眠れる美女

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
眠れる美女
House of the Sleeping Beauties
著者 川端康成
発行日 1961年11月30日
発行元 新潮社
ジャンル 中編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
ページ数 150
Portal.svg ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

眠れる美女』(ねむれるびじょ)は、川端康成中編小説。全5章から成る。川端の後期を代表する作品で、デカダンス文学の名作と称されている[1][2]。すでに男でなくなった有閑老人限定の「秘密くらぶ」の会員となった老人が、海辺の宿の一室で、意識がなく眠らされた形の若い娘の傍らで一夜を過ごす物語。老いを自覚した男が、逸楽の館での「眠れる美女」のみずみずしい肉体を仔細に観察しながら、過去の恋人や自分の娘、死んだ母の断想や様々な妄念、夢想を去来させるエロティシズムとデカダンスが描かれている。第16回(1962年度)毎日出版文化賞を受賞した[3]

これまで日本で2度、海外で3度(フランスドイツオーストラリア)映画化された。

発表経過[編集]

1960年(昭和35年)、雑誌『新潮』1月号(第57巻第1号)から6月号と、翌年1961年(昭和36年)1月号から11月号(第58巻第11号)まで断続的に連載された[4]。17回にわたる連載ながら全量は中編で、各回は原稿用紙平均10枚程度のものだった。連載6回目と7回目の間の約半年の空白休止期間は、アメリカ国務省の招きによる渡米と、ブラジルサンパウロでの国際ペンクラブ大会出席などの多忙が一因とみられる[4]

連載終了後は、内容に沿って全体を5話の構成で章分けし、同年11月30日に新潮社より単行本刊行された[4][5]。文庫版は新潮文庫より刊行されている。海外でも評価は高く、翻訳版は1969年(昭和44年)のエドワード・サイデンステッカー訳(英題:“House of the Sleeping Beauties”)をはじめ、世界各国で行われている。

作品概略・背景[編集]

『眠れる美女』は、『古都』や『千羽鶴』などの伝統的な日本の美を基調とした作品とはやや趣が異なる、前衛的幻想的な作風で、川端後期を代表する作品である。また「老人の性」を描いたものとして、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』とも併称されることが多い[6]。『眠れる美女』は海外でも注目されており、コロンビアノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスは、この作品に触発されて、1982年(昭和58年)にエッセイ『眠れる美女の飛行』を書き、2004年(平成16年)には長編小説『わが悲しき娼婦たちの思い出』を書いている[7]

『眠れる美女』の初版刊行の4か月ほど後、川端は睡眠薬の服用が高じ、1962年(昭和37年)2月には、禁断症状を起して入院しており、数日間意識不明の状態が続いた。このことから、『眠れる美女』の執筆中の川端の「内的作業」とその深部に、薬の影響が絡んでいることが推察され[8]、それが一種の魔界を顕現させているこの時期の作品群(『片腕』など)に反映されていることが鑑みられている[9]

あらすじ[編集]

江口老人は、友人の木賀老人に教えられた或る宿を訪れた。その海辺に近い二階立ての館には案内人が中年の女一人しかいなかった。江口老人は「すでに男でなくなっている安心できるお客さま」として迎えられ、二階の八畳で一服する。部屋の隣には鍵のかかる寝部屋があり、深紅ビロードのカーテンに覆われた「眠れる美女」の密室となっていた。そこは規則として、眠っている娘に質の悪いいたずらや性行為をしてはいけないことになっており、会員の老人たちは全裸の娘と一晩添寝し逸楽を味わうという秘密のくらぶの館だった。江口はまだ男の性機能が衰えてはいず、「安心できるお客さま」ではなかったが、そうであることも自分でできた。

眠っている20歳前くらいの娘の初々しい美しさに心を奪われた江口は、ゆさぶっても起きない娘を観察したり触ったりしながら、昔の若い頃、処女だった恋人とかけおちした回想に耽り、枕元の睡眠薬で眠った。半月ほど後、江口は再び「眠れる美女」の家を訪れた。今度の娘は妖艶で娼婦のように男を誘う魅力に満ちていた。江口は禁制をやぶりそうになったが、娘の処女のしるしを見て驚き、純潔を汚すのを止めた。まぶたに押し付けられた娘の手から椿の花の幻を見た江口は、嫁ぐ前に末娘と旅した椿寺のことを思い出す。二人の若者が末娘をめぐって争い、その一人に末娘は無理矢理に処女を奪われたが、もう一人の若者と結婚したのだった。

