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坂田大輔

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坂田 大輔
名前
本名 坂田大輔
愛称 サカティ、サンキュー
カタカナ サカタ ダイスケ
ラテン文字 SAKATA Daisuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-01-16) 1983年1月16日(41歳)
出身地 神奈川県横浜市港南区
身長 174cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 アビスパ福岡
ポジション FW
背番号 15
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2010
2011
2011
2012-
日本の旗 横浜F・マリノス
ギリシャの旗 アリス・テッサロニキ
日本の旗 FC東京
日本の旗 アビスパ福岡
247 (46)
6 (0)
10 (1)
()
代表歴
2006 日本の旗 日本 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2012年1月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

坂田 大輔(さかた だいすけ、1983年1月16日 - )は神奈川県横浜市港南区出身のサッカー選手Jリーグアビスパ福岡所属。ポジションはフォワード

来歴

横浜フリューゲルスのユースに所属していたが、フリューゲルスが横浜マリノスと合併したことに伴い、横浜F・マリノスユースに所属することとなった[注 1]

2001年にユースからトップチームに昇格し、同年6月16日FC東京戦(横浜国際)でJリーグ初出場。同8月18日柏レイソル戦(柏の葉)でJリーグ初ゴールを記録。

2003 FIFAワールドユース選手権では4得点を挙げ、Silver Shoe(得点王)に輝いた。

2006年8月9日トリニダード・トバゴ戦にてA代表初選出。

2010年オフにマリノスから戦力外通告を受け、翌2011年、ギリシャ・スーパーリーグアリス・テッサロニキへ移籍。UEFA ELを経験するなど手応えも掴んだが、クラブの財政難もあって移籍を決断[1]

2011年8月、FC東京へ完全移籍。相手DFの裏(背後)を突くFW[注 2]として起用された。

2012年、アビスパ福岡へ完全移籍。 同年の開幕戦ロアッソ熊本戦で移籍後初ゴールを決めた。

エピソード

  • アジアユース2002カタール)の試合中に大熊清監督から送られた「サンキュー坂田! サンキューな」の一声はサッカーファンの間で話題となった[1](愛称の由来にもなっている)[要出典]
  • 小林大悟と仲が良く、アジアユース2002における坂田のゴールパフォーマンスを2人で考案したり、共に初参加となったA代表の合宿では昼間一緒に過ごすなどのエピソードがある[3]
  • 先輩選手に可愛がられる事が多く、新人の頃、当時先輩でありチームメートであった中村俊輔から「あいつはできるヤツ」と評価されていた[要出典]。また佐伯日菜子は2002年に自らのブログで、夫である奥大介が当時チームメートであった坂田の事を気に入っていたようだと記している[4]
  • 京都の老舗呉服店石勘の男性向け企画「Men's J-mode」のイメージキャラクターを務めている。
  • 快足を飛ばして前線を駆け回るタイプの選手であるが、2007年シーズン序盤で横浜F・マリノスが採用していた3トップの布陣でウィングの位置で起用したところ、「どうやって動けば良いのか分からない」と困惑するコメントを残している[要出典]。5月頃からチームがポジションチェンジを繰り返すハードワークに重きを置いた戦術に変更してからは、サイドに流れた際の動きなどプレーに幅広さが出て[要出典]、自身2度目となる2桁得点と、初のリーグ戦全試合出場を果たした。なお、この年のF・マリノスでのリーグ戦全試合出場は坂田一人だけである。
  • 特定のチームと相性が良くなる傾向があり、一時期は「キラー」と呼ばれ(前述の通り、リーグ戦初ゴールの相手も柏である)、千葉G大阪とも相性が良い。[要出典]
  • 中村俊輔らとともに「GUAPO」のブログに参加している。
  • 釣りも趣味。後輩である狩野健太とともに番組にも出演している。
  • 2009年2月17日、女優・タレントの福岡サヤカと入籍した[5]
  • 愛犬家である。
  • 2008-2009年オフに神戸から獲得オファーを受けたが[6]横浜FMに残留した。直後に行われたファン感謝祭で栗原勇蔵とともに鼠先輩のモノマネをしたが、その時栗原に「最近西の港町に移籍しようとした人がいたんスよね」とネタにされた。当の坂田は焦っていたが、このネタは中澤佑二山瀬功治にそれぞれのブログで絶賛されていた[要出典]
  • ヨーロッパリーグ決勝トーナメント1回戦のファーストレグ、マンチェスター・シティ戦での相手選手のFWエディン・ジェコを観て。「DFもごついんだけど、あいつはすごかった。試合前にピッチ横に並んでスタンバイしているとき、腕や脚の太さを見て、え…と、ほとんどドン引きするほど。」とゼコの巨体に驚いていた[7]

所属クラブ

ユース経歴
  • 野庭キッカーズ
  • - 1997年 横浜フリューゲルスジュニアユース
  • 1998年 横浜フリューゲルスユース
  • 1999年 - 2000年 横浜F・マリノスユース
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯天皇杯 期間通算
2001 横浜FM 29 J1 11 2 5 0 0 0 16 2
2002 19 1 0 0 2 1 21 2
2003 18 25 6 6 1 1 0 32 7
2004 11 28 10 5 1 1 1 34 12
2005 29 5 4 1 2 0 35 6
2006 19 4 2 0 3 2 24 6
2007 34 10 9 3 2 2 45 15
2008 32 1 7 1 3 0 42 2
2009 30 6 10 1 3 2 43 9
2010 20 1 4 0 1 0 25 1
ギリシャ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2010-11 アリス 88 スーパーリーグ 6 0 - - 6 0
日本 リーグ戦 ナビスコ杯天皇杯 期間通算
2011 FC東京 38 J2 10 1 - 2 0 12 1
2012 福岡 15 -
通算 日本 J1 247 46 52 8 18 8 317 62
日本 J2 10 1 - 2 0 12 1
ギリシャ スーパーリーグ 6 0 - - 6 0
総通算 258 47 52 8 20 8 330 63

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2004 横浜FM 11 4 1
2005 2 1
UEFAUEFA EL
2010-11 アリス 88 2 0
通算 AFC 6 2
通算 UEFA 2 0

その他の国際公式戦

経歴

代表歴

出場大会など

試合数

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(2006)


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2006 1 0
通算 1 0

獲得タイトル

脚注

注釈
  1. ^ 坂田は後年、「合併のニュースを聞いた時はサッカーを辞めようかと思いました」と回想している[要出典]
  2. ^ 相手DFにポジションを下げさせ、結果、全体を間延びさせることが狙いにある[2]
出典

関連項目

外部リンク