三潴郡
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人口13,380人、面積18.44km²、人口密度726人/km²。(2024年10月1日、推計人口)
以下の1町を含む。
- 大木町(おおきまち)
郡域
1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、下記の区域にあたる。
- 久留米市の一部(概ね安武町武島、津福本町、津福今町、荒木町白口、荒木町荒木より南西[1][2])
- 大川市の全域
- 柳川市の一部(高島、立石、矢加部、東蒲池、西蒲池、西浜武、古賀、南浜武、昭南町より北西)
- 筑後市の一部(西牟田)
歴史
近世以降の沿革
知行 | 村数 | 村名 | |
---|---|---|---|
藩領 | 筑後久留米藩 | 4町 134村 |
久留米城下(両替町、呉服町、片原町、米屋町、鍛冶屋町、細工町、田町、庄島小路、原古賀町、小頭町、京隈、洗切、築島町、今町、築島新町、魚屋町、瀬ノ下町)[3]、夜明村、長門石村、大石村、安武本村、小島村、大島村、安武古町、住吉村、中島村、宮本村、上野村、藤吉村、高三潴村、おどろ津村[4]、黒田村、草場村、原田村、掛赤村、大隈村、白口村、大犬塚村、岩古賀村、小犬塚村、下小犬塚村、早津崎村、西久留米村、生津村、下荒木村、田川村、黒土村、上荒木村、津福村、今村、庄島村、京隈村、津福今村、福光村、大角村、大角町、福間村、前牟田村、土甲呂村、壱町原村、北清松村、南清松村、北横溝村、南横溝村、北牟田村、西古賀村、久保村、大坪村、西牟田本村、西牟田町、寛元寺村、鷲寺村、流村、笹淵村、口分田村、野中村、富安村、城島村、高津村、原中牟田村、六町原村、大依村、四郎丸村、下青木村、西青木村、上青木村、芦塚村、下田村、楢林村、江島村、浮島村、浜村、内野村、青木島村、北酒見村、鐘ヶ江村、商人村、上巻村、南酒見村、北中牟田村、郷原村、江上古町、諸富村、下八院村、上白垣村、下白垣村、中古賀村、榎津町、江上本村、江上上村、江上下村、下林村、中八院村、本木室村、北古賀村、道海島村、上向島村、下向島村、大坂井村、小坂井村、中木室村、東田口村、西田口村、兼木村、絵下古賀村、下牟田口村、上牟田口村、荻島村、八町牟田村、鬼古賀村、下木佐木村、上木佐木村、上八院村、田中村、大薮村、小入村、中村、野口村、定覚村、中野村、侍島村、蒲生村、吉祥村、蛭池村、奥牟田村、筏溝村、南中牟田村、井手村、金納村、高橋村、荒牟田村、本園村、立石村、矢加部村 |
筑後柳河藩 | 1町 25村 |
西浜武村、南浜武村[5]、吉原村、古賀村、田脇村、七ツ家村、久々原村、南間村、北間村、小保村、小保町[6]、津村、南一木村、北一木村、新田村、紅粉屋村[7]、北大野島村、南大野島村、網干村、九反村、幡保村、東蒲池村、西蒲池村[8]、西蒲池北分、南金納村、北金納村 |
- 明治4年
- 明治6年(1873年)
- 京町 ← 京隈
- 洗町 ← 洗切
- 庄島町 ← 庄島小路
- 明治9年(1876年) - 三潴県により以下の町村の統合が行われ、一部城下町の改名が実施される。(3町112村)
- 苧扱川町 ← 原古賀町(旧)
- 原古賀町(新) ← 大隈村原古賀名
- 裏町 ← 大隈村裏町名
- 梅満村 ← 掛赤村、大隈村[裏町名・原古賀名を除く]
- 武島村 ← 小島村、大島村、
- 中津村 ← 中島村、おどろ津村[4]
- 玉満村 ← 大犬塚村、小犬塚村、下小犬塚村
- 生岩村 ← 岩古賀村、生津村
- 荒木村 ← 黒土村、上荒木村
- 白山村 ← 庄島村、京隈村
- 福土村 ← 福間村、土甲呂村
- 清松村 ← 北清松村、南清松村
- 横溝村 ← 北横溝村、南横溝村
- 西牟田村 ← 北牟田村、西古賀村、久保村、大坪村、西牟田本村、西牟田町、寛元寺村、鷲寺村、流村、口分田村、野中村、富安村
- 楢津村 ← 高津村、楢林村
- 酒見村 ← 北酒見村、南酒見村
- 江上村 ← 江上古町、江上下村
- 向島村 ← 上向島村、下向島村
- 坂井村 ← 大坂井村、小坂井村
- 三丸村 ← 東田口村、西田口村、兼木村
- 三八松村 ← 中村、野口村、中野村、吉祥村、荒牟田村
- 高島村 ← 南中牟田村、井手村
- 間村 ← 南間村、北間村
- 一木村 ← 南一木村、北一木村