8日後、3回目に宿を訪れて添寝した「眠れる美女」は、16歳くらいのあどけない小顔の少女だった。江口は娘と同じ薬をもらって、自分も一緒に死んだように眠ることに誘惑をおぼえた。老人に様々な妄念や過去の背徳を去来させる「眠れる美女」は、遊女や妖婦が化身だったという昔の説話のように、老人が拝む仏の化身ようにも江口には思われた。次に訪れて添寝した娘は整った美人ではないが、大柄のなめらかな肌で寒い晩にはあたたかい娘だった。江口の中で再び「眠れる美女」と無理心中することや悪の妄念が去来した。5回目に江口が宿を訪れたのは、正月を過ぎた真冬の晩だった。狭心症で突然死した福良専務もこの「秘密くらぶ」の会員だったことを、江口は木賀老人から聞いていた。福良専務は世間では温泉宿で死んだことになっていた。宿の中年女はその遺体を運び擬装したことを江口に隠さなかった。

その晩、江口の床には娘が二人用意されていた。色黒の野性的な娘と、やわらかなやさしい色気の白い娘に挟まれて、江口は、白い娘を自分の一生の最後の女にすることを想像した。江口は自分の最初の女は誰かとふと考え、なぜか結核で血を吐き死んでいった母のことを思い出した。深紅のカーテンが血の色のように見えた江口は、睡眠薬の眠りに落ちていった。母の夢から醒めると、色黒の娘が冷たくなり死んでいた。江口は眠っている間に自分が殺したのではないとふと思い、ガタガタとふるえた。宿の中年女は医者も呼ばず平然と対処し、「ゆっくりとおやすみなさって下さい。娘ももう一人おりますでしょう」と言って、眠れないと訴える江口に白い錠剤を渡した。白い娘の裸は輝く美しさに横たわっているのを江口は眺めた。死んだ黒い娘を温泉宿へ運び出す車の音が遠ざかった。

登場人物[編集]

江口由夫
67歳。老妻と暮らしている。嫁いだ娘が三人いて、それぞれの娘はを産んでいる。独身の若い頃に駆け落ちまでした恋人がいた。結婚後も芸者愛人、人妻との不倫などがあった。17歳の時に母親を結核で亡くす。
宿の女
40代半ば。小柄で声が若い。わざとのようにゆるやかな物言い。薄い唇を開かぬほど動かし、相手の顔をあまり見ない。相手の警戒心をゆるめる黒の濃い瞳。警戒心のなさそうな、ものなれた落ち着きがある。
第一夜の娘
20歳前くらいの初々しい美しい娘。化粧荒れしていない眉。自然に長い髪。江口に乳呑児の匂いや、独身時代の恋人を思い出させる。
第二夜の娘
妖艶で、眠っていても娼婦のように男を誘う妖しさの娘。えりあしの髪を短くし、上向けに撫でそろえた髪型。前髪は自然に垂らしている。豊かな乳房。よく寝言を言ったり寝返りしたり動きが多い。「お母さん」と寝言を言う。江口は処女のしるしを見る。
第三夜の娘
16歳くらいのあどけない小顔の少女。宿の女が「見習いの子」と称する新人。おさげ髪をほどいたような髪。手入れしていない眉。長い睫毛。江口に3年前付き合っていた細身の人妻と、中年頃にあった14歳の娼婦を思い出させる。
第四夜の娘
大柄で太い首の娘。なめらかな吸いつくような肌があたたかい。整った美人ではなく、鼻の低い丸い頬の可愛い娘。低くひろがった乳房。
第五夜の娘
元気な寝相で、わき臭のややある黒光りの野性的な娘と、やさしい色気の骨細のきれいな白い娘の二人。色黒の娘は、乳かさが大きく紫黒く、長い指で長い爪で細い金のネックレスを付けている。白い娘は、乳房は小さいが円く高く、腰のまるみも同じような形で、細く長い首と美しい形の鼻。
木賀老人
江口の友人。江口に「秘密のくらぶ」を紹介した老人。会員だった福良専務の突然死のことを江口に教える。

