細谷圭

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細谷 圭
千葉ロッテマリーンズ #59
LM-Kei-Hosoya.jpg
ヒットを打ち、バット投げる細谷(2009年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県佐波郡境町 (現:伊勢崎市)
生年月日 1988年1月17日(28歳)
身長
体重
182 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手左翼手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト4巡目
初出場 2008年4月13日
年俸 930万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

細谷 圭(ほそや けい、1988年1月17日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手内野手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

境町立北中学校時代、二年生時は二塁手として試合に出場。二年生の夏以降、三塁手になるが、のちに遊撃手にコンバート。投手としても活躍。チームは佐波郡内負け無しで夏の県大会ベスト8に進出した。

太田市立商高時代は通算で46本の本塁打を放ち、「群馬のゴジラ」の異名をとった。右打者ながらライトに大きく伸びる打球が特徴。2005年夏の甲子園群馬県予選は決勝まで進出したものの、前橋商高に惜敗し、甲子園出場はならなかった。パンチの効いた打撃が注目され、2005年ドラフト会議千葉ロッテマリーンズから高校生ドラフト4巡目で指名を受けた。

プロ入り後[編集]

2006年は高卒1年目ながら2軍で48試合に出場したが、打率.217、期待されていた本塁打も1に終わった。2007年は2軍の4番として2軍で打率.270、チームトップの9本塁打・41打点を挙げ、中心選手として活躍した。守備でも三塁手を中心に内野の4ポジションすべてで起用され、ユーティリティーぶりをアピールした。将来の内野のレギュラー候補と目される存在でもあった。

2008年は開幕から2軍で4,5番を打つものの、成績は平凡で2軍の選手の中でも飛び抜けていい成績ではなかったが、チームの中心の一塁手である福浦和也フリオ・ズレータの二人が2軍に落ち、1軍に一塁を守れる選手がホセ・オーティズしかいなかったため、4月13日に1軍登録。本職は三塁だが、借り物のグラブでその日「8番・一塁」でプロ入り初出場初スタメンし、7回にプロ初安打となる価値ある同点打を放ち、初のお立ち台も経験した。

2011年5月17日、対中日戦で右膝痛で登録抹消となった荻野貴司に代わり1軍に昇格し遊撃手として先発出場すると、5回にプロ6年目にして初の本塁打を放った[1]。だが、6月9日の阪神戦で右足首を負傷し、一軍に戻ったのは9月になった[1]

2013年は開幕から一軍に定着し、対左投手時のスタメンや今江敏晃の負傷時の三塁、代打、代走、守備要員とマルチな活躍を見せ自己最多の84試合に出場した。

2016年シーズンには、内野手登録ながら外野守備への挑戦も開始。同年のオープン戦では主に左翼手として出場した。この年から登場曲を応援歌にも使用されているDreamin'に変更。開幕から一軍に定着し、5月15日対楽天戦では自身初となる満塁ホームラン(代打逆転満塁ホームラン)を放った。最終的に、規定打席到達こそならなかったものの、1年を通じて一軍登録を抹消されることなく、一塁・三塁・左翼の3ポジションを守り、102安打を放つなど一定の成績を残しソフトバンクとのクライマックスシリーズファーストステージにも出場した。細谷にとって飛躍の年となるシーズンであった。

人物[編集]

細谷が生まれた年に解散したBOØWYのファンであり、登録名をHOSØYAにしたいという野望を抱いている[2]。また、2010年から採用された応援歌はBOØWYのDreamin'が使われている。なお、BOØWYは細谷の出身地の群馬県にゆかりがある(メンバーの出身地など)。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 ロッテ 20 50 48 4 8 2 0 0 10 4 0 0 1 0 1 0 0 15 1 .167 .184 .208 .392
2010 6 22 22 4 6 1 0 0 7 3 0 0 0 0 0 0 0 7 0 .273 .273 .318 .591
2011 22 60 58 2 7 1 1 2 16 5 0 0 1 0 1 0 0 28 2 .121 .136 .276 .411
2012 19 28 23 2 3 1 0 1 7 3 0 1 1 1 3 0 0 10 1 .130 .222 .304 .527
2013 84 116 102 18 22 2 0 2 30 8 1 0 3 1 10 0 0 29 2 .216 .283 .294 .577
2014 45 39 33 6 7 0 0 0 7 0 1 1 2 0 3 0 1 8 1 .212 .297 .212 .509
2015 16 14 10 4 3 0 0 0 3 2 1 0 0 1 3 0 0 1 0 .300 .429 .300 .729
2016 116 404 371 45 102 23 4 3 142 40 9 4 11 1 18 0 3 93 6 .275 .313 .383 .696
NPB:8年 328 733 667 85 158 30 5 8 222 65 12 6 19 4 39 0 4 191 13 .237 .282 .333 .614
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 三塁 遊撃
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2008 3 31 0 0 2 1.000 15 9 18 1 0 .964 -
2010 - 4 0 8 2 0 .800 -
2011 - 3 1 5 0 1 1.000 18 22 31 1 6 .981
2012 17 73 8 1 8 .988 1 0 1 0 0 1.000 -
2013 46 149 19 1 10 .994 21 9 20 0 1 1.000 4 7 6 0 1 1.000
2014 29 62 3 1 5 .985 9 4 7 1 0 .917 5 8 6 1 3 .933
通算 95 315 30 3 25 .991 53 23 59 4 2 .953 27 37 43 2 10 .976
  • 2014年度シーズン終了時

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 59 (2006年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 2011年の年男 千葉ロッテマリーンズ『週刊ベースボール』2012年1月9.16日号、ベースボール・マガジン社、2012年、雑誌20443-1/9.16, 57頁。
  2. ^ 根元だ細谷だ!ロッテ連日のサヨナラV 2008年4月14日 スポニチ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]