眠れる美女

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眠れる美女
House of the Sleeping Beauties
著者 川端康成
発行日 1961年11月25日
発行元 新潮社
ジャンル 中編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
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眠れる美女』(ねむれるびじょ)は、川端康成中編小説。全5章から成る。川端の後期を代表する作品で、デカダンス文学の名作である[1][2]。すでに男でなくなった有閑老人のための「秘密くらぶ」の会員となった老人が、海辺の宿の一室で前後不覚に眠らされた形の若い娘の傍らで一夜を過ごす物語。逸楽の館の「眠れる美女」のみずみずしい肉体を透して、過去の恋人や自分の娘、死んだ母の断想や様々な妄念、夢が去来し、訪れつつある死の相を凝視する老人の眼のデカダンスが描かれている[1]。第16回(1962年)毎日出版文化賞を受賞した。

これまで日本で2度、海外で3度(フランスドイツオーストラリア)映画化された。

発表経過[編集]

1960年(昭和35年)、雑誌『新潮』1月号から6月号と、翌年1961年(昭和36年)1月号から11月号に断続的に連載された。17回にわたる連載ながら全量は中編で、各回は原稿用紙平均10枚程度のものだった。単行本は連載後の同年11月25日に新潮社より刊行された。現行版は新潮文庫より刊行されている。海外でも評価は高く、翻訳版は1969年(昭和44年)のエドワード・サイデンステッカー訳(英題:“House of the Sleeping Beauties”)をはじめ、世界各国で行われている。

作品概要[編集]

『眠れる美女』は川端後期の傑作として、『片腕』と併称されることが多く、また「老人の性」を描いたものとして、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』とも併称されている。また、コロンビアノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスは、これに触発されて、1982年(昭和58年)にエッセイ『眠れる美女の飛行』を書き、2004年(平成16年)には長編小説『わが悲しき娼婦たちの思い出』を書いている[3]

なお、川端は初版刊行の4ヶ月ほど後、睡眠薬の服用が高じ、1962年(昭和37年)2月には、禁断症状を起して入院しており、数日間意識不明の状態が続いた。この出来事は、『眠れる美女』が川端の内的作業とその深部において複雑に絡み合っていることを示し[4]、薬の影響が一種の魔界を見せているその時期の作品群に反映されていることが鑑みられるという[5]

あらすじ[編集]

江口老人は、友人の木賀老人に教えられた或る宿を訪れた。その海辺に近い二階立ての館には案内人が中年の女一人しかいなかった。江口老人は「すでに男でなくなっている安心できるお客さま」として迎えられ、二階の八畳で一服する。部屋の隣には鍵のかかる寝部屋があり、深紅ビロードのカーテンに覆われた「眠れる美女」の密室となっていた。そこは規則として、眠っている娘に質の悪いいたずらや性行為をしてはいけないことになっており、会員の老人たちは全裸の娘と一晩添寝し逸楽を味わうという秘密のくらぶの館だった。江口はまだ男の機能が衰えてはいず、「安心できるお客さま」ではなかったが、そうであることも自分でできた。

眠っている20歳前くらいの娘の初々しい美しさに心を奪われた江口は、ゆさぶっても起きない娘を観察したり触ったりしながら、昔の若い頃、処女だった恋人とかけおちした回想に耽り、枕元の睡眠薬で眠った。半月ほど後、江口は再び「眠れる美女」の家を訪れた。今度の娘は妖艶で娼婦のように男を誘う魅力に満ちていた。江口は禁制をやぶりそうになったが、娘の処女のしるしを見て驚き、純潔を汚すのを止めた。まぶたに押し付けられた娘の手から椿の花の幻を見た江口は、嫁ぐ前に末娘と旅した椿寺のことを思い出す。二人の若者が末娘をめぐって争い、その一人に末娘は無理矢理に処女を奪われたが、もう一人の若者と結婚した。

8日後、3回目に宿を訪れ添寝した「眠れる美女」は、16歳くらいのあどけない小顔の少女だった。江口は娘と同じ薬をもらって、自分も一緒に死んだように眠ることことに誘惑をおぼえた。老人に様々な妄念や過去の背徳を去来させる「眠れる美女」は、遊女や妖婦が仏の化身だったという昔の説話のように、老人が拝む仏の化身ようにも江口には思われた。次に訪れ、添寝した娘は整った美人ではないが、大柄のなめらかな肌で寒い晩にはあたたかい娘だった。江口の中で再び「眠れる美女」と無理心中することや悪の妄念が去来した。5回目に江口が宿を訪れたのは、正月を過ぎた真冬の晩だった。狭心症で突然死した福良専務もこの「秘密くらぶ」の会員だったことを、江口は木賀老人から聞いていた。福良専務は世間では温泉宿で死んだことになっていた。宿の女は遺体を運び擬装したことを江口に隠さなかった。