作品評価・解釈[編集]

『眠れる美女』は、総じて国内外とも評価が高く、エドワード・G・サイデンステッカー三島由紀夫はこの作品を「文句なしに傑作」と呼び、この作評がその後の文芸論評で多く引用されることが多い。三島は、「形式的完成美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品である」、「デカダン気取りの大正文学など遠く及ばぬ真の頽廃が横溢してゐる」と『眠れる美女』を高く評価をし[1]、川端の中編のうち、最も「構造布置」の整った作品で、後期を代表するものだとしている[10]

そして三島は、この小説が「秘密クラブの密室に終始する」ということ自体に、「精神の閉塞状態」が象徴され、川端の「地獄」に慄然としたとしつつも、その主題は極端な形で表現されてはいるが、川端文学に前から通底していたもので、『禽獣』の「愛の形」も、初期から見られていた「少女嗜好」も、『眠れる美女』に帰着すべきものだったとし[10]、川端文学では処女小鳥も、自らは語り出さず、「絶対に受身の存在の純粋さ」を帯びていると説明しながら、以下のようにそのエロスの構造を解説している。

精神的交流によつてエロティシズムが減退するのは、多少とも会話が交されるとき、そこには主体が出現するからである。到達不可能なものをたえず求めてゐるエロティシズムの論理が、対象の内面へ入つてゆくよりも、対象の肉体の肌のところできつぱり止まらうと意志するのは面白いことだ。真のエロティシズムにとつては、内面よりも外面のはうが、はるかに到達不可能なものであり、謎に充ちたものである。処女膜とは、かくてエロティシズムにとつては、もつとも神秘的な「外面」の象徴であつて、それは決して女性の内面には属さない。川端文学においては、かくて、もつともエロティックなものは処女であり、しかも眠つてゐて、言葉を発せず、そこに一糸まとはず横たはつてゐながら、水平線のやうに永久に到達不可能な存在である。「眠れる美女」たちは、かういふ欲求の論理的帰結なのだ。

三島由紀夫「解説」(『日本の文学38 川端康成集』)[10]

そしてこういった、「実在観念との一致を企むところに陶酔を見出してゐる」状態は、性欲が「純粋性慾」に止まり、「相互の感応」を前提とする「愛」から最も遠い性欲の形であるため、ローマ法王庁がもっとも嫌悪する「邪悪」となるはずであるが、その概念に反し、最後に宿の女が、「この家には、悪はありません」と断言することで、川端の考える「悪」がどういうものであるか「朧ろげに泛ぶ」と三島は指摘し[1]、「眠れる美女の世界は、無力感によつて悪から隔てられてゐる」と考えるとき、川端の規定する「悪」は、「活力が対象を愛するあまり滅ぼし殺すやうな悪であり、すべての人間的なるものの別名」であるとし[1]、この川端と「反対方向の世界」に魅せられ、川端と同じくらいの厭世家の作家として、『カルメン』の作者メリメが挙げて、その「悪」の意味の相関関係を示している[1]

上田渡は、江口が「最初の女は母だ」とひらめくことについて、少年の江口が瀕死の母の胸をなでたとたんに、母が多量の血を吐き絶命したことが、罪悪感として江口老人の潜在意識の残ったとし[11]、「性的回想が母に還元されていき、『最初の女は母だ』という結論に到達した時、それは母の死に直結していく」と解説している[11]。そして、江口と母は現実に近親相姦の関係を持ったわけでないが、死の床の母の胸をなでた時の「江口の心理状態」は「母を犯した」ことと同義であるとしつつ[11]、“右と左との娘のちぶさにたなごころをおいた”時に江口が母の胸をなでたことを思いだすのを、「胸にふれる行為が娘と母を結びつけている」と考察している[11]

春木奈美子は、江口が母の夢の中で見る赤いダリアのような花に囲まれた家や、深紅のカーテンに囲まれた部屋は、「母胎内の暗喩」だとし、「世界と私との接続点、生の起点が、女性の身体というトポスを間借りして現れる」と考察し[8]、以下のように『眠れる美女』を解説している。

