小谷野敦

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小谷野 敦
(こやの あつし)
ペンネーム 猫猫先生
誕生 同じ
(1962-12-21) 1962年12月21日(53歳)
茨城県水海道市(現・常総市
職業 比較文学者評論家小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
教育 博士(学術)東京大学[1]
最終学歴 東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻博士課程単位取得満期退学
活動期間 1990年 -
ジャンル 評論
主題 比較文化論文芸評論恋愛喫煙禁煙
文学活動 新近代主義禁煙ファシズムと戦う会
代表作 もてない男』(1999年)
主な受賞歴 2002年サントリー学芸賞(芸術・文学部門)
デビュー作 八犬伝綺想』(1990年)
配偶者 坂本葵[2]
公式サイト akoyano.la.coocan.jp
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小谷野 敦(こやの あつし[3]1962年12月21日 - )は比較文学者評論家[4]、小説家。

学歴[編集]

職歴[編集]

受賞歴[編集]

人物[編集]

茨城県水海道市(現・常総市)生まれ。小谷野は、二人兄弟の長男として生まれた[6][7]。父は時計職人、母は煙草屋の看板娘であった[8]1990年8月からカナダのブリティッシュコロンビア大学バンクーバーキャンパスアジア学学科近代日本文芸専攻の博士課程に留学し、週に一度だけティーチングアシスタントとして日本語の授業を受け持ちつつ、鶴田欣也ジョシュア・モストウ[9]他の指導の下で日本文学比較文学を研究する。留学中は『日本文学』『批評空間』に論文を発表。留学中には博士論文のテーマに谷崎潤一郎を選ぼうと考えていたが、鶴田と対立する教員から嫌われてティーチングアシスタントから外された後、英語力の不足などが理由で博士号取得資格試験に失敗[10]。鶴田からは「評論家的な資質が自分に似ている」と評され、芳賀徹らとは後に学問的な対立をしたこともあり、のちに「お前の恩師は誰か、一人挙げろと言われたら、鶴田欣也をあげる」[11]と言っている。1999年には言語学者で当時大阪大学助教授の由本陽子と事実婚であったことを認めた[12][6]が、のちに2007年に当時東京大学大学院修士課程在学中の柴田葵[13]と結婚した[14][2]

現在は、禁煙ファシズムと戦う会[15]代表。愛称、猫猫先生[16]。恋愛の比較文学的研究から出発し、『もてない男[17]を出版しベストセラーになる[18]。また「新近代主義」の提唱などの言論を展開している。小説に関しては「今の新人作家は、私小説でないものを書こうとしすぎると私は思う」「小説は『私語』であって、恨み言でも手記[19]でもいいのである」「私は小説を書く時に、まだ他の人が書いていないことを書くよう努めている。それは評論でも同じことで、どこかで見たような評論を書いていてもダメに決まっている」、ただし「事実を自分に都合よく捻じ曲げておらず、公表したらモデルが特定されて社会的損失をこうむるようなことは書くべきではない」と発言している[20]。古典的な伝統が好きで、歌舞伎落語相撲[21]などを愛し、「ヴァンクーヴァー」や「ロシヤ[22]」などの綴りを用いる。また、NHKの「大河ドラマ」に関してもマニアックなファンである[23]音楽ではクラシックオペラを好み、大学院では歌舞伎とオペラの比較研究を志していたこともあった。その一方、「ロックなどという若者向けの音楽を論じて、受けを狙う学者は気にいらない[24]」「ミステリのような通俗小説を、学者で愛好する人がいるのが理解できない」「筒井康隆のようなSF的設定の小説は面白いが、SF小説自体は、SF漫画やSF映画に乗り越えられている」などと語っている。その他、特撮を愛好する一面もある[25]

著作[編集]

ノンフィクション[編集]

フィクション[編集]