その晩、江口の床には娘が二人用意されていた。色黒の野性的な娘と、やわらかなやさしい色気の白い娘に挟まれて、江口は、白い娘を自分の一生の最後の女にすることを想像した。江口は自分の最初の女は誰かとふと考え、なぜか結核で血を吐き死んでいった母のことを思い出した。深紅のカーテンが血の色のように見えた江口は、睡眠薬の眠りに落ちていった。母の夢から醒めると、色黒の娘が冷たくなり死んでいた。江口は眠っている間に自分が殺したのではないとふと思い、ガタガタとふるえた。宿の女は医者も呼ばず平然と対処し、「ゆっくりとおやすみなさって下さい。娘ももう一人おりますでしょう」と言って、眠れないと訴える江口に白い錠剤を渡した。白い娘の裸は輝く美しさに横たわっているのを江口は眺めた。黒い娘を温泉宿へ運び出す車の音が遠ざかった。

登場人物[編集]

江口由夫
67歳。老妻と暮らしている。嫁いだ娘が三人いて、それぞれの娘は孫を産んでいる。独身の若い頃に駆け落ちまでした恋人がいた。結婚後も芸者の愛人、人妻との不倫などがあった。17歳の時に母親を結核で亡くす。
宿の女
40代半ば。小柄で声が若い。わざとのようにゆるやかな物言い。薄い唇を開かぬほど動かし、相手の顔をあまり見ない。相手の警戒心をゆるめる黒の濃い瞳。警戒心のなさそうな、ものなれた落ち着きがある。
第一夜の娘
20歳前くらいの初々しい美しい娘。化粧荒れしていない眉。自然に長い髪。江口に乳呑児の匂いや、独身時代の恋人を思い出させる。
第二夜の娘
妖艶で、眠っていても娼婦のように男を誘う妖しさの娘。えりあしの髪を短くし、上向けに撫でそろえた髪型。前髪は自然に垂らしている。豊かな乳房。よく寝言を言ったり寝返りしたり動きが多い。「お母さん」と寝言を言う。江口は処女のしるしを見る。
第三夜の娘
16歳くらいのあどけない小顔の少女。宿の女が「見習いの子」と称する新人。おさげ髪をほどいたような髪。手入れしていない眉。長い睫毛。江口に3年前付き合っていた細身の人妻と、中年頃にあった14歳の娼婦を思い出させる。
第四夜の娘
大柄で太い首の娘。なめらかな吸いつくような肌があたたかい。整った美人ではなく、鼻の低い丸い頬の可愛い娘。低くひろがった乳房。
第五夜の娘
元気な寝相で、わき臭のややある黒光りの野性的な娘と、やさしい色気の骨細のきれいな白い娘の二人。色黒の娘は、乳かさが大きく紫黒く、長い指で長い爪で細い金のネックレスを付けている。白い娘は、乳房は小さいが円く高く、腰のまるみも同じような形で、細く長い首と美しい形の鼻。
木賀老人
江口の友人。江口に「秘密のくらぶ」を紹介した老人。会員だった福良専務の突然死のことを江口に教える。

作品評価・解説[編集]

『眠れる美女』について三島由紀夫は、「形式的完成美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品である」、「デカダン気取りの大正文学など遠く及ばぬ真の頽廃が横溢してゐる」と評し[2]、川端の中編のうち、最も「構造布置」の整った作品で、後期を代表する傑作だとしている[6]。また、この小説が「秘密クラブの密室に終始する」ということ自体が、「精神の閉塞状態のみごとな象徴」をなしていると述べ、小説家としての川端の「地獄」をそこに見て慄然としたとしつつも、そこに現れている主題は極端な形をとってはいても、川端文学の読者にとっては目新しくはなく、『禽獣』に現れていた「愛の形」も、初期作品からたえず繰り返されてきた「少女嗜好」も、結局『眠れる美女』に帰着すべきものであったと解説している[6]

