ゆうぎり (護衛艦)

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ゆうぎり
真珠湾に入港中の「ゆうぎり」
真珠湾に入港中の「ゆうぎり」
基本情報
建造所 住友重機械追浜造船所浦賀工場
運用者  海上自衛隊
艦種 汎用護衛艦(DD)
級名 あさぎり型護衛艦
母港 横須賀基地
所属 護衛艦隊第11護衛隊
艦歴
発注 1984年
起工 1986年2月25日
進水 1987年9月21日
就役 1989年2月28日
要目
基準排水量 3,500 トン
満載排水量 4,900 トン
全長 137m
最大幅 14.6m
深さ 8.8m
吃水 4.4m
機関 COGAG方式
主機 川崎ロールス・ロイス オリンパスSM1Aガスタービン × 4基
出力 54,000PS
推進器 スクリュープロペラ × 2軸
最大速力 30ノット
乗員 220名
兵装 62口径76mm単装速射砲 × 1門
Mk.15 Mod2 高性能20mm機関砲CIWS) × 2基
ハープーンSSM4連装発射筒 × 2基
GMLS-3型A シースパロー短SAM8連装発射機 × 1基
74式アスロック8連装発射機 × 1基
68式3連装短魚雷発射管 × 2基
搭載機 HSS-2B/SH-60Jヘリコプター × 1機
C4ISTAR OYQ-7B-1 戦術情報処理装置
OYQ-101 対潜情報処理装置
SFCS-6C 水中攻撃指揮装置
レーダー OPS-14C 対空
OPS-28C 水上
OPS-20 航海用
81式射撃指揮装置2型-22A/2型-12E
ソナー OQS-4A
OQR-1 曳航式
電子戦
対抗手段
NOLR-8 ESM
OLT-3C ECM
Mk.137 デコイ発射機 × 2基
その他 AN/SLQ-25 曳航式デコイ
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ゆうぎりローマ字JS Yugiri, DD-153)は、海上自衛隊護衛艦あさぎり型護衛艦の3番艦。艦名は「夕方に立つ霧」(夕霧)に由来し、旧海軍東雲型駆逐艦夕霧」、吹雪型駆逐艦夕霧」に続いて日本の艦艇としては3代目。

艦歴[編集]

給油のため空母ロナルド・レーガン」に近接する「ゆうぎり」

「ゆうぎり」は、中期業務見積りに基づく昭和59年度計画3,500トン型護衛艦2224号艦として、住友重機械追浜造船所浦賀工場で1986年2月25日に起工され、1987年9月21日に進水、1989年2月28日に就役し、第1護衛隊群に直轄艦として編入され横須賀に配備された。

1989年3月17日、第1護衛隊群隷下に第46護衛隊が新編され、同日付で就役した「あまぎり」と共に編入。

1991年7月1日から7月31日、護衛艦「しらね」と共にフィリピン方面海上実習に参加。

1994年、護衛艦「くらま」、「さわかぜ」、「はたかぜ」、「こんごう」、「あまぎり」、「あさぎり」、「はまぎり」、補給艦「ときわ」、潜水艦「たけしお」と共に環太平洋合同演習(RIMPAC)に参加。5月31日に横須賀基地出港。8月24日に横須賀基地帰投。

1995年7月1日から8月4日フィリピン方面海上実習に参加。

同年11月2日ウィリアム・J・ペリーアメリカ国防長官が来艦。

1996年5月19日から8月13日、環太平洋合同演習(RIMPAC)に参加。同演習参加中の現地時間6月4日14時15分ハワイの西方約2,400㎞の西部太平洋で標的曳航中のアメリカ海軍の米母「インディペンデンス」搭載A-6艦上攻撃機20mm機関砲(CIWS)の誤射により、撃墜するという事故を起こしている(パイロットは脱出し内火艇により救助)。

1997年3月24日、隊番号の改正により第46護衛隊が第5護衛隊に改称。

2000年、練習艦「かしま」と共に遠洋練習航海に参加。4月14日、東京を出港し、西回りでの世界一周練習航海に従事中の4月19日に後部煙突付近から出火したが損害軽微のため航行を続行。9月8日、東京に帰投。

2001年3月14日第3護衛隊群第7護衛隊に編入され、定係港が大湊へ転籍。

2005年、練習艦「かしま」、護衛艦「むらさめ」と共に第55期一般幹部候補生課程卒業生近海練習航海に参加。3月19日江田内を出港。神戸、四日市、大湊基地、横須賀基地、東京晴海ふ頭に寄港。

2009年、遠洋練習航海に参加。

2010年5月8日第5次派遣海賊対処行動水上部隊に参加するため大湊基地を出航し、5月10日に横須賀基地を出航した「むらさめ」と合同してアデン湾へ向かった[1]6月5日から9月16日まで34回の船団護衛を実施し、10月15日に横須賀に寄港したのち、10月17日に大湊に帰港した[2]。この任務中の6月9日屎尿浄化装置の異常によりトイレ内に有毒ガスが充満し、隊員1名が中毒死する事故が起きている。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による東日本大震災に対し、災害派遣される。