  • 『悲望』 幻冬舎、2007年8月。ISBN 978-4-344-01367-4[26]
    • 『悲望』 幻冬舎〈幻冬舎文庫〉、2011年8月。ISBN 978-4-344-41716-8
    • 「悲望」(初出は本人のmixiの日記における連載。その後『文學界』2006年7月号に掲載)
    • 「なんとなく、リベラル」(初出『文學界』2007年2月号、『悲望』単行本に所収)
  • 『童貞放浪記』 幻冬舎、2008年5月。ISBN 978-4-344-01503-6
  • 『美人作家は二度死ぬ』 論創社、2009年1月。ISBN 978-4-8460-0696-9
    • 「山室なつ子の生涯」(本人のブログに発表。樋口一葉が夭折せず、凡庸な作家として生涯を送ったという設定のパラレルワールドの物語)
    • 「純文学の祭り」(書き下ろし)
  • 「告白の代償」(2009年9月、本人のブログに発表)
  • 『中島敦殺人事件』 論創社、2009年12月。ISBN 978-4-8460-0908-3
    • 「中島敦殺人事件」(書き下ろし)
    • 「天皇の煙草」(2009年7月、本人のブログに発表)
  • 『母子寮前』 文藝春秋、2010年12月。ISBN 978-4-16-329830-6
    • 「母子寮前」(『文學界』2010年9月号、第144回芥川賞候補作)
  • 『東海道五十一駅』 アルファベータ、2011年8月。ISBN 978-4-87198-652-6
    • 「東海道五十一駅」(本人のブログに前半を発表)
    • 「ロクシィの魔」(書き下ろし)
    • 「あなたの肺気腫を悪化させます」(本人のブログに前半を発表)
  • 『遊君姫君――待賢門院と白河院』 アルファベータ、2012年1月。ISBN 978-4-87198-653-3 - 年表あり。
    • 「遊君姫君---待賢門院と白河院」(書き下ろし)
  • 『馬琴綺伝』 河出書房新社、2014年3月。ISBN 978-4309022703
    • 「馬琴綺伝」(書き下ろし)
  • 『グンはバスでウプサラへ行く 小谷野敦作品集』 (猫猫塾) 2015年1月26日発売 ASIN: B00SSQLD22
  • 『鴎たちのヴァンクーヴァー 小谷野敦作品集』 (猫猫塾) 2015年3月23日発売 ASIN: B00V4H9OJ6
  • 『ヌエのいた家』 (文春e-book) 2015年5月29日発売(第152回芥川賞候補作) ASIN: B00Y072ZD4
  • 『お嬢様放浪記 小谷野敦作品集』 (猫猫塾) 2015年6月20日発売 ASIN: B01048OTMW

共著[編集]

編著[編集]

翻訳[編集]

序文[編集]

解説[編集]

巻末対談[編集]

漫画原作[編集]