また、川端文学では処女小鳥も、自らは語り出さない「絶対に受身の存在の純粋さ」を帯びて現われると三島は述べ[6]、「精神的交流によつてエロティシズムが減退するのは、多少とも会話が交されるとき、そこには主体が出現するからである」と規定している[6]。そして、「到達不可能なものをたえず求めてゐるエロティシズムの論理」が、「対象の内面」へ入ってゆくよりも、「対象の肉体の肌のところできつぱり止まらうと意志するのは面白いことだ」とし[6]、「真のエロティシズム」にとっては、内面よりも外面の方が、「はるかに到達不可能なもの」であり、謎に充ちたものだと論考している[6]。よって、「処女膜」とは、エロティシズムにとっては、「もつとも神秘的な“外面”の象徴」であって、それは決して「女性の内面」には属さず、川端文学において、もっともエロティックなものは「処女」であり、「しかも眠つてゐて、言葉を発せず、そこに一糸まとはず横たはつてゐながら、水平線のやうに永久に到達不可能な存在」だと三島は述べ[6]、作中の「眠れる美女」たちは、こういった川端の欲求の「論理的帰結」だと解説している[6]

また最後に、一人の「眠れる美女」の突然の死と、宿主の女の「娘はもう一人おりますでしょう」という怖ろしいトドメの一言によって、この「絶対無救済の世界」は閉じられるとしつつ[2]、しかし実はそこで「この世界」は閉じられたのではなく、江口老人自身の死をも暗示するようなもっと広い、もっと社会的な、もっと逃れようのない「死の舞踏(ダンス・マカーブル)」へと開かれていると三島は解説している[2]。そして『眠れる美女』は、「これ以上はない閉塞状態」をしつこく描くことにより、「没道徳的な虚無」へ読者を連れ出すとし、「かつてこれほど反人間主義の作品を読んだことがない」[2]と述べている。また三島は、「実在と観念との一致」を企むところに陶酔を見出し、自分の存在が相手に通じないことによって、性慾が「純粋性慾」に止まり、「相互の感応」を前提とする「愛」の浸潤を防ぐことができる状態は、「愛」からもっとも遠い性慾の形であり、ローマ法王庁がもっとも嫌悪するところの「邪悪」となると考察しつつ[2]、その概念に反して、最後に登場する宿の女が、「この家には、悪はありません」と断言することで、「眠れる美女の世界は、無力感によつて悪から隔てられてゐる」と考へるとき、川端の考えている「悪」がどういうようなものかが「朧ろげに泛ぶであらう」と指摘しながら、その「悪」は、「活力が対象を愛するあまり滅ぼし殺すやうな悪」であり、「すべての人間的なるものの別名」なのだと論じ、この川端と同じくらいの厭世家で、川端とは「反対方向の世界」に魅せられた作家として、『カルメン』の作者メリメが挙げられるとし、その「悪」の意味の相関関係を解説している[2]

上田渡は、江口が「最初の女は母だ」とひらめくことについて、江口少年が瀕死の母の胸をなでたとたんに、多量の血を吐き絶命したことが、罪悪感として江口の潜在意識の残ったと解説し[7]、「性的回想が母に還元されていき、『最初の女は母だ』という結論に到達した時、それは母の死に直結していく」[7]と述べている。そして、江口と母は実際的に近親相姦的な関係を持ったわけでないが、死の床にあった母の胸をなでた時の「江口の心理状態」が「母を犯した」ことと同義であるとしつつ[7]、江口が、“右と左との娘のちぶさにたなごころをおいた”時、母の胸をなでたことを思いだすのを、「胸にふれる行為が娘と母を結びつけている」[7]と解説している。