- 大野島村 ← 北大野島村、南大野島村
- 九網村 ← 網干村、九反村
- 明治11年(1878年)11月1日 - 郡区町村編制法の福岡県での施行により、行政区画としての三潴郡が発足。郡役所が榎津村に設置。それにともない久留米城下の19町(両替町、片原町、米屋町、鍛冶屋町、細工町、田町、呉服町、魚屋町、京町、洗町、瀬ノ下町、今町、築島町、築島新町、庄島町、苧扱川町、裏町、原古賀町、小頭町)と西久留米村・白山村・大石村・長門石村・梅満村の5村の所属郡が御井郡に変更。(2町112村)
- 明治21年(1888年) - 商人村・北中牟田村が合併して大橋村となる。(2町111村)
町村制以降の沿革
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の各村が発足。(1町21村)
- 鳥飼村 ← 津福村、津福今村、白口村[字野田]、御井郡大石村、白山村[縄手通筋を除く]、梅満村、長門石村(現・久留米市)
- 荒木村 ← 荒木村、下荒木村、白口村[字野田を除く]、今村(現・久留米市)
- 安武村 ← 安武本村、武島村、住吉村(現・久留米市)
- 大善寺村 ← 宮本村、中津村、夜明村、藤吉村、黒田村(現・久留米市)
- 三潴村 ← 高三潴村、田川村、早津崎村、草場村、原田村(現・久留米市)
- 犬塚村 ← 玉満村、生岩村、福光村、壱町原村、清松村(現・久留米市)
- 大溝村 ← 福土村、大角村、前牟田村、横溝村、笹淵村、上白垣村[一部](現・大木町)
- 江上村 ← 江上本村、江上上村、原中牟田村、江上村(現・久留米市)
- 城島村 ← 城島村、内野村、浜村、下田村、芦塚村、大依村、六町原村、楢津村(現・久留米市)
- 青木村 ← 青木島村、江島村、四郎丸村、上青木村、下青木村[下記8字を除く]、西青木村[字沖田を除く]、浮島村、鐘ヶ江村[字溝越の内](現・久留米市)
- 木室村 ← 中木室村、下木佐木村、下牟田口村、荻島村、大橋村、本木室村、中八院村、上白垣村[大部分]、下白垣村、下八院村(現・大川市)
- 木佐木村 ← 侍島村、八町牟田村、絵下古賀村、上木佐木村、上牟田口村、上八院村、蛭池村(現・大木町)
- 三又村 ← 中古賀村、鐘ヶ江村[字溝越の内を除く]、道海島村、下林村、酒見村[字袋野]、下青木村[字沖田・佐ノ口・北境・南境・青木分・六反田・吉竹・知字]、西青木村[字沖田]、諸富村(現・大川市)
- 大川町 ← 榎津町、小保町、向島村、酒見村[字袋野を除く](現・大川市)
- 川口村 ← 一木村、津村、九網村、新田村、紅粉屋村(現・大川市)
- 田口村 ← 三丸村、坂井村、上巻村、鬼古賀村、北古賀村、幡保村、郷原村(現・大川市)
- 久間田村 ← 間村、七ツ家村、田脇村、久々原村(現・柳川市)
- 浜武村 ← 西浜武村、古賀村、南浜武村、吉原村(現・柳川市)
- 蒲池村 ← 蒲生村、立石村、高島村、金納村、矢加部村、東蒲池村、西蒲池村(現・柳川市)
- 大莞村 ← 大薮村、高橋村、奥牟田村、三八松村、筏溝村(現・大木町)
- 西牟田村(単独村制。現・筑後市)
- 大野島村(単独村制。現・大川市)
- 明治11年の段階で御井郡所属となっていた西久留米村、白山村、大石村、梅満村、長門石村の5村の内、白山村の一部(縄手通筋)、久留米村の一部(小頭町字片原添)が久留米市の一部となり、西久留米村の残部(小頭町字片原添を除く)が御井郡国分村の一部となり、白山村の残部と大石村、梅満村、長門石村は鳥飼村の一部として三潴郡に復帰する。
- 明治29年(1896年)7月1日 - 郡制を施行。
- 明治33年(1900年)5月31日 - 城島村が町制施行して城島町となる。(2町20村)
- 大正6年(1917年)10月1日 - 鳥飼村が久留米市に編入。(2町19村)
- 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
- 昭和12年(1937年)1月1日 - 久間田村・浜武村が合併して昭代村が発足。(2町18村)
- 昭和14年(1939年)2月11日 - 大善寺村が町制施行して大善寺町となる。(3町17村)
- 昭和24年(1949年)9月1日 - 荒木村が町制施行して荒木町となる。(4町16村)
- 昭和28年(1953年)4月1日 - 西牟田村が町制施行して西牟田町となる。(5町15村)
