清水アキラ

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清水 アキラ
本名 清水 章
生年月日 1954年6月29日(57歳)
出身地 長野県下高井郡山ノ内町
グループ名 ザ・ハンダースものまね四天王
事務所 清水エイジェンシー
公式サイト http://www.shimizuakira.com/

清水 アキラ(しみず アキラ、1954年6月29日 - )は日本お笑いタレント(主にものまね)である。本名、清水 章(しみず あきら)。

長野県下高井郡山ノ内町出身[1]清水エイジェンシー所属。

目次

[編集] 人物

[編集] 出演作品

[編集] CD

  • ラーメンブルース(青江三奈とのデュエットソング。三共(現・第一三共)が発売した低カロリーカップ麺『メルビオラーメン』のCMソングに使われた)
  • 今この道を(2007年11月21日発売のシングル)

[編集] 主なものまね芸

主なレパートリーは、村田英雄牧伸二林家三平青江三奈春日八郎五木ひろし堀内孝雄谷村新司橋幸夫研ナオコ淡谷のり子井上陽水宇崎竜童美空ひばり北島三郎坂田利夫ブルース・リー和田アキ子南こうせつ渡部陽一など。

  • 顔にセロハンテープを貼って、本人そっくりに見立てる『セロテープ顔面整形』が特技。
    • 『セロテープ顔面整形』の初出は1989年放送の『ものまね王座決定戦』における研ナオコ『夏をあきらめて』のものまねで、コロッケの『顔面ものまね』による研ナオコのものまねで指で鼻を引き上げた所に着想を得た説が有力。また研ナオコのものまねで山本リンダの『こまっちゃうナ』の替え歌を歌った際に「こまっちゃうな~、アソコに毛が生えた〜」と歌い、下品な清水のものまねを毛嫌いしていた淡谷のり子がコメントを求められた際は「(似ているのは)顔だけじゃない」と一喝される。また研ナオコの『こまっちゃうナ』は1990年正月放送の『オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!』でしのざき美知松本明子森口博子篠塚満由美の4人が再披露した。
    • 後に『ものまね珍坊』で、その『夏をあきらめて』のものまねの最中、研ナオコ本人が清水と同じ『セロテープ顔面整形』をした状態で登場し、爆笑に包まれながら競演したことがある。
    • テープを顔に貼りすぎて顔が春日八郎の様になったことがあり、それを逆手にとって春日のものまねで『お富さん』を歌い笑いを取った。この際、鼻をテープで潰し、口にもテープを貼っていたためかなり呼吸が苦しい状態で歌っており、表情も嬉しいのか困っているのか区別がつかないものであった。司会の榊原郁恵はこれを見て「それ困った顔なんですか?」と言い、同じく司会の所ジョージは「セロテープもここまで使われれば嬉しいよね」と清水のテープ芸を賞賛した。一方、審査員の淡谷には「似てませんね」と一喝される。後に『ものまね珍坊』で春日本人と競演、春日は清水のものまねを見て「俺、こんな顔してるのかな?」と感想を述べている。
  • また、一見、正統派のものまねと思わせておいてとんでもない下ネタ、滅茶苦茶な替え歌、小ネタをねじ込む事も多かった。
    • 新沼謙治のまねで『津軽恋女』を演じた際は、鳩を出す手品をした。五木ひろしのまねで『よこはま・たそがれ』を演じた際は「♪よこはめ、たてはめ、ホテルの小部屋~」と替え歌にし、腰を激しくグラインドさせた。
    • 下ネタをよく好んだため、『ものまね王座決定戦』に参加していた頃は、審査員の淡谷のり子に酷評・説教されるのが半ば定番になっており、珍しく正統派の物真似を披露した時は「真面目にやればできるじゃない」と評された。前述の『セロテープ顔面整形』で研ナオコのものまねを初披露した際、淡谷から滅多に出さない満点を与えられた清水は、歓喜のあまり審査員席の淡谷の前まで行って土下座した程であり、「嬉しいです。だって淡谷先生に嫌われて3年ですから」とコメントした。自らの芸に対して本気で叱ってくれる淡谷を慕っており、淡谷が死去した際には涙さえ見せた(詳しくは淡谷のり子の項参照)。
  • 村田英雄のまねをする際、口を叩いて音を出す芸は1985年の『ものまね王座決定戦』で初披露。「浪花節だよ人生は」のイントロ部分の鼓の音を口を開き、掌を口に叩きつけて再現した事で話題となる。後々、ものまね番組でお馴染みとなる、司会の研ナオコが舞台袖で爆笑しながらひっくり返る様はこの時が元祖とされる。
    • 生前の村田は清水が自らのものまねを披露している事を知っており、ある時清水と出会った村田が「いつも俺の事宣伝してくれてありがとうな。おまえがTVで村田だ!村田だ!とやってくれているのをみてると嬉しくてな」と感謝の言葉をかけたという。その村田が糖尿病で足を切断した際も、快く清水の見舞いを受け入れた。村田の壮絶な闘病を耳伝いに聞き、ものまねを続けるべきか悩んでいた清水は、そのことがきっかけで村田のものまねを続けることを決心できたという。村田が死去した際清水はこの時のエピソードに触れ、涙を流しながら村田を偲んでいる。
    • 村田英雄記念館の村田英雄年表欄の1986年の項目には、「タレントの清水アキラに物真似される。」と表示されている。
    • 毎日放送TBS系『たけし・所のドラキュラが狙ってる』で、実際に村田と共演したことがある。
    • 清水の口を叩くしぐさや俺が村田だという振る舞いが河合じゅんじの漫画に引用されていた。ちなみに河合の漫画の中でこれをやるのは村田兆治である。

