/ddl/k32/040/488000c 2016年2月21日閲覧。 
  33. ^ “木次線全線の運転を8日に再開 /島根”. 毎日新聞. (2017年3月8日). http://mainichi.jp/articles/20170308/ddl/k32/040/430000c 2017年4月15日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 安保彰夫『出石鉄道』ネコパブリッシング、2010年
  • 今尾恵介 『鉄道車窓絵図』西日本編、JTBパブリッシング2010年、99-103頁。ISBN 978-4-533-07723-4
  • 川島令三編著『山陽・山陰ライン - 全線・全駅・全配線』6 広島東部・呉エリア、講談社、2012年。ISBN 978-4-06-295156-2
  • 藤井浩三「中国地方ローカル線建設の歩みと蒸機」『蒸気機関車』NO.38、キネマ旬報社
  • 宮田雄作「昭和24・30年代の北陸鉄道の車両」『レイル』1980Summer
  • 山本宏之「温泉電軌車両史」『鉄道ピクトリアル』No701
  • 『世界の鉄道』1967年版、朝日新聞社
  • 日本国有鉄道百年史』第9巻、646-648頁

関連項目[編集]