- 昭和29年(1954年)4月1日 - 大川町・三又村・川口村・大野島村・田口村・木室村が合併して大川市が発足し、郡より離脱。(4町10村)
- 昭和30年(1955年)
- 昭和31年(1956年)9月30日 - 大善寺町が筑邦町に編入。(4町)
- 昭和32年(1957年)11月1日 - 三瀦町が筑後市大字西牟田の一部を編入。
- 昭和42年(1967年)2月1日 - 筑邦町が久留米市に編入。(3町)
- 平成17年(2005年)2月5日 - 城島町・三潴町が久留米市に編入。(1町)
変遷表
自治体の変遷
明治22年以前 | 明治22年4月1日 | 明治22年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和29年 | 昭和30年 - 昭和64年 | 平成1年 - 現在 | 現在 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
大川町 | 大川町 | 昭和29年4月1日 大川市 |
大川市 | 大川市 | 大川市 | ||
木室村 | 木室村 | ||||||
三又村 | 三又村 | ||||||
川口村 | 川口村 | ||||||
田口村 | 田口村 | ||||||
大野島村 | 大野島村 | ||||||
大溝村 | 大溝村 | 大溝村 | 昭和30年1月1日 大木町 |
大木町 | 大木町 | ||
大莞村 | 大莞村 | 大莞村 | |||||
木佐木村 | 木佐木村 | 木佐木村 | |||||
久間田村 | 昭和12年1月1日 昭代村 |
昭代村 | 昭和30年1月1日 柳川市に編入 |
平成17年3月21日 柳川市の一部 |
柳川市 | ||
浜武村 | |||||||
蒲池村 | 蒲池村 | 蒲池村 | |||||
鳥飼村 | 大正6年10月1日 久留米市に編入 |
久留米市 | |||||
荒木村 | 荒木村 | 昭和24年9月1日 町制 荒木町 |
昭和30年1月1日 筑邦町 |
昭和42年2月1日 久留米市に編入 | |||
安武村 | 安武村 | 安武村 | |||||
大善寺村 | 昭和14年2月11日 町制 |
大善寺町 | 昭和31年9月30日 筑邦町に編入 | ||||
城島村 | 明治33年5月31日 町制 |
城島町 | 昭和30年2月1日 城島町 |
平成17年2月5日 久留米市に編入 | |||
江上村 | 江上村 | 江上村 | |||||
青木村 | 青木村 | 青木村 | |||||
三潴村 | 三潴村 | 三潴村 | 昭和30年7月20日 三潴町 | ||||
犬塚村 | 犬塚村 | 犬塚村 | |||||
西牟田村 | 西牟田村 | 昭和28年4月1日 町制 西牟田町 |
昭和30年3月10日 筑後市に編入 |
昭和32年11月1日 一部を三潴町に編入 | |||
筑後市 | 筑後市 | 筑後市 |
災害史
行政
- 歴代郡長
代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 明治11年(1878年)11月1日 | |||
大正15年(1926年)6月30日 | 郡役所廃止により、廃官 |
脚注
- ^ 住居表示実施地区の境界は不詳。
- ^ 1889年(明治22年)の初代久留米市の郡離脱後は、概ね大石町、白山町、梅満町、松ケ枝町、西町、六ツ門町、津福今町、荒木町白口、荒木町荒木より南西にあたる。
- ^ 久留米城下各町の総称。城郭を境として東西で御井郡と本郡にまたがる。無高のため記載なし。本項では便宜的に1町に数える。
- ^ a b 「おどろ」は「荊」の草冠が辺にのみかかる字。
- ^ 浜武町分・南浜武村に分かれて記載。
- ^ 記載は小保町村。
- ^ 記載は紅粉屋開。
- ^ 記載は西蒲池本村。
- ^ 久留米市編, 『久留米市誌 下巻』 (1933年).
- ^ 筑後川堤防が決壊、久留米市に濁流『大阪毎日新聞』昭和10年6月30日号外(『昭和ニュース事典第5巻 昭和10年-昭和11年』本編p218 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 40 福岡県、角川書店、1988年2月1日。ISBN 4040014006。
- 旧高旧領取調帳データベース