最後の女として娘の処女を犯そうと夢想し、最初の女としての母のイマージュが回帰した後に運ばれてくる夢は、やはり血の赤によって破られる。眠る美女が駆り立てる愛撫の強迫と、死に行く母に無言で呼びかけられる強迫。死が性の衣を脱いで、死の床で無言に呼びかける母と、今宵眠れる美女の家で無言に愛撫を誘う娘とが、ここで交わる。死という受け取りきれない贈与は、夢の中で形を変えて反復される。応答不可能な限り、この故なき責めは止むことはない。はじまりを可能にした死の痕跡は、拭い去されることはない。女主人によって跡形もなく運びだされる娘の遺体、そんな娘の一点の染みも残さぬ消失も、江口のうえに重くのしかかることになる。

春木奈美子「〈告白〉の現代―川端康成の『眠れる美女』を通して―」[8]

そして「性の中に漂う死の匂い」に惹きつけられる江口は、最後には、死に取り残され、「死は、誰ひとり追いついてくる者もいないほの暗し、地帯」であり、「われわれを惹きつけると同時に跳ね除けるもの」だと春木は解説しつつ[8]、「深紅のビロードのカーテンの部屋にも、赤い花の家にも、歓待はない」としている[8]

瀧田夏樹は、「枯れはてた老人に化けて、禁断の場所に潜入し、性の冒険を試みる江口老人のあり方には、三島由紀夫の、すでに世評高い作品『禁色』の人物、「檜俊輔」の耽美的執念を思わせるものがある。江口老人の“由夫”という名もなにか気にかかる」とし[12]、三島の『禁色』が発表された当時、川端が〈禁色は驚くべき作品です〉と三島に伝え[13]、〈しかし西洋へ行かれればまた新しい世界がひらけると思ひます〉と勧めている手紙に触れて、その〈西洋〉で、「川端は何を云おうとしたのだろうか」と述べている[12]

代筆疑惑[編集]

近年では『眠れる美女』は三島由紀夫代筆した作品であるという説を唱えている者もあり、元文藝春秋編集長・堤堯などをはじめ、文壇・出版界にその説は根強くあると西法太郎は述べている[14][15]

板坂剛も三島代筆の可能性に言及し[16][17]安藤武が『眠れる美女』の原稿を見た時、綺麗な字で書かれていたため、これは川端の字ではないと言ったとしている[17]

おもな刊行本・音声資料[編集]

  • 『眠れる美女』(新潮社、1961年11月30日)
  • 原稿復刻版『眠れる美女』(ほるぷ出版 名作自選日本近代文学館、1972年12月1日)
    • 別冊解説:長谷川泉「『眠れる美女』解説」。
    • ※ 原稿は大半が遺されていて、初出誌連載の第6回、第16回、第17回の3回分を除いた14回分が、原稿そのままに復刻された。ちなみに、初出発表誌では各回の文末に「つづく」と付されているが、この原稿復刻版によれば、第3回、第7回、第11回から第15回までの原稿文末に「つづく」とある以外、他の回には記されていない[4]
  • 文庫版『眠れる美女』(新潮文庫、1967年11月25日。改版1991年)
  • 少女の文学 1『眠れる美女』(プチグラパブリッシング、2008年6月20日)
  • 朗読CD・〈声を便りに〉オーディオブック『眠れる美女』(響林社、2012年10月1日)
    • CD4枚(4時間51分35秒)。朗読:wis
  • 英文版『House of the Sleeping Beauties, and Other Stories』(訳:エドワード・サイデンステッカー)(Kodansha International Ltd.、1969年。改版1980年、新装版2004年)
    • 前文解説(Introduction):三島由紀夫
    • 収録作品:眠れる美女(House of the Sleeping Beauties)、片腕(One Arm)、禽獣(Of Birds and Beasts)

映画化[編集]