2012年8月31日、第13次派遣海賊対処行動水上部隊としてソマリア沖・アデン湾に向けて大湊から「まきなみ」とともに出航。任務終了後の帰投途上の2013年1月23日インド洋モルディブ国防軍コーストガード哨戒艇「シャヒード・アリ」と親善訓練を実施し、2月11日、大湊帰投した。

2013年3月7日、編成替えにより護衛艦隊直轄第11護衛隊に編入、定係港が再び横須賀に転籍。編入後、函館どつくで定期検査及び艦齢延命工事を受ける。

2016年3月6日、第24次派遣海賊対処行動水上部隊として「ゆうだち」と共にソマリア沖・アデン湾に向けて横須賀基地から出航し[3]9月7日に横須賀に帰港した[4]。なお、帰国途上の9月1日フィリピン海軍の「Rajah Humabon」(旧護衛艦「はつひ」)と親善訓練を実施した[5]

歴代艦長[編集]

歴代艦長(特記ない限り2等海佐
氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考
1 古沢 稔 1989.2.28 - 1990.3.22 防大11期 ゆうぎり艤装員長 海上自衛隊第1術科学校
教官 兼研究部員
2 阿部好晴 1990.3.23 - 1991.8.4 防大11期 あおくも艦長 第2海上訓練指導隊副長兼指導部長
3 泉 徹 1991.8.5 - 1992.8.19 防大17期 なつぐも艦長 東京業務隊付 1992.1.1
1等海佐昇任
4 峰岡偉津夫 1992.8.20 - 1994.8.19 防大15期 あおくも艦長 第1海上訓練指導隊
5 村中 章 1994.8.20 - 1996.8.19 防大17期 自衛隊旭川地方連絡部募集課長 海上自衛隊幹部学校
6 西田利雄 1996.8.20 - 1997.12.7 防大16期 第1海上訓練指導隊付 たちかぜ艦長
7 菅原貞眞 1997.12.8 - 1999.3.25 防大20期 じんつう艦長 第2海上訓練指導隊砲術科長
8 大河戸正己 1999.3.26 - 2000.9.19 防大20期 自衛隊愛媛地方連絡部募集課長 海上自衛隊幹部学校教官
9 古閑徹郎 2000.9.20 - 2002.3.21   第1海上訓練指導隊 大湊海上訓練指導隊船務航海科長
10 篠村靖彦 2002.3.22 - 2003.4.20 防大29期 みょうこう砲雷長兼副長 海上幕僚監部
人事教育部人事計画課
11 鍋田智雄 2003.4.21 - 2004.8.2 防大26期 情報本部 護衛艦隊司令部幕僚
12 藤原実知也 2004.8.3 - 2006.3.30 防大28期 海上幕僚監部防衛部指揮通信課 海上訓練指導隊群司令部幕僚
13 田尻裕昭 2006.3.31 - 2007.8.19  防大27期 舞鶴地方総監部
防衛部第3幕僚室長
統合幕僚監部
指揮通信システム運用課
情報保証班長
 
14 塚田文彦 2007.8.20 - 2008.7.24   護衛艦隊司令部 海上自衛隊幹部学校 2008.7.1
1等海佐昇任
15 大賀康弘 2008.7.25 - 2009.9.30 防大35期 第1護衛隊群司令部幕僚 海上幕僚監部
人事教育部人事計画課
 
16 鈴木 亨 2009.10.1 - 2010.11.23 防大27期 大湊地方総監部
第3幕僚室長 兼第5幕僚室長
統合幕僚学校
17 西村俊行 2010.11.24 - 2011.11.27 防大37期 海上幕僚監部人事教育部補任課 統合幕僚監部防衛計画部計画課
18 加治 勇 2011.11.28 - 2013.3.11   統合幕僚監部防衛計画部防衛課 海上幕僚監部総務部総務課 2013.1.1
1等海佐昇任
19 牧 孝行 2013.3.12 - 2014.3.9 防大37期 第2護衛隊群司令部 海上訓練指導隊群司令部 2014.1.1
1等海佐昇任
20 松尾 巧 2014.3.10 - 2015.3.22 防大35期 海上幕僚監部防衛部装備体系課 しょうなん艦長
21 佐瀬智之 2015.3.23 - 2016.9.29 防大42期 海上幕僚監部防衛部防衛課
22 山下義弘 2016.9.30 - 大湊地方総監部管理部人事課長

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 石橋孝夫『海上自衛隊全艦船 1952-2002』(並木書房、2002年)
  • 世界の艦船 増刊第66集 海上自衛隊全艦艇史』(海人社、2004年)
  • 『世界の艦船』第750号(海人社、2011年11月号)

外部リンク[編集]