屎尿

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屎尿(しにょう)とは、人間の大小便を合わせた呼び方で、主に工学、行政、法律分野で使われる。「屎」が常用漢字に含まれていないため、し尿と表記することが多い。

現代では無価値な廃棄物として、また不衛生で汚いもののイメージが定着しているが、近世以前では、肥料として有価で取引される商品金肥(きんぴ))であった。

概要[編集]

屎(し)は食べた米が排泄されたものとして大便を、尿(にょう)は飲んだ水が排泄されたものとして小便を示す文字で、代の甲骨文字に起源し、『古事記』や『万葉集』にも登場していて、人間の排泄物と家畜などのそれとを屎との字で区別する傾向も見られる(あえて人糞と表記するなど)。

現代日本では屎の文字を単独で使用することはなく、主に大便が使われる(この文章中でもそのようにしている)。

利用法[編集]

屎尿は東アジア中国東部、朝鮮半島日本)で肥料(下肥)として農地還元される文化があり、日本では江戸時代後期に都市部と農村の間に流通経路が確立したという。江戸の場合、堆肥の元となる里山が多かった西側(多摩)では需要が薄く、逆に低湿地が多く舟運に適した東側(葛西)で利用が進んだという。肥料としての屎尿は肥料の三要素におけるN(窒素)が過剰であるため葉物野菜の栽培に適し、現在の東京特産である小松菜の栽培にも多用されたと考えられる。屎尿の利用は化学肥料が安価で大量に生産され始めた、1950年代までは主要な肥料であった。当時は、新聞の廃品回収の様に有料で農家が買い取っていた。

衛生面から見ると、大便中には寄生虫卵や大腸菌など病原体が含まれ、リスクがある。一方、尿は腎臓濾過されるため排泄時は無菌であり、それらのリスクは低く、しかも尿素(窒素)とリンを多く含んでおり使いやすい。いずれにしろ、こうした屎尿の処理システムの存在は、十分な屎尿処理ができず度々ペストなどの疫病が蔓延した同時代のヨーロッパの都市に対し、江戸が大きな疫病もなく長期にわたり繁栄した理由の一つであった。

江戸の下肥は屎尿を混合していたが、大坂では両者を分け、売却も別だったという。現在、発展途上国向けに主に公衆衛生改善策として伝染病リスクの少ない便所を広める運動があり、そこでも大便は分割貯留し、尿を作物に施肥する方策を採っている。

  • 下肥の水増し
舟で運ばれたことも相まってか、屎尿を水で薄め嵩増しする行為が横行していたという。農家は貴重な下肥の品質を確認するため、時には舐めて味を見たといい、これは屎尿中の塩分が川水で薄められていないか調べたものと推測される。現在のし尿処理施設でも塩化物イオン濃度を測定して、処理負荷などをコントロールする目安としている。

廃棄物[編集]

日本で屎尿を廃棄物として規定したのは、1900年明治33年)に公布された汚物掃除法からである。ただしこれは、公衆衛生が目的であり、有価物としての売却は続いていた。

しかし、大正期に入ると経済成長労賃高騰を招き、農村還元(都市部で発生した屎尿を農地へ運搬・施肥する)が経済的に引き合わなくなって行く。さらに即効性が高く施肥も効率的な硫安化学肥料)が食糧増産への国策として奨励された事もあり、ついにサイクルは崩れ、大正期半ば以降は収集料を住民が負担し、屎尿収集とその処理を地方行政が担う現代の姿となった。

現在では廃棄物処理法における一般廃棄物に該当し、汚泥、ふん尿の区分に該当する。

関連項目[編集]