各国翻訳者[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e 三島由紀夫「解説」(文庫版『眠れる美女』)(新潮文庫、1967年。改版1991年)
  2. ^ 「カバー解説」(文庫版『眠れる美女』)(新潮文庫、1967年。改版1991年)
  3. ^ 羽鳥徹哉原善編『川端康成全作品研究事典』(勉誠出版、1998年)
  4. ^ a b c d 「解題」(『川端康成全集第18巻』)(新潮社、1980年)
  5. ^ 「著書目録」(『川端康成全集第35巻 雑纂2』)(新潮社、1983年)
  6. ^ 川端康成・三島由紀夫・中村光夫の座談会)「川端康成氏に聞く」(『文芸読本 川端康成』)(河出書房新社、1962年)
  7. ^ 花方寿行ガブリエル・ガルシア=マルケス『我が哀しき娼婦たちの思い出』と川端康成『眠れる美女』―コラージュと変奏」(静岡大学 翻訳の文化/文化の翻訳、2006年)
  8. ^ a b c d e 春木奈美子「〈告白〉の現代―川端康成の『眠れる美女』を通して―」(研究開発コロキアム、2009年3月)
  9. ^ 保昌正夫編『新潮日本文学アルバム16 川端康成』(新潮社、1984年)
  10. ^ a b c 三島由紀夫「解説」(『日本の文学38 川端康成集』)(中央公論社、1964年3月)
  11. ^ a b c d 上田渡「川端康成『眠れる美女』論―幻想空間のパラドックス」(信州豊南女子短期大学紀要、1989年3月)
  12. ^ a b 瀧田夏樹「15 『みづうみ』と『眠れる美女』」(『川端康成と三島由紀夫をめぐる21章』)(風間書房、2002年1月)pp.122-131
  13. ^ 川端康成「三島由紀夫宛ての書簡」(昭和26年8月10日付)。『川端康成・三島由紀夫 往復書簡』)(新潮社、1997年12月。新潮文庫、2000年10月)に所収。
  14. ^ 西法太郎「川端康成を囲んで」(『三島由紀夫の総合研究』)(2009年1月13日号)
  15. ^ 西法太郎『ノーベル賞受賞を巡る「川端」と「三島」のエピソード 川端康成と三島由紀夫(第3回)川端康成「眠れる美女」代作説』(青林堂、2011年)
  16. ^ 板坂剛「三島由紀夫と川端康成」(『極説・三島由紀夫――切腹とフラメンコ』)(夏目書房、1997年6月)
  17. ^ a b 板坂剛・鈴木邦男『三島由紀夫と一九七〇年』(鹿砦社、2010年11月)60p

参考文献[編集]

  • 文庫版『眠れる美女』(付録・解説 三島由紀夫)(新潮文庫、1967年。改版1991年)
  • 『川端康成全集第35巻 雑纂2』(新潮社、1983年)
  • 『新潮日本文学アルバム16 川端康成』(新潮社、1984年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第32巻・評論7』(新潮社、2003年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第34巻・評論9』(新潮社、2003年)
  • 板坂剛『極説・三島由紀夫――切腹とフラメンコ』(夏目書房、1997年6月)
  • 板坂剛・鈴木邦男『三島由紀夫と一九七〇年』(鹿砦社、2010年11月)
  • 上田渡『川端康成「眠れる美女」論―幻想空間のパラドックス』(信州豊南女子短期大学紀要、1989年3月) [1]
  • 西法太郎「川端康成を囲んで」(『三島由紀夫の総合研究』2009年1月13日号) [2]
  • 西法太郎『ノーベル賞受賞を巡る「川端」と「三島」のエピソード 川端康成と三島由紀夫(第3回)川端康成「眠れる美女」代作説』(青林堂、2011年) [3]
  • 瀧田夏樹『川端康成と三島由紀夫をめぐる21章』(風間書房、2002年1月)
  • 羽鳥徹哉原善編『川端康成全作品研究事典』(勉誠出版、1998年)
  • 花方寿行ガブリエル・ガルシア=マルケス「我が哀しき娼婦たちの思い出」と川端康成「眠れる美女」―コラージュと変奏』(静岡大学 翻訳の文化/文化の翻訳、2006年)
  • 春木奈美子『〈告白〉の現代―川端康成の『眠れる美女』を通して―』(研究開発コロキアム、2009年3月) [4]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]