[編集] エピソード

  • トニー谷のものまね中にマイクにオナラをしようとしたが出なかった。
  • オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!スペシャル』で橋幸夫のものまねで『恋のメキシカン・ロック』を女性用のハイレグ水着姿でやりさんざんふざけたネタをした後に本人が登場、歌唱後に清水が橋に土下座して謝罪したが快く許してもらった。しかし、懲りずに後の回でも度々橋のものまね(曲は同じく『恋のメキシカン・ロック』)を女性用のハイレグ水着やスクール水着姿でやっており、ふざけたネタを披露した後に毎回本人が登場している。歌唱終了後には清水だけでなく司会者一同も橋に謝るのが恒例だが、ある回でメイン司会者格の榊原郁恵が橋に「怒ってらっしゃいます?」と聞いたところ、「マジな話でね、アキラ君が毎回こんな風にやってくれて、僕はもう感動してます。こんな人いませんよ」と橋が返し、会場の爆笑を誘った。
  • 2004年末の『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』で北島三郎のものまねで『まつり』を披露。曲の終盤で安田大サーカス張りのアクションでいきなり赤いブラジャーと白地に黒色で“”と染め抜かれたふんどし姿となる。その直後に本人が登場した時は、会場は一時パニックとなった。この後、清水は、「紅白の時この格好をして応援しに行く!!」と発言し、会場は爆笑の渦に包まれた。
  • 『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』などで特に若手の芸人が優勝して涙している後ろで、もらい泣きしている清水アキラの姿を見ることが多かった。
  • 1992年、「長野オリンピック音頭」を吹き込む。この曲は1995年、「長野冬季スポーツ音頭」と改題されて(「オリンピック」という名称が商標に抵触するため)リリースされた。
  • 某バラエティ番組で、清水自身が憧れのスキー選手であるインゲマル・ステンマルクとデュアル・スラロームで対決をした。レース前のインタビューで、「ハンディは3秒差ですか?」と聞かれたところ、「3秒では甘い!5秒!」と周囲の笑いを誘っていた。結果は5秒差を跳ね返し、ステンマルクが勝利(ゴール直前で向きを変え、お尻でゴールを切った)。しかし、清水自身もお笑い芸人らしからぬ素晴らしい滑りを見せた。また、1997年にはスピードスキーもコースレコードを更新する157.841km/hを上越国際スキー場で記録した。
  • 『ものまね王座決定戦 DVD BOX』発売記念記者発表会に出席した際、「織田裕二から“ものまね禁止令”が出た」と話題になった山本高広に対し「本人がやだって言うのにものまねするのはいかがなもんか」「いじめに繋がるのではないでしょうか?」と発言。この山本批判とも取れる発言のみが大きく取り上げられ、「自分の下ネタを交えた下品なものまねに対し、谷村新司井上陽水淡谷のり子などが不快を表明した事があったのに、自身の過去を棚に上げて他人を批判している」「今売れている山本への嫉妬ではないか?」と批判の対象とされた。しかし、清水は自分自身についても「谷村新司さんに対して挨拶しても返事がもらえなかった程嫌がられていた」と締め括り、自分のものまね芸が常に批判されていたことを明かしている。
  • 現在の『ものまね紅白歌合戦』の姿勢に批判的で、ブログで批判的な感想や皮肉を書いている。
  • 2000年代頃からは油絵を嗜んでおり、加山雄三等の絵を見て勉強、個展を開くほどの腕前である。『ものまね紅白歌合戦』では、井上陽水の「リバーサイドホテル」を歌いながらスポンジで川沿いに建つホテルを描き上げた。
  •  2009年12月より1年間、箱根湯本の温泉旅館天成園にて歌謡ショーが開催されていた。
  • ハンダース解散から1年後の1981年9月30日ルーレット賭博容疑で逮捕(その後、不起訴処分で釈放)。

[編集] 関連人物

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

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