春木奈美子は、江口が母の夢の中で見る赤いダリアのような花に囲まれた家や、深紅のカーテンに囲まれた部屋は、母胎内の暗喩だとし、「世界と私との接続点、生の起点が、女性の身体というトポスを間借りして現れる」[4]と述べ、江口が、「最後の女」として「娘の処女を犯そう」と夢想し、「最初の女」としての「母のイマージュ」が回帰した後に運ばれてくる夢が、「血の赤」によって破られるところに着目しながら[4]、「眠る美女が駆り立てる愛撫の強迫」と、「死に行く母に無言で呼びかけられる強迫」、「死が性の衣を脱いで、死の床で無言に呼びかける母」と、「今宵眠れる美女の家で無言に愛撫を誘う娘」とが、ここで交わると解説している[4]。また春木は、「死という受け取りきれない贈与」が、江口の夢の中で形を変えて反復され、応答不可能な限り、この故なき責めは止むことはなく、「はじまりを可能にした死の痕跡」は、拭い去されることはないとし[4]、「女主人によって跡形もなく運びだされる娘の遺体、そんな娘の一点の染みも残さぬ消失も、江口のうえに重くのしかかることになる」[4]と述べている。そして「性の中に漂う死の匂い」に惹きつけられて、江口は「眠れる美女」の家に向かうが、最後には、死に取り残され、「誰ひとり追いついてくる者もいないほの暗し、地帯」である「死」は、われわれを惹きつけると同時に跳ね除けるものだと春木は解説しつつ、「深紅のビロードのカーテンの部屋にも、赤い花の家にも、歓待はない」[4]と述べている。

代筆疑惑[編集]

近年では『眠れる美女』は三島由紀夫代筆した作品であるという説を唱えている者もあり、元文藝春秋編集長・堤堯や、瀧田夏樹[8]などの研究者をはじめ、文壇・出版界にその説は根強くあるという[9][10]

瀧田夏樹は、『眠れる美女』が三島由紀夫の代筆だったという可能性について、「枯れはてた老人に化けて、禁断の場所に潜入し、性の冒険を試みる(『眠れる美女』の)江口老人のあり方には、三島由紀夫の、すでに世評高い作品『禁色』の人物、「檜俊輔」の耽美的執念を思わせるものがある」[8]とし、「江口老人の“由夫”という名もなにか気にかかる」[8]と述べている。

おもな刊行本・音声資料[編集]

映画化[編集]

各国翻訳者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 「カバー解説」(文庫版『眠れる美女』)(新潮文庫、1967年。改版1991年)
  2. ^ a b c d e f g 三島由紀夫「解説」(文庫版『眠れる美女』)(新潮文庫、1967年。改版1991年)
  3. ^ 花方寿行ガブリエル・ガルシア=マルケス「我が哀しき娼婦たちの思い出」と川端康成「眠れる美女」―コラージュと変奏』(静岡大学 翻訳の文化/文化の翻訳、2006年)
  4. ^ a b c d e f g 春木奈美子『〈告白〉の現代―川端康成の『眠れる美女』を通して―』(研究開発コロキアム、2009年3月)
  5. ^ 『新潮日本文学アルバム16 川端康成』(新潮社、1984年)
  6. ^ a b c d e f g h 三島由紀夫「解説」(『日本の文学38 川端康成集』)(中央公論社、1964年3月)
  7. ^ a b c d 上田渡『川端康成「眠れる美女」論―幻想空間のパラドックス』(信州豊南女子短期大学紀要、1989年3月)
  8. ^ a b c 瀧田夏樹『川端康成と三島由紀夫をめぐる21章』(風間書房、2002年)
  9. ^ 西法太郎「川端康成を囲んで」(『三島由紀夫の総合研究』)(2009年1月13日号)
  10. ^ 西法太郎『ノーベル賞受賞を巡る「川端」と「三島」のエピソード 川端康成と三島由紀夫(第3回)川端康成「眠れる美女」代作説』(青林堂、2011年)

参考文献[編集]

  • 文庫版『眠れる美女』(付録・解説 三島由紀夫)(新潮文庫、1967年。改版1991年)
  • 『新潮日本文学アルバム16 川端康成』(新潮社、1984年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第32巻・評論7』(新潮社、2003年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第34巻・評論9』(新潮社、2003年)
  • 花方寿行ガブリエル・ガルシア=マルケス「我が哀しき娼婦たちの思い出」と川端康成「眠れる美女」―コラージュと変奏』(静岡大学 翻訳の文化/文化の翻訳、2006年)
  • 春木奈美子『〈告白〉の現代―川端康成の『眠れる美女』を通して―』(研究開発コロキアム、2009年3月) [1]
  • 上田渡『川端康成「眠れる美女」論―幻想空間のパラドックス』(信州豊南女子短期大学紀要、1989年3月) [2]
  • 西法太郎「川端康成を囲んで」(『三島由紀夫の総合研究』2009年1月13日号) [3]
  • 西法太郎『ノーベル賞受賞を巡る「川端」と「三島」のエピソード 川端康成と三島由紀夫(第3回)川端康成「眠れる美女」代作説』(青林堂、2011年)

関連項目[編集]