映画出演[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 小谷野敦 (1997-04-24), 〈男の恋〉の文学史――日本文学における男性恋愛心理の比較文学的研究, 東京大学, 甲第12936号, http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3157443 
  2. ^ a b 柴田葵「ブログでの交際9ヵ月、会って2回目でプロポーズ! "もてない男"との結婚顛末記」、『婦人公論』第92巻20号(通号 1234)、中央公論新社、2007年10月7日、 154-157頁。
  3. ^ 2008年小谷野 (2008h)の執筆を機に筆名の読み方を「こやの とん」に改めた。「ところで最近は、当然ながらパソコン上で、私の名前を記すことが多いが、ローマ字変換をしている私は、実はいつも「こやの・とん」で変換している。その方が簡単だからでもあるが、だから弴伝執筆中は、「ton」と打つと、まず弴、次に敦が出ていたはず。折角だから、以後私は、字はそのまま、「とん」と読んでもらって筆名にしたいと思う」(小谷野 2008h, p. 443))。2012年11月、小谷野 (2012e)で本名の「こやの あつし」に戻す。
  4. ^ 「文藝評論家」と呼ばれることもあるが、小谷野自身は『朝日新聞夕刊で担当していた「ウォッチ文芸」(1998年4月 - 2000年3月)以降、文藝評論家という肩書きを拒否している。小谷野 (2001b)に収録された「にわか文藝時評家の日々」を参照。その理由として、小谷野は「私は文藝評論家と呼ばれることもあるが、『文學界』以外の文藝雑誌からは全然お声がかりがないので、そう名乗る資格があるかどうか疑わしい」ということを挙げている(小谷野「作家見習いの記 私小説のすすめ」『中央公論』2008年12月号)。
  5. ^ 学部4年次在学中、英文科の修士課程の入試に失敗。このため意図的に4年生を2回繰り返し、卒業後に比較文学の修士課程に進んでいる。
  6. ^ a b 追分日出子「現代の肖像 小谷野敦――比較文学者」、『AERA』第16巻(34号) (通号 823) 2003年8月11日号、朝日新聞出版、2003年8月11日、 56-61頁。
  7. ^ 小谷野は小谷野 (2004a, p. 60)で自らを「ワーキング・クラス出身」と位置づけ、「比較的貧しい家の生まれ育ちで、保守の論客になる人というのがいる。福田恆存であり、西部邁であり、渡部昇一であり、谷沢永一である。どうも私は、根っこのところでこういう人達に共感しているところがあるようだ」小谷野 (2004a, p. 58)と述べている。
  8. ^ 猫を償うに猫をもってせよ 2009-09-19 中村也寸志という人
  9. ^ asia.ubc.ca
  10. ^ 小谷野 2006a, p. 257
  11. ^ 小谷野 2008a, p. 197
  12. ^ 「「もてない男」小谷野敦が"裏切り"の結婚 お相手は年上の大学講師」、『週刊文春』第42巻(11号) (通号 2071)2000年3月23日号、文藝春秋、2000年3月23日、 179f。
  13. ^ のち、作家となって筆名:坂本葵
  14. ^ 週刊新潮』2007年7月5日号。
  15. ^ この会は2004年秋に小谷野がソーシャル・ネットワーキング・サービスmixiの中に作ったコミュニティである。「そう本格的な集団ではない」と小谷野は言っている(文学者小谷野敦の禁煙ファシズム闘争記 2007.05)。
  16. ^ 小谷野のブログの名前『猫を償うに猫をもってせよ』に由来。『PLANETS』誌第5号(2008年8月)にも「猫猫先生かく語りき──「もてない男」は世界をどう変革したいのか?」と題するインタビュー記事が掲載されている。なお「猫を償うに猫をもってせよ」とは田河水泡の『のらくろ漫画全集』に登場する架空の諺である。
  17. ^ 小谷野は「たとえこれ以後私がどれほどもてるようになろうとも、若いころもてなかった、三十まで童貞だったという怨念だけは忘れない」と発言している(小谷野 2005, p. 11)。
  18. ^ 小倉千加子『結婚の条件』p.135
  19. ^ 第152回選評で「私小説ではなく個人的手記の域から出ていない。私小説の名作がなべて隠し持つ精髄の根源について、小谷野氏はあらためて考えてみるべきではないだろうか。」と苦言を呈したのが宮本輝である。
  20. ^ 小谷野敦「作家見習いの記 私小説のすすめ」、『中央公論』第123巻(12号) (通号 1496) 2008年12月号、中央公論新社、2008年12月、 204-211頁。
  21. ^ ただし時津風部屋における2007年リンチ死亡事件以後は大相撲に失望し、「大相撲、もう廃止しろや。してもいいよ」と発言するに至った(猫を償うに猫をもってせよ 2008-09-07 名乗らないチブル星人)。
  22. ^ twitter
  23. ^ 「大河ドラマ」に関しては小谷野 (2010a)を参照。
  24. ^ twitter ロックではなくポップスについてはこの評価。
  25. ^ 特撮に関しては小谷野 (2013b)を参照。
  26. ^ 文藝春秋社法務部が表題作についてモデル女性からの訴訟を恐れた結果、文藝春秋社からは刊行を拒否されたという。同社のこの判断について小谷野は「そんなことはありえない。却って目立つだけだし、当人は外国にいるからだ」と述べている。小谷野 (2009f, p. 209)を参照。
  27. ^ CINEMA TOPICS ONLINE 『童貞放浪記』初のIQの高い童貞青春映画を山本浩司、神楽坂恵が演じる (2008/09/24)
  28. ^ 童貞放浪記 - goo映画

参考文献[編集]

外部リンク[編集]