接心

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接心(せっしん)とは、攝(摂)心とも書き、散乱する心を一つに摂むることをいう。心によく気をつけること。 摂心不乱(せっしんふらん)などともいう。遺教経には「常当摂心在心」とある。

概要[編集]

禅宗においては、坐禅を修して、精神を一つの対象に集中させ散乱させないことである。禅宗では後々、特に一定の期間、昼夜を問わず絶え間なく坐禅をする修行をいうようになった。

新宗教の真如苑では、霊界より発せられた言葉を霊能者が伝える「霊言」をもって日常生活の態度や信心のあり方を瞑想思惟することを「有相接心(うそうせっしん)」、またその与えられたご霊言を思惟して日常生活や社会生活で体現することを「無相接心(むそう)」と呼称している。

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